デビュー戦
次の日からパーティーは、朝早くに近場の森や山に出かけて魔物の定期駆除のクエストを消化し、昼すぎに帰ってくると陽が沈むまで野球の練習をした。
ルーキーレベル帯の魔物は弱く、特に苦戦するような場面はなかった。山田のレベルはさらに1上がって5になった。ルーチェ曰く、10までは比較的速やかに上がるらしい。
クエストの報酬は雀の涙。しかし冒険者ギルドには無料で宿泊でき、さらに好意から村の食堂では格安で食事を提供してもらえたので、生活に困るようなことはなかった。
そうして、試合が行われる週末の日を迎えた。
〇
ちょうど真昼くらいの時間。メイランドの村に、近隣の村に常駐するパーティーが集まってきた。山田たちを含めて、全部で20人。みな若い少年少女の冒険者たちだ。
ベンチの前で山田たちは一人ずつ自己紹介を行った。
最後に監督のジャックが締める。
「こいつらは今日から、お前らのチームメイトであり、出場機会を争うライバルでもある。存分に切磋琢磨して欲しい。じゃあ、早速だが、今日のオーダーを発表しておく」
ジャックはポケットから紙を取り出してオーダーを読み上げていく。山田のパーティーメンバーのオーダーは以下の通りだった。
6番ショート・ブラット。
7番センター・ノア。
8番キャッチャー・ルーチェ。
9番ピッチャー・イッキュー。
デビュー戦ということもあり、みな下位打線での起用。
ドレミィはリリーフの一番手に指名されていた。
「良いか野郎ども! 勝つぞ! なんとか最下位脱出だ!」
その後、準備運動としてグラウンドをルーチェと並んで走っていると、対戦相手のチームも球場に到着した。
「今日の相手は『東部4区ラブエールズ』ですね。麦酒工房が密集する酒の街を本拠地とするお隣さんのチームみたいです。この村で収穫されたライ麦をそちらに運んで、お酒にするんですって。酒好きの冒険者が集まる、なかなかの強豪のようですよ」
「ご主人もあっちに入りたかったんじゃないか?」
「むぅ。私を飲んだくれだと思わないでくださいっ!」
「はいはい」
その後キャッチボールをしていると、球場にちらほらと村民たちが集まってきた。木の柵の向こうに広がる芝生の上に、敷物を敷いて場所取りをしている。串に刺したトウモロコシを売る屋台や、冷却石で冷やした麦酒を売る屋台もあった。村長が言っていたように、本当にお祭りのような雰囲気だった。
「おーい! にーちゃん! ねーちゃん! 頑張れよーっ!」
村の子供達と一緒に観戦に訪れたコニーが、木の柵の向こうから手を振ってきた。隣には両親と村長の姿もある。
「おうっ! 応援よろしくな!」
山田も手を振り返してやった。
ランニングを終えてベンチに戻ると、山田はこれまでずっと大事に持っていた麻袋から、この世界に召喚された時に着ていた東北ファルコンズのレプリカユニフォームを取り出した。
YAMADA 18。
「それ、変わった服ですけど、何ですか?」
「勝負服だよ」
父親が死出の旅に出る山田を思って、わざわざ仕立ててくれた特注品。
だからこの世界で初めて試合に登板する時は、この服を着ようと心に決めていた。
この世界にはユニフォームという概念がないらしく、服装は自由。”天輪表示“の魔法によって頭上に表示される、番号と名前がその役割を果たすらしい。
そちらに関しても、山田は志願して18の番号をもらった。この世界にはエースナンバーの概念がないらしく、あっさりと了承してもらえた。
〇
試合が始まるころには村民たちのほとんどが、球場周囲の芝生に集まっていた。
本拠地ということで、カウカウズは後攻。
1回表。先発の山田が投球練習の最後の1球を投げ込むと、ルーチェが素早く2塁に送球。内野でボールが回されて、最後にブラットからボールを受け取った。
「お、おお、おちつけよっ!」
ブラットの声は裏返っていた。
「おいおい。お前の方こそ落ち着け」
ブラットは足をプルプルと震わせていた。
「うぅ。だってぇ。あんなにたくさんの人が見てるんだもん……」
「あんなん、甲子園の大観衆に比べりゃなんでもないだろ」
「コーシエン?」
「あー……。なんでもない。ま、俺は大舞台には慣れてるんだ。緊張しないコツを教えてやるよ」
「なに?」
「自分のやるべきことだけを、考えるんだ」
山田はそう言ってルーチェの方を見た。
