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18/48

ラッキーセブン

 その後、試合は膠着こうちゃくした。


 山田は時折ピンチを作りつつも、要所を締めて無失点。続くエストの打席では、ランナーもいなかったので1発を浴びないように警戒して投げ、結果としてフォアボールで歩かせた。勝負に負けたようで悔しいが、試合に勝つことが最優先である。後続を打ち取ったので良しとした。


 エストの方は、内野の間を抜ける単打を数本打たれたくらいで、2塁すら踏ませない好投を続けていた。山田はせめてバッティングでお返しをしてやろうと息巻いたが、2打席目は詰まった当りの投手ゴロに倒れた。


 試合は終盤戦に突入する。

 7回表の時点でスコアはカウカウズ2-0スプラウツ。


 マウンド上の山田は1死2塁のピンチを迎えていた。狼の召喚獣にまたしてもツーベースを打たれたのだ。


 続く神官の打者をなんとか三振に打ち取って2アウトまで漕ぎ着ける。

 9番打者を迎えた所で、ベンチに座っていた老婆の監督がゆっくりと杖を突いて歩いてきて、審判に代打を告げた。戦士の男、ブレアが打席に向かう。


 ブレアはバッターボックスに入る前に二度三度素振りをして、それから山田を見て「よぉ」とでも言うように口元を緩めた。しかし目は一切笑っていない。野獣のように鋭い眼光。代打という限られたチャンスを、何としてでも掴んでやるという顔だ。


 試合前に交流した相手だが、本番では山田とて、もちろん遠慮などしない。

 むしろ闘志を燃やした。



 ――しかし。



 それが力みに繋がってしまった。


 ブレアは初球から積極的に打ってくる打者。

 入団テストの時の傾向を踏まえて、ルーチェは初球からボールになるフォークを要求していた。それが高めに抜けてしまったのである。


(しまった……っ!)


 悔やんでも遅い。

 すっぽぬけたフォークボールは、ほとんど落ちることなく、真ん中に飛んでいく。


 ブレアは猛然とスイングした。

 芯で捉える。バットが赤い輝きを放った。


 打球は痛烈なライナーでセンター前に弾んだ。前に出て打球を掴んだノアが、ホームのルーチェ目掛けて思い切り送球する。

 矢のような送球。しかしセカンドランナーは狼少年。俊足のモンスターだ。送球が届くよりも、だいぶ早いタイミングでホームベースを駆け抜けていた。


 ホームが間に合わないと察知したルーチェは前に出て送球をインターセプト。すかさず2塁に送球して、積極的に進塁を狙ったブレアを刺した。

 好プレーだ。1失点したものの、ルーチェの機転によって3アウトでチェンジになる。


「ありがとう、ご主人。助かったよ」

「いえ、たまには格好いいところを見せないとですからね」


 山田はルーチェのミットにグラブをぶつけた。

 ベンチに戻ると、監督のジャックが山田の前に来た。


「さて、この回お前に打順が回るわけだが、どうする? 次の回、行けるか? というより、行きたいか? 7回3失点。強豪相手に上々の結果だろう。もしも次の回に打ち込まれたら台無しだ。ここで変わっておくのもアリだろう」


 ジャックはブルペンに目をやった。ドレミィを始めとした中継ぎ投手が肩を作っている。

 山田の球数はすでに100を超えている。肉体にはかなり疲労が蓄積されていた。


 しかし、次の回行けるか? などと問われたら、山田の返答は決まっている。

 何かを聞かれたら、とりあえず、イエスと答えるのが山田の性分だ。

 死んでも治らなかったバカさ加減。

 野球バカの、野球バカたる所以ゆえん


「あたりまえです。行けますよ。行かせてください。それに――打席にも立ちたいんです。あのエストってピッチャーを、見返したい」

「はは。良い返事だ」


 ジャックは二ッと笑った。


「言ったからには打ってみせろよ?」

「はいっ!」


 山田は力強く頷いた。



 〇



 7回裏。

 ラッキーセブンの攻撃。


 マウンド上には引き続きエストが立っている。先頭打者は打ち取られたが、続く5番打者がヒットを放ち、1死1塁で山田に回ってきた。エストとの3度目の対戦である。


 この異世界に来て、これで4度目の打席だが、未だヒットは0。入団テストでも3打数ノーヒット。超高校級のスラッガーでもあった山田としては、そろそろヒットくらいは打っておきたかった。


 マウンド上のエストはかなり疲れているように見えた。球威が明らかに落ちている。


(打つならここしかない……)


 左のバッターボックスに立って、マウンド上のエストを鋭く睨みつける。


 交錯する視線。

 山田は無意識に笑っていた。

 野球が楽しくて仕方がなかったのだ。


(あいつ、苦しそうだな……。だいぶ疲れてる。さっさと終わらせたいって顔だ。なら点差にも余裕があるし、初球から打たせてくるはず。うん。初球は絶対にストライクが来る。それも、持ち味である内野ゴロを打たせようとする球だ)


