VSクイーン
それから4つの部屋で4回魔物と遭遇した。
突撃ぼっくりの攻撃を数発もらったが、それ以外は特に問題なく撃退。さほど苦労せずに進んでいた。ルーチェの魔法によってHPも回復済み。特に危険を感じるような場面もなく、自然と気持ちには余裕が生まれてくる。
「なんというか、大したことないな」
「だねー。ピクニックみたーい」
「ボクの出番、無さそう。ちょっと悲しい」
「むう。そうやって油断するのが、一番危険なんですよ?」
能天気な一行の様子に、ルーチェは頬をぷくっと膨らませる。
道の先に次の部屋が見えてきた。中に入ると、やたらと広大ではあったが、モンスターの姿が見えなかった。何もないだだっ広い部屋。
「なんだ? 今度は素通りか?」
「ふ。魔物め。我が剣技に恐れをなしたか……」
さっさと通り抜けようと、一行が真ん中くらいまで進んだ時だった。
足元に潜んでいた罠が発動する。
「ん?」
ルーチェの足に蔦の触手が巻き付いた。そして次の瞬間。地面から突如として巨大な花の魔物が生えて、ルーチェの体を逆さまに持ち上げた。
「きゃああああっ!?」
甲高い悲鳴。
山田が慌てて背後を振り返ると、ルーチェが触手に足を拘束されて吊られていた。
身に着けていた白いローブが翻って、パンツが丸見えになっている。やたらと大人っぽいデザインの黒のパンツ。細い太ももに巻き付いた蔦の触手が、艶めかしさをより強調していた。
「み、みみ、〈見ないでくださいーっ〉!」
ルーチェは顔を真っ赤に染めて叫んだ。久々に発動された召喚士の命令によって、山田は強制的に横を向かされる。
その視線の先で、ボゴンと音を立てて、またも地面から花の魔物が生えてきた。
鮮やかな赤い花弁の真ん中に大きな口がある異形の魔物。見上げるほどに大きい。山田の身長の倍くらいはありそうだった。太い根っ子を足の代わりにして地面に立ち、茨のある茎からは長い蔦の触手が無数に伸びている。
ボゴン。ボゴン。ボゴンボゴン。
立て続けに響く音。背筋が凍る。
見渡すと、部屋中で魔花が次々と咲き乱れていた。ルーチェを拘束しているものも含めれば、その数は全部で6体。
「狂い花が6体もっ! 魔物部屋っ!」
ドレミィが叫んだ。
――ボゴォン!
そして最後に、部屋の奥でひときわ大きな花が咲いた。
「あれは……クイーンっ!?」
ボスの登場。
超巨大狂い花は花弁を天に向けて口を開け、キィィィィィと威嚇するように咆哮した。
魔物部屋とボスの共演。
「おいご主人! ヤバそうだぞ! どうするっ!?」
声だけで司令塔に指示を仰ぐが、ルーチェは依然として蔦の触手に振り回されている。青いツインテールが右に左に揺れていた。ぐるぐると目を回しながら、必死でローブを抑えている。狂い花はルーチェを自身の真上に持ってくると、ぶるぶるっと全身を震わせ、ボフッと花弁から白い粉を吐き出した。
「けほっ。けほけほっ」
ルーチェは白い粉を吸い込んで激しくせき込んだ。
ノアは頭を抱えて叫ぶ。
「まずいよぅ! あれは狂い花の粉っ! 狂い花は得物を混乱状態にしてから飲み込んで、体内でゆっくり消化するの!」
ルーチェは混乱状態に陥ったらしく、瞳をトロンとさせて、頬をにへらと緩ませた。
「……はれ? なんか、いーきもちー。えへぇ。えへへぇ。ねぇねぇ。イッキュー! 〈こっち見てー〉」
混乱していても召喚士としての命令は有効。言われて山田が視線を向けると、ルーチェはパンツ丸見えの状態で、けらけらと楽しそうに笑っていた。
「ほら、大人パンツなのれす! 私は大人なのれす! どうだーっ!」
