サヨナラ
時を僅かにさかのぼる。
ブラット、ノア、ドレミィの順に隊列を組んで、3人は道をひた走っていた。『導きの蜘蛛糸』の示す方向へと向かって。
ドレミィは走りながら思考する。
(山田とルーチェがいなくなった今――ボクの魔法残り2発と、ブラットのスキルを使ったとしても、おそらく突破できる部屋はあと1つ。ノアは……あんまり期待できないし)
監督代行。
ルーチェがいなくなった今、ドレミィがこのパーティーの命運を握っていた。
(……プレッシャー。ルーチェ。キミはいつも、こんなに重たい責任を負ってたんだね)
ドレミィは前を走る2人の背中を見る。ブラットとノアの命の行方を、自分の出す指示が左右するのだと考えると、胃の奥が締め付けられる思いだった。
(ボクが死ぬのは問題ない。ボクはもう、半分死んでるようなもの。だから問題なのは、2人の命。ここで終わらせるわけには……いかない)
ドレミィはキッと前方を睨む。
角を曲がると次の部屋が見えてきた。
(お願い。かみさま。どうか次の部屋に、出口が、出口がありますように……っ!)
ドレミィは柄にもなく祈った。部屋へと足を踏み入れる。
そこはこれまでの部屋よりも、3倍は広い大部屋だった。『導きの蜘蛛糸』は部屋の対角線へとまっすぐに伸びている。
魔物ひしめく部屋の、遥か向こう。
そこに、眩い光を放つ柱が聳え立っていた。
――帰還光柱。
触れるとパーティーを迷宮の外部へと誘う脱出口だ。
「あったぁぁ! 出口があったよぉぉぉ!」
ノアが歓喜の声を上げる。ブラットとドレミィの顔にも希望が差し込んだ。
ドレミィは声を張り上げる。
「行くよ、みんな! ここが踏ん張りどころっ!」
「「うんっ!」」
部屋に侵入した一行に気付いた魔物たちが、殺気を漲らせて駆け寄ってくる。
「凍てつけ大気よ。かの群れを襲う暴威となれ――」
ドレミィは詠唱、そして一時中断。
「ブラット! ノア! 隊列変更ッ!」
前を走っていた2人は急ブレーキを踏んだ。ドレミィが追い越して最前列に躍り出る。魔物の群れは、目と鼻の先。
「唸れッ――”凍てつく暴威“ッ!」
前方にかざした杖の先端が冷たく青い輝きを放ち、扇状に暴力的な吹雪がほとばしる。飲み込まれた魔物たちは、みな一瞬で消え去っていった。
魔力酷使による過剰な暴力。
さながら死神。
守護神として上がる9回のマウンドでそうするように、圧倒的な力で魔物を次々と刈り取っていく。吹雪が消え去ると、前方にぽっかりとスペースが生まれた。
「さぁ! はしれっ! はしれーっ!」
ドレミィは叫んだ。彼女にしては珍しく。
止まっていたブラットとノアは疾走を再開する。部屋の端にある帰還光柱までは、まだ距離があった。およそバックスクリーンから、ホームベースまでの距離。
走る3人に、両サイドから魔物が迫ってきた。ドレミィは次の手を打つ。
「ブラット! 分身のスキルっ!」
「ぎょ、ぎょぎょぎょ! ぎょいーっ!」
この土壇場の場面で、ブラットのメンタルはボロボロだった。メンタルの弱い忍者なのだ。目に涙を浮かべて疾走しつつ、両手を胸の前で組み合わせて唱える。
「忍法っ! ”分身の術“っ!」
するとたちまち、ブラットの体がボンっと煙に包まれて、2つに分裂した。
”分身“
自立行動が可能な、魔力で組成された分身体を生み出す、忍者というクラスの代名詞とも言うべきスキル。
「どっちが偽物っ!?」
「我だ」
右を走る方のブラットが手を挙げた。そのブラットは、これまでに見たことがないほど凛々しく、自信に満ちた顔をしている。
確かに偽物であるらしかった。
ドレミィは何か言葉を返す代わりに、『魔物寄せの白蜜』の入った瓶を投げつけた。パリンと音がして割れて、白い液体がブラットの分身体にかかる。
「行ってこいッ!」
「承知した」
ブラットの偽物はパーティーとは逆の方に駆けだした。魔物の群れが囮へと押し寄せる。舞うようにして反撃の太刀を浴びせはするが、そもそも分身体はHPが低い。ブラットの分身体はすぐに消え去ってしまった。
しかしそれでも、時間を稼ぐことはできた。帰還光柱まで、残す距離はあと半分といったところ。ドレミィは再度詠唱を開始して、先ほどの要領で前に出て、前にピンと腕を伸ばして杖をかざす。
「唸れッ――”凍てつく暴威“ッ!」
荒れ狂う吹雪魔法によって魔物の波が消え去っていく。
そうしてついに、帰還光柱までの道のりが完成した。だがこれでMPは尽きた。あと3人にできることは、必死になって足を動かすことだけである。