 投手として、投手エストの思考をトレースする。


(決めた。外角のツーシーム。狙い打ちだ)


 打者としての山田の特徴は、高い身体能力を活かしたパワフルなスイング。


 しかしそれだけではない。

 投手を経験していることによる、配球を読む精度の高さ。

 それがここぞの場面であればあるほど、真価を発揮する。


 エストがセットポジションから投球モーションに入った。

 山田は片足を上げつつ、球の描く軌道を脳内に強くイメージする。


 イメージすることは得意なのだ。


 エストが投じた球は、描いたイメージとピタリと一致した。

 外角に僅かに逸れていくツーシーム。

 狙い通りの球。


(俺は初球から積極的に打っていくタイプなんだよっ!)


 フルスイング。

 バットが燃え盛る炎のように輝いた。


 キィン。


 外角の球をレフト方向に流し打つ。大飛球が高々と外野に舞い上がった。

 打たれたエストは顔を歪めた。わっと沸き立つ歓声を背に、山田は1塁へと駆け出す。観客はみんな、総立ちになって打球の行方を見守った。


 疾走しながら飛んだ先を見る。左翼手レフトはフェンスの方を向いて足を止めていた。捕球は無理と判断し、壁に跳ね返った球(クッションボール)を処理する態勢を取っている。

 外野の頭を超すことは確実。


(だったら、行っちまえ!)



 ――ダン。



 しかし山田の願いに反して、打球はフェンスの最上段に当たった。

 ホームランを期待していた観客の「あーっ!」というため息が球場に渦巻く。左翼手レフトは跳ね返った球を速やかに拾い上げて中継に返した。山田は余裕を持って2塁に到達。


 結果はツーベースである。この異世界に来て、初めてのヒットだ。

 1塁ランナーは3塁で止まっていた。1死2、3塁に変わる。


(ま、ちょっと飛距離が足りなかったが、上出来だろ)


 マウンド上のエストは苛立たし気にこちらを睨んできた。

 笑みを返してやる。


 そこで相手ベンチから老婆の監督が出てきて、マウンド上に近寄った。エストは声を荒げる。


「来なくていいわっ! まだ1点も取られてないじゃないの!」


 老婆の監督はにこやかに笑った。


「ほっほ。威勢がええの。まるで狂犬じゃ。わかっとる。変えるつもりはない。お主もそれじゃあ、納得せんじゃろ? 少し落ち着かせようというだけじゃ。ただ、すでにかなり消耗しとるように見える。お主の弱点はスタミナの無さじゃな。1点でも取られたら、その時は変えるぞ? うちは優秀なピッチャーがたくさんおるでな」

「……わかりました」


 老婆の監督が立ち去り、試合が再開される。


 続くバッターはブラット。おっかなびっくりと左の打席に入る。


(あいつ……足、震えてやがる)


 2塁からブラットの様子を見て、山田は苦笑いを浮かべた。緊張に弱いタイプなのはわかりきっていたが、あそこまでガチガチになるとは。

 ブラットは初球、2球目と変化球を空振りして、簡単に追い込まれた。


(こりゃダメそうだ……)


 山田はリードを取りつつ諦めの境地で見守る。



 ――しかし。



 信じがたいことに、エストは3球目をブラットの体にぶつけてしまった。


 死球デッドボール


 硬い球を食らったブラットは顔を歪めつつ1塁へと歩いていく。


(完全に投げミスだな。握力がだいぶ弱まってる……)


 1死満塁に変わって、打席にはノアが入る。


 ラッキーセブンの攻撃。それは先発投手のスタミナが、ちょうどその頃に切れ始めることが由来であるという説もある。

 エストはどうみても限界。もはや意地だけでマウンドに立っている。ここで点が取れなかったら、この試合で勝つのは厳しいだろう。


(頼むぜ? ノア?)


 山田は期待を込めた眼差しをノアへと送る。


 〇


 ノアはバットを持って右の打席に立った。


 球場全体の観客が、そして2塁上の山田が、自分に大きな期待を寄せている。


(期待には――応えなきゃ!)


