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勇者様は植物使い  作者: 藤谷キヨト
4/6

転機

 朝がきた。


 眠たい目をこすり、大きく伸びをする。まだ日が昇ってそれほど経っていないために部屋の中は薄暗い。身支度をし、いつもの集合場所である訓練場に向かう。


 クラスメイトの部屋がある邸宅から10分ほど歩いたところに訓練場はある。訓練場に向かう途中、香穂と会って、そのまま一緒に行くことになった。


「いよいよ今日から古代遺跡訓練だね。・・・危険じゃないかな。冬夜くんはどう思う?」

「どう思うって言っても・・・まぁ、すぐさま死ぬようなことはさせないと思うけど。そんな王国にとっても不利益になることをするほど馬鹿でないことを祈るしかないね。」


 訓練場にクラスメイトのみんなが着いて少しした頃にグランがいつもの軽鎧に身を包み、緊張した面持ちで訓練場に姿を現した。その表情が、これからすることが遊びじゃないことを何よりも物語っている。


「以前から話していた通り、今日から皆には古代遺跡にて戦闘の技術を磨いてもらう。ただ、今回行く遺跡は管理が行き届いており、俺たち騎士団員も同伴するので最悪なことにはならないと思うが、油断は禁物だ。心してかかるように。」


 冬夜は以前から聞いていたこの古代遺跡訓練に多大な不安を持っていた。


 古代遺跡の名は《試練の塔》。元は別の名前だったらしいが、遺跡が攻略され、訓練場として利用されるようになってから、この名前になったそうだ。塔は半径100mほどの宴会場で、その高さは見上げるとどこまでも続いているように見える。攻略者によると、100階層まであるそうだ。そして塔の中には魔物が蔓延っており、上に上がるごとにどんどん強くなっていくシステムで、その5階層ごとに、塔の前の広場に転送される魔法陣が設置されている。そのため、魔物相手の実践訓練場として騎士や冒険者の人たちに利用されている。


 いくら管理が行き届いていると言ったって、戦闘系のスキルを持っていない冬夜にとっては危険極まりない場所であることは確かだろう。この1週間で騎士の人たちに鍛えられたが、結局戦闘系スキルは得られず、武器の扱いも素人の域を出ないままだった。


 話した後、グランは人を探しているようで僕らを見渡し、僕を見つけると近くに寄って来て言ったことに、僕は目を見開いた。


「冬夜、ニニア王女殿下がおまえに話があるそうだ。一緒に来て貰おう。」




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「遠征、ですか?」


 王女殿下に言われたことの意味がよく分からなくて冬夜は思わず聞き返す。


 現在、グランに連れられて来た応接間には、冬夜と王女殿下とグランしかいない状態だった。王女殿下と冬夜は向かい合うようにして座り、グランは王女殿下の左斜め後ろに立って黙って話を聞いている。


「はい。冬夜様には王国南部にあるここ数年凶作のオブラ村の問題解決に当たって欲しいのです。」


 冬夜は園芸師としてのスキルの中に[土壌変換]というスキルを持っている。災害などによって田畑が荒れ、作物がうまく育たなくなった土地を元の状態に戻すことのできるものだ。だが、このスキルは同じような職業の人ならば普通に持っているようなスキルだ。それをなぜ自分に、このタイミングで依頼するのかが冬夜は分からなかった。


「聞くところによると、冬夜様は戦闘面に関してはあまり活躍できないと聞いております。ですので、《試練の塔》に行くのは危険と判断し、冬夜様は王都内で待機にするよう元老院に進言したのですが、勇者という肩書きの手前、何もしないというのは認められず、代替案としてオブラ村の調査が言い渡されたのです。」

「そっか・・・ついに戦力外として認められたんだな・・・」


 冬夜が自嘲気味に笑うと、王女殿下が頭を下げて来た。


「配慮の足りない対応、申し訳ございません。ですがどうか、引き受けていただけませんでしょうか。」


 そう言って王女殿下はより一層頭を下げる。


 冬夜は内心、彼女の自分に対する対応に驚いていた。戦闘系スキルを持っておらず、武器の扱いもダメで、元老院からは戦力外通告を言い渡された自分に他のクラスメイトと同じような対応をする彼女に、最初は何か企んでいるのかと思っていたが、話すうちに、それはないと思うようになった。彼女はどんな人にも優しく、丁寧に接することを当たり前としているようだった。そのため、王宮内には自分に好意を持っていると勘違いする輩もいるようだが、冬夜はそこまで自惚れていなかった。ただ、彼女は自分と話しているときは少し緩んだ表情を見せると思うのは気のせいだろうか。そんな彼女がこれほどまでに頭を下げているのを無視するほど、冬夜は落ちぶれてはいなかった。