「ここからはバラバラになって進む! ボクが右! ノアが左! ブラットが真ん中! 3方向に分かれて走る! 誰か1人で良い! 帰還光柱に辿り着けっ!」
それまで縦に隊列を組んでいた3人は、ドレミィの号令によって、僅かに進路を変えて枝分かれして走り出す。
固まるよりもこちらの方が合理的。誰か1人でも辿り着けばよいのである。
とはいえ本命は、真ん中のルートで最短距離を走るブラットだ。ドレミィが彼女を真ん中に指名したのは、彼女が3人の中で最も足が速いからである。
盗塁ならブラットが1番得意。
――しかし。
ドレミィは失念していた。もっとも重要なことを。
ブラットは、ここぞの場面に、極端に弱いのである。
チャンスで打った試しがないのだ。
――ベシャ。
あろうことか。
「わぶっ!」
ブラットは躓いて転んだ。顔面を強かに打ち付ける。
「あ、あぁ、ぁぁぁ」
致命的な失策。
へたと座り込むブラットの元へ、魔物が殺到する。
何とか立ち上がり、2本の刃を抜いて舞うように応戦して延命を図るが、こうなってはもう、帰還光柱を目指すことはできない。
一人目の脱落である。
「ブラットっ!?」
ノアが首だけで振り返って叫ぶ。
「構うなっ! 前だけ見て走れっ!」
それをドレミィが一喝。今更助けに向かってもどうしようもないのだ。助かるとしたら、ドレミィかノアのどちらかが、帰還光柱に辿り着く以外にない。
ドレミィは必死に足を動かすが、彼女はさほど俊敏性が高くない。頭上を大雷鳥がバッサバッサと翼をはためかせて追い抜き、ドレミィの進行方向に立ちふさがった。
「……くっ!」
それでもなんとかしようと、ドレミィは短い教鞭のような杖を思い切り叩きつけた。
――ぺち。
ノーダメージ。いたずらに怒らせてしまったのか、大雷鳥の避雷針のように発達したトサカにバチバチと紫電が走り、お返しの大放電を食らった。
「があああああっ!」
電撃に打たれ、ドレミィのHPは大きく減った。至近距離で食らったために、麻痺の状態異常のおまけつきである。どしゃりと地面に横たわった。
これで二人目の脱落。
ブラットは舞うように応戦しながら、そしてドレミィは顔だけで見上げて、ノアの背中を見る。『期待』の眼差しを――送る。
「ノアぁぁぁぁ! お願いしますぅぅぅ! 助けてぇーっ!」
ブラットは縋るように叫んだ。
「ノアっ! いけっ! あとはキミだけが頼りっ!」
ドレミィも普段は希薄な表情を思い切り歪ませ、唾を飛ばしながら叫んだ。
2人の『期待』を背中に受けて――。
ノアの習得していたパッシブスキル、”大舞台“が効力を発揮する。その効果は、「期待されるほどにステータスが上昇する」というもの。
2人の声援が色を帯び、魔力となって、ノアへと集う。
応援が――力に変わった。
「ノアちゃんにっ! まっかせなさぁぁぁぁいっ!」
全力でダッシュしながら、ノアは右手を掲げて見せた。
阿呆なエルフ。どんな時でも能天気。
それが今では、心強い。
ブラットとドレミィ、2人が倒れて2アウト。
しかし、野球は2アウトから、なんて言葉もあるのだ。
帰還光柱に触りさえすれば、この迷宮から脱出できる。
ノアがサヨナラのランナーなのだ。
――そして。
サヨナラの場面で、ノアほど頼りになるやつは、他にいないのだ。
2人に送られた声援によって上昇するステータス。
体に力が漲った。
ノアはキッと前方を見据える。左右からスライディングで突っ込んできた蜥蜴奏者を跳躍してかわし、着地したところに突進してきた怒り角牛を跳び箱のようにして飛び越え、前方から滑空して襲い掛かる大雷鳥をスライディングで潜り抜ける。その合間合間に飛来してきた筋肉飛蝗は、矢を放って撃ち落した。
もはやそれは奇跡の連続。
もう一度同じことをやれと言っても、絶対にできないような身のこなし。
「「いっけぇーっ!」」
ドレミィとブラットの声が重なる。
帰還光柱の手前には、我こそが最後の守護者とでも言わんばかりに、屈強な体つきの魔物――装甲巨猿が立ちはだかっていた。それはさながら、ホームベースへの突入をブロックするキャッチャーのようである。
ノアは回り込むようにヘッドスライディングをした。弓なりに体を曲げながら飛び込み、器用に装甲巨猿のブロックを躱す。
ズザァァァ。
際どいプレーだが、しかし――。
ノアがピンと伸ばした手の指先は、帰還光柱に僅かに触れた。
生還である。
次の瞬間、迷宮の中にいた山田とルーチェも含むパーティーメンバー全員の体が透過して消え、入口の洞穴からペッと吐き出されるようにして、5人の体が外に排出された。
女帝迷宮からの奇跡的な生還を遂げたのである。




