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メジャーリーガー

 援軍に駆けつけた2人のメジャーリーガーは、スタっと軽やかに山田たちの前に着地。

 ルーチェは2人を追い越したあたりで馬を急停止させた。


「エ、エエエ、エノティラさんっ!?」


 声が裏返った。無理もない。


 エノティラはルーチェが長年憧れ続けてきた存在。彼女がキャッチャーの練習を始めたきっかけであり、贔屓の冒険者なのである。

 そんな人間が窮地に駆けつけてくれたのだ。驚きと混乱と喜びとがない交ぜになって、頭がおかしくなりそうだった。


 ヒューディーとエノティラ。

 それは水晶映星の向こうの人。有名人。

 2人のメジャーリーガーは発するオーラからして違った。顔つきに余裕がある。見ているだけで、何とかしてくれるという安心感のようなものがあった。


 司祭のような服を着た小柄な女性――エノティラは、その手に持った大杖を薙ぐように振るう。

 するとたちどころに、ルーチェとは比べ物にならないほど大きく分厚い”聖護壁ホーリーベール“が現れて、牛舎を突き破り、今まさにメイランド村に侵入せんとしていた怒り角牛(アングルホーン)の群れを遮った。


「む、無詠唱魔法! さすがエノティラさん!」


 ルーチェは驚きと憧れが入り混じった顔。


「かっか。これくらいで驚くな。メジャーリーガーを何だと思ってるんだ。安心しろ。わたしが来たからには、村には一歩たりとも魔物を入れさせん。もう、試合は終わってる」


 そんな頼もしい言葉と共に、エノティラは大杖を天に掲げて、静かに詠唱を始める。


「あえて線を引き給え。善きもの、悪しきもの。あえて選別し給え。護るべきもの、滅するもの。善悪の彼岸から此岸へと帰せ。隔てて、選びて、滅ぼさん――」


 エノティラ。

 レジェンドブレイブスの5番打者にして正捕手。過去には3冠王に輝いたこともある、チームの顔とも言うべきベテラン冒険者である。今シーズンは不調にあえぎ、満足な打撃成績を残せないでいるものの、戦闘能力に好不調の波は無い。


 メジャーリーガー。

 野球の腕前だけでなく、そのステータスも当然メジャー級。彼女のクラスは最上級神官。聖属性の最上位魔法を操りし者である。

 いくら女帝迷宮エンプレス・ダンジョンによる魔災ディザスターとはいえ、ここはルーキーレベル帯。フェーズが進行してランクアップしたと言っても、せいぜいE~Fランクである。


 そんなものは、メジャーリーガーの敵ではない。


「――分かて。”善き者の為の大結界セイクリッド・グラウンド“」


 パァァァァァァ。


 荘厳な音を響かせて、天空から眩い光が降り注いだ。神聖な光はメイランド村全体をすっぽりと覆うほど広範囲に、四角形に広がる。遥か天空から見下ろせば、その様はまるで、平原に突如として野球場の内野ダイヤモンドが現れたかのようであった。

 村目掛けて進撃してきた魔物の群れが光に触れた瞬間、蒸発するかのようにジュッと音を立てて消滅した。


 それは悪しきものの侵入を許さぬ光の大結界。

 低ランクの魔物なんぞは瞬殺である。しかも村全体を覆っているのだ。これで一瞬にして、メイランド村の安全が保障されたということになる。


 めちゃくちゃである。まさに格の違い。1軍と8軍の違い。

 安堵よりも驚愕の方が大きい。

 山田はハンマーで頭を殴られたような心境だった。

 スケールが違う。違いすぎる。自分たちがこれまで、一生懸命に魔物の相手をしていたのは何だったのだ。苦戦していたのは何だったのだ。


 これがメジャーリーガー。

 自分たちが、最終的に到達しなければならない地点。


「さて、ヒューディー。わたしはここで結界を維持しておるからして、お前はその辺を適当に駆けずり回って殲滅してこい。さっさと終わらせてくれ。この村はやたらと広いから、そう長くは持たん。何より疲れる」

「うす! 了解っす!」


 分厚い鎧を着て大剣を持った男――ヒューディーは、やたらとハキハキした返答と共に駆け出した。


 ヒューディー。

 21歳とまだ若い将来有望なメジャーリーガーである。昨年、新人王とホームラン王を同時受賞するという快挙を成し遂げ、『ベヒーモス』の異名で呼ばれるようになった。今シーズンも打棒は好調。レジェンドブレイブスの4番を打ち、イーストリーグのホームランダービーでトップをひた走っている。なかなかのイケメンであり、女性からの人気も高い。


