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野球賛歌

 ノアに満塁ホームランを浴びたエストは、交代を命じられて降板した。


 6回1/3を4失点。

 7回途中までは完璧なピッチングだったにも関わらず、たった1球の間違いで、全てを無に帰してしまった。それが野球の怖さ。


 ベンチに引き上げるなり、エストはグラブを地面に叩きつけた。


「くそっ! 不甲斐ないっ! 情けないっ! リベンジの試合だったのにっ!」


 前回の試合で打ち込まれたのはエストも同じだった。彼女もまたルーキー。山田たちと同様に、レベルを上げて挑んだ雪辱の一戦だったのだ。


 ゆえに叫んだ。

 声を荒げた。

 怒りに任せて――グラブを叩きつけた。


 周りの冒険者がエストから距離を置く中、ブレアが1人近寄った。


「おい。ものに当たるな。グラブを拾え」

「うるさいっ! 偉そうに言うなっ! ブレアの癖に!」


 エストはブレアの胸倉を掴んだ。


「ガキが見てるだろうが」


 ブレアはそう言って、観客席に目をやった。村の子供が木柵から身を乗り出して、じっとエストを見つめていた。


「…………」


 エストは無言で手を離し、グラブを拾ってベンチに座った。

 ブレアがその頭をぽんと叩く。


「ま、次があるさ。やり返してやろうぜ」

「……ふん」



 〇



 山田は8回を無事に投げ切った。


 最終的に8回を投げて3失点。勝ち投手の権利を手にしての降板。点を取られはしたが、試合前に掲げたストライクで勝負するというテーマを守り、長いイニングを投げ切ることができた。


 そして9回。

 4-3でリードした場面でドレミィがマウンドに上がった。

 パーティーがレベリングを終えて帰ってくると、ジャックはドレミィを守護神に指名していたのである。



 ――守護神。



 それは9回のマウンドに上がり、少ない点差を守り切るピッチャーのことを言う。勝利を確定させるために、最後に切られる切り札だ。一般的に最も優れた球を投げるピッチャーが担う役割だが、1イニングに限定すれば、彼女より優れた球を投げるピッチャーはカウカウズにいなかった。


「ボクが思うに、守護神というのは、ただ抑えるだけじゃなくて、相手に絶望を与えないといけない」


 以前、ドレミィは山田に対してそんなことを言っていた。


「……絶望?」

「そう。絶望。その試合だけじゃなくて、それ以降も相手を恐怖に陥れるような絶望。出てきただけで、相手の牙を削ぐような。永遠に歯向かう気力が無くなるような。そんな圧倒的なピッチングを、抑え投手は、見せつける必要がある」


 ドレミィは9回のマウンドに上がると、乏しい表情をさらに凍らせ、冷徹な眼差しで打者を見下ろした。


 有言実行。


 左腕から放たれる、鎌の切っ先のように切れ味鋭く曲がるスライダーを武器に、打者を次々と三振に切り捨てて行く。

 ひらすらにアウトを積み重ねていく。

 その様子はさながら、淡々と鎌を振るう死神である。


 まさに絶望の体現者だった。

 マウンド上に君臨する絶対的な王者だった。


 ありえないほど急に曲がるスライダー。

魔力酷使オーバードライブ3倍“によって効果が上昇した氷属性の魔球。


 魔力酷使オーバードライブによる過剰な暴力(オーバーキル)

 戦闘だけでなく、野球においても、それがドレミィのスタイルだった。


 実際、ルーキーリーグにおいて、彼女ほどの変化球を投げるピッチャーは他にいなかった。

 何度も繰り返し見れば対応もできようが、全ての打者が初対戦。まともにバットに当てられなかった。


 初見殺しの変化球なのだ。

 ドレミィはここぞとばかりに、相手打者に絶望を植え付けていく。

 それが次回の対戦でも活きるはずだと信じて。


 そうして試合は、ドレミィの活躍で1点のリードを守りきり、カウカウズの勝利で幕を下ろした。

 それは強豪スプラウツ相手に、今季初めて上げた勝利だった。


 〇


 試合後、ジャックは山田とノアの背中をドンと叩いて、ベンチから送り出した。


「おら、行ってこい! 今日のヒーローはお前らだ!」


 バックネットの手前には木箱が置かれており、村長が2人を手招きしていた。

 山田とノアは小走りで近寄って、簡易なお立ち台に上がる。


 その瞬間、球場からは大歓声。口笛を吹き鳴らす音。


 村長は音拡散石が仕込まれた杖――マイクに向かって歌うように言う。


「メイランド村の皆さん! お待たせしました! ヒーローインタビューです! 今日のヒーローはこの2人。8回3失点で初勝利を挙げたイッキューさんと、逆転満塁ホームランを放ったノアさんです! どちらもこの村の常駐パーティー! 盛大な拍手をお送りください!」


