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相談相手

拍子抜けだった。

昨日教室まで来た蓮くんのことを色んな人に質問攻めされると予想し蓮くんの設定と心の準備をしていたのに南海から


「ねぇ昨日の従弟の人ってさぁ一緒に暮らしてるんだよね?」


「え、うん。そうだけど」


「葵にあんな従弟の人いたんだ」


「うん」


「そうなんだ」


と、休み時間に聞かれただけで蓮くんについての会話は終了しそれっきりだったからだ。

もちろんこれ以上嘘をつくことがない事を思えばそれが一番良かった。

でも冷静に考えたら人の家の従弟なんてそこまで気にしないかと納得したけどやっぱり拍子抜けだった。

だが、昼休みに事態は豹変した。


私が給食を食べ終わり片付けが終わったのを見計らったように私の席の周りを女子が一気に囲ってきた。

同じクラスの子、他のクラスのほとんど話した事ない子もいれば先日花火大会に一緒に行く予定だった川島伊織もいて、その中心が南海だった。


「え?みんなどうしたの?」


普段こんなに囲まれることなんてない。

全員の顔を見渡した後南海の顔を見て助けを求めた。

そして8人を見渡すある共通点に気付いた。

全員が女子であることと、全員がニコニコ…いやニヤニヤしているということだ。

…嫌な予感しかしない。


「葵〜…昨日の従弟の人ってまだ家に居るんだよね?」


「居たり…居なかったり…なんで?」


朝も聞いたことを…南海は皆の前でわざと同じ質問に私は目線をそらしてわざとあやふやな答えをした。


「実はね、私達…葵の従弟の人の…」


南海も目を泳がせ顔を赤らめる。


「ファンでーす!」


と、元気よく答えたのはほとんど話した事のない別のクラスの女子Aだった。

そこからがすごかった。

女子Aの先陣から全員が質問の嵐。


「ねぇ葵!なにあのイケメンのいとこ!」

「名前は?年は?」

「ねぇ!ヤバくない?かっこよすぎじゃない?」

「マッツー!ずるいよあんなイケメンと一緒に住んでるなんて〜」

「彼女いるの?」

「松永さん昨日本当に一緒に帰ったの?帰り追いかけたのに見つからなかったよ!」

「葵〜紹介してよ〜」

「次いつ迎え来るのー?」


頭を抱えた。

誰も蓮くんの事を聞いてこないと思って完全に油断していた。

裏でファンクラブ的なものを勝手に立ち上げていたらしい。

蓮くんと私の許可をなくして…。


「皆落ち着いて!困っちゃうでしょ!」


南海の一言でここだけでなく一瞬教室も静まり返った。


「ごめんね葵、あの人のこと教えてもらってもいい?」


十分あなたも…いや、ここは笑顔だ。

8人の注目を浴びてどうしても上がってしまう。

顔は真っ赤になり冷や汗が止まらなかった。


「うん、いいけど」


「ありがとう!名前、なんて言うの?」


「えっと…蓮くん」


「かっこいい…」

「ちょっと待って!名前までかっこいいの?」


8人のテンションがまた上がった。


「じゃあ年は?」


そして南海の質問でまた静かになる。

普段バラバラな女子達なのに打ち合わせでもしているのかと聞きたい。


「確か…27」


「あー…1番いい時だわ」

「全然付き合える!」


南海は顔を赤らめながら目を閉じ、両手を合わせ顔の前にやった。


「葵!お願いがあるの…!あの、蓮さんと今度皆で遊びに行く事出来ないかなぁ…?」


私は想像する前に返事をした。


「無理だと思う…」


「ええー!どうしてー!」

「彼女いるの⁉︎」


また8人の呼吸が合う。

前列の4人が私の狭い机に手をついてきて若干引いた。


「あの、蓮くん…恥ずかしがり屋で…あんまり大人数で行動するの苦手なの。彼女とかも…そういう話したことないから…わかんない」


「ちょっと待って〜!恥ずかしがり屋の人が教室まで入ってこないでしょ!」

「それ!」


女子Aのツッコミでまた爆笑の渦が起きる。

私1人固まって顔を真っ赤にして机を見るしかなかった。


「でもいるよね。大人数が苦手な人」


南海がかわいそうと思ってくれたのかフォローしてくれた。


「じゃあなに?会うのは2人きりでってこと?」

「きゃー!ヤバイ!」


もう、こうなった時の女子のポジティブシンキングは尋常じゃない。ここで嘘の出番だ。


「あのね、蓮くん今お父さんの仕事が忙しくて泊まり込みでお手伝いに来てるんだ。だから忙しいと思うし仕事の関係でいつ帰るかもわからないから…だから遊びに行くのは難しいと思う…」


