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前夜

彼の目の前には、新しい新型艦があった。

一見すると潜水艦のように見える。

ただこの宇宙空間において、ここまで潜水艦に似せる必要はあるのだろうか?

アレックス・カザミ中佐は、その船を見ながら考えていた。

「今回の練習艦は、これを使うのかい?」

カザミの声に、整備班長が答えた。

「ええ、これを使うらしいですよ。」

これから、士官学校の学生達とこの艦で寝食を共にする訳である。

「古い艦に乗るより数段いいか。」

彼は、独り言を漏らすと、呼び出された相手先である士官学校に向かった。


「いつも悪いね、君に頼んで。」

カザミは、敬礼をしながら答えた。

「ここ数年は、いつもこんな感じですから。」

「君の乗る艦は、オーバーホール中だろ。」

「はい。」

アレックス・カザミ中佐は、補給部隊に所属していた。輸送艦で艦長を務めている。

ここ数年は、いつものことながら、士官学校の学生達と演習に出かけることになっている。

「私は、君の実力を高く買っているのだよ。」

口髭を生やした白髪の男は、いつもこの言葉をかけてくれる。

校長は、彼が士官学校時代の恩師であった。彼も断るわけにはいかなかった。

「今年度は、新型戦艦を使うのですね。」

少し考えてから、白髪の紳士は答えた。

「時代だよ、今後はあの手の船が増えるらしい。ぜひ、学生達にも慣れて欲しいと思ってね。」

いつもの航海訓練で、新型艦が使われることはない。何か勘ぐりたい気持ちもあったが、古くて狭い艦に乗せられるよりはいいと思い、言葉を飲み込んだ。

「これを」

手渡された電子端末に目を通した。船の簡単なスペックが最初のページに記載されていた。自分が普段乗っている補給艦に比べると段違いの性能を示した。今後は、このような機体が主流になるのか、と心の中でつぶやいた。

校長とたわいない話をしてから、カザミは部屋を後にした。

彼が出るのを見届けると、ぽつりとつぶやいた。

「彼にこの新型艦を任せるのが、我々の望みだ。」

これから起こるであろう出来事を白髪の紳士は予見していたようである。


 カザミが暮らしているのは、スペースコロニー群Bと呼ばれるエリアである。Bは一つの国家である。地球生まれの人は、Bと呼ぶが、宇宙生まれの人は、ブリタニアと呼ぶ方が自然である。ラグランジェポイント、地球と月とコロニー群Bを結ぶと正三角形になる。

 コロニー群Aは、アルテミスと呼ばれ、ちょうど月の正反対側に位置している。最初に建設されたスペースコロニー群であり、国力的にも最大である。

 コロニー群Cは、月と地球の真ん中位置している。コンコルディアと俗称が付いている。コンコルディアの特徴は、技術力が高いことであるが、規模が小さく。軍事力も乏しい。

 各スペースコロニー群と地球は、微妙な軍事バランスの中に成立していた。

 ここ最近の話題は、地球からの移民が増えていることである。コロニーもすでに成熟期を迎えていた。これ以上の労働力を必要としない。むしろ、地球人とコロニー育ちの人々の間に諍いが絶えない現状がある。各コロニー群政府は、移民や難民にかなりの予算を計上しており、初めからコロニーに住んでいる人々の反感を買っていた。

 ただ、地球も荒廃が激しく住むのに厳しい環境になっていた。いくつもの島が水に浸かり、陸地はだんだん減っていった。新たなコロニー群を作る計画もあったが、疲弊した地球の経済では、それも難しくなっていた。


例の潜水艦に戻ったカザミ中佐は、ステッカーを持ってウロウロしていた。

整備班長に、新人の整備士が聞いた。

「何をしているんです、あの人」

「いつものことさ、あのカエルのステッカーをこの艦にはるのさ。」

「カエルのステッカー?」

「縁起物だよ、俺も詳しいことは知らないが、あれを貼ると自然と無事に帰れるらしい。」

「へぇ、そうなんですか。」

 カザミの戦歴は、あまりにも貧弱だ。特に、戦いで武功を挙げたことがなく、歴戦の勇者達からは笑われるかもしれない。ただ、彼のすごいところは、一度も船を沈められたことがなく、戦闘による死者がいないことである。

まさしく、無事に帰る人なのである。幸運のステッカーは、入艦に使用する通路の左側にこっそりと貼られた。多分、乗艦する誰もがそのカエル・ステッカーの意味を知らない。

 さっさく、館長に割り当てられる士官の個室の机の椅子に腰を下ろした。黒い髪には、白いものが混じるようになった。ただ、童顔なのか、輸送艦では、年下の副長が艦長と間違えられることがしばしばである。アジア系の人間が若く見られるのは、しょうがない事実であった。副長は、立派な髭を蓄え、体も大きく北欧系の血が流れていると言っていた。今回は、自分の隊の留守を任せている。あれだけの威厳があれば、何もしなくても大丈夫だろう。

 自分の船からは、航海長を連れてきた。長年、コンビを組む中で、自分の航海には絶対必要な人物である。たっぷりとしたお腹と薄くなった頭、彼も実年齢より上に見られることはしばしばである。陽気な男で、よく音楽を聴いている。ヘッドホンから漏れる音は、クラッシックからロック、パンクまで幅が広かった。

 一通り、艦のスペックや操作方法を確認した。いつもと勝手が違う船で、「先生」をするのは、気が重かった。何がどこにあるのか確認するため、船内を探索した。

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