リベンジマッチ
いよいよ迎えたリベンジマッチの日。
本日の対戦相手は中央区スプラウツ。ルーキーレベル帯の中央、ファンボーケンの街を本拠地にするチームだ。現在イーストルーキーリーグを3連覇中の強豪である。
試合前にルーチェと並んでグラウンドを走っていると、山田たちを見つけた戦士の男――ブレアが近寄ってきた。
「よぉ。久しぶり。元気にしてたか?」
「あんたは確か、入団テストの時の……」
「ブレアだ。改めてよろしくな。イッキュー、ルーチェ。ま、同期として仲良くやろうぜ」
差し出された右手を2人は順に握る。
「えぇ。よろしくお願いします。お互い頑張りましょう」
「ブレア。男の知り合いがいなかったから嬉しいよ! こちらこそよろしくな。ぜひ仲良くしてくれ!」
山田は満面の笑み。異世界に召喚されて、初めてできた同性の知り合いである。それだけでもう、友達になりたくて仕方なかった。
「そういやイッキューのパーティーは、女ばっかりだもんなぁ。華やかで羨ましいよ」
「まぁ、だからって別に、何にもないけどな……。ブレアのところにもいただろ? ほら、エストってやつ。あいつは?」
「あぁ……。エストならあそこだ」
ブレアが指差した先、フェンスの手前にあるブルペンで、エストは投球練習を行っていた。同じパーティーにいた神官の男がキャッチャーを務めている。
小さな体から繰り出される速球がミットを鳴らす音が聞こえてきた。
「一緒に挨拶行こうぜって誘ったんだけどさ、敵となれ合うつもりはない、行くなら1人で行けって、一蹴されちまったよ」
バットを自分に突き付けて、敵意剥き出しで「覚えてなさい」と宣言した少女。
山田は当然ばっちり覚えていた。
「はは。あの人らしいな」
「エストはひねくれてんだよ。ったく。ガキの頃からの付き合いなんだが、いっつもそんな感じなんだ。普段から俺に対しても、暴言吐いたり暴力振るったり……。聞いてくれよ。この前なんて、ちょっと酒場で女の子に見とれてたら、いきなり杖で頭をぶん殴られたんだぜ? そんなに脂肪の詰まった胸が良いわけっ!? とかなんとか言ってさ」
ルーチェは顔をしかめた。
「むう。暴力は良くないですね。パーティーメンバーに暴力を振るうなど、言語道断です。あなたも別に、胸を見ていたというわけではないのでしょう?」
「いや……見てたよ。そりゃおまえ、こう、ボンって感じだったからな。男としてはしょうがねぇよな? イッキュー?」
「……あぁ。そればかりは仕方ないな」
「はぁ?」
ルーチェはいらっとした顔をした。
「なー? そうだよな! 話がわかるなイッキュー! ファンボーケンの酒場のウエイトレスさんだったんだけど、美人でさ。しかもすげぇセクシーな衣装だったんだよ」
「あ、それってもしかして、犬耳の人か? 大通りにある大衆酒場の!」
「そうそうそう! なんだ、イッキューも見てたのか?」
「見てた。超見てた。いやー、あれな。あれは確かに仕方ない。やっぱり胸は大きい方が――」
ドゴッ。
ルーチェは握り締めた拳で山田の鳩尾を殴った。
山田は無言でその場に崩れ落ちる。HPが20減っていた。
「ふんっ! そんなに脂肪の詰まった胸が良いんですかっ! ばかゴブリンっ! これだから男はっ! ほら、私たちもさっさと投球練習をやりますよっ! 〈来なさいっ〉!」
ぷんすかと立ち去るルーチェに、山田はとぼとぼと付いて行った。
「……すまんかったな」
ブレアは山田の背中に向かって呟いた。
〇
試合が始まるころには、村民たちが球場に詰め掛けていた。芝生の上に敷いた敷物に座って、冷えた麦酒を片手に串焼き等を食べている。
今日は天気も良く暖かい。絶好の野球日和だった。
本日のパーティーメンバーのオーダーは以下の通り。
6番ピッチャー・イッキュー。
7番ショート・ブラット。
8番センター・ノア。
9番キャッチャー・ルーチェ。
