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冒険者ギルド入団テスト

 入団テスト当日の朝。


 冒険者ギルドに行くと、パーティーを代表してルーチェが手続きを行った。カウンターの職員に、受験証と、5人のステータスを記載した登録用紙を提出。職員は”能力転写(ステイト)“を唱えて、登録用紙の記載内容とステータスに相違がないか照らし合わせた。


「……人間の召喚獣とは驚きましたが、どうやら記載内容に間違いはないようですね。それでは最終確認です。合否判定はパーティー単位で行うことになりますが、こちらにいる5名での登録で間違いないですね?」

「はい」

「では、みなさんに”天輪表示エンゼル・ライト“の魔法を付与します。登録用紙に記載した順に並んでください」


 山田たちは横一列に並んだ。


「天に映せ、彼の者の名を、割り当てられし番号を――”天輪表示エンゼル・ライト“」


 受付職員が唱えると、パーティーの頭上に半透明の数字と名前が、天使の輪のようにして表示される。野球中継で表示されていたのと同じものだ。

 数字は11~15が割り当てられていた。


「では、試験の開始まで、グラウンドで準備運動をしていてください」


 カウンターの隣の階段を上って、パーティーはグラウンドへと出た。

 一面に広がる緑色の芝生。レンガ造りのフェンス。


「立派な球場だな」


 その光景に山田の胸は高鳴った。

 グラウンドにはすでに人がいて、思い思いに体を動かしていた。パーティーも走ったりキャッチボールをしたりして準備運動をこなす。


 キャッチボールを終えて、山田がノアの背中を押してストレッチしていると、1人の男が近寄ってきた。

 ノアとドレミィが一度パーティーを組んでいた戦士の男だ。神官の男も一緒にいる。

 その背後には魔法使いと狩人レンジャーと思われる2人の少女、それから狼のモンスターがいた。彼女たちと新たにパーティーを組んだのだろう。狼は召喚獣らしく、狩人レンジャーの少女の隣で大人しくおすわりをしている。


「よぉ。お前らも無事に入団テストの資格を得られたのか、良かったな」

「あ、あんたっ! この裏切りものーっ!」

「ひとでなし」

「おいおい。いきなり人聞きがわりぃこと言うなよ。しょうがねぇだろ。俺たちだって遊んでるわけにはいかなかったんだ。お前らも結果的にパーティー組めて、入団テスト受けれたんだから、良かったじゃないか」

「まぁ、そうね! あんたなんかと組まなくて良かったわ! ルーチェ達の方がよーっぽどノアのことを高く買ってくれるもの!」


 隣に立っていたルーチェがすかさず言う。


「いえ、私はあなたを高く買ったことなど一度もありませんよ? 本職の狩人レンジャーと交換できるならしたいくらいです」


 ノアはルーチェに縋り付いた。


「何でそんなこと言うのぉぉっ!?」


 後ろに立っていた魔法使いの少女が前に出てきて、冷たい目でノアを見た。

 背の低い美少女だ。金髪のロングヘア。腕を組み、ぺたんこの胸を反らして言う。


「ふん。こいつが私たちの前にパーティーを組んでたノアって女? ブレア、あなた腕はそこそこだけれど、見る目が無さすぎるわね。こんな脳味噌が小さそうなエルフと組むなんて、胸の大きさにでも釣られたのかしら?」

「なにおーっ!」

「で、こっちの魔法使いがドレミィかしら? 魔力酷使オーバードライブとかいうわけのわからないネタスキルを取得した、ポンコツ魔法使いって聞いてるわ。1日に1発しか範囲魔法を撃てない魔法使いなんて、よくもまぁ拾ってくれるパーティーがいたものね?」

「うるさい……」


 ドレミィはじとっと睨み返した。


「おい、エスト……あんまり挑発するようなこと言うなよ」

「ふん。あんたがこんな雑魚どもと組んでたなんて、ちょっと腹が立ったのよ。ほら、さっさと行くわよ」


 エストと呼ばれた金髪の少女はパーティーに背を向けて去っていった。


「何よあいつーっ! 感じ悪い!」


 ノアは地団駄を踏んだ。


「わるいな。別に煽るつもりはなかったんだ。代わりに謝るよ。エストは古くからの知り合いなんだが、どうも口が悪くてな……。俺も困ってるんだ。ま、入団テストじゃよろしく頼むよ。それじゃあな」


 ブレアと呼ばれた戦士は最後にそう言って、エストの後について立ち去って行った。


「むー! あいつらには負けないんだから! 絶対合格しようねっ!」


 〇


 しばらくすると招集をかけられ、およそ30人の受験者たちはぞろぞろとバックネット付近に集まった。受験者たちの中には、先ほどの狼の他にも、大きな鶏や、角の生えた白馬といったモンスターの姿が混じっている。


(あれが召喚獣……俺のライバルってことか?)


