日常、及び、悪意の脈動
メイランド村に常駐するようになって2カ月と少しが経った、六月後半の頃のことだ。
近場での魔物討伐クエストを終えて冒険者ギルドに帰ってくると、部屋の中でコニーが待っていた。
「あ! にーちゃんたち! ようやく帰ってきたな!」
「お、どうしたコニー? 俺たちになんか用か?」
「今日はにーちゃんたちに用があるんだ! ついて来てくれよ!」
コニーは山田の手を取って走り出した。パーティーメンバーもその後ろに付いて行く。道ですれ違う村民たちには、「お! イッキュー! がんばれよ!」などと口々に声を掛けられた。村で暮らすこと2カ月。パーティーはより親しまれる存在になっていた。
コニーに連れられて村長の家に入ると、家族全員でパーティーを出迎え、机を囲んだ椅子に座らせてくれた。
机の上には、たっぷりと生クリームの塗られたパンケーキが置かれている。
「こ、これはまた、美味しそうなお菓子ですね! 今日は何かのお祝い事ですか?」
ルーチェは目をキラキラとさせてお菓子を見ていた。
「えぇ。実はコニーの誕生日でして。今日で10歳になるんですよ」
「そーだったのか! おめでとう、コニー!」
山田はワシワシとコニーの頭を撫でてやった。
「うんっ。ありがと、にーちゃん!」
「じゃあ、これはコニー君の誕生日プレゼントってことだねー! いーなー! ノアも食べたいなー!」
「ちょっと、ノア! いくらなんでも図々しいですよ!」
ルーチェはキッとノアを睨んだ。
それを見た村長は「ほっほ」と穏やかに笑う。
「いや、ルーチェさん。良いんですよ。今日はむしろ、あなた方にケーキを振る舞うことが目的だったんです。これはコニーへのプレゼントではありません」
「え? でもそんな。このような砂糖を使った高級品、ほいほい食べさせてもらうのは悪いですよ?」
「いえ――そうおっしゃらず、どうか食べてあげてください。実はこれ、『10の逆祝い』という、この村に伝わる風習でしてね。10歳の誕生日には、子供は祝われるのではなく、逆に自分が大事に思っている人に、ケーキを食べさせるという風習があるのです」
「なぜ、そのような風習が?」
ルーチェは首を傾げた。
「この村では、10歳は大人への準備を始める歳とされており、10歳の誕生日に子牛を一頭プレゼントして世話を一任することで、仕事に対する意識を養います。皆さんにケーキを振る舞うのもその一環で、将来自分のすることになる仕事に、誇りを持つために必要なことなのです」
「どういうことでしょう?」
「そのケーキ、砂糖を除けば、すべてこの村で取れたものが材料なんです。この村の畑で取れたライ麦で焼いた生地と、この村の牧場で絞った牛乳で作られた生クリーム。言わばそのパンケーキは、わしらの為した仕事の成果なんです」
山田はまじまじと卓上のケーキを見た。
「成した仕事の成果、ですか」
思えば、この世界に来て初めて見るお菓子である。実に美味そうだった。
「そうです。皆さんにケーキを振る舞うのは、そうして作られたケーキで、喜んでくれる人間がいるということを、改めて子供に教えるのが目的なんです。自分の成した仕事で喜ぶ人間がいると知ることは、仕事に対する誇りに繋がります。だからみなさんには、是非とも美味しそうにケーキを食べてもらいたいのです。どうか遠慮はしないでください」
「……なるほど。わかりました。とても素敵な風習ですね。そういうことでしたら、ありがたく頂きます」
コニーの母親はパンケーキを切り分けて皿に乗せ、山田たちの前に置いていった。
パーティーメンバー5人に行き渡ると、それでパンケーキはなくなってしまう。
「あれ、コニーの分は?」
「俺の分はないよ! 逆祝いだから!」
