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令和の怪物、異世界召喚される

 ファンボーケン。


 東の大陸の中央に位置する、ルーキーレベル帯の地域で最大の街だ。


 その街にある神殿の内部、石造りの円形の祭壇で、一人の少女が膝をついて祈りを捧げていた。彼女のすぐ前の石床には、複雑な魔法陣が彫刻されている。


 澄んだ空のような青色のツインテールが特徴的な、小柄な少女だった。まだ幼さを残す顔立ち。白いローブを羽織り、革製の大きな鞄を肩から提げていた。体躯に比して大柄な杖を床に置き、両手を合わせて瞑目している。

 少女の前に立つ司祭が言う。


「それではこれより、召喚の儀式を行う。汝、召喚士の血を引くものよ。召喚の魔法陣はこの、『投手ピッチャーの召喚陣』で相違ないな?」

「はい。間違いありません」

「では、召喚獣に望む力を言葉にしたまえ。言葉は力だ。言葉は祈りだ。言葉は願いだ。さぁ、運命を共にするものに、汝が望む力を口にせよ」

「――はい」


 甲高い少女の声が、静謐な空間に反響した。

 召喚の儀式。それは生まれつき召喚の力をその身に宿すものが、15歳の成人後に、人生で一度きり行うことができる儀式だった。自身が望んだ条件を満たす生物を、異世界から1体召喚し、命令に忠実な従者とすることができる。

 その際に用いる召喚の魔法陣の記載には、召喚する生物に、何らかの技能を予め習得させる効果がある。少女が召喚に際して選んだのは、投手ピッチャーに必要な技能を習得させる魔法陣であった。


「私は、野球のルールを理解するだけの知性を持ち、前衛を任せるに足る、屈強なモンスターを従者に望みます」

「その言葉に偽りはないな」

「神に誓って」


 少女がそう言うと、彼女の体と魔法陣が、共鳴するように白い光を発した。

 光は徐々に輝きを強め、拡散して空間を満たし、少女の視界を覆う。

 やがて光が弱まると、魔法陣の上に、一人の人影が姿を現した。


 〇


 目の前の光が弱まるのを感じ取り、山田はギュッときつく閉じていた瞼を開いた。

 石造りの祭壇。

 床に刻まれた魔法陣の上に、東北ファルコンズのレプリカユニフォームを着て、山田は突っ立っていた。後ろポケットにはウイニングボールの感触もある。

 転生召喚とやらが完了したのかと、山田はキョロキョロと周囲を見渡してみる。

 自分の他には司祭と少女がいた。司祭はぽつねんと立ち尽くし、少女は膝を床につけて祈るような体勢を取っている。

 そしてそのどちらもが、ぽかんと間抜けに口を開けて山田を見ていた。

 しばしの沈黙。


「……あの、もしもし? 俺を呼び出したのは、どちら様でしょうか?」


 山田は二人を順に見渡した。

 一人は気弱そうな顔をした初老の男。

 もう一人は愛らしい容姿の小柄な美少女。青いツインテールが目を引く。真面目でしっかりものという印象を受けた。


(どうせなら召喚者とやらは美少女の方であってくれ……っ!)


 山田は切に祈った。


「しゃ、喋りました!」


 少女は立ち上がって、目を大きく見開いて、山田を指差した。


「うむ。喋ったな」


 二人の会話が日本語として聞こえて、山田はまずは安堵した。神様はちゃんと仕事を果たしてくれたらしい。

 少女は隣に立つ司祭の服に縋り付いた。


「どういうことですかーっ! 司祭様っ! 私が望んだのはモンスターです! 屈強なモンスターなのです! アレ、どうみても、人間の男じゃないですか! 確かにちょっとガタイは良いですけどもっ! 私、男の人苦手なんですよっ!?」


 いきなりアレ呼ばわりとは、可愛い顔に反してなかなか辛辣な少女である。


「いや、わしに言われても……。知らんよとしか。だって、別にわし関係ないもの。本来召喚って魔法陣さえあれば一人でできるものだし? さっき厳かな感じで、神に誓ってって言ったじゃない? 自分の言葉には責任持とうよ。それじゃわし、もう行くから」


