新人特訓課題《ルーキーズ・キャンプ・クエスト》
鉱山迷宮はメイランドの村から1日かけて、青々と茂るライ麦畑の道を馬車で移動し、そこからさらに半日ほど歩いたところにあった。移動だけで1日半。
途中の街で大量に買い込んだ保存食が詰まったバッグを担ぎ、パーティーは迷宮に足を踏み入れた。クエスト報酬は0ベイス。成功しようが交通費と食費で大赤字だが、経験値を金で買えると思えば安いものである。
迷宮内に入ると、パーティーはジャックの助言に従って、魔物部屋と安全地帯を真っ先に探した。
魔物部屋は、迷宮内でも特別魔力が濃くなっている場所である。魔物の同時出現数が多く、また、新たに魔物が出現する頻度も高い。レベリングをするならば、そこで行うのが最大効率というわけだ。
逆に安全地帯とは、迷宮内にも関わらず、魔力がほとんど存在しない台風の目のような空間である。そこであれば魔物が新たに出現することもないので、安全に休息を取れる。
この2つの部屋を使って長期間迷宮に居座り、大量の経験値を稼ごうというのが今回の趣旨であった。
ルーチェが地図作成を担当しながら、岩壁に生えた光を放つ水晶が淡く照らし出す洞窟の道を進む。とても幻想的な光景だった。
しばらく歩き回っていると、まずは安全地帯を発見できた。近くには水も流れており、キャンプ地としては申し分ない。
一行は探索を続ける前に、テントを張って荷物を減らすことにした。
「ここをキャンプ地とする!」
山田は高々と宣言した。
「するー!」
ノアも便乗して元気に両手を上げた。
ルーチェはトンカンとトンカチを叩きながら、馬鹿を見るような冷たい視線を送った。
「何はしゃいでるんですか? イッキューもテント張るの、さっさと手伝ってくださいよ」
〇
安全地帯でのキャンプの設営を終え、さらに迷宮内を歩き回っていると大部屋に出た。
「前の経験上、この部屋は怪しいですね。油断せず、気を引き締めて行きましょうっ!」
山田とブラットを先頭に部屋の中を進む。
室内には、キラキラと淡い光を放つ石が、そこら中に転がっていた。
「なぁ、あれさ、高く売れるんじゃないか?」
「魔光石ですか。あんなもの、二束三文ですよ。照明に使われたりと、私たちの生活に幅広く利用されていますが、わざわざ持ち帰るほどのものじゃありません」
「じゃあ、あれは?」
青い輝きを放つ石。
どうやら冷気を放出しているらしく、周囲の地面が凍結している。
「あれは冷却石。便利ではありますが、別に珍しくないですよ。冷たくて持ち帰るのが大変ですし、放っておきましょう。だいたいですね。ルーキーレベル帯に落ちてる魔石のレアリティなんて、たかが知れてるんですよ」
「そうかぁ……。じゃあ、あれもやっぱりダメか?」
「むぅ。次から次に。どうせ大したものは落ちてないって言ってるじゃ……」
山田が指差した先には、虹色に輝く真ん丸な水晶が落ちていた。
ちょうど野球ボールと同じくらいの大きさである。
「むむむ! なんですか? あれはっ! 見たことないですっ!」
「お宝発見かっ!?」
「そうかもしれませんっ! 調べてみましょうっ!」
ルーチェは夢中で駆けだした。
その足元で罠が発動する。
油断するなと言った本人が、1番隙だらけであった。
「ん?」
ルーチェの足元の地面が沼のように柔らかくなり、片足がひざ辺りまで沈み込む。かと思えば、いきなりセメントのように固まって岩になり、はまった足が抜けなくなった。
次の瞬間、地中から巨大な土人形が飛び出した。ルーチェは土人形の右手で、体を逆さまに吊られるような形になる。
「きゃああああっ!?」
甲高い悲鳴。
さらけ出される、大人びたデザインの黒のパンツ。
山田は既視感を覚えた。
森林迷宮の時と全く同じ状況である。
「み、みみ、〈見ないでくださいーっ〉!」
山田は命じられるまでもなく目を反らした。
「ご主人! 何やってんだよ! やっぱりホントは、ちょっと背伸びして買った大人パンツを、見せびらかしたいだけなんじゃないだろうなっ!?」
「ち、ちち、違いますーっ!」
ルーチェは手でパンツを必死に隠しながら、ツインテールの髪を振り乱している。
「ドレミィ! あいつはなんだっ!?」
「あれは……泥岩人形」
「それは…………強いのかっ!?」
「いや、大したことない」
「なんだ、大したことないのか」
ドレミィの落ち着いた声音に、山田も一気にクールダウンした。
「うん。動きはのろいし、力もさほど強くない。ただちょっと大きいだけ。でも、あぁやって、地面に擬態した泥岩巨人に足を掴まれると、自力での脱出は困難」
「そうか。でもそれって、結構やっかいなんじゃ?」
「あれ」
ドレミィは少し離れた場所にある地面を指差した。