「そっかー。残念…」


南海は口を膨らませて肩を落とした。


「でもさ聞くだけ聞いてよ、ね?」

「彼女居ないかもしれないじゃん!」


「私からもお願い…聞くだけ聞いてもらってもいい?」


南海はまた掌を合わせた。


「うん、じゃあ聞くだけね」


「ホントに?ありがとう」


面倒な事になった。

昨日そのまま出て行っていれば嘘はもうつかずに済んでいたに違いない。

何とも歯車が合わない。

南海には悪いけど聞く気なんてない。

それにしてもあんなにキャーキャー言われているとは思わなかった。

それは見た目は人によるんだろうけど…私は別に…キャーキャー言うほどじゃない。


それから罪悪感で落ち着かなかった。

今回の話は蓮に聞いたけどダメだったでいいかもしれないが今後、蓮くんと一緒に暮らすのならまた嘘をついているメンバーに接触してしまう可能性は充分にある。

蓮くんには従弟という設定になっていると話を合わせておいたが嘘がバレては大変なことになる。

どうすれば…


でも放課後、心が軽くなるったのはこんな時頼りになる人がいたからだ。


「失礼します」


「あら、今日はひとり?」


放課後、南海を振り切り小走りで国語研究室に向かった。

いつもくだらない雑談にも付き合ってくれたり進路の話も遅くまで真剣に考えてくれたさくら先生なら…話せる。


「あの、ちょっと相談というか…話が…」


さくら先生はすぐにパソコンを閉じ立ち上がった。

何か作業中なのに先生はいつもそうだ。


「いいよ。じゃあ奥行こっか」


今はまだこの部屋には2人きりだったが他の国語科の先生もいつ来るかわからない。

さくら先生は気を遣っていつも南海と話す奥のテーブルへ移動し、2人は向かいあった。

私がカバンを置くとさくら先生は優しい表情で話しかけて来てくれた。


「どうしたの?」


下を向く私の顔を覗き込むようにさくら先生は笑顔で聞いた。

唇はもごもご動いても言葉が出てこなかった。


「話があるんでしょ?」


下を向いたまま答えた。


「あの…実は…皆に嘘ついちゃいました…」


「嘘?どういうこと?」


「先生にも嘘をついちゃいました…」


「私にも?なんだろ…」


ようやく私は首をかしげるさくら先生の顔を見れた。


「昨日、私の従弟が教室まで迎えに来ましたよね?」


「あー、うんうん!ちょっとびっくりしたね」


笑い出すさくら先生だがちっとも笑えなかった。


「実はあの人…従弟じゃないんです…」


「え!」


さくら先生は目を大きくして口元に手をやった。

本当にびっくりしたことと思う。


「でもじゃあ、誰なの?」


「はい…実は…」


私は土曜日の夕方から昨晩に至るまでポイントをまとめて真実を話した。

蓮くんとの出会い、蓮くんの人生、今の状況、順番が前後したが全て話せたと思う。

さくら先生は私の話を進路について一緒に悩んでくれた時以上に真剣に聞いてくれた。

話し方が下手で申し訳なかったがさくら先生の理解力はさすがだった。


「そうだったんだ…でも2人はとも無事でよかった…」



「本当はまずいですよね…こんなことバレたらと思うと何ひとつ誰にも言えなくて」


「うん、確かに誰にも言わない方がいいと思う。私も絶対誰にも言わないって約束する。あとね、時には必要な嘘ってあると思うよ。そういう風に人を傷つけないための嘘は仕方ないよ。だから松永さんは間違ったことはしてないよ」


「ありがとうございます」


「それに本当に昨日一瞬だけ見ただけだけど蓮さんだっけ、すごくいい人そうだった。真面目で優しそうに見えたよ。お父さんとお母さんがそこまで気にいるのもわかる気がする」