 司祭はすごすごと祭壇から出て行ってしまった。


「そんなーっ!?」


 少女はその場に崩れ落ちた。


「召喚は人生で一度きりしかできないんですよ! やり直せないんです! 私にあんなのと一緒に旅をしろというのですか! おぉ神よ! あんまりです!」


 少女はさめざめと泣いていた。


「おい。お前。さっきから、アレだの、あんなのだのと、失礼な奴だな! それにその神とやらに俺は――」

「ちょっと〈黙っていて〉ください! 現実を受け入れるのにもう少し時間がいります!」


 少女にそう言われると、山田の体が淡く発光し、口が縫い付けたように開かなくなった。


「むううむうむむん!」


 喋ろうとしても言葉にならない。

 不思議な出来事に慌て、どういうことかと少女に近寄ろうとした。


「〈近寄らないで〉っ! 〈おすわり〉!」


 しかし少女に命じられると、またも山田の体は淡く発光し、その場に犬のようにして座り込んだ。

 かなりの屈辱である。

 187センチの大男がおすわりをする様は、控えめに言って無様だった。

 少女はしばらくの間、両手を床についてうなだれていたが、置いてあった大杖を手に取り、それを支えによろよろと立ち上がった。


「……し、仕方ありません。ゴブリンか何かを召喚したと思うことにしましょう。これは人間の男ではなく、ゴブリン。ちょっと賢いゴブリン。大きなゴブリン。ゴブリンゴブリンゴブリン……。よし。幸い命令にはちゃんと従うようですし……。ほら、あなた、言葉は話せるんですよね? もう〈口を開いても良い〉ですよ。自己紹介をしてください」

「山田一球。高校生だ」


 お座りの姿勢のまま、口を尖らせて言う。


「ヤマダイッキュー? コウコウセイ? うーん。ゴブリンの言語はよくわかりませんね」

「ゴブリンじゃねぇ! 人間だよ! ヤマダが名字でイッキューが名前だ!」

「うわっ。び、びっくりしました。わかりましたよ。変わった名前だから、わからなくても仕方ないじゃないですか。では、あなたのことは、イッキューと呼びましょう」

「ていうか、何したんだ? 体が動かないんだが」

「それは召喚士としてあなたに命じたのです。召喚士は呼び出した召喚獣に意識して何かを命じれば、強制的に従わせることができるのです」

「えぇ……じゃあ俺は、絶対服従ってことかよ……」

「そういうことになります」


 山田はうんざりとした。神様はそんなこと言ってなかった。

 少女を見上げる。悪い人間ではなさそうだが、野球をやらせてくれるのだろうか?


「なぁ、お前、なんて名前なんだ?」

「むう。いきなりお前呼びとは、失礼な従者ですね。困ります。私のことは、ご主人様と呼んでください」


 ルーチェは小ぶりな胸に手を当てて言った。


「名前を聞くならば、ご主人様、名前を教えてください、と言うのです」

「…………」


 聞く人が聞けば、平伏して感謝を捧げる有難い御言葉である。しかし特殊な性癖を持たない山田は、いきなり受ける犬のような扱いに、仏頂面で無言を貫いた。


「どうしたのですか? さぁ、イッキュー。ご主人様、名前を教えてください、って言ってください。命令はしませんよ? 自分の意思でちゃんと言ってくださいね? 従者の躾けは最初が肝心であると、『召喚士の心得』という本に書いてあったのです。で、できないなら、その、お、お仕置きしちゃいますよ?」