 彼が手にするのは身の丈ほどはあろうかという大きな剣。

 その名も『豪剣スラッガー』。『強靭なる一撃』を意味する神器の1つであり、かつては勇者パーティーの1人が使用していたという由緒ある逸品である。

 そしてそれは、彼が昨年ホームラン王に輝いた証でもあった。メジャーリーグでタイトルを獲得したものは、次のシーズン終了まで神器の使用を許可されるのである。


 ヒューディーは豪剣スラッガーを背中に担ぎ、迫りくる魔物の群れに向かって単身で駆けていく。その口元には笑み。楽しんでいるようですらあった。


「剣に纏いし炎が燃ゆるっ! 広がれ炎! 断ち切れ刃! 燃やして断って灰と化せっ――」


 彼のクラスは魔法戦士。

 魔力をまとった武器による半魔法スキルが持ち味である。力と魔力の双方に優れており、前衛を務めつつ、いざという時には範囲攻撃もできるというオールラウンダー。

 こちらに向かってくる魔物の大群に向けて、挨拶代わりの範囲攻撃を放つ。


「薙ぎ払えっ! 業火の一閃インフェルノ・スラッシュ!」


 豪剣スラッガーをブンと大きく横に振るう。

 するとその太刀から真っ赤に燃ゆる炎の斬撃波が放たれた。斬撃波は大地と水平に扇状に広がっていき、触れた魔物が一瞬にして消滅していく。見渡す限りに広がっていたはずの魔物の群れが、一太刀で相当数いなくなってしまった。

 圧倒的な殲滅力。ドレミィの魔法どころではない。


「おいおい。なんだあれ……化け物かよ」

「イッキュー、あれが魔法戦士ですよ」

「……なるほど。俺と一緒か」

「だから違いますって」


 山田とルーチェの2人は馬の上から、あんぐりと口を開けてその様子を見ていた。


 途中からはメジャーリーガーを背中に乗せてきた赤いドラゴンのモンスター――『最強打者』ドラウリィも加わって、上空から炎のブレス攻撃を行った。すでに枯れてしまったライ麦畑ごと、魔物を焼き尽くしていく。


 さながら地獄のような光景。

 あるいは焼き畑。

 もう大丈夫。脅威は去った。そう思わせるに十分な圧倒的な戦いぶりだった。

 無双状態である。


善き者の為の大結界セイクリッド・グラウンド“が張られているということもあり、さっきまでは確かにあったはずの緊迫感が霧散していた。


 あそこでルーチェと言い合っていたのが、間抜けにすら思えてくる。


 山田としては、野球の試合で終盤に大差で負けていたかと思えば、いきなり100点取ってもらったみたいな感覚だった。100点って、何だそれ。自分たちがしているのとは、全く違うゲームじゃないか。


 メジャーリーガーと比較して、自分はなんと無力なのだ。


 そんなことを思った。


「おい。イッキューとやら」


 不意にエノティラは、杖を天に掲げたまま山田に声をかけた。


「え? あ、はい」

「お前、生意気にも、わたしたちの実力と比較して、打ちひしがれてるんじゃないか?」

「え? いや……まぁその、なんでわかるんです?」

「かかっ! 顔に書いてあるわ。面白くなさそうな顔をしとった。わたしはキャッチャーだぞ? お前みたいなバカ正直なタイプの考えとることなんぞ、手に取るようにわかる」

「う……そういうものですか」

「そういうものだ。メジャーリーグのキャッチャーを甘く見るな」


 エノティラは僅かに口元を緩めた。


「わたしはお前のことを、面白いルーキーが現れたと思っている。将来メジャーリーグを面白くする存在になりうると、大いに期待をしている。良い冒険者が現れるというのは、いつだってこの世界にとって歓迎すべきことだ。だから1つ、アドバイスをしてやろう」

「……なんでしょう?」


 山田はきょとんと首を傾げた。


「胸を張れ」


 エノティラはそれだけ言って、少し間を開けた。


「わたしたちがこうしてギリギリ間に合ったのは、お前たちのおかげなんだ。それをゆめゆめ忘れるな。自分で自分を正当に評価しろ。いきなりメジャーリーガーの実力と比較してどうする。特に、お前が巨大魔獣ベヒーモスを倒せなかったら、致命的な被害が出ていただろう。それをお前は防いだんだ。そのことを誇れ。成した仕事の成果に、胸を張れ」


「成した仕事の成果……」


「そうだ。お前が村を守ったんだ。ルーキーレベルの冒険者としては、破格の仕事をやってのけたんだ。そうやって良い仕事を続けて行け。野球も同じだ。一歩ずつだ。一歩ずつで良い。それぞれのランクのリーグで、為すべき仕事をし続けろ。その先にメジャーリーグがある。わたしだって、最初はそこの小娘程度の、しがない神官だったんだ」