「泥岩巨人が潜んでいる地面は色が変わってる。ちょっと気を付ければおかしいってわかる。あんなのに引っかかるのはよほどのバ……」
――その時。
「「……あ」」
二人の声が重なった。
山田とドレミィは見た。
「ルーチェを離しなさーい!」
色の変わった地面に、片足を突っ込むノアの姿を。
泥岩巨人がもう1体出現してノアを吊り上げた。
「いぃぃやぁぁぁぁ!」
今度はノアのパンモロである。純白のフリルのパンティ。
やはり山田は目を反らした。
「おい! このパーティーには露出狂しかいないのかっ!? なんで俺は戦闘中に目のやり場に困らなきゃいけねぇんだ!」
「む、それだと我まで露出狂扱いではないかっ! 一緒にするでない! 一緒に!」
「お、おぉ。そうだなブラット! お前が頼りだ! お前のすぐ後ろにも沼があるから気を付けろよ? 絶対に踏むなよ?! 良いか? 絶対だぞ?!」
「承知。我があのような醜態をさらすわけがなかろう。ふははーっ!」
ブラットは腕を組んで高らかに笑った。
――その時。
山田が発見した野球ボールの形をした虹色の水晶が、急にふわりと浮かび上がって、超高速で飛んできた。剛速球。ふははーっと哄笑していたブラットの鳩尾に直撃する。
「ぐえっ!」
もろに食らったブラットはよろめいて、背後にあった沼に片足を突っ込んだ。
泥岩巨人がブラットを持ち上げつつ出現。
マントが翻り、ミニスカートがめくれあがる。
黒いリボンがあしらわれた、深紅のパンツが露になった。
「ブラットォォォ! バカやろぉぉぉぉ!」
「ご、ごめんなさいーっ!」
ブラット、ノア、ルーチェ。
3人の少女が泥岩巨人に吊り上げられてパンツをさらしていた。
赤、白、黒。
咲き乱れる三色のパンツ。決してチューリップではない。
「うぇーん。見ないでぇ―っ!」
「あぁぁぁぁれぇぇーっ!」
「助けてくださいーっ!」
阿鼻叫喚。さながら地獄絵図。
あるいはパンツの博覧会であった。
「おい、ドレミィ。状況としては割とピンチなんでは?」
「確かに……」
5人中3人が泥岩巨人に拘束されていた。
そんな中、ブラットに直撃したのと同じ、虹色に光る真ん丸な水晶が天井から次々に降ってきた。地に落ちた虹色に輝く野球ボールは高々とバウンドすると、そのうちの1つが空中で進路を変え、山田たちに高速で飛んできた。
「もしかしたら、あれが水晶球なのかもっ!」
「なにっ! てことは魔物かよっ!?」
山田は身構える。
ドレミィはササッと山田の後ろに隠れた。
山田は飛来する水晶球を咄嗟に回避しようとしたが、ドレミィに羽交い絞めにされて動けず、鳩尾に直撃を食らった。
「ぐえーっ!」
死球を食らったような激痛。HPが20くらい減っていた。
ドレミィは山田を羽交い絞めから解放して、額を拭った。
「ふぅ。危なかった」
「俺は思いっきり食らったわけだが!」
ドレミィはグッと親指を立てた。
「ナイス。魔法使いを守るのが前衛の仕事。良い動きだった」
「むしろ動けなかったんだが!」
2人が言い争っている間にも、次々と天井から水晶球が降ってくる。
ドレミィは懐からビンを取り出し、白い液体を山田の顔面にぶっかけた。
「わぶっ! おま、いきなり何するんだ!」
「それは魔物を引き寄せる効果のあるアイテム。キミが囮になって水晶球を引き付けて! ボクはその間に3人を助ける!」
「これさぁ、なんかベタベタするんだけど、顔にかける必要あったの?」
「……ない」
「じゃあなんでそんなことしたんだよっ!」
「……つい」
「おま、ふざけ――」
「いいからっ! 急いでっ!」
ドレミィに激を飛ばされ、山田は駆け出した。理不尽極まりない。
アイテムの効果が発揮されているらしく、無数の水晶球は全て山田の方に向かってくる。四方八方からの攻撃を食らって、HPが徐々に減っていった。
このままではまずいと、山田は壁に開いた洞穴のような場所に立って金属杖を構えた。多方向から同時に攻撃されては対処できないので、水晶球による攻撃を一方向からに絞る作戦である。
これがハマった。
一方向から飛んでくる野球ボールの形をした魔物を、次から次へと山田は金属杖で打ち返していく。
キィン。キィン。キィン。
山田は繰り返し金属杖を振って、連続で快音を響かせた。打ち返された打球は全て空中で消え去っていく。
(た、楽しい……)
まるでバッティングセンターである。
山田は無我夢中で金属杖を振った。
(あれ、ボクもやりたい……)
一方、ドレミィは山田を羨望の眼差しで見つめながら、大部屋を駆け回っていた。
撃てる範囲魔法は一発限り。1度にできるだけ多くを仕留める必要があるが、今回は泥岩巨人がパーティーメンバーを掴んでいるため、”凍てつく暴威“では巻き込む恐れがある。
よって、別の魔法を選択することにした。
その為のベストポジションを探す。
(――ここっ!)