 ルーチェの他にも召喚士がいて、モンスターを使役しているということなのだろう。みな強そうだった。あれらが本来の召喚獣というならば、ルーチェが落胆したのも頷ける。

 顎に無精ひげを生やした男が前に立ち、受験者一同をゆっくりと見渡した。


「よぉ。野球を志す若者たちよ。俺はルーキーリーグで監督を務めるジャックだ。よろしくな。それじゃあ、今から入団テストを開始する。最初にまず守備練習を行い、それからシートバッティングで打撃と投球を見させてもらう。投手と捕手の志望者は、向こうのブルペンで投球練習をしていてくれ」


 ジャックは外野の奥を指差した。フェンスの手前にブルペンがある。


「練習と言ってもちゃんとチェックしてるから、気を抜くなよ? その他の者は、各自得意なポジションについてノックを受けてくれ。俺も含めたルーキーリーグの監督たちが水晶映星でプレイを見させてもらう。存分にアピールしてくれ」


「俺たちは向こうか。そんじゃ、頑張れよ。ノア、ブラット」


 山田はブラットの肩をポンと一つ叩いてやった。


「う、うむ! わわわ、我の実力を、みみみ、見せてやろうっ!」


 ブラットの声は震えていた。ひどく緊張しているようだ。


「おい。落ち着けよ。大丈夫か?」

「うぅ。自信、ないよぅ……。ちゃんとできるかな……」


 どうやら猫耳忍者はメンタルに不調をきたしているようだった。


「とりあえず、捕ったらファースト投げることだけ考えとけよ。捕るのは上手いんだ。自信持て。大丈夫だ! お前は黒影くろかげブラック・ラビットなんだろ?」

「う、うん……」

「それに、ちょっとくらい失敗しても大丈夫だ。パーティーみんなでアピールすれば合格できるって! だから気楽にいこうぜ、ブラット。野球を楽しもう」

「……承知っ!」


 ブラットは力強く頷くと、ショートの守備位置に駆け出した。

 そうして入団テストが始まった。


 〇


 球場のベンチ奥にある控え室(ロッカールーム)


 ルーキーリーグの監督たちが椅子に座って、テーブルの上に複数並べられた水晶映星を眺めていた。グラウンドでの守備練習と、ブルペンでの投球練習の様子が映っている。


「ほっほ。この12番のショート、なかなか軽快な動きをしておるな。上手い」


 フード付きのローブを着た老婆の監督が、水晶映星の一つを杖で指し示す。

 そこにはブラットの姿が映っていた。センター前に抜けそうな打球をグラブの先で掴み、くるっと回って一塁に送球したところだった。

 先ほど皆の前で説明を行ったジャックという無精ひげの男が、手元の資料を確認する。


「ブラットですか。猫族フェルパーの忍者なだけあって、俊敏性のステータスが高い。そして守備の技術も申し分ないですね。守備能力だけを見れば、合格基準を大きく超えている。他にノックを受けている彼女のパーティーメンバーは……14番のノアか」


 ジャックは外野守備の様子を写した水晶映星に目を移す。

 ちょうど、背後に高々と打ち上げられた外野フライを、ノアが走って追いかけているところだった。フェンス付近まで飛んだ大飛球を、背を向けたままキャッチする。

 捕球した後、フェンスに手をついて止まると、振り返って矢のような送球を返した。


「うん。正確な打球判断に、良い送球だ。クラスが道楽師ということでステータスは全体的に低いが、守備の技量は高いようですね。うーん、もったいない。冒険者向きのクラスだったら、もっと良い冒険者になれるだろうに」

「ほっほっほ。それは言っても仕方ないじゃろ。クラスは各自の抱いた志によって、自然と分かたれるもの。ノアという冒険者は道楽師という生き方を選んだんじゃ。他の人間がどうこうできることじゃあるまいて。こういう変わったクラスの冒険者は気に入った。個性があるじゃないか。他のパーティーメンバーはブルペンか?」

「えぇ。キャッチャーのルーチェ、そしてピッチャーのドレミィと、イッキュー…………ん?」

「どうした?」

「いや、驚きました。イッキューは、人間の召喚獣と書いてありまして」

「人間の召喚獣じゃと?」


 老眼鏡をかけ、老婆の監督も手元の資料に目を落とす。


「ほう……今どき珍しい。人間の召喚獣か。魔力は低いが、他のステータスはモンスターの召喚獣と比べても引けをとらんの。ふぅむ。とても人間の召喚獣とは思えん。にわかには信じがたいの」

「あなたは以前にも、人間の召喚獣をご覧になったことがあるんで?」

「随分と前にな。わしが若い頃はまだ、人間を召喚しようとする召喚士も珍しくなかったんじゃ。しかし人間の召喚獣は総じてステータスが低かった。他の人間と同等か、下手するとそれ以下。だからすぐに、野球目的で人間を召喚するものはいなくなった」

