其の6
さて、私は婚約の噂が広まり始めたあの日、ミアに一つ、お願い事をしていた。それは、テオドアの女性の好みに関する調査である。
とにかく、私たちの婚約の話が周囲に広まってしまったからには、私にでき得るささやかな抵抗はただ一つ。
(相手から婚約話を反故にしてもらう!)
ということである。
ほら、格下の家柄の私からは言い出せないけれど、相手からは簡単に切り出せるでしょう?
私としては、婚約話を破棄されるとなれば、ちょっと経歴に傷が付くけれど、破産間近な家に嫁ぐよりは、断然ましだ。「婚約話をなかったことにされた娘」に対する可哀想な人を見るような視線にも、きっとすぐに慣れるはず。
まあ、相手のテオドアも、あんまり物を考えない放蕩息子みたいだし、私が自分の好みの正反対を行くタイプだと知ったら「こんな堅物と婚約なんて無理だ!」って気持ちになる可能性は、結構あると思う。
とういうわけで、私は早速、ミアからの情報を簡単に頭でまとめる。
彼の好きなタイプと嫌いなタイプ。曰く、好きなタイプは「華やかで明るい、そしてグラマラスな女性」で、曰く、嫌いなタイプは、
「堅物で遊び心のない、体型真っ平らな女」
だそうだ。うん、なるほど。私にぴったり。
……哀しいかな、体型も。
…………。
とにかく!
真面目に学園に通い、真面目に勉強し続ける私の姿を、とくと見せてあげましょう。
うん? そんなまどろっこしいことをせず、単純に常識外れな行動を取れば、手っ取り早いのではないかって?
いやいや、常識を疑われるような奇天烈な行動で嫌われるわけにはいかない。そんなことでもしようものなら、義母が嬉々として、
「この子は心の病気だから、修道院で療養させようと思うの」
とか何とか父に吹き込んで、即、修道院送りになってしまう。
まあ、実のところ、修道院に行ったとしても家にいるよりはマシだと思うけど、義母の思い通りになって喜ばせると考えれば、腹が立つ。なので、婚約を解消させるために「手段を選ばない」という真似はできなかった。
かくして私は、町で購入した、流行から外れているためお値打ち価格だった野暮ったい眼鏡を装着し、生真面目な表情で学園に足を踏み入れたのだった。
しかし。
☆
(もっと私を見ようよ……)
私は三日目にして打ちひしがれていた。
普通誰も着ることのない学園指定の制服を、乱れ一つ無くきっかりと着込なし、黒縁の眼鏡を着用。こんなに堅い格好をして、こんなに真面目に勉強して、成績も首席。堅物かつ真っ平らな女を、こんなに完璧に実践しているのに、あの図書室で見かけた日以来、彼と廊下ですれ違うことすらなかった。
時は一刻を争う。
両家の顔合わせの前に、私にさっさと幻滅してもらわないと困るのだ。
確かに、この学園における生徒たちの授業への出席率は悪く、テオドアもその例に漏れない。しかしながら、学園以外で遭遇しようとしても、彼は大抵女の子と町に繰り出しているようなので、どうにも会えそうにない。
……と考えたところで、ふと私は思い出した。
(この間、図書館にいたのよね)
とても意外に思ったが、図書館にいるからといって勉学に励んでいるとは限らないわけで。
(誰かと会っていたみたいだし)
繰り返すようだけど、神聖な図書館を密会場所にするなんて、けしからん、と思っている。けれど。
(これはチャンスかもしれない)
彼が、女の子といちゃいちゃしているところで、これ見よがしに勉強してみるのいいのかもしれない。ここは本を読む場所ですよ、って注意する感じでコホンコホンと咳払いしてやれば、向こうはすごく興が削がれるよね。生真面目な好ましくない女と思われること、間違いなし。
私は、勇んで図書館へと向かった。まっしぐらに目指す行き先は、当然人気のない地下書庫だ。
そこに辿り着けば、相変わらず何となく薄暗い照明と、物音一つしない、静謐の空間だった。
……こんなに本がいっぱいあると、つい面白そうな本がないか探してしまうところだけれど、ここは我慢のしどころだ。
それにしても。
(悪いことをしているわけでもないのに、足音を忍ばせてしまうのは、何故だろう)
私は細心の注意を払いつつ、気配を消して一歩ずつ足を進めていく。
程なくして、先日テオドアを見つけた辺りに辿り着いた。こちらからは見渡すことができて、向こうからは死角になりそうな、ちょうど良い場所を見つけたので、そこに体を滑り込ませる。
そして、奥を見渡そうとした、まさにその時。
ぽん、と肩を叩かれた。