相変わらず下位の打順に固められたが、打撃練習で快音を響かせる山田を評価して打順を上げた形である。ドレミィは守護神に指名されていた。
山田はベンチで東北ファルコンズのユニフォームを羽織る。
YAMADA 18。
(今日こそは、エースナンバーに相応しい投球を……)
ベンチから立ち上がってマウンドに向かった。
「おい! にーちゃん!」
ベンチのすぐ後ろにある木柵から身を乗り出して、コニーが叫んだ。詰め掛けた観衆の中にあっても、良く通る甲高い声。
山田は振り向いた。
「今日こそはしっかりやってくれよなっ! 打たれんじゃねーぞっ!」
二ッと笑って、右手を突き出してやる。
「あたりまえだろうが! そこでよーく見とけよっ!」
「うんっ! がんばれっ!」
マウンド上で投球練習を行い、内野で回されたボールを受け取る。山田はマウンドの土をならして、天を仰いでふっと息を吐いた。
目を閉じる。
(大丈夫。ステータスも上昇した。球速も上がった。前とは違う――)
目を開けてルーチェを見た。
やってやりましょう。
マスクの向こうの瞳は、そう言っているような気がした。
(――恐れるな。山田一球)
精神調整。
悪いイメージを払拭し、打席に立つバッターを睨みつけた。
審判が握った拳を広げる。
「試合開始っ!」
前のめりになってサインを見た。
球種はストレート。ルーチェはミットをど真ん中に構えた。
(今日はストライクで勝負する。それが俺たちで決めたテーマだったもんな)
いつまでも逃げのピッチングをしているわけにはいかない。自分は先発ピッチャーなのだ。できれば完投。さもなければ8回、7回。最低でも6回。とにかく、1イニングでも長くマウンドにいたい。その為に重要なのはストライクで勝負すること。
グラブの中でボールの縫い目に指を合わせ、魔力を込める。ボールが赤い輝きをまとった。大きく振りかぶって投げると、赤い尾を引く剛速球がルーチェのミットに収まった。
ストライク。
160キロはあろうかというストレート。バッターはその速度に慄いていた。
続いて出されたサインはツーシーム。僅かに右打者の内側に食い込む速い球。ルーチェは中心よりやや内側にミットを構えた。
(今の魔力ならバカみたいに飛ばされることはないはず。だったらとにかく、ストライクを先行させる……!)
思い切り腕を振る。
中心から横にずれるような軌道で飛来する速球。バッターがスイングすると、根元の方に当たってショートにぼてぼてのゴロが飛んだ。
ブラットが猛然と前進。素手で掴んで一塁に投げると、打者よりも僅かに早く、ボールが一塁手のミットに収まった。
アウトだ。
「ナイス! ブラット!」
山田はグラブを叩いて喜んだ。
先頭バッターを打ち取ることは、野球において何よりも重要である。
ブラットは1塁がアウトになったのを確認すると猫耳をぴょこんとさせて、パァと嬉しそうな顔で尻尾を揺らした。それからキリと表情を引き締め、やはり右手を顔の前に持ってきた。
「ふふ。この程度、造作もない。我が右手からほとばしりし美技に、酔いしれるが良い」
どうやら今日のブラットの調子は絶好調であるらしかった。
「おう。次も頼んだぜ?」
「――御意に」
ブラットは、ふ、と笑みを浮かべながら守備位置に戻っていった。
続く2番打者には追い込んでからライト前に抜ける単打を浴びたが、3番打者はなんとかセンターフライに打ち取った。まだ魔力が足りていないらしく、多少詰まったにも関わらずフェンスの近くまで飛ばされたが、アウトはアウトである。
(あれ、レベルが上がる前だったら、余裕のホームランだろうな……)
ステータスの上昇を体感できた。
とにもかくにも、これで2死1塁。
続いては4番打者。
バッターボックスにはエストが入った。
背の低い魔法使いの少女。
(あいつ、新人の癖にいきなり4番かよ……。しかもピッチャーで。強豪で4番張るってことは、よっぽど実力を買われてるってことか?)