「なるほど……」


「だがこのイッキューという召喚獣は、人間にしては異常にステータスが高い――まるで怪物モンスター、いや、伝説の勇者、といったところか。ほっほ」

「異世界から召喚されし伝説の勇者ですか? まさかそんなに……?」

「冗談じゃ、冗談。本気にするでないわ。勇者はこの世界に野球を広めた神様みたいなもんじゃぞ? 魔王を倒した英雄。メジャーリーグの創設者にして、初代MVP。比べるのも失礼じゃろ」

「……それもそうですね。ま、そんな勇者くらいすごい球を投げてくれれば、俺たちとしても喜ばしいことなんですがね」


 水晶映星に映し出されたブルペンの映像では、ドレミィに代わって山田がマウンドに立つところだった。2人の監督は熱いまなざしを送る。

 山田は大きく振りかぶって、ルーチェの構えるミット目掛けて投球した。水晶映星からスパァンという快音が響く。


「ほっほ。ルーキーレベルにしては、なかなか良い球を放る。イッキュー、人間にして怪物モンスター並のステータスを持つ男、か。お手並み拝見と行こうかの」


 〇


 入団テストは、最終盤を迎えていた。


 守備練習が終わり、その後に続いて行われたシートバッティングも、ほとんど全てが終わろうとしている。シートバッティングで打者に与えられた打席は3打席で、30人近い受験者全員が、1打席ずつ順番に打っていった。3巡目に突入し、残すは打者9人だけ。

 投手は9人の打者と対戦したら交代する方式で、山田が最後のピッチャーだった。山田は職員に呼ばれて、ブルペンからマウンドに向かう。


 山田の直前にはドレミィが登板していた。彼女も9人の打者と対戦し、9打数3被安打4奪三振という成績。抑えたとは言い難い結果だった。前半は魔力酷使オーバードライブによって切れ味を増したスライダーで三振の山を築いたが、最後の4人で魔力が切れて痛打を浴びた。


「おつかれさん」


 山田はすれ違いざまにドレミィに声をかける。


「ごめん。うたれた。後半は本当に不甲斐なかった。悔しい……」


 うなだれるドレミィ。表情の乏しい彼女にしては珍しく、唇を噛みしめていた。


「んな顔するなよ。前半は完ぺきだったじゃないか。ドレミィの持ち味は出せただろ?」

「それはそうかもだけど……」


 後半こそ打たれていたが、前半のドレミィは、他のどの投手よりも優れた球を投げていた。水属性の魔球により切れ味鋭く曲がる変化球。魔力が切れるまでは、支配者のようにマウンドに君臨していたのだ。


「なら良しだ。ドレミィはできる仕事をした。次は俺の番だ」

「うん。応援してる。ここまでのボクたちの成績はあまり良いとは言えない。合格はイッキューのピッチングにかかってると思う。頼んだ」


 ドレミィの言う通り、ここまでのパーティーメンバーの成績は芳しくなかった。


 ブラットは3打数1安打2三振。ストレートをセンター前に弾き返したが、変化球には全く合わずに2三振を喫した。


 ノアは3打数1安打1三振。左中間を破るツーベースを1本放った。悪くない成績だが、入団テスト前に絡まれたエストには3球三振を喫してしまい、地団駄を踏んだ。


 ルーチェは3打数無安打。詰まったあたりの内野ゴロが3つ。打撃ではまったく良いところを見せられなかった。


 山田とドレミィも打席に立ったが、共にヒットを打てなかった。山田としては芯で捉えたつもりだったが、やはり魔力が足りないのか、思った以上に打球が詰まった。ドレミィはそもそも投手を専門としており、打撃の腕はからっきしだった。


 山田がマウンドに立つと、キャッチャーとして守備についていたルーチェがマウンドに近寄ってくる。


「イッキュー。サインの方は大丈夫ですね?」

「あぁ。ちゃんと覚えてるよ」

「ここまでのパーティーの結果は良くないです。私も打てなくて、すみません」

「しゃあない。俺も打てなかったしな」

「イッキューの投球が、私たちのパーティーにとって、最後の挽回のチャンスです。良いですか? 前の練習でわかっていると思いますが、あなたの球はとにかく軽い。バットに当てさせないことが、とにかく重要です」

「わかってる。全部三振狙いで行こう。リードは頼んだぜ? ご主人」

「ええ。任されました。ここまでの相手の傾向は観察しています。イッキューの出番が最後だったのはラッキーです。リードには自信があります。私を信じてください。サインに首を振ることは、許しませんよ? イッキュー、締まっていきましょう!」

「おう!」


 ドレミィはベンチから、ノアとブラットはそれぞれの守備位置について、祈るような気持ちで山田を見守った。


 後に『イッキューの38球』と語られることになる、投球劇が幕を開ける。

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