「わかりました。その依頼、受けさせていただきます。」


 冬夜の言葉を聞いた王女殿下は心から安堵したように微笑み、冬夜は彼女のそんなちょっとした仕草のあまりの美しさに思わず見惚れてしまった。




 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




 王女殿下と話し終わった後、指示された場所に行くと、簡素な作りの幌馬車と3名の騎士達がいた。


「お初にお目にかかります。王国騎士団員のドーレスです。よろしくお願いします。」

「同じくレストルです。よろしくお願いします。」

「クスロイだ。」

「以上の3名が勇者様の警護にあたります。何かご入用の際は、遠慮なく言ってください。」


 冬夜も軽く自己紹介をし、早速オブラ村へと向かった。


 馬車に揺られながら一行はオブラ村を目指して進む。御者席にはレストルが座り、馬車内にはドーレスとクスロイが並んで座り、ドーレスの向かいに冬夜が座る。


「ところで、このあたりは強い魔物が出るんですか?」


 冬夜はドーレスにそう尋ねる。


「いえ、近くの森から出てくるのはほとんどF〜Dランクの魔物ですからね。私達3人でも問題なく対処できます。」


 一般的に魔物というのは、強さや遭遇率などを考慮してS〜Fランクに分けられている。今回の場合は強さだろう。そしてこのランクを決めているのは国を越えた国際機関、冒険者ギルドだ。腕に覚えがあるものや、一攫千金を夢見て人々がなる職業、冒険者。中にはたった1人だけで国同士の戦争の結果に大きく関わるほどの強さを持つ冒険者もいるらしい。そんな者たちを纏め上げている冒険者ギルドは、そういった魔物と冒険者のランク付けや人々の依頼の仲介役を主な仕事としているらしい。これらのことは、召喚されてから1週間の間に色々と調べて知ったことだ。


「ただ、オブラ村までの街道の近くに《魔の森》がありまして、そこだけは注意せねばなりません。」


 それまで気楽な表情をしていたドーレスは一転して真剣な表情を見せた。


「《魔の森》?」


「ああ、勇者様は知らなくて当然ですか。この街道を少しいった先の王国と皇国の境に《魔の森》と言われる場所があるのです。そこは周囲より100mほど地面が低くなっており、周りを険しい崖に囲まれていて、見渡す限り森が広がっています。今までで3回、調査隊が派遣されましたが、そのうち2回は全滅、3回目に1人帰還しましたが、彼が言うには《魔の森》には見たことのない植物が豊富にあり、なおかつ推定Aランク以上の魔物がごろごろいるらしいです。彼はそう報告した後、自殺したそうです。結局、詳しいところは何もわかっていませんが、関わりたくないことだけは確かですね。」


 そのような事を話していると、次第に《魔の森》が見えてきた。もう日もだいぶ傾いてきたので、一行は崖から少し離れたところで野営の用意をすることにする。野営の用意が終わり、一息ついたところで、冬夜は先程から好奇心をそそられる事を提案する。


「すみません。《魔の森》をもっと近くで見たいのですが、いいでしょうか?」


 それを聞いた騎士たちは一瞬悩むそぶりを見せた。が、そこで意外な人物がある提案をした。


「ならば、私が一緒について行くことにしよう。」


 そう言ったのはクスロイだ。彼は最初に会った時から冬夜に対してよそよそしく、馬車内でもほとんど口をきかなかった。そんな彼がこのような提案をした事は彼以外の全員が予想しなかった事だ。


「ありがとうございます、クスロイさん。」

「なに、私もあなたと2人で話したいことがあるのだ。」


 そういうことか、と冬夜は納得する。しかし、同時に2人で話したいこととはなんだろうと、不思議に思う。


 2人は連れ立って歩き、《魔の森》の崖のところまで行き、その全貌を見渡す。今は暗くてあまり見えないが、森がどこまでも続くように思えた。明日の朝にでもなればもっと綺麗に見えるだろう。


「それで、話したいことってなんですか?」


 冬夜はクスロイに尋ねる。しかし彼は返事をせず、その顔は伏せられていてどのような表情をしているのかわからない。冬夜は訝しげに思い、もう1度声をかけようとした瞬間、息を呑んだ。上げられたクスロイの顔は醜悪な笑みを浮かべており、それまでほとんど無表情だった彼の顔だと認識するのに一瞬の間があった。クスロイはなおも歪んだ笑みを浮かべ、冬夜に語りかける。


「なぁ、勇者ぁ。お前、この状況わかってる?ここでお前がどうやって死んだとしても、俺が理由を言えばそれになるんだぜ?俺は武器を持っていて、お前は武器を持っていない。そしてお前の後ろには《魔の森》。さぁ、お前が生き残る確率はどれくらいだろうなぁ?」


 冬夜ははじめ、クスロイがなにを言っているのか理解できなかった。しかし、それを理解した途端、冬夜の顔は真っ青になった。


 彼は僕を殺そうとしている。


「全ては魔王様の御心のままに。」


 そう言うと同時に、クスロイは腰の片手剣を抜き放ち、冬夜に斬りかかる。冬夜は咄嗟に避けようとしたが、避けきれず、右肩から左脇腹までを一直線に切り裂かれる。幸い切り口が浅かったのか、血は出ているが内臓までは届いていない。クスロイはすかさず回し蹴りをし、それをもろにくらった冬夜は大きく吹き飛んだ。今まで感じたことのないほどの痛みが体を駆け巡り、冬夜はその場にうずくまることしかできなかった。直後、胸のあたりを衝撃が走る。何事かとそちらを見ると、血塗れの刃が自らの胸を貫いていた。


 刃を引き抜かれた冬夜は、力なく倒れ、ただただそれをなした人物を見上げることしかできなかった。


「俺は慈悲深い。お前にチャンスを与えてやる。」


 クスロイはそう言って冬夜の腹の下に足を入れる。そしてその足を思い切り振り上げ、冬夜を崖から突き落とす。


 遥か下には、鬱蒼と茂る魔窟。


「園芸師のお前ならもしかして《魔の森》でも生きていけるかもな⁉︎その前に潰れて死ぬと思うけど。アッハハハハハハハ!!!!」


 崖から落下しながら、冬夜は涙を流す。


 なにもできない己の無力さを。物事を深く考えない思慮の浅さを。そして、幼い頃に姉に誓った、何が何でも生きることを守れないことを。


 悔しくて悔しくて悔しくてーーー



 ーーーグシャ。



 だがその思いを消し去るように、凄まじい威力で地面に激突した。












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