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其の4

 義母による衝撃の提案から一夜が開けた。

 はっきり言って、一睡もできなかったんだけど、私はまだ学生なので、学園へ行かなければならない。

 ……いや、休んでもいいのだけど、ここで休んだら義母たちに「婚約の話がショックで休んでいるのね」とほくそ笑まれるだけだ。それも業腹なので、家では「何でも無い」という普段どおりを上手に装ったつもりだ。

 しかし、学園の門に辿り着き、校舎へ至る道のりを歩く足取りは重い。


 そんな私に、追い打ちをかけるような事態が、学園内で沸き起こっていたのである。

 学園は単位制のため、1限目の授業へと向かう。と、その途中。


「ちょっと、リーネ」


 仲の良い学友であるミアが、廊下の隅っこの影になったところから手招きしつつ、声を潜めて私を呼ぶ。それはまさに、聞かれたくない話をする時の仕草で……私の頭に激しく嫌な予感がよぎる。

 私は、気配を消して、友人の元へと急いだ。

 そこに辿り着くと、私が「どうしたの」と尋ねるより早く、ミアは私の腕を掴んで奥に引き込むなり真剣な表情で口を開いた。


「貴女の変な噂が流れているんだけど」


 昨日の今日だ。その一言で、私は全てを察した。

 しかし、念のため、内容を確認しなければ。少し震える声で、私は尋ねた。


「噂って、どんな……?」

「貴女とゲラルド家の三男のテオドア様が婚約したって」


 即座に返ってきた内容は、私の想像どおりのものだった。同時に、噂を広めた犯人も、想像がついた。


(メラニーめ……!)


 腹の底から行き場のない怒りが沸々と沸き上がるが、ミアに当たるのもお門違いだ。私は努めて平静を装う。


「……本当なの?」


 恐る恐る尋ねてくる友人に、私は、こう答えるだけで精一杯だった。


「私は、まだ承諾していない」


と。


 でも、私は悟っていた。噂が完全に広まってしまえば、断りようがなくなってしまうことを。


 何と言っても、ゲラルド家は私の家より格が高い。だから、婚約の話が水面下で行われている間は、十分な理由があれば断ることもできないこともないが、広く知れ渡ってしまった場合は、ゲラルド家の面子があるため、どのような理由があろうと、こちらから断ることは不可能に近い。


 つまり、私が何か対策を練る事を想定して、義母たちが先回りしてきた形だ。そして見事に後れを取った私。自分の迂闊さを恨めしく思うものの、こうも思うのだ。


(いや、一晩では、流石にどうにもできないし……)


 父親以外の後ろ盾のない私が一晩でできることなんて限られている。つまり、こうなることは最早、必然だったということだ。


(大事なことは後回しにするくせに、こういう悪知恵を実行する時は早いんだから)


 そう憤慨するものの、私が全てにおいて彼女たちに敗北したことには間違いない。


(何て不甲斐ない私……)


 私の萎れた様子から全てを察した友人が、私を慰めるように、肩をぽんと叩く。その優しさが、今の私にとっては、ほんの少しだけ辛かった。







 廊下を歩いていても、好奇の目が突き刺さる。そんな中を、私は友人に付き添われるようにして一限目の講義室へと向かう。

 ちなみに、この学園は先にも述べたとおり、貴族たちの学園であり、勉強する場というよりは社交場である。なので、真面目に講義を受けている学生は稀だ。

 なお、貴族であっても向上心が強く勉強したい人たちは、家庭教師を雇って、学校とは別に勉学に励んでいる。あと、庶民の学校の方が学力的には明らかにレベルが高い。

 中でも、王家と民間が共同で運営する最高の学府であるレアード学園は、官吏の登竜門と言われている。


(貴族だからって、要職に就けるわけではないのよね)


 ちなみに私は、父の強い要望があってこの貴族学園に通っているのだけど、本音を言えば、市井の学校に通って思う存分学びたかった。


 ……話は元に戻って、この学園については「単位制」なので、年齢関係なく、自由に講義を選択することができるし、何だかんだといって寄付金さえ十分に積めば、たいして出席していなくても単位が取れてしまうようなお気楽な場所だ。

 と、まあ、そんなわけで、講義と言っても受講する生徒は、いつもまばらなものだけれど。


(……)


 講義室に足を踏み入れた瞬間、嫌な景色が視界に飛び込んできた。

 いつもは講義なんて、ろくに出ていない人たちが、窓際の後ろの方を陣取っている。……全く嫌な顔ぶれだ。


「メラニー一派だわ」

 

 私と同様に、その光景を視認したミアが、顔をしかめて囁く。

 本当に、類は友を呼ぶとはよく言ったもので、似たような服装、似たような性格の面々だ。それらをまとめ上げ、中心となっているメラニーは、それなりに大したものなのだろう。


 彼女たちは、講義室に入ってきた私の姿を認めるなり、こそこそとこちらに向かって指を差し、何か小声で話し合っては、再びこちらを見て、くすくすと笑い出す。


 本当に嫌な態度というか、陰険さが滲み出ていて最悪すぎる。

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