浮上
暗号解読の鍵を変えずにクーデター軍が通信しているのは、理解できない事実だった。
「まるで、すべてのカードをオープンして、ポーカーしているみたいだ。」
カザミ艦長の例えは、言い得て妙であった。
「よし、浮上する。」
カザミ艦長の声が、ブリッジに響き渡った。「浮上」とは、光学迷彩をオフにして、姿を見せることを指し示していた。
その姿を晒した場所は、ブリタニア第1コロニーの真ん前である。政治の中枢であるが、軍の施設も多く存在した。この中に、軍全体を取り仕切るオペレーションセンターも存在した。
「潜行」して、警備に当たっていた艦隊をすり抜けてきたのだ。警備に当たっていた艦隊の司令達は、すぐに艦を回頭しスペースコロニーに接近したが、攻撃はできない。なぜなら、練習艦先には、スペースコロニーが存在するからである。ピースメーカーは絶妙の場所に、位置していた。
ホーネッカーは、オペレーションセンターの脇に仮眠ができる部屋を準備させていた。状況が落ち着くまでは、そこで寝ているのだ。知らせを聞くと、そこからオペレーションセンターのいつもの中央の席に着いた。
「回線をつなげ、練習艦と話をする。」
ホーネッカーは慌てる様子がなかった。なぜなら、カザミが第1コロニーを落とすつもりがないことがわかっていたからである。もし、本気なら姿を見せずにミサイルを撃ち込んでいるだろう。
「こちらは、軍を統括しているホーネッカーだ。帰還命令に応じるつもりになったか?」
映像付きで、練習艦に通信が伝送された。
「こちらは、ピースメーカー艦長、アレックス・カザミ中佐。ホーネッカー司令とお呼びすればよろしいか?我々は、クーデター軍に従うつもりはない。」
スクリーンにカザミ艦長が大写しになった。髪の毛に白いものが混り、シワが増えたようだが、それ以外は士官学校時代とあまり変わっていない、とホーネッカーは思った。
「わざわざ宣言をするために、危険を冒してここまで来たのか?」
「確かめたいこともある、クーデター軍の目的はなんだ?。」
「そんなことを知ってどうするのですか?」
「脅すつもりはないが、こちらの方が有利だと思うのだが。」
クーデター軍の喉元に刃を突きつけた状態である。
「とは、言っても撃てないでしょう。コロニーには、クーデターと無関係の人々がたくさんいますよ。」
「これでクーデターが終わるなら考えも変わるさ。」
「本来なら大統領がお答えする話ですが、いいでしょう。これ以上、地球政府のいうことは聞かない。今だに、我々の国をスペースコロニー群Bとしか呼ばない傲慢さ。前政府は、移民まで受け入れていた。それに、アルテミスへの弱腰外交。いつも、いつも、小競り合いでお茶を濁していた。我々は、充分戦える戦力があるのに。もう、変わるべき時代なのですよ。」
「君は、政治家になるべきだったのではないか?」
「政治・・・。遅いのですよ。」
「アルテミスと戦争をするのか?」
「あなたには、愛国心はないのですか?この美しいブリタニアを守るため、戦わなければならないときもあるのです。」
「戦争によって、無数の血が流れるのだぞ。負は、負の連鎖しか生まない。それは愛国心ではない。」
話を聞いていたホーネッカーは、目線をハンスに向けた。準備ができた合図だった。
「お話はこれまでです。止められるなら、止めてみてください。もう、戦いは始まっているのですよ。」
ホーネッカーは、冷静な口調で言いながら、右手を上から下に小さく振り落とした。