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キャッチャー・イン・ザ・ライ

 夜が明けた。


 山田とルーチェは、朝日が昇る牧場のなだらかな斜面に並んで座って、眼前いっぱいに広がる果てしないライ麦畑を眺めていた。

 それは金色こんじきに輝く海である。風がそよぎ、穂が水面のように波打つ。ルーチェの澄んだ空のように青いツインテールも、さらさらと風になびいていた。


「綺麗だなぁ」

「えぇ。とても」


 これから魔物の波が押し寄せてくるとは信じがたいほど、美しく、長閑な景色だった。


「俺さぁ、今日の作戦、今一つ理解できてないんだよな。なんでライ麦畑だと、俺たちの魔法の威力が上がるんだ?」

「この世の遍く生命は、その身に魔力を蓄えているからですよ。以前、イッキューがこの世界にやって来た時にした、魔力に関する説明を覚えていませんか? ほら、初めてキャッチボールをした日のことですよ」

「いやぁ……あんまり」

「むぅ。せっかく説明したのに」


 ルーチェはぷくっと頬を膨らませた。


「魔力が強い地域ほど、作物や動物に、活力が満ちて豊かになると言ったでしょう? 魔力は風に乗ってやってきて、この世界の生きとし生けるものに、力を与えているのです」

「風、ねぇ……」


 ちょうどその時、さぁぁぁと音がして、風でライ麦の穂が揺れた。

 まるで目に見えない動物の群れが駆け抜けているようだった。


「それは私たち自身もそうですし、ライ麦にしても同じなのです。今回の作戦は、この村が育んだライ麦畑の力を、お借りするんですよ。ライ麦は魔力の低い地域でも良く育つ、強い作物なのです。ルーキーレベル帯において、収穫を控えたライ麦ほど、魔力に満ちた作物はないでしょう」


 ルーチェは一面に広がる金色の海原を眺める。

 見渡す限りのライ麦畑。


「……パンケーキ。美味しかったですね」


 ルーチェは不意にぽつりと呟いた。


「あぁ、美味しかったなぁ。あれ」


 この村の成した仕事の成果。

 メイランドという村の味。


「何だか、ライ麦畑を見ていると、村の皆さんが一緒にいてくれるようで、心強い気持ちになりますね」


 そう言って、ルーチェは穏やかに微笑んだ。

 その横顔はいつにもまして可憐で、山田は見とれた。


(可愛いって、うっかり言わないように、気を付けなくちゃなぁ)


 そんなことを思った。


 〇


 山の中腹にできた、魔力渦巻く女帝迷宮エンプレス・ダンジョン――色濃くなった紫の粒子が漂う迷宮の中。


 ――ドクン。ドクン。ドクン。

 岩壁が胎動し、次から次へと、魔物を生み出していた。


 怒り角牛(アングルホーン)蜥蜴走者リザードランナー大雷鳥サンダーバード筋肉飛蝗マッスルホッパー装甲巨猿アーマーゴリラ


 迷宮内に無数にある部屋に、無数にひしめく魔物の群れ。


 ――ドシン。


 それら魔物の軍勢を従えるは、女帝エンプレス


 ――ドシン。


 破壊の化身。絶望の体現者。


 ――ドシン。


 巨大魔獣ベヒーモス


 ウオォォォォォォォ!

 咆哮すると、空気がビリビリと揺れた。


 迷宮内に渦巻いた魔力はすでに飽和状態。これ以上はもう耐え切れぬ。

 まるで巨大魔獣ベヒーモスの咆哮に呼応するようにして、迷宮内に溜まった魔力が爆ぜた。すると轟音。轟音に次ぐ轟音。いたるところの壁が崩れ、迷宮は自壊を始める。天井に穴が開き、火山が噴火するようにして、魔力が天空に向けてほとばしった。


 魔力の奔流(マナストリーム)