試合開始。敵チームの先頭打者が右の打席に入る。
記念すべき初球。ルーチェの出したサインはチェンジアップだった。
初登板のピッチャーであることは相手チームも周知の事実。その初球となれば、ストレートを投げるだろうという思惑の裏をかくサイン。
山田はそれに応えて投げる。
緩い球がルーチェのミットに収まった。ストライクだ。
続いてはスライダー。外角一杯に決まる球をバッターは見送って2ストライク。
その後、高めのストレート、外に曲がるスライダー。ボールを2つ続けて打者を揺さぶる。
2ストライク2ボール。
5球目。決め球はフォーク。真ん中からストンと落ちて空振り三振。
球場に詰め掛けた村民たちの大歓声が響く。自分の村を代表する冒険者のデビュー戦。その記念すべき1打席目で空振り三振。盛り上がらないはずがなかった。
「ナイスピッチ!」
ブラットがボール回しの球を山田に返しながら声をかける。
「まだワンアウトだ。この調子で行くぞ?」
その後、山田は続く打者2人も三振で打ち取った。
「にーちゃん! すっげー!!」
コニーは瞳をキラキラと輝かせていた。
3者連続三振。これ以上ない立ち上がりに、他の村民たちも大喜びである。
〇
その後、2回、3回と投げて、山田は1人のランナーも出さずに無失点。途中、何度か痛烈な当りを打たれたが、全て野手の正面に飛んで事なきを得た。
3回裏が終わってスコアは2-0でカウカウズがリード。1回裏に4番が2ランを放って幸先よく2点を先制していた。山田のパーティーメンバーにも1打席ずつ打順が回ってきていたが、そちらの方はあえなく全員凡退していた。
4回表。投球練習を終えた山田の元に、ルーチェが駆け寄って言う。
「さて、わかっているとは思いますが、この回が正念場ですよ?」
「あぁ……」
ここまで結果だけを見ればパーフェクト。
しかし回を重ねるごとに山田の球は捉えられ始めていた。相手の打者はみな、入団テストを合格し、ルーキーリーグで日々切磋琢磨している猛者たちだ。2回からは連続三振というわけにいかず、何度かバットに当てられた。打球に角度が付かなかった為、ゴロやライナーになってアウトにはなったが、いずれも痛烈な当り。ただただ運が良かっただけである。
4回、相手の攻撃は1番から始まる好打順だった。しかも2巡目。すでに1度山田の球を見ているわけで、一筋縄では行かないはずだ。
ルーチェがキャッチャーズボックスに戻ってしゃがみ、サインを出す。
スライダー。外角にミットを構えた。
山田は振りかぶって投球。切れ味鋭いスライダーがホームベース上を掠めんとする。しかしバッターは変化球を読んでいたらしく、シャープにバットを振りぬいて流し打った。
初球打ち。
キィン。乾いた音がして打球がファーストの頭上を越えた。ライト線を転がり2ベースヒットになる。初めて打たれたヒットだ。
僅か1球でノーアウト2塁のピンチを招いてしまった。
打席に次の打者が入る。
ここまで変化球で入っていたのを読まれるのを警戒して、ルーチェは1球目にストレートを選択。山田はより厳しいところを意識して投げ、結果はボール。
続くフォークも見逃され、2ボールになる。
(ストライク、投げねぇと……)
仕方なくストレートをストライクゾーンに投げる。
キィン。カウントを取りに行った球を痛打され、ショートに鋭い当りのゴロが飛んだ。幸い打球はブラットの真正面。腰を落として捕球体制に入ったのを見て、山田は一瞬ホッと胸を撫でおろした。
――しかし。
ブラットはグラブの土手に当てて球を弾いてしまった。白球はコロコロと地面を転がり、慌てて拾い上げるが1塁に送球できない。
失策。無死1、3塁にピンチが拡大する。
ブラットは顔面を青くしてオロオロとしていた。
「あぅ。ごめ、ごめんなさいぃ」
涙目である。山田はグラブを広げて球を返す様に促す。
「ブラット。気にすんな。今のは打たれた俺も悪い。そんな顔すんなよ。切り替えろ」
「う、うん」
ブラットの返球を受け取って、山田は一旦深呼吸をした。
大ピンチである。だからこそ、冷静に。
次のバッターに対峙する。3番打者。ガタイの良い前衛職のバッターだった。
ルーチェはフォークのサインを出して低めに構える。
要求通りの球を投げるが、バッターに見送られる。次の球は外角に逸れていくスライダー。これも見送られ、またも0ストライク2ボールという不利なカウントになってしまう。