立ち止まって杖を構える。
その場所から見ると、泥岩巨人が一直線に並んでいた。
詠唱を始める。
「氷柱即ち刃の切っ先。冷たく突いて息の根止めん――」
杖を前方にかざす。
「――貫けっ。”氷柱穿槍“っ!」
横に広がるのではなく、縦に真っすぐと伸びていく範囲魔法。
切っ先から巨大かつ鋭利な氷柱が放たれ飛んでいく。さながらそれは、1本の槍のようであった。ドレミィの杖から放たれた氷の槍は、弾丸ライナーのような軌跡を描いて、一直線に連なった泥岩巨人の胴体を次々と貫いていった。
三重殺の完成である。
3体の泥岩巨人は一撃でまとめて消滅し、掴まれていたパーティーメンバーはどさりと地面に落ちた。
〇
ルーチェ、ノア、ブラットの3人は、地面に正座をしていた。
「バカやろうっ!」
「おおばかもの!」
山田とドレミィに叱られている最中である。
「ご主人! ご主人はあれだよな! 毎回毎回、案外おっちょこちょいだよな!」
「ぐぬぬ。確かに今回の私は注意が散漫でした。返す言葉がないです」
ルーチェは悔しそうな顔でうつむいた。
「ブラット! お前は絶対に踏むなって言った傍から踏みやがって! 芸人か!」
「うぇーん。ごめんなさーい! 油断してましたーっ!」
ブラットはパンツを見られた恥ずかしさも手伝い、わんわんと泣いていた。
「ノア! ノアはさ! ノアは…………なんというか、まぁその……ノアだったな。うん。ノアは別にいいや」
「なによそれーっ!? バカって言われるより悲しいよぉ! 諦めないでよぉぉ!」
ノアは山田に縋り付いた。
――その後。
パーティーメンバーは気を取り直して、地面に擬態した泥岩巨人を踏まないように気を付けつつ、再出現して天井から落ちてくる水晶球を各自撃退していった。
やがて岩々の隙間から僅かに差し込む、スポットライトのような太陽光が消え、夜になったことを一行に告げる。
レベリングを切り上げて安全地帯へと引き返すと、山田の”火球“の魔法で焚火を焚いた。近くを流れていた清流には魚の姿があったので、ブラットが機敏な動きで捕まえ、串に刺して焼き、焚火を取り囲んで食事をした。
川魚の塩焼き。美味である。
食後には川の水を煮沸させて作ったお茶を飲みながら、ノアの陽気な歌を聞いた。軽やかな弦楽器の旋律。洞窟内を吹き抜ける風のような歌。
「確かに……楽しい気持ちになりますね」
ルーチェは体育座りの格好で聞きながら、ぽつりとそんなことを漏らした。
山田は炎の灯りに照らされるルーチェの横顔を見た。
穏やかな笑みを浮かべていた。
「良い歌だよな」
「えぇ。とても」
歌い終えると、ノアはルーチェに近寄ってきた。
「ねぇねぇ。ノアちゃんのこと2人で何か言ってたでしょー? なになにー? えへー。もしかして、褒めてくれたりしたー?」
「むぅ。すぐまたそーやって調子に乗って。役立たずだなって言っただけです」
「えー。そんなぁ!」
ノアは頬をぷくっと膨らませた。
ルーチェは「ぷ」と小さく笑ってから、すぐにフォローを入れる。
「そんな顔しないでください……誉め言葉ですよ。役に立たなくて、一見無駄に思えるものが、世界の美しさを証明してくれたりするんでしょう?」
「えー。なにそれー。やっだー、ルーチェってば詩人じゃーん」
ノアはニヤニヤと笑いながら肘でウリウリとやった。
「はったおしますよ! あなたが言ったんでしょうが!」
そんな風にして、夜は更けていった。
〇
パーティーは2つのテントに分かれて寝ることになった。
山田とルーチェが同じテント。
「なんか、狭いとこに女の子と並んで寝るの、落ち着かないな……」
「な、何を言ってるんですかっ。ばかゴブリン。私を異性として見ないでください」
「えぇ……。そんなこと言われても」