煽情的なデザインの黒のパンツ。
されど過ぎたるは及ばざるが如し。
そこまで大胆に見せつけられると、ありがたみも薄れる。
「背伸びしやがって……」
むしろ笑えるが、笑い事ではない事態だ。
司令塔の不在。事前の打ち合わせ通り、代役を務めんとドレミィが叫ぶ。
「……ブラット! ルーチェを助けだして!」
「承知!」
ブラットはルーチェを拘束している1体へと駆け出した。
「イッキューとノアは向こうから来る2体の相手を!」
「でも、そっちからも3体来てるけど大丈夫か!?」
「こっちはボクに任せて! 魔法を使う!」
ドレミィは叫びつつ、山田とは逆の方向を向いて杖を構えた。
「やっと、切り札の出番」
窮地をひっくり返す為の存在――魔法使い。
狂い花が3体、根っ子をうねうねと動かして、ドレミィへと向かってくる。
(できるだけ引き付ける)
強力な範囲魔法。だが手持ちのMPポーションを考慮しても、撃てるのは3発だけ。
一度にできるだけ多くを処理する必要がある。
「凍てつけ大気よ。かの群れを襲う暴威となれ――」
ドレミィは杖に魔力を込めて詠唱し、途中で中断してタイミングを待った。
氷のように冷静に、その時を見極める。
(いまっ!)
詠唱を再開。
「唸れッ――”凍てつく暴威“!」
杖の先端が青い輝きを放った。
ほとんど目前まで迫った3体の狂い花に、『魔力酷使』で2倍の威力に高められた吹雪魔法が炸裂する。杖の先端から広角に冷たい暴風が吹きすさび、根っ子から上に向かってみるみるうちに凍り付いていく。
杖からほとばしる冷気が止まると、そこには狂い花の氷像が3つ並んでいた。
パチン。ドレミィが指を鳴らすと、凍てついた魔花は粉々に砕け散った。
一方、山田は2体の狂い花が繰り出す波状攻撃をよけきれず、しなる蔦で体を打たれてじわじわとHPを減らしていた。全身がひりひりと痛む。それでも何とか接近し、うねる根っ子を踏みしてめて跳躍。花弁に向けて金属杖を叩きこむ。一撃とはいかないが、キィィと鳴いて苦しむ様子を見せた。
そこへノアが追撃の矢を放つ。魔花の開いた口に矢が飛び込むと、じたばたと根っ子を動かして苦しんだ。クリティカルだ。着地した後、山田がもう一度金属杖を振りぬいて茎を叩くと、狂い花は断末魔の叫びを上げて消滅した。
その直後、ブラットの叫ぶ声が聞こえる。
「イッキュー! そっちに行った! 受け取れ!」
声のした方に目を向けると、ブラットが双剣で蔦を切り裂いたらしく、投げ出されたルーチェの体が宙を舞っていた。外野フライを追いかけるようにして山田は駆けだし、お姫様抱っこの形でキャッチする。
ルーチェの体は軽かった。小柄な美少女。近い距離にルーチェの顔があって、山田はつい目を反らした。改めて、先ほど見た下着が脳裏に浮かんでしまったのだ。
「あははー。お姫様みたい! たのしいのれすぅ」
ルーチェは相変わらず楽しそうに笑っている。
「なぁ! これ、なんとかならないのか!?」
山田はもう1体の狂い花が振り回す蔦を避けながら走り回る。6体のうちの4体は仕留めることができたが、早いところ体勢を整えたかった。部屋の奥にいたクイーンも、根っ子を轟かせて接近して来ている。あまり猶予がない。
「イッキュー! これを使え!」
ルーチェを拘束していた狂い花と引き続き交戦していたブラットは、地を這う攻撃を飛んでかわして、一塁に送球するようにして山田に向かって小袋を投げた。
捕球して中を見ると、強烈な匂いを発する木片がいくつか入っていた。
「なんだこれ!?」
「混乱に効果のある香木だ! 鼻に突っ込んでやれ!」