 バットを握る手に力がこもる。


 ノアが習得しているスキルの中には、”大舞台“というパッシブスキルが存在する。


 通常、各クラスのスキルツリーには、ステータスを底上げするパッシブスキルが存在している。魔法使いならMP強化や魔力強化、戦士なら力強化やHP強化といった具合である。

 しかし道楽師のスキルツリーには、そういった普通のステータス強化スキルは存在しない。あるのは”大舞台“という、変わり種のパッシブスキルのみ。


 その効果は「期待されるほどにステータスが上昇する」というもの。



 ――要するに。

 ノアはチャンスに、抜群に強いのだ。



 7回裏、3-0で負けていて、1死満塁。ホームランが出れば逆転という、観客の期待が最高潮に達するこの状況シチュエーションにおいて、ノアのステータスは最大限に強化されていた。


(みんなの期待が……見えるっ)


 それは比喩ではなかった。

 文字通り、『期待が見える』のだ。


 観客席に詰め掛けた観客たちの声援が、ノアの目には七色に輝くオーロラのように映った。それは観客1人1人が発する僅かな魔力の色だった。1人1人の魔力は小さくとも、無数に詰め掛けた観客の魔力は束となり、ノアに収束してステータスを高める。


 応援が――まさしく力に変わるのだ。


(不思議な感覚……なんでもできそう)


 入団テストを含めてエストとはこれまでに3度対戦して、いずれも三球三振に打ち取られている。


(絶対にやり返してやるんだからっ!)


 眼光鋭くエストを睨む。


 エストは投球モーションに入った。

 ノアも呼吸を合わせるように左足を大きく上げる。


 1本足打法。美しいフォーム。

 1、2の、3で、思い切り振った。


 ブン。豪快な空振り。


 投じた球は緩めのスライダーで、ノアは大きく体勢を崩され、ステンとすっころんだ。観客はその様にドッと沸き立つ。

 だがそれは決して、バカにして笑っているわけではない。

 楽しんでいるのだ。ノアのプレーには、人を楽しい気持ちにさせる不思議な力があった。


(うぅ。恥ずかしいよぅ)


 ノアは頬を染めた。

 気を取り直してバットを構える。


(変化球にも気を付けなくっちゃ……)


 脳裏にはスライダーの軌道が焼き付いている。

 次の投球。今度はストレートが真ん中高めに来た。


 ブン。またしても空振り。


 変化球を気にしていたノアは、僅かに振り遅れてしまった。


(あ、甘い球だったのに!)


 後悔。ノアはゴロゴロと地面を転がりまわりたい気持ちだった。

 これで早くも2ストライク。またしても三球三振のピンチである。


(どうしよう。追い込まれちゃったよぉ。次は何だろう。ストレート? 変化球?)


 ノアは一度、打席を外して目を閉じた。

 頭の中で様々な可能性が回る。


(――ダメだ。わかんない。もう、いいや。考えるの、止めよう。ノアらしくない。来た球を振ろう)


 思考停止。

 開き直り。

 あるいは、無の境地。


 ノアはふっと短く息を吐いて、打席に入りなおし、スッと高くバットを構えた。


 エストが足を上げるのに合わせて、ノアもシンクロするように左足を上げる。



 3球目。


 エストが投げた球は、ど真ん中に吸い込まれるように向かってくる棒球ぼうだまだった。おそらくフォークの投げそこない。

 それはエストがこの試合で犯した数少ないミスらしいミスであり、そして、それは致命的なミスでもあった。



 1、2の、3。

 ノアは豪快にスイング。


 みなの期待を集め、虹色の輝きを放つバットが、ボールを真芯で捉えた。


 キィン。


 舞い上がる白球。大観衆が一斉に立ち上がる。


 飛距離充分。打った瞬間にそれとわかる当り。

 土属性の重い球も、なんのその。

 打球はレフトのフェンスを越えて、芝生の上に落ちて高々と弾んだ。



 逆転の満塁ホームラン。



 うぉぉぉぉ。

 大歓声。もはやそれは大地を揺るがす地鳴りであった。


 無我夢中で走っていたノアは、一塁ベースを回った所で、信じられないというような顔をしてスピードを緩めた。


「や、や――」


 両手を上げてバンザイ。


「やったぁぁぁっ!!!」


 そのままの格好でダイヤモンドを一周した。

 先にホームインした山田が手をかざして待っている。


 パァン。


 ハイタッチで乾いた音を鳴らし、それから山田に抱き着いた。


「ねぇねぇねぇねぇ。褒めて褒めてーっ!」

「おま、やめろって」


 大きな胸を押し付けられて、山田は顔を赤くした。

 むんずと肩を掴んで引き離し、それから最高の笑顔で言う。


「俺が褒めなくても、ほら、みんな褒めてくれてるぞ?」


 言われて気付く。


 球場の観客は声を揃えて、ノーア、ノーア、とコールを送っていた。

 両手を上げて応える。


「ノア、やったよぉぉぉぉ!」


 わぁぁぁ。


 その日1番の大歓声が降り注いだ。

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― 新着の感想 ―
そこまで野球を知ってるわけじゃないけど、 7回でピッチャーが明らかに疲弊している状態で満塁に追い込まれる 更には控えのピッチャーが沢山いる状況で、 いくらピッチャーが続投したいと希望しても交代しないも…
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