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其の7

 唐突に背後を取られ肩を叩かれた私は、つまり不意をつかれた状態であるわけで。


「うひゃ…!?」


 ここが図書館であるにも関わらず、思わず驚きの声……というか、ほぼ奇声……をあげてしまった。すると、


「うわっ……!」


と相手も声をあげた。どうやら私の奇声に驚いたらしい。

 その隙をついて、私は肩に置かれた手から逃れ、くるりと後ろを向いた。声に聞き覚えがなかったので、相手の姿を確認しようと考えたのだ。


 そして。


 私は、もう一度奇声をあげそうになった。


 だって、誰だって驚くと思うの。こんなところで、会うはずのない人、ましてや、私に声をかける理由もない、そんな相手だったからだ。


(クリス王子……!?)


 その名が頭に思い浮かんでも尚、私の頭は、それを信じようとはしなかった。


(いやいや、そっくりさんってことも)


 顔の造作が酷似した赤の他人。世の中には自分に似た人が三人くらい存在するとも言うし。


 ……けれど。


 私は軽く頭を振った。その考えは現実逃避にすぎない。


(この学園に、王子とそっくりな人なんていないって!)


 そんな人がいたら、既に話題になっているはずだ。そもそも王子は一応、この学園に籍を置いているのである。……まあ、籍を置いているだけで、実際の勉強は王城で家庭教師が付いて行われているはずだから、学園で遭遇する確率は限りなく低いのだけど、ゼロではない。


 蛇足だが、私たちと同年代の王子たちは「王太子の子供」たちであるから、現在の王から見れば孫に当たる人たちだ。

 繰り返すけど、メラニーとお付き合いしているのは第五王子である。そしてクリス王子は私より一つ年上で第四王子だ。


 と、ここまでの思考に要した時間は、正味、5秒である。その短時間で目まぐるしく状況を把握していた際の私の表情は、ぽかんと口を丸く開けた、呆けたものだっただろう。

 はっと我に返った私は、すかさず頭を下げた。


「た、大変失礼いたしました!」


 王子の手を振り払い、悲鳴まであげてしまったのだ。失礼しました、の一言で済むような失態ではない。しかし、既に取ってしまった行動をなかったことにすることはできない。額に嫌な汗が滲む。きっと顔色は真っ青だろう。

 私は、極刑を待つ囚人のごとく、王子の沙汰を待つ。体がカチコチに強張っているのが、自分でも分かった。

 そんな私の様子を見た王子は、ふっと息を吐き、その後穏やかに微笑んだ。


「そんなにかしこまらないで。僕が突然話しかけて驚かせてしまったのがいけなかったのだから」


 まさかの優しい言葉に、緊張の糸がふと緩んだ。そのままへなへなと座り込んでしまいたかったが、それは王子が去ってからの話だ。今は、気丈に立ち続けなければ。


「寛大なお言葉に感謝いたします」

「だから、そうかしこまらないでって」


 私の言葉に、王子が苦笑を漏らす。

 ……って言われましてもね。王子に砕けた態度で臨むなんて、それこそ無理難題なのですよ。

 しかし、王子がそう言うのであれば、努力の跡は見せなければなるまい。

 というわけで、私はひきつりながらも笑顔を作ってみせた。そのぎごちない笑顔に、一応納得したのだろう、王子が更に話しかけてきた。


「君、ゲラルド家三男の婚約者になった子だよね?」


 うわ、王子にまで噂が行き渡ってしまっているのね……。腐っても相手は名門ゲラルド家ってところか。万事休す。


「あの、私……」


 ここで断固否定してしまえば、ゲラルド家の名に傷をつけてしまうし、肯定してしまえば、王子公認の既成事実となってしまう。私は難しい対応を迫られて、口ごもる。そんな私を生暖かい目で見やったクリス王子は、軽く首を横に振った。そして真正面から私の両肩を、労わるようにぽんぽんと叩いた。


「いいんだよ、何も言わなくて。分かっているから」


 ん? 分かっているって――何が?


 王子の言わんとせんことに、全く心当たりのない私の頭の中は、疑問符でいっぱいだ。


(私が婚約の話に困っていること?)


 しかし、何となく、そうではないような気がする。

 いや、そんなことより。


「あの、クリス王子?」


 私は意を決して口を開いた。


「うん?」


 首を傾げて私の話の続きを待ってくれる王子に、私は慎重に言葉を選びながら、続けた。


「このお話は、まだ内々のものですので……」


 まだ正式なものではないので、公に触れないでほしい。その旨を暗に告げる。するとクリス王子は、


「あ、そうだったね」


と分かっているのか、いないのか、良く分からない返事を一つくれた。

 ……なんだか、凄く不安でしかないけれど、王子に繰り返し念を押すような不敬はできないので、私は曖昧ににっこり笑ってみる。

 とその時、王子がはっと我に返ったように、


「あ、まずいな。約束の時間に遅れそうだ」


と近くにあった柱時計の針に視線を注ぎながら、そう言った。

 うんうん、約束の時間に遅れるから、私のような有象無象は捨て置いて、急いで待ち合わせの場所に出かけた方がよろしいかと。


 ……人によっては、王子と繋がりを持つ絶好の機会とみて、次の約束を取り付けたりするのだろうけれど、何分、私はそういう点では野心家ではない。一刻も早く、この高貴なお方から解放されたいとの考えで頭はいっぱいだ。


 私は相変わらず、顔に愛想笑いを貼り付けたまま、


「では、私はこの辺で失礼いたします」


と頭を下げ、その場を辞そうと試みた。


 が。


 がしっと正面から両手首を掴まれた。


 え? 何なの? まだ何かあるの??


 そんな感じで固まっている私に対し、王子は全く悪気のない様子で、こう告げた。


「君たちの経緯が知りたいから、またここで僕と会ってくれないかな」


 王子は、掴んだ私の両手を、なぜか嬉しそうに一、二度上下に手を振った後、日にちを強引に指定して去って行ったのだった。


(……???)


 嵐のような時間……体感としては一時間くらい長く感じたんだけど、多分実際は十分程度だったと思われる……は過ぎ去った。


 王子の背中を見送った私は、当初の予定どおり、足の力を失って、へなへなとその場にへたりこんだ。


 一体何なのーーーー!?


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