「わかった!」
山田は躊躇うことなく、ルーチェの鼻の穴に、木の欠片をずぼっと突っ込んでやった。
ヒロインにあるまじき見栄えである。
「ふごっ!」
ルーチェは苦しそうに顔を歪めて豚のような鳴き声を発したが、その瞳に理性の色が戻った。鼻に突っ込まれた香木をむんずと抜き取って投げ捨てる。
そして顔を真っ赤に染めた。
「あうぅぅぅ」
混乱していた時の記憶はしっかりと残っているようだ。
「ご主人、まぁその、セクシーだったぞ? うん」
山田はよくわからないフォローをした。
「……わすれてくださぃ」
耳まで赤くして両手で顔を覆う。
「ルーチェ! 気を取り戻したなら司令塔を代わって! 恥ずかしがるのは後!」
ドレミィが近寄ってきて並走する。
「そ、そうですね! イッキュー、降ろしてください! ドレミィ、状況は!?」
地面に降ろされルーチェも自分の足で走り出す。
「ボクの魔法で3体撃破。山田とノアで1体撃破。残りは2体。それとクイーンがいる!」
振り返ると、超巨大狂い花はパーティーの近くにまで迫っていた。
「これはケチケチしている場合じゃないですね。ドレミィ! MPポーションを使って、アレに向けて魔法を撃ってください! 倒せなくとも時間は稼げます!」
「わかった」
ドレミィは小瓶を取り出して中の液体を一気に流し込む。MPが回復。
走りながら詠唱をして、超巨大狂い花に向けて魔法を放つ。
「”凍てつく暴威“!」
ほとんど目前まで迫っていた無数の触手が吹雪によって凍り付いていく。超巨大狂い花はピタリと動きを止めた。
「よし、今のうちに残りの2体を倒しましょう! ノアはブラットの援護を! 私とイッキューでこいつを倒します!」
扇の要の指示を受けて、各自持ち場に散っていく。
山田とルーチェ、ブラットとノアで連携し、それぞれ1体ずつを仕留める。2対1の状況さえ作れれば、さほど苦戦する相手ではなかった。これで残るはボスだけだ。
雑魚を倒すころには凍り付いていた触手が再び動き出していた。
鞭のようにブルンブルンと大きくしなる蔦の触手。まともに食らえばダメージが大きそうだ。うかつには近寄れない。
「今から作戦を伝えます! よく聞いてください!」
パーティーメンバーは敵の間合いに入らないように動き回りながら、ルーチェの声に耳を傾ける。
「本の知識によれば、狂い花は花弁にある口が急所だそうです! そこにドレミィの魔法を撃ち込んでやりましょう! 少しもったいないですが、最後のMPポーションを使ってください! 命あっての物種です! 惜しまず行きます!」
「わかった」
「でもでもでも! なかなか近寄れないよーっ!」
「みんなで進路を確保しましょう。イッキュー! 前に立って、”火球“で蔦を燃やしながら進んでください! 低い魔力でも弱点属性は良く効くはずです!」
「おう!」
一直線に火の球を打ち出す初歩魔法。昨晩、練習の後に試し打ちは終えていた。言われるまで使えることを忘れていたが。
「ブラット! あなたも先頭に立って、向かってくる蔦を切り裂いてください。進路を確保するだけで良いです! 前衛の2人は進路を作ることを優先してください!」
「承知!」
「ノアも弓で援護を! ドレミィは最後尾について来てください!」
「うんっ!」
「わかった」
「よし。じゃあ行きますよ! 作戦開始です!」
ルーチェは握った拳を掲げて、パッと開いた。
それを合図に、山田とブラットは先頭に立って並んで走りだす。進路を阻もうと無数の触手が襲い掛かった。
「”火球“!」