「えぇ。でもなぁ、コニーの分が無いんじゃ、悪い気がして食えねえよ。ほら、俺のやつ半分こしてさ、コニーも一緒に食べようぜ?」
山田はフォークでパンケーキを半分に切った。
「でも……」
コニーは伺うように村長たち家族の顔を順番に見た。
山田も後押しをしてやる。
「ケーキが良いものだっていうのを確認するなら、自分も美味しいって思えないとダメなんじゃないですか? だから、コニー君にも食べさせてあげてくださいよ」
コニーの母親はそれを聞いて、にっこりと嬉しそうに笑った。
「振る舞う方がそう仰ってくれるなら。ほら、コニーも遠慮せず、頂きなさい」
「うんっ!」
コニーはにこにこと嬉しそうにパンケーキを受け取った。他のパーティーメンバーもコニーに分けていく。
その過程で、ブラットは猫耳をピクと動かした。
「む。ノアの切ったやつだけ、小さいのではないか? 我が目は誤魔化せんぞ!」
「えー! そそそ、そんなことないよぅ!」
「……せこい」
ドレミィはジトと呆れた視線を送った。
そんな風にして5人全員が切り分けると、コニーの皿には2人前はあろうかというパンケーキが盛られていた。
実際のところ、この村の『10の逆祝い』という風習は、こうするのが本来の形であった。パンケーキを振る舞われた大人は、必ず子供に分け与えることになっている。村長がいちいち説明しなかったのは、山田たちなら自然とそうしてくれるだろうと思ってのことだった。
「それじゃあ、頂きましょうか!」
ルーチェの声を合図に、みなは一斉に、生クリームを乗せたパンケーキを口に運んだ。
独特の風味を持つ、やや歯ごたえのあるライ麦のパンケーキ。そこに生クリームのとろけるような甘さが加わって、調和を生んでいた。
ライ麦と乳の共演。
メイランドという村の味。
「美味いな!」
「そうですね。頬っぺた落ちちゃいそうです」
山田たちはみな一様に、幸せそうな顔をしてペロリと平らげた。
〇
「これが俺のもらった牛なんだ!」
ケーキを食べ終えると、コニーに手を引かれ、家の裏にある牧場に連れて行ってもらった。牛舎の中、木柵で囲まれたスペースの一つに、まだ幼い牛がいた。
「おー。可愛いな! なんて名前なんだ?」
「ホームラン!」
「はは。良い名前だな」
「だろ? なんてったって、ホームランは最強だからなっ! 俺が立派な牛に育ててやるんだ」
コニーは得意げに胸を張った。
山田は子牛の目線に合せるようにしゃがみ込んだ。
「にしても、牛かぁ、懐かしいなぁ」
「イッキューも飼っていたのですか?」
ルーチェは山田に問いかけた。
「俺が飼ってたってわけじゃないんだ。爺ちゃんが酪農やっててさ、小さい頃に遊びに行くと、よく牛を眺めてたんだ」
「へぇ……。ということは、祖父の家はメイランドのような、農村にあったのですか?」
「うーん。まぁ、農村ってわけじゃないんだけどな。海沿いの街で、どっちかっていうと、農村より漁港って感じかな? 小さい頃は、よく爺ちゃんの家に遊びに行って、あぁいう牧場で、キャッチボールとかしてもらってたなぁ」
牛舎の外に広がる、牧草が生い茂る光景を、山田はどこか遠い目をして眺め、現実の世界での幼い頃の記憶に思いを馳せた。
キャッチボールという言葉を聞いて、コニーは途端にそわそわとし始めた。
「なぁ! 俺も爺ちゃんとキャッチボールしたい!」
「ほっほ。久しぶりにやるか? まだまだコニーには負けんぞ?」
コニーは村長の服を引っ張って牛舎から出て行った。
山田たちも外に出て、牧草地に座り込み、キャッチボールをする村長とコニーを眺めていた。2人の向こうには、収穫を控えて金色の穂をつけた、ライ麦畑が一面に広がっている。
平和という言葉を絵にしたような、牧歌的な光景だった。