 迷宮内に溜まりに溜まった魔力――紫色のキラキラとした粒子が、天を目掛けて真っすぐと伸びていく。それはさながら紫に光る塔のようであった。


 美しく、神秘的な光の塔。

 だがそれは、魔災ディザスターの始まりを告げる凶報である。

 最悪の災厄が始まろうとしていた。


 自壊した迷宮から一気に魔物があふれる。無数の魔物の大波ビッグウェーブは、メイランド村を飲み込まんと、砂煙を上げて山腹を駆け下り始めた。


 〇


魔力の奔流(マナストリーム)だっ!」


 牧場に建てられた物見やぐらの上から、ジャックが叫んだ。牧場に集まった、魔災ディザスターから人々を守らんと立ち上がった、総勢40人の冒険者たちを見下ろす。


 ジャックは監督。

 冒険者達チームを指揮するのが、彼の仕事である。


「良いかお前らっ! 間もなく魔物の大波ビッグウェーブが押し寄せるっ! 昨日伝えた作戦通りに動けっ! なんとしてでも、ここでせき止めるぞっ! それじゃあみんなっ――」


 握った右手を天に高々と掲げ、パッと勢いよく広げる。


作戦開始プレイボールだっ!」

「「「「「おおおおおおおおっ!」」」」」


 冒険者たちの声が連なった。


 〇


 押し寄せる魔物の大群。

 大地が激しく揺れていた。


『魔物寄せの白蜜』を塗ったブレアとノアは、2人並んで馬に乗って走り、大挙する魔物の群れを先導していた。追いつかれないギリギリを走ることで注意を引き付け、魔物の群れをとある方向へと導く。


 時折、筋肉飛蝗マッスルホッパー蜥蜴走者リザードランナーといった、俊敏性に優れる魔物が何体か2人に追いつくが、ブレアは馬に乗りながら片手剣を振って切り捨て、ノアは弓を放って撃ち落とした。

 ブレアは隣を走るノアに笑みを向ける。


「よぉノア。前にパーティー組んだ時よりは、マシになったんじゃないか?」

「なにおーっ! ノアちゃんは前から優秀なんですけどっ! どこかの誰かさんに、見る目がなかっただけなんですけどっ! ふーんだ! どうせノアのおっぱいばっかり見てたんでしょ!?」

「まぁ……それは否定しないけどさ」

「否定しなさいよぉぉぉ!」


 ブレアは「はは」と苦笑い。


「でも、俺、お前のこと、今では本気で凄いと思ってんだぜ? あの日エストから打った満塁ホームラン、敵ながら痺れたよ。お立ち台で歌った歌も上手かったしさ。感動した」

「え、そそ、そうっ!? えへー。えへへぇ! えへへへへーっ! いやー! それほどでも、あるのかなー、やっぱ!」


 ノアはニマニマと顔を緩めて頭をかいた。


「……エストも、お前くらい扱いやすいと、いいんだがなぁ」


 ブレアはその様を見て、そんなことを呟いた。


「えっ!? 何っ!? なんか言った!?」

「なんでもねぇ! あ、んなことよりほらっ! 見えて来たぞっ!」


 小高い丘になっているところを駆け上がると、視界の先に金色の海原が広がっていた。ライ麦畑である。その中央には、ドレミィがぽつんとカカシのように立っていた。


「そんじゃま、スピード上げるとするか!」

「らじゃーっ!」


 ブレアとノアは馬の脇腹をトンと蹴り、加速するように促した。風のように疾駆し、魔物の群れを徐々に引き離しながら、2人はライ麦畑に突入する。


「それじゃあドレミィ! あとはよっろしくぅ!」


 ノアはドレミィとすれ違いざまに叫んだ。


「――うん! まかせて!」


 ドレミィはグッと後方に親指を立ててから、双眸を鋭く冷たく研ぎ澄まし、ドドドドドと地響きを立てて押し寄せる魔物の群れを睨んだ。


 キャッチャー・イン・ザ・ライ。

 村長が昨晩、ジャック監督に提案した作戦は、以下のようなものである。


 メイランドの村を取り囲むようにして広がるライ麦畑。6月の収穫時期を控え、金色の穂を実らせるライ麦は、その身にたっぷりと魔力を蓄えている。

 その魔力を魔法に転用することが、この作戦の趣旨であった。

 魔法使いはライ麦畑で待機。そしてそれ以外の者はみな、魔物の群れをライ麦畑へ誘う為に、『魔物寄せの白蜜』をその身に塗って馬を駆った。


 キャッチャーとはすなわち。

 そこで待ち受ける魔法使いのことである。

 魔法使い(キャッチャー)は村を守るために、ライ麦畑で魔物の群れを受け止めるのだ。


 蓄えた魔力を利用すればライ麦は枯れる。しかし、どうせ魔物に踏み荒らされれば同じこと。そうであるならば、魔物に立ち向かう為にライ麦を活用して欲しいと、村長は、いや、村に住む人間全てが、懇願した。


