表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/21

其の5

 ただ廊下を歩いていても、学園内の生徒たちの、私を見る目が、いたたまれない……。いや、別にみんな、それなりに大人なので、メラニーたちのような嘲笑を飛ばしてくるわけではない。むしろ、腫れ物に触るかのように、遠巻きに眺めているだけである。どちらかと言えば、同情の色が濃いような気さえする。


 でも、全方位から視線を感じるという、そんな身の置き所のなさが、辛い。


 そういうわけで私は、意地を張ってまで精神をすり減らすことはないと考え、二限目の講義を受けることを断念したのだった。……一つ、ミアに現状に関する頼み事をお願いして。


 そして。


(はぁ……落ち着く)


 学園所有の図書館に避難した私は、人心地つく。

 ここは、校舎から少し離れていること、そして建物が古いこともあって、我が家の書庫と同様、人が少ない。そもそも、この学園の生徒は貴族の子女というだけあって、皆、基本的に裕福だ。ゆえに、わざわざ古びてかび臭い本を借りずとも、新しい物を買えば良い、という意識だろう。


(古いけど、なかなか立派なのにね)


 広大な敷地と膨大な蔵書。これらを、こんなふうに遊ばせておくのが「ちょっと勿体ないな」なんて思うのは、私が貧乏性だからだろうか。でも、まあ、そのおかげで私は避難所として利用できるのだけれど。

 それに、ここを訪れる学生は、少し浮き世離れしているところがあるので、私の婚約の噂なんかにも興味がないようで、私が足を踏み入れても、特段注意を払ったりしない。


 うん、居心地がいい。


 私は世俗の喧噪を一瞬だけ忘れることにした。そのためには、図書館に来た時はいつも座る定位置ではなく、もう少し人の少ない場所を探してみることにした。


(地下が良いかも)


 地下の外国語の書籍が収納されている区画は、滅多に人がいないことを、私は知っている。私は、一階でめぼしい本を三冊ほど選び、それを小脇に抱えて地下へと降りていった。


 図書館によく足を運んでいる私でも、地下階には滅多に行かない。……何となく、ちょっと陰気な雰囲気だからだろうか。

 窓がなく光が差さないその空間は、人工の明かりだけが、仄かに部屋を照らしていた。

 1階より薄暗いそこは、私の予想どおり、人の気配がない。机も空いていて、選びたい放題だ。


 普段なら、早速持ち込んだ本を読み始めるところだったけれど、何となく、地下の物珍しい蔵書を見て回りたい気分になって、私は手近な机に本を置いたまま、本棚巡りを始めてしまった。


 地下書庫は、とにかく広かったが、半分、倉庫のような扱いになっているようだ。しかも本棚は整然と並んでいるわけではなく、何故か入り組んでおり、ちょっとした迷路のようである。

 また、収納されている、本は古めかしく、木製の本棚は年季が入っていた。

 よく知らない外国の文字で書かれた本の上部は、うっすらと埃が積もっている。


(あ、でも、この本なら読めるかも)


 隣の本棚に並んでいるのは、隣国のもので、我が家の書庫にもいくつか蔵書がある。自国と違う言語が興味深くて、辞書を片手に読み解いたりもした。


(たまには、こういう本を読むのもいいかも)


 面白い本に集中している時と同じように、異国の本の翻訳に没頭している時も、世の中の煩わしいことを一瞬だけ、忘れることができる。

 ……現実逃避にすぎないと言われれば、それまでだけれど。


 私は、少しだけ埃を被った隣国の小説を手に取った。


 そのまま、もう少しだけ、この入り組んだ地下書庫を探検するような気持ちで、奥へと進む。


 しかし。


(……ん?)


 私は、ある一角を曲がってすぐに、足を止めた。……人の気配がしたからだ。というか、ひそひそと人目を憚るように小声で話す声がした。

 林立する本棚の合間にある、少し開けた空間に、小さくて丸いテーブルがいくつか並んでいる。その一つに、声の主たちが陣取っていた。


 何というか……個性的な服を着た後ろ姿がちらりと見えた。


(どうして……??)


 私は呆然とその場に立ち尽くす。あんな奇妙奇天烈な吟遊詩人風な服を着ているのは、この学園では間違いなく一人きりだ。即ちテオドアである。

 あの享楽的なテオドアと、この静謐な図書館。あまりにもそぐわない。


(いや、まあ、本を読んでいるわけではなさそうだけど)


 しかも、室内なのに、つばの広い帽子を被っている。

 さて、誰と話しているのだろう。テオドアの体と服と帽子が邪魔で、相手の姿が全く見えないのだが。


(きっと女の子ね)


 密会するなら、こんな神聖な場所はやめてほしい。まあ、今までこの図書館で彼の姿を見たことがないから、今日がたまたまなのだろうけれど。


 何にせよ。


(彼が誰と会おうと、何の話をしようと、私が知る必要はないよね)


 そう判断した私は、そっと足音を忍ばせて後ずさりながら、その場を立ち去った。


 取りあえず彼らは話に夢中なようだったし。


(見つからなかった……はず)


 誰も追って来る気配はなく、私はほっと胸をなで下ろす。と同時ははっと思い出すことがあった。


(一階から持ってきた本、忘れてきた……)


 しかし、今地下に戻るのは大変危険だ。私は図書館の司書に「地下に本を忘れてきたけれど、込み入った話をしている人たちがいて戻りにくい」旨を正直に話すと、相手は「分かりました。閉館後にでも仕舞っておきますよ」と優しく対応してくれた。


 いい人で本当に助かりました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