エストは左の打席に立ってバットを構え、キッと眼光鋭く山田を睨みつけた。
18・44メートルの距離を挟んで対峙しながら、試合前に受けたルーチェの説明を思い出す。
(良いですか? イッキュー。この世界のバッターは、大きく2つのタイプに分けられます。単純に力に秀でる力型打者と、魔力に秀でる魔力型打者。あのエストという冒険者は魔法使いなので、当然後者です。打者はインパクトの瞬間に自然とバットの魔芯に魔力を込めるものですが、魔力型打者はその際に込められる魔力がより大きい)
魔芯とは、バットの芯に埋め込まれた魔核のことである。
魔物の落とす透明な結晶――魔核。
魔核には魔力を蓄積する力が備わっており、ボールやバットなどの野球道具に埋め込まれることで、魔力が重要な役割を果たすという異世界に特有の要素を野球にもたらしていた。
(魔力型打者は、魔力の低いピッチャーの投げる球は特に良く飛ばします。あなたにとっては天敵です。しかし力のステータスが低いため、スイングスピードが遅いという弱点もあります。彼女に対しては、速い球を軸にして攻めましょう。そちらの方が対応しにくいはず。入団テストでは、カーブを大飛球のファールにされましたが、あれは私の失敗でした)
事前の打ち合わせ通り、ルーチェの出したサインはストレート。外角低めにミットを構えた。山田は力強く頷いて投球する。
剛速球がストライクに決まった。
エストは涼しい顔で見送る。
2球目はカットボール。高速で僅かに横に曲がる変化球。インコースに外れてボール。
3球目は再びストレート。外角一杯に決まってストライク。
4球目はツーシーム。左打者に対して外角へ逸れていく球。3球目よりも僅かに外側に行ってボールになる。
そして、勝負の5球目。
スパァン。
「ストライーッ! バッターアウッ!」
内角を抉るようなストレートがズバッと決まって、見逃し三振。
球場は大歓声に包まれる。スリーアウトでチェンジ。
結局、エストは1度たりともバットを振らなかった。何事もない顔でベンチに引き上げていく。
「にーちゃん! ナイス!」
コニーの甲高い声が聞こえて、ベンチに戻る際、山田はグッと親指を突き立ててやった。
〇
対するエストのピッチングである。
エストは土属性の魔球を投げる投手だった。
黄色の魔力を帯びた、当たっても打球が上がりにくい重い球が土属性の持ち味。
バッターの手元で僅かに動くツーシームやカットボールと組み合わせることで、ゴロの山を築いていった。打たせて取るタイプの投手である。
ブラットが詰まった当りを俊足を飛ばして内野安打にしたが、それ以外は危なげないピッチングであった。ノアは入団テストに引き続いて三球三振に打ち取られ、地団駄を踏んでいた。
一方、山田も3回まで好投を続けた。入団テストで場外ホームランを打たれた狼の召喚獣にツーベースを打たれ、2死2塁のピンチを作ったが、続く神官の男から三振を奪って難を逃れた。
スコアボードには互いに0が並んで4回表を迎える。
相手の攻撃は3番から始まる好打順。
マウンドに立った山田は打者を見据える。
先ほどセンターフライに打ち取った相手だ。緩い変化球を交えながら、2ストライク2ボールという投手有利なカウントに持っていくことができた。
しかしそこから決め球のフォークとストレートを2球続けてファールにされ、3球目が外れてボールになると、最終的に根負けしてフォアボールを出してしまった。
0死1塁で4番のエストを迎えてしまう。
(……しまった。先頭打者は抑えたかった)
後悔。
しかし、切り替えることもまた重要なスキルである。山田はふうっと深く息を吐いた。セットポジションから1塁に牽制を1つ入れて、気持ちを落ち着ける。
(冷静になれ)
自分に言い聞かし、それからルーチェの出すサインを見た。
ストレート。
(……よし。大丈夫だ)
落ち着いている。
山田はランナーを警戒してクイックモーションで投球する。
それを見てエストは小さく右足を上げ、打撃モーションを始動させた。
手からボールが離れた瞬間、山田は背筋に悪寒を感じた。
決して甘い球ではない。
――にもかかわらず、である。
エストは確信に満ちた表情。笑っているようにさえ見えた。
そして、先ほどは一度も振らなかったバットを、振る。
――初球打ち。
低めに来た剛速球を完璧にとらえ、バットが眩く黄色に光る。
痛烈。
低い弾道。打たれた瞬間はピッチャーライナーと錯覚し、山田は反射的にグラブを上に伸ばした。しかし実際は、打球は出したグラブのかなり上を超えていった。
ガバッと振り返ると、センターのノアが、背走して打球を追っていた。
(ありゃあ、もしかして追いつけないか……?)
外野の頭を超えることを覚悟。山田はベースカバーに入る為にキャッチャーの方に走りだす。
(――いや、おいおい。まさか……)
目を疑った。
(入るのか? あんなに低い弾道で?)
打球は全力疾走するノアを追い越して、まるでレーザービームのように、センターの芝生に突き刺さった。
先制のツーランホームラン。
ベースカバーに入ってホームベースの後ろに立っていた山田に向けて、ベースを1周して戻ってきたエストは、「ふふん」と得意げな顔を作ってみせた。
「さっきの打席はストレートの球速をじっくり見させてもらったのよ。おかげさまでタイミングはばっちりだったでしょう? 魔力型打者だからって、あんまり舐めないでもらえるかしら?」
してやったりの表情である。
山田は燃えた。
「……覚えてろ」
「ふん。雑魚のことなんて、いちいち覚えてられないわ」
ルーチェはマスクを持ち上げて、申し訳なさそうな顔で山田に歩み寄る。
「イッキュー。すみません。私の考えが甘かったですね。……しかし切り替えましょう。試合はまだ、これからです」
「あぁ。ご主人、負けるつもりはさらさらねぇ! これからだ!」
山田は報復でもするように、続く打者を3人でピシャリと打ち取った。
試合は後半戦に突入する。