(わしらが育てたライ麦には、わしらの想いがこもっております。ライ麦畑は言わば、わしらの半身なんです――)


 村長は、村民を代表して言った。


(――わしらも、あなた達と共に、戦わせてください)


 村の想いを乗せて。

 ドレミィは詠唱を始める。


「それ即ち悲憤であるッ。さながら溢るる涙であるッ――」


 昨日の死線を潜り抜けてレベルが上がったドレミィは、新たに魔法を習得していた。

 とっておきの魔法。それは彼女の新たな必殺技である。


 詠唱するドレミィが天にかざした杖の切っ先に、一面に広がるライ麦畑から、キラキラと輝く黄金の粒子が集い、渦を巻く。それはメイランドという村の力だ。今日ばかりはMPを気にしないで良い。


 何しろ、このライ麦畑の全てが、彼女の力になるのだ。

 こんなに心強いことは無い。


「天にますます層雲よッ。天にまします冷精よッ。降りて凍りてつぶてとならん――」


 ライ麦から集った魔力が上空へと向かい、宙に分厚い雲を浮かべた。その後も黄金色に輝く粒子は結集し続け、天上の雲をみるみる肥らせていく。

 魔物の群れを見据えて叫ぶ。


「――泣けぇっ。氷天の落涙アンハッピー・ヘイルストームッ!」


 天に高々と掲げた左腕を、スリークウォーター気味にブンと振り下ろした。

 超広域殲滅魔法。雲から無数の隕石――ひょうが降り注ぐ。


 それは村民の流す涙だった。しかし、ただ無力を嘆くばかりの涙ではない。

 魔物の群れに抗う為に流す、礫の涙だ。


 ドドドドドと地鳴りを響かせ向かってくる魔物の群れに、野球ボール大の氷の隕石が次々と降り注いでいく。剛速球の雨あられ。死球の乱舞。隕石を食らった魔物は、皆一撃で消滅していく。


 麦畑マウンドに立つ彼女は、さながら死神。


「今日のボクは一味違う――」


 ドレミィにしては珍しく、二ッと口元を緩めてマントを翻した。


「まだまだたくさん、魔法を使えるっ!」


 Vサイン。


 一面のライ麦畑が彼女のMPなのだ。魔力酷使オーバードライブも何のその。MP消費を気にせず魔法を行使する彼女は、もはやチートと言って過言ではない。

 魔法を使える高揚感(トリガーハッピー)

 ライ麦畑に突入してくる魔物の群れに、続々と死を振りまいていった。


 〇


 ブラットは狼のモンスター、ハティと共に、反り立つ崖の上に立って、大地を見下ろしていた。眼下では無数の魔物が群れを成して走っている。


 とある役割を果たす為に、彼女はハティと共に、魔物の群れの中に乗り込んだのだ。

 言うなればそう、まさに遊撃手。


(うち、ちゃんと、できるかな……。ししし、失敗したら、どど、どうしようっ!)


 足をガクガクと震わせていた。

 相も変わらずメンタルの弱い忍者である。


(でも、でもっ……ここで頑張らないと、仲間じゃない。うちに、初めてできた、大事な大事な、仲間なんだ。初めて一緒に冒険して、野球をした、仲間なんだ……)