山田は金属杖を前方にかざして叫んだ。先端がポウと赤く煌めいて野球ボール大の火球が放たれる。サイズこそ小さいが、魔法の炎は温度が高い。触れると進路を阻む蔦の触手が焼け落ちていった。
真っすぐに飛んだ火球が作った一本道をパーティーはひた走る。
続けざまに襲い来る触手の蔦をブラッドが切り裂いていく。ノアも弓で触手を何本か撃ち落とす。山田とルーチェも武器を振り回して近寄る触手を弾く。
そうして半分ほど進んだところで、触手の密度が再び上がった。
「イッキュー! もう一発です!」
「おうっ。”火球“!」
ゴウっと唸りながら火の玉ストレートが飛んでいき、超巨大狂い花の本体までの道のりができた。
「ドレミィ! 詠唱を!」
「凍てつけ大気よ。かの群れを襲う暴威となれ――」
パーティーはそれぞれの役割を果たしながら全力疾走。
超巨大狂い花の足元に辿り着くと、ルーチェは山田に命じた。
「イッキュー! 〈ドレミィを上に飛ばしてください〉!」
「ん?」
意味を理解しないまま体が動く。くるっと180度体を反転させてしゃがむと、両の手のひらを合せて踏み台を作った。
「さぁドレミィ! ジャンプです! やっちゃってくださいっ!」
「……わかった!」
ドレミィが手のひらの上にぴょんと跳び乗ると、山田は高々と彼女の体を天に放り上げた。空中で身をくるくると回転させながら、ドレミィはとんがり帽子を押さえて、花弁の中央にぽっかりと開いた大きな口に向けて杖を構える。
「唸れッ――”凍てつく暴威“!」
杖の先端から放たれる吹雪。ほとんどゼロ距離からの魔法攻撃が、大きく開いた口の中に吸い込まれていく。
超巨大狂い花はキィィィィィと悲鳴を上げて内側から体を凍らせていく。暴れまわっていた蔦の触手の動きが緩慢になり、やがてピタリと静止。巨大な花の氷像ができあがる。
「さぁ! あとはみんなで止めを刺しましょう!」
ルーチェの号令に従って、パーティーは一斉に武器で殴りつけた。凍り付いて反撃も回避もできない超巨大狂い花はみるみるとHPを減らし、やがて粉々に砕けて消滅。
これにて試合終了である。
クイーンが倒れることで迷宮が消失する。周囲の景色は鬱蒼と生い茂る密林から、穏やかな森に姿を変えた。
〇
その後、周囲に落ちていた魔核とドロップ品を集めて、パーティーは帰り道を歩いていた。クイーンの落とした魔核は他のものよりも大きく、澄み渡っていて美しかった。
ドロップ品は超巨大狂い花の硬質蔦と、狂い花の粉袋。山田は大きな落花生のような花粉袋の中に詰まった粉を指ですくってみる。
「ホントに危ない薬みたいだな……」
人を惑わす白い粉。
ルーチェは慌てて、山田の手から狂い花の粉袋をひったくった。
「こ、これは没収です! とんでもない目に合いましたっ!」
ルーチェは顔を真っ赤にしていた。
ノアはニヤニヤと笑みを浮かべてルーチェの肩を組み、耳元でささやいた。
「随分と大人なパンツ、履いてたもんねぇ」
「んなっ!」
「混乱状態になると、普段抑圧してた本能に任せて行動を取っちゃうんだって! パンツをイッキューに見せつけるなんて、ルーチェってば、えっちぃーんだぁ~」
「ち、ちちち、ちがいますーっ!」
ルーチェはノアの首を絞めた。
「ぐえー、ぐるじいよぅ」
「せっかく買った大人びたパンツを人に見せたいというキミの気持ち、ボクは理解できる」
ドレミィが隣に立って、ルーチェの肩をポンと叩いた。
「ち、ちがっ! ちがうんですぅーっ!」
ルーチェの叫びが木霊した。
とにかく、これでパーティーは入団テストの受験資格を手に入れた。
あとは野球の実力を示すだけだ。