 少女は困ったような顔で首を傾げた。健気にマニュアルに従っているという様子で、山田は毒気を抜かれたような気持ちになった。



「ごしゅじんさま、なまえをおしえてください」



 できるだけ感情を排除して無心で言った。

 ぱちぱちと少女は胸の前で手を叩いた。


「わーっ。よ、よくできましたっ。私の名前はルーチェ・フルーリィです。聖教徒で、クラスは神官です。ふ、不本意ですけど、よろしくお願い致します」


 ルーチェはぺこりとお辞儀をした。

 礼儀正しいのか、なんなのか、わからなくなる。


「あの、ご主人?」


 様を付けずに呼んだのは、山田のせめてもの抵抗だった。


「な、なんでしょう?」

「とりあえず、この格好、やめさせてもらえない?」

「噛みついたりしませんか?」

「しねぇよ! 犬じゃないんだから!」

「うわっ。び、びっくりするから大きな声は出さないでくださいぃ。わかりました。〈もうやめても結構〉ですよ?」


 山田はようやくおすわりのポーズから解放され、すっくと立ちあがった。ルーチェは150センチに満たないくらいの非常に背の低い少女で、山田は187センチの大男。自然と見下ろすような形になった。


「大きいですね」

「まぁ、よく言われるよ」

「……にしても、なぜあなたのような人間が呼び出されたのでしょう。人間が召喚されるなんて極めて異例なことなんです。召喚士は、人間よりもステータスで上回るモンスターを召喚するのが良いとされていますし、実際に私も屈強なモンスターを望んだのです。なのになぜ……。イッキュー。何か心当たりはありませんか? 実はモンスターで、すでに人化の魔法を使っているということはないですか? 隠し事はしないでくださいね?」

「いや、俺は正真正銘、人間だぞ? モンスターなんて物騒なもんじゃあ……」



(応援してるぞ。『令和の怪物モンスター』)



 その時、神様が去り際に言った言葉が、脳裏に響いた。


「……あ」


「……あ?」


「そう言えば、俺、『令和の怪物かいぶつ』って呼ばれてたけど、まさかそれで……?」


 山田は思い出す。

 確か神様は「多少の無理を押して君を選んだ」と言っていた気がする。


 ――もしかして。


 モンスターを召喚したいというルーチェの望みを、自分を転生させる為に、神様は拡大解釈したというわけなのか?

 怪物。

 すなわち、モンスターである。


『令和の怪物モンスター』。


「急に黙ってどうしたのですか? レーワの怪物ってなんですか? 強いんですか?」


 ルーチェは不安そうに山田を見上げている。


(人生一度きりの召喚とやらで、不本意に人間が出てきたら、そりゃあ不満か……。屈強なモンスターって、ドラゴンみたいなやつを期待してたりしたのかな?)


 少女の落胆は理解できた。

 人生で一回しか引けないガチャで、スーパーレアどころか、ノーマルを引かされたような気分なのだろう。手をついてうなだれるのも無理はない。

 強いんですか? とルーチェは聞いたが、そう聞かれて、弱いんですと答えるようなことはしたくなかった。

 それでは、あまりにこの少女が不憫だろう。


 何かを聞かれたら、とりあえず、イエスと答えるのが山田の性分だ。


 あのピッチャー、打てる? 打てます。

 次の回、行ける? 行けます。

 このピンチ、抑えられる? 当たり前です。


 結果が伴わないことはもちろんあったが、それが山田という男の基本姿勢だった。

 責任感は人一倍あるのに、ある意味では無責任。褒められたものではない。だからこそ、熱中症で倒れて死ぬことになったのだ。それでも、今更生き方は変えられない。


 馬鹿は死んでも治らない。

 だから、とりあえず虚勢を張ることにした。


「そうだ。強いぞ。めちゃくちゃ強い。俺は『令和の怪物』。こう見えて、俺のいた世界のレーワっていう時代を、代表するモンスターなんだ。『令和の怪物』ってのは、人間だけどモンスターくらい凄いっていうような意味だ。だからまぁ、そんな不安そうな顔すんなよ。俺は頑張るぞ。ご主人、期待してくれ!」


 どんと右の拳で胸を叩いた。


「……わかりましたっ!」


 ルーチェはパッと光が差したように笑った。

 山田の心臓がトクンと高鳴る。

 眩しいくらいに良い笑顔だった。虚勢を張った甲斐があるというものだ。


「それじゃあ、早速実力を見せてもらいましょうか! 私について来てください」

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