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其の3

 その日の夕方。


 普段は夜遊びのため、滅多にこんな時間に帰ってこないはずの義妹メラニーが、何故か私の元にやってきた。


 その時、私がいた場所は書庫である。私が本好きであることもさることながら、それ以上に、義母や義妹が「埃っぽくてかび臭い」という理由で滅多に立ち寄らない場所であるため、ここは私の憩いの場所だった。


 あ、ちなみに先ほど触れたとおりメラニーは義母の連れ子なので、私とは一滴も血の繋がりはない。


 実娘を溺愛する義母から何でも買い与えられているのに、何故か私のものまで欲しがる性質らしい。例えばお気に入りのぬいぐるみ、例えば好きな色のドレス、そして仲の良い男の子。


 特に仲の良い男の子については執拗だった。私がちょっと話をした男の子に、ことごとく近寄って、彼氏にしてしまうのだ。

 別に私の方は、その男の子たちに対して特別な想いがあったわけでもないので、どうでも良かったんだけど、そういうことが何度も繰り返されるうちに、何だか、男の子と関わるのが――つまり義妹と関わることでもある――面倒になってしまった。


 色々あって男の子と距離を置いていたのは、そういうことだ。


 メラニーは、ふわふわと揺れる裾が女の子らしいドレスを着ていた。まあ、絶世の美少女、とまではいかないけれど、十分可愛い部類のメラニーは、口元に手を当てて、大袈裟に驚きの表情を作り上げる。そして開口一番、こう告げた。


「お母様から聞きましたわよ。お義姉様、ゲラルド家の三男と結婚されるって」


 既に結婚前提か。


(結婚じゃない、婚約よ、婚約)


 心の中では激しく突っ込みを入れるものの、私は、表情をぴくりとも動かさなかった。相手にしないのが、上策である。


 とにかく、この義妹とは会話するのもだるいので、私は読んでいた本から目を離さず、完全に沈黙を決め込む。しかし、敵も然る者で、私の反応などお構いなしに、一人で話を続け出した。


「素敵なお話じゃない。流石はお母様の選んだ方ね。お義姉様にぴったり」


と言いながら、ぷっと吹き出す。本当に、心の底から馬鹿にしている嘲笑だ。……婚約者の選定には、この子も一枚噛んでいるんじゃなかろうか。


(この母親にして、この子あり)


 そんなことを考えている間にも、メラニーの口はぺらぺらぺらぺらと、よくまめる。


「私も、今日はデートでしたのよ」


 誰も聞いていないのに、唐突に自分のことを語り出す。その際、これ見よがしに手を……正確に言うと指を……ちらちらさせた。その右手の薬指には、きらりと輝く上質の指輪がはめられている。


「気がつきましたの?」


 いや、気がつくも何も、目の前でそれだけひらひらさせられたら、誰でも気付くって。


 そんな私の呆れた様子を知ってか知らずか、メラニーは頬に両手を当てながら、自慢げにこう言った。


「私は良いって言うのに、王子が無理矢理プレゼントしてくださったの」


 はー、そうですか。


 メラニーが現在お付き合いしているのは、この国の王子様だ。そのことが、彼女にとって最大の自慢でもあったので、ことあるごとに「オウジサマガ オウジサマガー」と報告してくる。

 まあ、王子といっても第五王子で王位継承権はなく、しかもあまり良い噂を聞かないんだけどね。ゲラルド家の三男なみに。


 しかしメラニーにとって、噂など大したことはないらしい。


 むしろ「王子様に見初められなかった負け犬たちの遠吠え」くらいに思っているふしがある。

 そんな彼女は、自慢げな表情で、私にとって全くどうでも良い内容の報告を続ける。


「今度、王室のパーティーに誘ってくださったのよ」


 お母様にお話しして、パーティー用のドレスを新調してもらわなくちゃ、とうきうきしているメラニーだが、つい最近もドレスを誂えてもらっていたような気がする。


 ……私からすると、そんなにドレスを持ってて、どうするのだろうと不思議でならない。だいたい我が家も、そこまで大富豪というわけじゃないのだから、無駄遣いだと思うのだけれど。


 しかし、そんなことを露とも考えたことがないだろうメラニーは、ドレスの裾を両手の指で掴む貴婦人の挨拶のポーズを取った後、人の悪い笑顔を浮かべた。


「お互い、幸せになりましょうね。では、ごめんあそばせ」


 うん。絶対、私が幸せになれるとは思っていないよね、この子は。


 多少はいらっとしたものの、相手にすると話が長引くだけなので、ここはひたすら我慢だ。

 私は唇を引き結んだまま、軽い足取りで部屋を去って行く義妹の後姿を見送り、扉が完全に閉まったことを確認するなり、大きく息を吐いた。


 ちなみに、彼女がここを訪れてから去るまでの間、私は一言も口を開いていない。そんな私に、ひたすら一方的に話し続けた彼女の活力にだけは感心する。


 どっと疲れた私は力尽きて、開いた本の上に突っ伏した。


 うん、本当、敵わないことは素直に認めるから、もう私のことは放っておいてくれないかな!

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