(振ってくれないと苦しいな……)
入団テストの時のバッターはみな、打ち気に逸っていた。打ちたい意欲が強いがあまり、ボールになる変化球に簡単に手を出してくれた。
しかし今は違う。無理に打ちに来ない。ボールになる変化球を振ってもらうというカウントの取り方が通用しなかった。
(ストライク、投げるしかないか)
本来、ピッチングとはそういうものなのだ。ボールになる球はあくまでも決め球として投じるべきものであり、勝負は基本的にストライクゾーンで行うものだ。2ストライクで追い込まれるまでは、そうそうボールになる球に手を出してはくれない。
ルーチェも同じ考えのようで、ストレートのサインを出して外角に構えた。
甘く入るのが怖かった。
無意識に抱いた恐怖がコントロールを乱し、投げた球はアウトコースに外れた。
これで0ストライク3ボール。あまりに不利なカウント。無理に勝負に行って打たれるくらいならと、山田は半分勝負を避けるようなボール球を投げた。
フォアボール。
無死満塁で4番打者を迎えることになる。
相手チームの4番は召喚獣だった。分厚い甲羅に覆われた巨大な亀のモンスター。のしのしとゆっくりベンチから歩いてきて、人型に変化してバッターボックスに立った。甲羅を背負った筋骨隆々の大男。
凄まじい威圧感。
ルーチェが出したサインはチェンジアップ。
タイミングをずらす球でカウントを取りに行こうという意図だろう。山田としても賛成だった。正直にストレートを投げる気にはなれなかったし、かといって、ボール球で入ってまたカウントを悪くしたくもない。
グラブの中で握りを変えて左足を上げる。
強い腕の振りから放たれる遅い球が真ん中やや低めに向かう。
狙い通りの球だった。
山田にとっても、そして、相手打者にとっても。
タイミングを崩されることなく、バッターはフルスイング。
一閃。
バットが強烈な青い光を放った。
真芯で捉えた打球は快音を響かせて高々と舞い上がる。
打った瞬間にホームランとわかる当り。バッターは全力で走ることなく、のしのしと地を踏みしめて一塁に向かった。観客からため息が漏れる。
打球はセンターの向こうに流れる川の向こう岸まで飛んでいった。200メートルはあろうかという超特大の満塁ホームラン。
山田はマウンド上でガックシと肩を落とした。
その後、山田はワンアウトを取ることもできずに打ち込まれ、6点目を取られたところでドレミィにバトンタッチした。
3回0/3を6失点で途中降板。
散々たる成績だったが、それでも応援に駆け付けた村民たちは、ベンチに戻る山田に拍手を送ってくれた。
それが逆に情けなくて、山田は涙をこぼしそうになった。背負った18のエースナンバーも泣いている。不甲斐ない。
こんなに打ち込まれた記憶はなかった。それこそ少年野球の頃までさかのぼる。
さすがの山田も、かなり応えた。
バトンを渡されたドレミィは、タイムリーを1本浴びたものの、その後はなんとか打ち取った。しかし志願して上った続く5回のマウンドでは、MPが切れて魔球の威力が目に見えて下がり、連打を浴びて3点を失った。
結局、回を投げ切れずに次のピッチャーに交代。1回2/3を4失点。ドレミィはドレミィで散々たる成績だった。
山田たちのパーティーだけで、10点を献上したことになる。
ノアとブラット、そしてルーチェは最後まで試合に出場したが、誰一人としてヒットを打てなかった。3人とも4打数無安打である。
最終的に、試合は12対3でカウカウズの負け。
試合は一方的なワンサイドゲームだったが、それでも村民たちは最終回まで熱心に声援を送ってくれた。
山田はベンチで俯いて、その声援をずっと聞いていた。
〇
試合が終わった後、監督のジャックが、山田のパーティーメンバーだけを冒険者ギルドに集めた。
「さて、お疲れさん。デビュー戦はどうだった?」
一同を見渡す。
「情けないです、俺。今日は100%、俺のせいで負けました。みんな、あんなに応援してくれたのに、申し訳ないっす」
「ボクも……甘かった。魔力が減っても何とかなると思ったけど、全然そんなことなかった。うぬぼれてた。ごめんなさい」
「そ、それを言うなら……うちもっ! 打てないばかりか、エラーまでしちゃって! あぐ。イッキューに迷惑かけて。ふぇぇ。ごめんなさいぃ」
