1.万屋『さくら』とチートな女神
社会人一年生の22歳。
多種多様な食を取り扱う卸を行う商社で営業として勤めている。私の仕事は新しいルート開発と既存店への御用聞き。今回は新しく開発された駄菓子(ビスケット・飴・お煎餅など)と、調味料などを使って料理にしていく実演販売という名のプレゼンだ。
今回は3社(店)の方が集まって頂けた。その中で2社はすぐに取り扱いを決めて頂けることになったので、後は掛け率とか取り扱う種類など規模の話だ。駄菓子だからといって、現代のお菓子は侮れないのだ。
意気揚々とお弁当とおやつを買って会社に戻る途中、踵をなにかに引っかけた。
お気に入り靴なんだからやめてよね。
今日は気合を入れるために、ゲン担ぎでお気に入りの靴を履いていた。その靴を履くといつも商談が上手くいくのだ。私はこの靴を魔法の靴と呼んでいる。その靴が地面に引っ掛かっているなんて、許せない。どうなっているのかと足元をみれば、見たこともない文様が書かれてあった。
最近の子供はカードゲームに凝っているから、それを真似して魔法陣とか書いたのだろう。何となくその気持ちは分かったが、靴が埋まるのは別問題だ。
どこか穴掘りでもしたわけ?
靴を地面から離し、やれやれと一歩進んだところで意識が暗転した。
私、…転んだの?
*****
「ありがとうございました。またね、ジュリーちゃん」
「マリカちゃん、またね」
もう日も落ちたし、今日はこれで店じまいかな。
茉莉花は万屋『さくら』の暖簾を下げ、ドアを閉めた。
今日も一日無事に過ごせたことに感謝する。
この世界に落ちてきたばかりの時は、右も左も見渡す限り草原でどうしていいのかわからなかった。
「ここどこ」
その時に持っていたのは、プレゼン用の調味料、駄菓子、調理道具、携帯・仕事用の書類にパソコンが入ったキャリーバッグとコンビニの袋に入ったお弁当とおやつのプリン。
何度見直してもやはり草原しかなく、ここがどこか確認しようにも誰もいない。町を目指してどこかに歩いて行くことだけは決定しているので、キャリーバッグに腰かけてお弁当を食べ始めた。
「やっぱり腹が減っては戦ができぬというし、まず食べよう」
お弁当を食べて一息つき、まさにおやつのプリンを食べようとしている時に、声を掛けられた。
「それはなんじゃ」
「プリンです」
気配もないところから声を掛けられて、ビビりながらも答えた。この時すでに通常の精神でなかった。いつもだったら答えるどころか、隠れられないキャリーバッグの後ろに回っただろう。
「美味そうじゃ、それを我に与えたもう。そうすればそなたに臨むスキルを与えよう。…そなたは落ち人なのであろう?」
「落ち人?」
そこで認識したくなかった事実を知らされた。
プリンをいたく気に入った女神は、女神信仰の厚いこの村までも案内してくれ、更には万屋になる家まで用意してくれた。その時は理解しがたいこの状況に疲れて、なすがままだった。今考えると危ない橋を渡っていたのだとわかる。
それから約束のスキルは3つ貰った。コピー能力とアイテムボックス、鑑定。この調味料とお菓子たちがあれば、なんとか食いぶちはつなげると思ったし、たくさん物が運べればそれだけお金は手に入りやすい。お店をするなら鑑定は必要かなと思ってその3つにした。
そのお陰でこの町で万屋「さくら」を開くことが出来た。
「何度見ても慣れないな。この空」
茜色から群青色に変わっていく空を見て、茉莉花はぼやく。
ソルと呼ばれる太陽みたいなものが沈み、メスと呼ばれる月が上るのだがそのメスが3時間ごとに別のメスが上がってくる。これが何の意味があるのかとおじいちゃんに聞けば、女神さまのご加護と返ってくるほど、この世界には迷信深い人が多い。
なんのご加護なのかと聞けば、いろいろじゃ。とのこと。
なるほど、いろいろか…。
実際にこの世界には本当に神がいて女神がいることを知っているだけに、笑えない。私も女神に助けられた一人だし、本当にありがーーーたい女神なのだ。
まさかプリンが食べたいから助けたとかないよね?という疑惑は残るけれど、それはそれ。
残念成分を盛大に含んでいなければ、庶民の私が近づける程気安い方ではない、はず。
「マリカちゃーん。お菓子頂戴」
とても見た目は神々しくて、美しい方なのだ。
「ねえ、マリカちゃん。アイスが食べたい」
食い意地が張ってなければ、多分。
「メンシス様、アイスはもうありません」
「えー、なんで。あれ美味しいから切らさないでよ」
「そもそも作ろうにも、材料が足りません」
なんでコピー能力貰っておいて、忘れていたのか。アイスなんて一番ずっとあって欲しいデザートなのに。いざという時に、使い慣れてなくて忘れてましたとか、ホント抜けている。
「じゃあ、何が足りないの?眷属に買いに行かせるから」
「ですから、そんなことで皆様を振り回してはいけません。この間もゴート領の領主様に無理を言ったでしょ?」
「大丈夫よ。わたしが神託した作物は、豊作が決定しているから」
そうなのだ。この月の女神は本当にチート。勿論女神なのだから当たり前なんだけど、願った物はその年は必ず豊作・大漁・産出量増加となるのだ。だからこそどこの国でも領でもこの女神が気に入りそうなものを模索する。
金と宝石であしらったネックレスや宝剣、美しい絹で作られたドレス、女神が好きそうな甘味など収穫祭の時に捧げる。繁栄が掛かっている一大イベントなのだ。
それを無視して、この女神さまはプリンの材料となる卵と砂糖をこの村の領主に所望したのだ。
牛乳はこの村にも牛がいるのであった。
その領主は驚きながらも卵は冒険者にオーダーし、ドードー鳥の卵を20個はすぐに用意した。だがこの世界の砂糖はとても貴重で手に入りにくい。領内を駆けずり回って集めたが、その希望する量が足りない。王都までいけばどうにかなるが、往復だけでも一ヶ月はかかる。
領主がどうしたらいいのか頭を抱えているのをみて、マリカは申し訳ないことをしたと悩んだ。自分が助かりたいために、最初にプリンなんて食べさせたから。
「無理を言わないでください。たぶん、この地にはキビがないのでしょう。あってテンサイだと思いますから、もう少し待ちましょう?」
それを聞いた女神、だったらそれを用意すればいいと、キビの枝を出してきて渡した。
どこからなんてつっこみは、今更だ。女神さまは偉いのだ。
「これはこの地に授ける作物である。貴重な砂糖が取れるのでしっかりと育て、収穫した1割を奉納するように」
ドヤ顔している女神に呆れるやら、尊敬するやら、残念やら。
授けられた領主は黄金を手にしたかのように、慇懃に恭しく受け取った。
「メンシス様忘れてませんかね?普通なら収穫まで一年半ぐらいかかるんですけど」
その私の呟きを拾った女神はいきなり私に精霊魔法を授け、精霊と契約を結ばせた後一気にキビを成長させたのだ。
ごめんね。精霊さん。わがままな女神に振り回されて。
「女神さまと同じプリンが食べられるなら、いいよー」
さいですか。
その樹精霊にはルスと名付けた。
こうして砂糖を確保した女神メンシスは、万屋『さくら』に来ては、新しい甘味がないのかを強請るようになった。
第1章 5話が終わるまでは早めに