「のどかだなぁ」
「えぇ。とても」
今日はぽかぽかと日差しが暖かく、横になったら眠ってしまいそうだった。
「なぁ、俺たちも、キャッチボールしようぜ」
「良いですね。見てたら、私もやりたくなってきました」
鞄からグラブとボールを取り出すと、村長たちの隣でパーティーメンバーもキャッチボールを始めた。みんな、ゆったりと流れる時間を楽しむように、ボールを捕ったり投げたりして笑った。
綿あめのような入道雲が浮かぶ、真っ青な空。降り注ぐ陽光を反射して金色に輝くライ麦畑を背景に、子供のように無邪気に笑いながらキャッチャーミットを構えるルーチェの姿は、まるでライトノベルの表紙のようで――。
(異性として見るなって言われたけど、やっぱり、女の子なんだよなぁ……)
いつにもまして可愛く見えた。
メイランド村での穏やかな日常の1コマ。
平和な時間。
――しかしそれは。
山田たちがこの村で過ごした、最後の日常だった。
日常はある日、何の前触れもなく、突然、音を立てて崩れ去る。
脅威がこの村に近づいていることを知る者は、まだ誰一人としていなかった。
〇
時を僅かにさかのぼる。
メイランド村の近くにある山の、中腹にある洞穴の中。
コツ、コツ、コツ――。
岩壁に含まれた魔光石の淡い光が照らし出す洞窟内の道を、4人の人影が靴音を鳴らして歩いている。
4人は以下のような顔ぶれだった。
不健康そうな白い肌をした幼女。
黒い神官服に身を包んだ背の高い男。
白髪をなびかせる豊満な肉体のダークエルフの女。
笑顔の狐面に黒いフードを被った小柄な剣士。
先頭を歩く幼女が、後ろを歩く黒い神官をちらと見て言う。
「こんな辺鄙な場所にある洞穴に、あのような強力な認識阻害魔法がかけられておるとは……。どうやらお主の言っていたことは本当だったようじゃの? 教祖様よ」
「疑っていたのかい? ノーライフ・キングよ」
「そりゃ多少は疑うじゃろ。かつて魔王が所持した『悪の神臓』が、こーんな辺鄙なところに封印されとる等、与太話も良いところじゃ。嘘なら白骨に戻してやろうと思っておったが、どうやら期待できそうじゃな?」
「はは。白骨に戻すなんて勘弁してくれよ。せっかく最近になって、ようやく色々なことを思い出せたんだからさ。まったく。大事なことを忘れちゃうなんて、アンデッドというのは不便なものだね」
「贅沢を言うな。普通はお主のように、自我があること自体珍しいんじゃから」
――コツン。
4人は洞窟の奥へと辿り着き足を止めた。
そこは広間になっており、中央には簡素なつくりの、魔法陣が刻まれた石の台座があった。台座の上には野球ボール大の紫の宝玉が安置されており、その中には赤黒く禍々しい臓物のようなものが入っていて、一定のリズムで脈動していた。
――ドクン。ドクン。ドクン。
まるで何かを訴えかけるように。
ダークエルフの女が屈みこんで、マジマジと観察する。
「これが『悪の神臓』? グロテスクねぇ。にしても、なぜこんなにも無防備にほっぽってあるわけ? 仮にも世界の命運を左右するようなものなんでしょ? 何の警備もないのは、どういうわけなの?」
黒い神官が答える。
「世界の命運を左右するからこそ――さ。『悪の神臓』には世界を覆す力がある。魔王を倒した当時は、まだ種族間の争いというものがあった時代だから、『悪の神臓』をどこか1つの国が所有することを良しとしなかった。だから中立的な立場だった勇者のパーティーだけが知る場所に、認識疎外魔法を張って、ひっそりと封印することになったのさ」
笑顔の狐面を被った剣士が言う。