 まるで大雨でも降っているような拍手が鳴り響いた。


 いつまでも鳴りやみそうにない拍手は、村長が「えー、では質問を!」と大きな声で言うことで、ようやく静まった。

 みな、ヒーローの言葉を聞きたいのだ。


「ではまず、逆転満塁ホームランのノアさん! 打った球はなんでしたか?」

「……んー。よくわかんない!」


 ドっ。

 球場が笑顔に包まれた。


「えー、まぁ、なんというか、ノアさんらしいお答えですね」

「どういうことーっ!」


 ドっ。

 ノアのインタビューは終始笑いに包まれていた。


 続く山田は、相手投手の印象や、登板にかける思い、初めてのお立ち台の感想などを聞かれ、慣れないながらも快活に答えていった。

 特別面白いことを言っているわけでもないのに、観客は耳を澄まして聞き入って、話の合間合間で拍手を送ってくれた。


「では、最後にお2人から一言ずつもらいましょう。まずはイッキューさん」


 マイクを向けられる。

 何を話したものかと思案していると、バックネットの裏にいるコニーの姿が見えた。


「……実は前回、不甲斐ないピッチングをしてしまって、村長のお孫さんのコニー君に、次ダメだったら野次るぞ! 6回3失点くらいはやってくれ! って、叱られちゃったんですよ」

「なんとそれは……後で厳しく言っておきます」


 ドっ。


「だからコニー君に、この場を借りて言わせてもらいますね?」


 山田はゲッという顔をしているコニーに向けて、拳を突き出してやった。


「おいコニー! ちゃんと見てたか!? 約束、守ったぞ!」

「――うんっ!」


 コニーは笑顔で頷いた。


「これからも、もっと活躍できるように頑張るので、みなさんもどうか、応援よろしくお願いします!」


 観客は山田に暖かい拍手を送る。


「それでは最後に、ノアさん! 一言お願いします!」

「はいっ! んー。えっと……! えーっと! あの!」


 ノアはパンと手を叩いた。


「一言の代わりに、ちょっと、歌、歌っても良いですか!?」


「「はぁっ!?」」


 山田と村長の声が重なった。

 観客席からもどよめきが聞こえる。

 ノアは返事も待たずにマイクを奪うと、右手をピンと上げた。


「お立ち台に立ったら歌を歌おうって、決めてたんです! だから、ノア! 歌います! 聞いてください!」


 ノアはすっと息を吸い込んで、それからアカペラで歌い始めた。


 球場に響く、美しい歌声。

 のどかな音階。


 ノアが歌い始めると、球場はシンと静まり返る。

 彼女の歌にはそうさせるだけの力があった。



 野球を見よう

 大盛り上がり

 手には冷えた麦酒エール

 家になんて帰りたくないんだ

 みんなで声を

 合せて叫ぼう

 さぁ、ワン、ツー、スリーストライク

 それだけで最高!



 山田はその歌に聞き覚えがあった。

 現実のメジャーの試合で歌われる歌、『私を野球に連れてって(原題:Take Me Out To The Ball Game)』のメロディーだったのだ。

 ノアの歌に聞き惚れながらも、山田は困惑を隠せない。


 なぜ、この歌が、この世界で?


「村長……あの、この歌は?」

「あぁ。これですか。その昔、メジャーリーグを創設した伝説の勇者が、よく口ずさんでいた歌なのだそうですよ。勇者はとても音楽が好きだったそうです。この歌を知らない者は、この世界にいないでしょう。にしても、お上手ですなぁ」


 村長もうっとりとした表情で聞いていた。


 歌い終えた頃、ルーチェがノアの弦楽器リュートを持って、ベンチからお立ち台まで歩いてきた。他のパーティーメンバーも一緒だ。


「まったく。急に何をやるかと思えば……。ホントにお立ち台で歌うとは、アホなエルフですね」


 呆れつつも、その顔は笑っていた。


「ほら。ノア。楽器を持ってきてあげましたよ。やるからにはベストを尽くすのです。こういう時くらいしか役に立たない”演奏“とかいうスキルがあるのでしょう? アンコールですよ! アンコール!」

「わーい。ありがとーっ!」


 お立ち台からルーチェに飛びついた。


「わぷっ。まったく。脂肪の塊を押し付けないでくださいよ」


 ノアは弦楽器リュートを手にお立ち台に戻ると、緩やかで陽気なイントロを奏で始めた。


「それじゃあ、今度はみんなで一緒に歌おーっ!」


 どうやら『野球場へ連れてって』はこの世界でも有名な歌であるらしく、1度目は静かに聞き入っていた観客席も、今度はノアと一緒になって歌い始めた。


 大合唱である。



 野球を見よう

 大盛り上がり

 手には冷えた麦酒エール

 家になんて帰りたくないんだ

 みんなで声を

 合せて叫ぼう

 さぁ、ワン、ツー、スリーストライク

 それだけで最高!



