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其の2

 母が亡くなってしばらく経ってから、あの義母は一人の娘を連れて父の元に嫁いできた。……つまり、子連れ同士の再婚ということだ。それ以来、私は地味な嫌がらせを受け続けている。

 しかし向こうも派手に動くこともできないようで、これといった決定的なものもなく、私としても我慢できない範囲のものではなかった。

 しかし、今回の件から、義母が私を追い出す算段を本腰を入れて考え始めていることに気付く。


(お父様に頼ろうにも、あの人は正直なところ駄目な大人だし……)


 駄目な人、というと語弊があるかもしれない。ただただ人が良く、押しに弱い。だからこそ、義母の押しに負けて再婚してしまったわけであり、家のことも、ほぼ義母のやるがままに任せている。

 自分が裏表のないお人好しのせいか、表面的なもので物事を判断するきらいがあり、義母の見せる良い顔だけを信じている。


 今回の件は義母の言うとおり、表面的には良い縁談だ。年も近く、家柄も良い、そしてテオドアは見栄えも悪くない。その話を聞いた父はきっと、


「それは、とても良い話だね」


と嬉しそうに笑って、悪気もなく縁談を勧めるに違いない。要するに八方ふさがりだ。


(何とか断れないかしら)


 そう考えるものの、断るには、それなりの理由が必要であることも自覚している。


(例えば私に、今すぐ婚約したい相手がいる、とか)


 しかも、ゲラルド家の三男と同等か、それ以上の条件が揃っている相手である。


(……)


 無理だ。そんな相手など、どこにもいない。


(色々あって、男の子とは距離を置いていたし)


 もしかすると、義母はそんな私を見越していたのかもしれない。

 何にせよ。


(今度こそお手上げ……か)


 暗澹たる気分のまま、私は再び大きな溜め息を吐き出した。


 ――と、その時。


「……、…………」

「………、……」


 遠くの方で誰かの声――否、会話――が聞こえてきた。それと同時に、草を踏みしめる音が微かに響く。


 私は、別に悪いことをしていたわけでもないのに、何故だか反射的に巨大な木の陰に身を隠していた。

 その間にも、足音はこちらに近付いて来る。それに従って、会話の内容なども、私の耳に届き始めていた。


「もう、テオドア様ったら!」


 あ。


 私は思わず声を上げそうになるのを必死に押さえる。

 というのも、姿を現したのは、今私の心を悩ませている、当の本人だったからだ。

 つまり、ゲラルド家の三男、テオドアだ。


 正直なところ、今、一番会いたくない人物である。


(しかも、女の子つきだし)


 ちらと覗き見れば、彼の隣には、私とは正反対の派手な感じの美人な女の子がべたりとくっついていた。……なお、昨日学園で見た子とは違うようだ。


(せめて同じ女の子にしておこうよ)


と心の中で突っ込んだが、もちろん口に出すわけではない。


 ……というか、この女の子、義妹の友達だったような気がする。


 正直なところ、義妹――名をメラニーと言うのだけれど――は義母と同様に色々と面倒くさいので、その関係者とはあまり関わりたくない。

 だから、とにかく私は、彼らに絶対見つかりたくないわけで、気配を殺し、あわよくば、こっそりとこの場から離れたかった。


 そのためには、まず、状況をしっかりと見極め、機会を窺わなければ。そう思い、私は二人の様子を木陰からこっそりと観察する。


 ちなみに、一番最初に目を引き付けたのは、彼の衣装だった。

 ……いつも見る彼は学園内だから、制服姿で、私服なんて見たことはなかったんだけど。


(これはひどい)


 そんな感想しか浮かばない有様だった。

 なんというか……簡単に言うならば、一昔前の冒険小説なんかに出ている吟遊詩人っぽい格好だ。若草色を基調として、同色系のずるずるとした衣装を何枚か重ねている。指にはごてごてとした石のついた指輪。


 ……殴られたら痛そうだ。というか、色々と視覚的に、痛い。


「テオドア様、この間は素敵なプレゼントをありがとうございました」

「いやいや、あのくらい、大したことないよ」

「今度、一緒にお買い物に行きましょう? わたくし、欲しいものがありますの」

「そうだな」


 ……さりげなく、たかられてるし。


 私は半眼になりながら、二人の会話に思わず聞き入っていたが、不意にはっと我に返る。悠長に二人の会話を聞いている場合じゃなかった。


(見つからないうちに、この場を立ち去らないと)


 彼らとの距離はまだ十分にある。彼らが会話をしている隙にと思い、私は静かに一歩後ずさった。


 その動きは慎重で……断じて、うっかり小枝を踏みしめたとか、物音とかを立てたりはしなかったはずだ。

 しかし何故だろう、不意にテオドアが、こちらに視線をちらりと送ってきたのだ。


(う……)


 思いっきり目が合ってしまった。

 何、気配でも察したの? 気配に鋭いことは悪いことではないけれど、今は勘弁してほしい。


 ……さて、相手に見つかったからには、盛大に物音を立てようが何だろうが、一目散に逃げ出すべきなのに、何故か私の足は、石になったかのように固まって動かない。


 これじゃ、まるで覗き見していたような印象を与えてしまう。


(いや、私の方が先に来ていたんだからね)


と目で訴えるけど……まあ、届くわけないよね。

 そんな中、まだ私の存在に気づいていない女の子が、首を傾げてテオドアを見やった。


「どうしましたの?」


と尋ねる彼女にテオドアは、


「いや……」


と言葉を濁す。

 もしかして、見なかったことにしてくれるのだろうか。ちょっと良い人? なんて思っていた矢先、彼は唇の端を皮肉っぽく歪めて、こう言った。


「ネズミがいたようだ」


(……!)


 よりによって妙齢の女性を、何故ネズミに例える!?


(もっと、うさぎさんとか子猫ちゃんとか小鳥さんとか、色々あるでしょう!?)


 私は現在の状況を一瞬だけ忘れて、心の中で抗議の声を上げる。しかし、彼が「見なかったこと」にしてくれたことにも気付いていたので、これが千載一遇の機会だった。


 謎の金縛りが解けた足は、ようやく自由に動くようになり、私は女の子に気付かれないよう、そっときびすを返す。その背中越しに二人の会話が聞こえてくる。


「まあ、ドブネズミなんて怖い」

「本当に、品のないドブネズミだね」


 ドブまで付けたよ、この人たちは!


 悪意しか感じない会話に、やっぱりいけ好かない男だと再認識しながら、私は何とか、その場を逃げ出したのだった。

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