 入団テストの日に、ルーチェが言ってくれた言葉を思い出す。


 もう仲間ですから。

 ルーチェはそう言ってくれたのだ。


 涙が出るほど嬉しかった。

 というか、本当に泣いた。

 その言葉は、彼女の胸の中で、きらりと一等光る宝石だった。


 ――頑張らなくては。

 ブラットはパンっとほっぺを叩き、それから右手を顔の前に持ってきて例のよくわからないポーズを取り、猫耳をぴょこんと屹立させた。


「我が名は†黒影くろかげ†ブラック・ラビットッ! ブラットと呼ぶが良いッ! 双黒剣法ツヴァイ・ブラック・ソードの使い手だッ!」


 聞くものなど誰一人としていないのに、ブラットは高々と名乗りを上げた。

 それは呪文。自身を鼓舞する勇気の魔法。

 臆病で、何事にも怯えがちな彼女が、恐怖と向き合う為に必要とする詠唱なのだ。


きこと光の如しッ、されどッ! 影に潜み対の刃で敵を討つッ! 兎の耳の如く自在に跳ねる黒き双剣ッ。ゆえに漆黒の双剣使い(ブラック・ラビット)と人は呼ぶッ!」


 言い聞かせる。

 猫埼兎丸ではない。

 自分は最強の暗黒の忍者、†黒影†ブラック・ラビットなのだ。


 そして思い出す。あれはそう。ルーキーリーグに所属する冒険者として、初めて挑んだ公式戦。詰め掛けた観客の視線におびえていた自分に、山田がかけてくれた言葉。

 山田はコーシエンの大観衆に比べれば、これくらいなんでもないと言って、緊張しないコツを教えてくれた。


 ブラットは目を閉じ、「ふぅー」と息を吐いて、自らに言い聞かせる。


「自分のやるべきことだけを、考えるんだ」


 目を開く。瞳には炎。


 ブラットのやるべきこと、それは――。

 巨大魔獣ベヒーモスを、山田たちが待ち受けるライ麦畑に誘導すること。


 見つめる先にひと際大きな土煙が上がっている。

 巨大魔獣ベヒーモスが疾駆していた。その巨体からは信じられぬスピードで、周囲の魔物の群れを踏みつぶして消滅させながら、憤怒の形相を浮かべて向かってきている。


 あいつを、あの化け物を、絶望の化身を、引き付けて先導するのがブラットの役割だった。それはもう、怖いに決まっている。攻撃を食らえば一撃死だ。

 しかしルーチェは言ったのだ。


(ブラット。この役割は、忍者であるあなたにしかできません――。頼りにしてますよ? 盗塁王スピードスター


 震えそうになる足を、ドンと拳で殴りつける。

 静まれ。我が両足よ。そう。我は最強で暗黒で漆黒の忍者。

 我が名は――。


「†黒影†ブラック・ラビットッ! 推して参るッ!」


 隣に控えていたハティの背にぴょんと跨り、一直線に崖を駆け下りて、巨大魔獣ベヒーモスの眼前に躍り出た。周囲を並走する魔物の群れの間を縫って走る。


「ハティとやら。我と共に、華麗に苛烈に踊ろうぞ!」


 トンと狼の背を叩く。


 ア、アオー!


 ハティは心優しい狼である。調子を合わせて遠吠えをしてくれた。


 ブラットは身をよじって、背後にいる巨大魔獣ベヒーモスに向かって手裏剣を投じる。魔物の群れの隙間を抜けて見事に命中。玩具のような投擲武器では、当然巨大魔獣(ベヒーモス)にはノーダメージだが、ヘイトを稼ぐことには成功する。