ブラットは試合が終わってからずっと、めそめそと泣いていた。
「いえ、打たれたのはキャッチャーである私の責任でもあります。打席の内容も散々でした」
「あうー。ノアも良いところ、全くなかったよぅ……」
いつもは明るいノアすらも、この世の終りみたいな顔をしていた。
ジャックはふぅとため息を吐いた。
「ま、実はな、こうなることはわかってたよ。そんな暗い顔するな。当然だ」
「当然って……どういうことですか?」
「良いか? お前らは入団したてのほやほやだ。そんないきなり通用するわけがあるか。ルーキーランクでしばらくプレーしてる他のやつらは、レベル上限の20近くまで達してるやつがほとんどだ。レベル10やそこらじゃ、そりゃ通用するわけねぇだろうが。レベル差ってやつはそれだけ影響がでかいんだ」
「レベル差、ですか……」
「あぁそうだ。いくら野球が上手くても、レベル差が大きけりゃどうにもならん。特にルーキーレベルみたいなレベルの低いリーグのほうが、それは顕著だ。ステータスの倍率差が大きいからな。例えばレベル50と60の違いなら大体1・2倍の違いだが、10と20じゃ2倍違う。2倍も違ったら、そりゃ活躍するのは難しいさ」
「俺達が活躍するには、もっとレベルを上げる必要があるってことですか?」
「そうだ。今日の試合で、お前らもそれが良くわかっただろ? ま、新人がデビュー戦でボコボコにされるのは、通過儀礼みたいなもんだ。そうやってステータスの重要性を認識してもらうのも狙いってわけよ」
「……でも、良かった。安心しましたよ」
パーティーの中で、山田はただ1人明るい顔をしていた。
「なんでお前はそんなに能天気な顔してるんだ?」
「だって、まだまだできることがあるってことですよね? レベルさえ上げれば野球が上手くなるってわかってるんだったら、後は頑張るだけじゃないですか? だから、良かったなぁって」
「ははは。その前向きさはある意味才能だろうな。そんなお前に、とっておきの話がある。これを見ろ」
そう言ってジャックは、懐から1枚の紙を取り出した。ギルドの掲示板に張られていたものと同じ形式のクエスト依頼書。そこには『初級鉱山迷宮攻略クエスト』と書かれていた。報酬は0ベイス。
「これは冒険者ギルドに新しく入団した新人に、優先的に割り振られる経験値稼ぎのクエストだ。通称『新人特訓課題』なんて呼ばれてる。鉱山に形成された迷宮に出現する魔物、クリスタルボールは、弱っちいくせに非常に高い経験値をため込むモンスターだ。こいつを狩ってレベリングをしてこい。明日からも俺たちは試合があるが、お前らはチームに帯同しなくていい。この村の周囲のクエストも、緊急を要するようなものはない。そもそも2カ月もの間、常駐パーティーがいなくたって、なんとかなってたわけだしな。だからこの迷宮にできるだけ長いこと潜って、レベルを集中的に上げてくるんだ」
山田はクエストの依頼書を受け取った。
「2週間後にもう一度この村で試合がある。その日にリベンジしてみせろ。じゃないとほら、あそこにいるガキが悲しむぞ?」
ジャックはニッと笑って、窓の外を指差した。
コニーが木の影から、冒険者ギルドの中を伺っていた。ジャックに指を差されると、コニーは慌てて目を反らし、立ち去ろうとした。
「コニーっ!」
山田は咄嗟に窓まで走っていって叫んだ。
コニーはピタと足を止める。
「今日は応援してくれたのに、不甲斐なくてごめんなっ! 今度こそ絶対活躍するから、楽しみに待っててくれよっ!」
コニーは振り向いて、大声で叫ぶ。
「頼むぞっ! にーちゃん! 次打たれたら、野次るからなっ! しっかりしろよっ! 6回3失点くらいはやってくれよな! 約束だぞっ!」
コニーは小指を立てて見せた。
「はは……」
山田は思わず苦笑い。
なんと生意気なガキであることか。
しかし自分もほんの幼い頃に、打たれたピッチャーに、悪気もなく辛辣な野次を投げかけたことがあったのを思い出した。因果は巡るというやつか。
あの時は、自分が野次られる立場になるとは思わなかった。
「おう! 上等だ! やってやるから、よく見とけよ!」
山田も小指を立ててコニーに向けて力強く宣言してやった。
レベルを上げて見返してやらなければならない。
子供の期待には、応えてやらねば。