 エノティラは顎でルーチェを示した。


「メジャーリーグで待っとるぞ。イッキュー。お前を気に入った。良い面をしている。わたしが現役でいる間に上がって来い。そうだな――あと5年くらいなら、待ってやれるだろう。まだまだ若いもんには負けん」


 エノティラはそう言って、ニヤリと笑ったのだった。


 〇


 試合は終わった。

 9回表までは10対0で負けていたのに、終わってみたら10対100。そんな無茶苦茶な試合だった。


 ヒューディーが全ての魔物を駆逐して戻ってくると、ルーチェはぺこりと頭を下げた。


「あの! エ、エエ、エノティラさん! ヒューディーさん! ありがとうございました! 助かりましたっ!」

「どういたしましてっす!」

「かかっ。ま、仕事だからな。むしろ、ちょっとばかし来るのが遅れてしまった。すまんかったな」

「と、とんでもないですっ! え、ええええ、エノティラさんがっ! きききき来てくれたってだけでもうあのその! ええ、ええええ、えと! あぁもうダメです! 眩しくて直視できないです! 後光が差しています!」


 ルーチェは限界オタクと化していた。

 顔を紅潮させて震えている。


「おい。ルーチェ。落ち着けよ」

「これが落ち着いていられますかっ! 伝説の冒険者ですよ! レジェンドブレイブスの英雄ですよ! こんな近い所でエノティラさんを見られるなんてないですよっ!? 生ですよ! 生のエノティラさんですよ! 生ティラさんですよ!」

「かっか。なんだ、お前、わたしのこと好きなのか?」


 エノティラは苦笑。


「は、ははは、はいっ! ち、ちちち小っちゃい頃から憧れでっ! む、昔そのっ! 孤児院にいらっしゃって! 握手してもらったことがあったんです! そ、それ以来の大ファンなんです! いつもっ! いつも水晶映星で応援していますっ!」


 ルーチェはローブの裾をギュッと握って、まるで告白するみたいにして叫んだ。


「そうかそうか――」


 エノティラはさぞ愉快だという顔をして笑って、


「いつも、応援ありがとうな。今年はなかなか打てなくて、ごめんな。あとでボールに、サイン書いてやるよ」


 そう言ったのだった。


 〇


 こうして、カウカウズとスプラウツの冒険者、そして援軍に駆けつけたメジャーリーガーの活躍によって、村の日常はすんでの所で守られた。


 だが1つだけ、守れなかったものがある。ホームランのいる牛舎だ。

 それは今回の魔災ディザスターにおける唯一の被害である。被害がそれだけで済んだのは、村の周囲のライ麦畑がちょうど収穫時期を迎えていたことや、翌日がリーグ戦の開催日で、スプラウツの冒険者が何人も前乗りしていたという、いくつかの幸運が重なった結果だった。

 だから本来は、被害が牛舎1つで済んだというのは、喜ぶべきことなのである。


 しかし、素直には喜べない。

 ホームランが死んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 瓦礫となった牛舎の前でコニーが大泣きしていた。

 ホームランはコニーにとっては送られたばかりのプレゼントだったわけであり、これから立派に育ててやるという決意を抱いた矢先のことだったのだ。


 悲しいに決まっている。

 山田たちはコニーを取り囲んで、みな沈痛な顔をして立っていた。上手い慰めの言葉が見当たらない。


「おい。イッキュー」


 そこへエノティラが近寄った。


「お前この村の常駐パーティーで、チームで4番打ってて、あの坊主も知った仲なんだろ?」

「そうですけど……?」

「だったら、することがあるだろうが」

「……なんです? 俺にできることがあるなら、何でもしてあげたいですけど……」


 山田は本気でわからなかった。


「お前は冒険者としての実力は見るべきものがあるように思うが、冒険者の心構えとしてはまだまだ至らんなぁ。サービス精神が足らん、サービス精神が。冒険者は応援してくれるファンがあってこそだぞ?」

「はぁ……」

「死んじまった子牛はホームランって言うんだろ?」

「そうですけど?」

「だったら、俺がその牛の代わりにホームラン打ってやるとか何とか、なんでもいいから、適当にかっこいいこと言ってこいよ」

「適当って……」

「かっか。適当だろうがそんなもの。ホームランなんて、打とうと思って打てるもんじゃない」

「そんな無責任な……」

「打とうとすることが大事なんだ」


 エノティラは言った。


「打てるかどうかはやってみないとわからない。それが野球だ。だけどな、冒険者が自分の為にホームランを約束してくれる。それだけで子供は救われるんだ」


 そして笑った。


「わたしがそうだった」

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