「良いですか? この際はっきりと言っておきますが、私に変な気を起こしたら許しませんからね? 男女の惚れたはれただのは、全てまやかしです。人を惑わすだけなのです。あなたは大事な召喚獣ですが、それ以上でも以下でもありません。私は男が嫌いです。あなたのことも男としては見ていませんから。あなたはゴブリンなのです。だから、あなたも私を、女として見ないでくださいね?」
そうはっきり言われると、山田としては悲しい気持ちになった。
「……わかったよ。ご主人に嫌われたくはないからな。ゴブリンで良いよ。異性として見ないように、まぁ……変な言い方だが、頑張るよ」
「わかれば良いのです」
「でもさ、何でそんなに男を嫌うんだよ?」
「それは……そういう家系なのですよ」
ルーチェは悲し気に眉を寄せた。
「家系?」
「えぇ。私の母も、その母も、そのまた母も。みんな男に騙されて、不幸な目にあってきたそうなんです。私はほんの幼い頃から、先祖代々の男運の無さを、まるで御伽噺みたいに聞かされて育ちました。それで男とか恋愛とかいうものに対する、苦手意識が刷り込まれているのです。私の家、昔は貴族だったんですって。でもいつの間にか全ての財産がなくなっていて、母の代では平民どころか、とても貧しい暮らしを送っていました。貴族だったころから残っているのは、母の形見のペンダントだけです」
ルーチェはそう言って、胸元からネックレスを取り出して見せた。
青い宝石が埋め込まれている。
「形見ってことは……」
「えぇ。私の母は幼い頃に病で死にました。その後はずっと、孤児院暮らしです。父の顔は見たこともありませんし、名前も知りません」
不幸なエピソード。
山田は何と言って良いかわからなかった。
「それは……」
「別に、変に同情したり、感想を言おうとしたりしなくていいですよ? 今はもう慣れっこですから。憐れまれたりしても迷惑というものです。これが普通です」
「普通か……」
「えぇ。普通。普通なんです。……さて、ちょっと話し過ぎましたね。まぁとにかく、そういうわけで、私は男に苦手意識がありますし、色恋にはとんと興味が無いのです。だからあなたも、間違っても私に変な気を起こしたりしないように。野球だけに集中しましょう」
「わかったよ。ま、野球ばっかりやってきたのは、俺も同じだしな。野球に集中することに異論はないよ」
山田にも恋愛経験というものが、とんとなかった。
せいぜいラブコメのアニメを見てきたくらい。野球バカなのである。
「さ、明日もあります。早く寝ましょう」
ルーチェはゴロンと寝返りを打って、山田から顔を背けた。
〇
パーティーは次の日からも、魔物部屋で朝から晩までひたすらに魔物の討伐を行った。
水晶球は弱い魔物だが、さすがにまる1日戦っていると、夜にはへとへとに疲れていた。泥のように眠って、次の朝には筋肉痛。それでも歯を食いしばって、来る日も来る日も淡々と水晶球を狩り続けた。ドラマも笑いも何もない。ただひたすらに地道な、反復練習のようなレベリング。
その甲斐あって、10日後にクイーンを倒して迷宮を出るころには、パーティー全体のレベルは大きく上がっていた。
試合の前日、メイランドの村に帰還すると、パーティーは野球の練習に打ち込んだ。
バッティング練習をしてみると、明らかに打球が飛ぶようになっていた。投球練習をすると球が速くなっていた。ステータスの上昇を実感する。手応えがあった。
翌日の試合に備えて、メイランドの村に前乗りしていたジャックが、バックネット裏からその様子を見ていた。
「よぉ。その感じだと、だいぶレベルが上がったようだな。明日は多少はやれそうか?」
「はい! 任せといてください! 監督!」
「良い面だ。良し。予定通り、明日は先発で行くぞ!」
「はい!」
――いよいよ、リベンジマッチである。
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