通信
プログラミングが完了したデコイが放出された。最初の訓練は、デコイを追うことだった。
デコイの後方に回り込むように、サザビーは初めての指示を出した。意外と落ち着いて艦を移動させた。
この標的が、どのように動くのかカザミとデコイの担当者しか知らない。
その時だった緊急通信が割り込みが入った。
「緊急通信です。」
通信士が声をあげた。
サザビーは驚いて、カザミの顔を覗き込んだ。こんな訓練は、聞いていない。頭の中が、真っ白になった。
「あ、あ」
サザビーは、次の言葉が出てこない。汗の量は、半端ではない。困りはてた彼を見てカザミは、助け舟を出した。
「訓練は中止、これより指揮権を私に戻す。通信内容を報告。」
カザミは、艦長シートに向かった。サザビーは、すぐに体を避けてシートを譲った。
「これも訓練だったのですか?」
サザビーの小さな呟きに、カザミは答えた。
「イレギュラーだ。」
席を入れ替わると、通信士から回答が返ってきた。
「全艦船は、すぐにコロニーに戻るようにと、指示しています。」
なぜ急に、そんな命令が、いろいろなことが頭に浮かんだ。通信士に次の命令を伝えた。
「あらゆるチャンネルを開いて情報を収集。手の空いているものは、手伝ってくれ。」
スペースコロニー群Bの第1コロニーは、政治の中枢である。議会もそこにあった。
議会では、次年度の予算の審議が佳境を迎えていた。そこに、青年士官達が銃を持って乱入してきた。慌てる議員達を一喝した。
「静かに。」
その後は、穏やかに話した。
「指示に従っていただければ、命まではとりません。」
あっという間に議会を制圧した。
大統領官邸の制圧も、すぐに完了した。
「大統領官邸、議会、軍の指揮権、ほぼ掌握しました。」
銀髪で鋭い眼光をした男が中心にいた。
「了解した。」
軍の会議室で、その男はほくそ笑んだ。アロイス・ホーネッカー。30代半ばであるが、それよりは若く見えた。身長はそれほど高くなく細身だった。
「予定通り、艦の80%は、掌握できる予定です。」
「同志達の活躍に期待しよう。」
新造戦艦の中は、情報が錯綜していた。上がってきた情報をカザミは整理しながら、スペースコロニーに起きていることを考えていた。彼の導き出した答えと艦の搭載されているAIの答えが一致した。
「クーデター」
むしろ、その事実より次の一手の方が大事であった。
「さらに詳しい情報が欲しい。通信の傍受を続けてくれ。サブ・ブリッジから副長を呼んでくれ。」
しばらくすると、副長のマテアスがやってきた。もうすぐ誕生日で30才を迎える彼は、期待される男であった。
「しばらくブリッジを任せていいか。」
「了解です。」
「自室にいる。何か軍から呼び出しがあれば、連絡をくれ。」
マテアスは、カザミが作戦を練るために自室に籠ることを理解していた。
「引き続き、艦はこのまま、ここに固定。これからの情報は、私に報告してくれ。」
マテアスの通る声が、ブリッジに伝わった。
自室に戻ると艦の取説情報を携帯端末で開いた。学生の演習に新型艦、初めから怪しさがあった。きっと、何か知っていたな、士官学校の校長の顔が頭に浮かんだ。情報端末に見慣れない項目が現れていた。きっと、この日のことを予見して、仕組まれたものだった。この項目が、緊急通信が鍵になり開いたものであることは理解できた。そこには、この艦の本当の実力が記載されていた。
「これはすごい。」
艦長は感嘆した。
「校長も難しい宿題を私に出したものだ。」
この「潜水艦」でクーデターとどう向き合うのか。目を閉じて考えを巡らした。