 ――ギロリ。

 巨大魔獣ベヒーモスは殺意のこもった眼差しをブラットに向けた。


「ひっ」


 小便をちびりそうなほどに怖い。

 しかし、自分を鼓舞するために叫ぶ。


「ふははー! 我が相手をしてやろう!」


 腰に差した双剣を抜き、自分に襲い来る魔物の攻撃を反らしながら、身を低くして魔物の群れの隙間を駆ける。


 巨大魔獣ベヒーモスはズシンズシンと大地を踏みしめ、魔物の群れを踏みつぶしながら猛スピードで接近。あっという間にブラットに追いつき、その巨体で踏みつぶさんとする。


 刹那。

 ブラットはレベルが上がって新たに習得したスキルを発動させる。


”忍法・変わり身の術“


 ブラットは右腕をピンと伸ばして、空を飛ぶ大雷鳥サンダーバードを指で差した。


 ――すると。


 ボフンと煙が両者を包み、大雷鳥サンダーバードとブラット達の位置が入れ替わった。ブラットの身代わりになった大雷鳥サンダーバードが踏みつぶされて消滅する。


 変わり身の術。

 それは魔物1体と自身の位置を入れ替えるスキル。


 ふわりと宙に浮いたブラットとハティは、空中でひらりと身を翻し、切り立った崖の側面に着地。斜めの体勢で壁を蹴って走った。


「さぁ巨大魔獣ベヒーモスッ! こっちだ! ついてこい!」


 間もなく崖を抜ける。ブラットを乗せたハティは弾丸のように平野に飛び出した。

 双剣を腰に差し、空中で再度、手裏剣を投擲する。

 それはダンスの招待状。


「ふ。我と共に、しばし踊ろうではないか」


 ウォォォォォォ!


 激怒した巨大魔獣ベヒーモスは加速してブラットを追った。ハティとブラットは一陣の風のように魔物の群れを駆け抜ける。そして巨大魔獣ベヒーモスがブラットを踏みつぶさんとする度に、近くを並走する魔物を指差し入れ替わった。


 ボフン。ボフン。ボフン。ボフン。

 右へ左へ飛び回る。


 途中でMPポーションをグビッと飲み干して補給をしつつ、自由自在に魔物と位置を入れ替えて、巨大魔獣ベヒーモスを相手取り踊った。その様はまるで、ひらりひらりと、木の葉が風に舞っているようだった。


 ――しかし。


 2本目のMPポーションに手を伸ばし、僅かによそ見をしてしまった、その時だった。真横からスライディングをしてきた蜥蜴走者リザードランナーに足を取られ、すっ転んでしまった。


 ブラットとハティはゴロゴロと地面を転げまわる。

 そこへ怒り角牛(アングルホーン)の群れが襲い掛かった。


「ひえぇぇぇぇ! 助けてぇーっ!」


 目の前に迫る死の恐怖に、ブラットは一瞬でヘタレ忍者になり下がり、あわあわと口を動かし、ギュッときつく目を閉じた。


 ――そこへ。


「しっかりしてくださいませっ!」


 天から叱咤する声。見上げると、木の枝の上に狩人レンジャーの少女が立っていた。緑色の髪の毛の、優し気な顔をした女の子。エストのパーティーにいた、本職の狩人レンジャーである。


 少女は弓を引き絞って叫ぶ。


「降れっ! ”千の鋭雨(サウザンド・アロー)“ッ」


 天に向けて矢を放った。


 狩人レンジャーの攻撃スキルの大半は、魔力の込められた弓矢による半魔法攻撃である。緑色の魔力を帯びた弓矢は宙で無数に枝分かれし、針の雨となって魔物の群れに降り注いだ。


 トストストストストス。

 ブラットに迫っていた怒り角牛(アングルホーン)の群れを殲滅していく。


「ハティ! 〈急いで拾って、走りなさいっ!〉」


 アオー!


 召喚士の命令を受けて、ハティはその身を淡く発光させながら、ブラットを口にくわえて背中へ投げ上げ、再度疾走を始める。


「ハティはわたくしの相棒なんです。しっかりやってくださいよ?」


 少女はぷくっと頬を膨らまして腰に手を当てた。それから”潜伏“スキルを使って、再び樹上に身を隠す。


「ふえぇー! 怖かったよぉ!」


 危ない所を救われたブラットは目に涙を浮かべつつ、気を取り直してラストスパートをかける。その後はミスなく”変わり身の術“で巨大魔獣ベヒーモスの突進をかわしつつ、ひたすらに地を駆けた。

 やがて進む先にライ麦畑が姿を現す。


「見えたっ!」


 ブラットは叫んだ。

 あと少し。前傾姿勢になってさらに加速する。


 眼前に広がる金色の海原の中央には、2人のキャッチャーが立っていた。


 ルーチェと神官の男。

 カウカウズとスプラウツの正捕手である。


 キャッチャー・イン・ザ・ライ。


 ライ麦畑に立つ2人の捕手は、剛速球ベヒーモスを受け止めんと、背中合わせに並び立ち、まるで予告ホームランでもするように杖を構える。


「さて、あなたの大好きなストレートですよ?」


 ルーチェは悪戯っぽく笑った。


「……やれやれ。まだ覚えてたのか、君は食えない人だなぁ」

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