「なるほど。誰も知らない場所で誰にも知られないでいることが、最大の警備というわけか。警備をする人間がいるということそれ自体を良しとしなかった、と。しかしまさか、その勇者のパーティーメンバー自らが悪用を考えるとは、皮肉なものだな」
黒い神官は肩をすくめる。
「そうだねぇ。僕自身も、当時は想像できなかったよ」
「人間、時間が経つと変わるもんじゃからな。……それで、これ、どうするんじゃ?」
「『悪の神臓』はこのままでは力を発揮できない。ここから持ち出して、僕たちの手で地道に育てる必要がある」
黒い神官はむんずと『悪の神臓』を掴んだ。
「育てるとは、具体的にどうするのじゃ?」
「絶望を吸わせるのさ」
黒い神官は言った。
「FからA、世界に6段階ある魔力帯それぞれで、人間の抱く様々な絶望を吸わせることで、『悪の神臓』は成長していく。1つずつレベルアップしていくみたいにしてね。僕たちで分担して、これから少しずつ時間をかけて育てて行こう。世界を覆す為に」
「本当にそんなことができるのかしら?」
「疑うなら別に手を貸してくれる必要はない。1人で勝手にやってくれ。奴隷女王。ダークエルフを率いて、テロでも何でもしたらいい。そんなことで、根本的に世界が変わるとは思えないけどね」
「……ふん。嫌味なやつ。ま、いいわ。協力することで私たちに損はないし。しばらく付き合ってあげる」
「……さて、こんなところにはもう用はない。さっさと行こうか」
黒い神官は『悪の心臓』を懐にしまい込むと、踵を返して歩き始めた。他の3人もその後に続く。
「おい。教祖様よ。この場所はそのままにしておいても良いのか? こんな洞穴があったっていう証拠は、隠滅しておいた方が良いんじゃないのか?」
ノーライフ・キングは後ろを振り返って尋ねた。
「なに、放っておいても大丈夫さ。ここは魔力の流れが交わる場所。ルーキーレベル帯の中にある特異点だ。これまでずっと、認識疎外魔法を張るのに利用されていた魔力が、一気に溢れて渦巻いて、この場所には間もなく迷宮ができるだろう。それで洞穴ごと消滅してくれるよ」
「ふむ。なるほど。ということは、とびきりヤバい迷宮ができるんじゃないか?」
ノーライフ・キングが見つめる先、洞穴内には早くも、紫色のキラキラとした粒子が漂い始めていた。それは魔力の蓄積――迷宮ができる予兆である。
「あぁ。そうだろうね。おそらくはこれまでの反動で、まず間違いなく女帝迷宮ができるだろう」
「良いのか? 近くにあった村の人間が死ぬかもしれんぞ?」
「そんなの僕の知ったことじゃない。これから世界を覆そうという人間が、そんな些細な犠牲を気にしてもしょうがないだろう?」
「ふ。元勇者パーティーの人間が言うこととは到底思えんな」
笑顔の狐面を被った剣士は呆れたように言った。
「魔王を倒してから、僕にも色々あったのさ。まったく。こんな世界、救うんじゃなかったなって、今では心からそう思っているよ」
4人はその場から立ち去っていった。
後に彼らは、世界を混沌に陥れることになるが、それはまだまだ先の話。
それよりも今の時点で問題なのは、この洞穴がメイランド村の直近にあるということだった。
ここは魔力の流れが交わる地。とびきり濃ゆい魔力が溜まる場所。
それまでは認識阻害魔法の維持に使われていた魔力が、周囲にみるみる立ち込めていく。
4人が立ち去ってからしばらく時間が経った頃、洞穴の内部を満たした、ルーキーレベル帯においては異次元に高い魔力が、1匹の強大な魔物を生み出した。
クイーンを上回る存在――女帝。
ウォォォォォォ!
咆哮が反響する。
そしてそこには、迷宮が形成された。
女帝迷宮。
それは尋常の迷宮よりも魔力が溜まるのが早い迷宮。
イレギュラーにして、最悪の災厄の予兆。
日常が、音を立てて崩れようとしていた。