 球場全体が一体になる。

 折り重なる無数の歌声。


 それは――野球への賛歌だった。


 山田は感極まった。

 この世界に住む人々は、こんなにも野球を愛しているのだ。


 最高だ。

 心に響いた。


「ありがとーっ! また歌えるように、頑張るねーっ!」


 ノアは歌い終えると、観客に両手を振って叫んだ。




【試合結果】

 カウカウズ4-3スプラウツ

 勝ち投手・イッキュー 1勝1敗

 負け投手・エスト 0勝2敗

 セーブ・ドレミィ 1S

 本塁打 エスト② ノア①




「「「「「かんぱーいっ!」」」」」


 その晩、パーティーは祝勝会を行った。

 酒を飲まない山田も水を手に、この日ばかりは、初めて上げた勝利の味に酔いしれた。


 〇


 基本的にリーグ戦は同じチームと3連戦を行う。


 リベンジマッチでスプラウツ相手に勝利したのは良いが、翌日と翌々日に行われた連戦では、2試合ともコテンパンに負かされた。

 終わってみれば1勝2敗の負け越しである。


 チームは負けたが、山田は3試合目にも外野手として出場し、ヒットを2本打つことができた。他のパーティーメンバーも、2試合のうちのどちらかには出場し、それぞれヒットを1本ずつ打った。常駐している村以外での試合で使ってもらえるということは、ジャック監督も多少評価してくれた、ということなのだろう。


 それからパーティーはひたすらに、ルーキーリーグに所属する冒険者として、実績を積む日々を送った。週の前半4日間は村に常駐して周囲の魔物の討伐や迷宮攻略といったクエストを消化し、後半の3日間で野球の試合に出場するというサイクル。


 特にキツかったのは、敵チームの本拠地へ遠征する際の移動であった。敵地への移動は基本的に馬車で行ったが、遠い地域への遠征の際には、前日の朝早くから長い時間をかけて移動した。まる一日馬車に揺られるのは、魔物との戦闘よりずっとハードだった。


 そうしておよそ2カ月と少しの間、パーティーはルーキーリーグで30試合を戦った。途中、主力だった冒険者がFランクに昇格したこともあり、スタメンで出場する機会も増えた。30試合のチーム成績は12勝18敗。6つも負け越しているが、これでも調子が良い方だとジャックは言っていた。


 以下は30試合の間の、パーティーメンバーの成績である。


 ヤマダ・イッキュー

〈投手成績〉

【登板数】11

【防御率】3・27

【勝ち】3

【負け】5

【セーブ】0

〈打者成績〉

【試合数】21

【打率】3割2分9厘

【ホームラン数】4

【打点】13


 山田は基本的に3連戦のどこかで先発し、残り1試合に外野手として出場した。バッティングもピッチングも好調。途中からは4番で起用されるようにもなった。レベリングを終えてからの投球はエースといっても過言でなく、召喚獣であることを差し引いても非常に優秀な成績であるといえた。ただ、チームの打力が致命的にないせいで、投球内容のわりに勝ち星に恵まれなかった。


 ドレミィ・ロック

〈投手成績〉

【登板数】20

【防御率】2・61

【勝ち】1

【負け】1

【セーブ】9


 ドレミィは抑えの投手として、セーブの付く場面はもちろん、同点、僅差の場面で中継ぎとして起用された。必ず1イニングに限定しての登板。20試合に登板して、初戦を除けば失点したのは2試合だけだった。彼女はバッティングに関してはからきしなので、もっぱら投手としての起用だった。


 ルーチェ・フルーリィ

〈打者成績〉

【試合数】21

【打率】2割4分7厘

【ホームラン数】0

【打点】4


 ルーチェは基本的に、山田が出場する試合でマスクを被った。彼女自身は目立った活躍はできなかったが、召喚獣は召喚士と同時に試合に出場する必要がある為、彼女の成績は山田の成績とセットで評価される。チームの4番として、また、エースとして活躍する山田のことを考慮すれば、ルーチェの成績は召喚士として十分なものだった。


 ブラット

〈打者成績〉

【試合数】21

【打率】3割2分6厘

【ホームラン数】0

【打点】4


 ブラットは俊足の1番バッターとして、長所である俊敏性を存分に発揮し、打撃面で山田に次ぐ活躍をした。盗塁数は驚異の10個。2試合に1試合は盗塁を成功させてみせた。また、広い守備範囲で、チームの投手を何度となく救った。ただ、得点圏ではガチガチに緊張してしまい、凡退するのが目立った。


 ノア

〈打者成績〉

【試合数】21

【打率】2割6分5厘

【ホームラン数】2

【打点】12


 ノアはとにかくチャンスで良く打った。打率自体は凡庸なのに、チャンスの場面、それもそれがホームゲームとなると、ほとんどヒットにしてみせた。得点圏打率は驚異の5割2分9厘。特に常駐しているメイランドの村で行われる試合では、毎度の如く殊勲打を放ち、お立ち台に上がって歌を歌った。


 以上が、この2か月間のパーティーメンバーの成績だった。


 山田を除けば、レベルも成長限界の20付近まで上がり、すっかりカウカウズの中心を成すパーティーに成長していた。

 レベルが同等になった時、他の冒険者と差が出るのは、純粋な野球の腕前である。レベルが上がって活躍できるようになったということは、山田たちの野球の腕前が高い次元にあったということだ。


「こりゃあ、ルーキーリーグでは、もうあんまりやることがねぇかもしれねぇなぁ……」


 監督のジャックは、試合で活躍する山田の姿を見ながら、少し寂しそうに、そんなことを呟いた。

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