「はい、本当に優しいと思います。ちょっと変わってるところあるけど」


「そうなんだ、確かに教室入ってくるぐらいだもんね」


2人は笑った。


「じゃあ今日もお父さんと仕事してるの?」


「はい。仕事の休みの日もお使いとか今度はお母さんの手伝いもしてくれるって言ってくれて」


「それはお母さんも喜ぶね」


「はい」


「話してくれてありがとう。力になれるかわからないけど今後また困ったことがあったらなんでも話してね」


「ありがとうございます」


さくら先生の笑顔に私も答えた。


「今日はこんな時間だから帰りなさい。1人で思いつめないようにね」


さくら先生はいつものキリッとした表情に戻り時計を見てまた私を見て笑顔になった。


「はい!」


人間っての不思議なものだ。

なんで今の辛い状況が何ひとつ変わらなくても自分の気持ちを理解してくれる人がいるだけでこんなにも気持ちが楽になるんだろう。

現に生徒には蓮くんの本当の事は言えないから嘘はつき通さなくてはならないのに帰り道思わず笑顔がこぼれた。

さくら先生には何かできることがあれば恩返しがしたい…そんな事を考えながら帰った。



「ただいまー」


家に着くと庭にお父さんの仕事用の車があることを確認して部屋にカバンを置きすぐに隣の蓮くんの部屋の扉を恐る恐る開けた。


「ただいま…」


「おーおかえりー!」


蓮くんは布団で寝っ転がりながら部屋に転がっていた古い雑誌を見ていた。


「お疲れ様。散歩行こ?」


「行くかぁ」


蓮くんは座りながら背伸びをするとひょいと立ち上がった。相変わらず見上げてしまう長身に少しドキっとした。

昨日の夜、2人はもうひとつ決め事をした。

予定が合えばメルの散歩にこれから一緒に行くこととお互いの呼び名についてだった。


「葵はさぁ、将来の夢とかないの?」


私は片方の頬を少し膨らませて首を横に振った。


「ないなぁ…蓮くんはあったの?」


「あったよ〜」


「え?何何?」


興味津々に蓮くんの顔を見るとニヤリとした。


「え、ひみつ〜」


「ちょっと何それー!」


「昨日の仕返し」


2人の笑い声は一瞬、遠くから聞こえる子供達の遊ぶ声とどこかの犬の鳴き声をかき消した。


葵と蓮くん。


2人は抵抗なくお互いをこう呼んだ。

私からの提案だった。

葵ちゃんなんて学校でも呼ぶ人がいないからだったら呼び捨てにしてくれと。

蓮くんはそれに笑顔で答え、蓮くんも蓮さんと呼ばれることを指摘した。さすがに呼び捨ては無理だろうから友達みたいに呼んでくれ、と。

そしてその距離も一気に縮まっていた。


2人はお互いの部屋を行き来までするようになりひたすらに話した。子供の頃遊びで起きた救急車呼びそうになったハプニング、会社に入ってからの面白い同僚の話など私は手を叩いて笑った。

蓮くんの話し方がまた上手かった。

最初は興味ない話も途中から食い入るように聞いてしまった。

もちろん真面目な真剣な話もたまにしてくれた。

やる気のない人生論は妙に説得力があった。

何事も脱力してやる。

やる気のある人間は不器用だとそこだけしか見えない、非常事態に対応できない。

これは蓮くん曰く、世の中の全ての事に当てはまるらしい…。


土日の過ごし方も大きく変わる。

近所のお使いは2人で行くようになりお昼も2人だけで外食するようにもなった。

もちろん私は地元だからそれなりに詳しく蓮くんと行く場所は尽きなかった。


家での会話も蓮くんとが一番多かった。

夕飯を終えれば宿題の邪魔しに来たり逆に蓮くんの部屋に行って疲れてるところを話しに行ったりする。

そんな私たちの距離が縮まることを両親は知っていたかのように何も驚かず当たり前のように過ごす日々が続いた。



そして、夏休みに入る。

土木の仕事は立て続けに入り忙しい時は土曜日も蓮くんとお父さんは仕事に行った。

私は行ける時は2人分の弁当を現場まで持ってお昼を職場のメンバーの中に混ざって食べたりもした。

クタクタで泥だらけになって帰って来る2人を毎日玄関まで迎えお母さんと分担して2人の休息のために努める…そんな幸せな夏休みが続いた。さすがに一緒にお風呂は入らないけど蓮くんの前後に入ることも全く抵抗がなくなっていた。



~~~~~


「ただいま」


「あら、今日は早かったのね」


一階の縁側で洗濯物をたたみながらお母さんは1人で俺を迎えてくれた。


「はい、お父さんはまだ現場にいますけど今日はもう大丈夫だから帰って休んでくれって」


まだ片付けは残ってたのによく頑張ってるから帰っていいって言われてお言葉に甘えさせていただいた。


「そうだったの、お疲れ様。ちょっと待ってね、今冷たいものでも」


立ち上がり冷蔵庫へ向かうお母さんを目で追うと居間の畳に薄いタオルケットを掛けて扇風機の横で仰向けになっている葵を見つけた。


「葵ー…あ、寝てる?」


恐る恐る顔を覗き込むと静かな寝息が聞こえてきた。


「葵ねぇ、今日午前中友達にプールに誘われて行ってきたの。帰ってきて気付いたら寝ちゃっててねぇ。もう」


「いいじゃないですか、プールは疲れるから仕方ないですよ。寝かせておきましょう」


「蓮さんがこんな時間に帰ってこないと思ってこんなところで寝ちゃってねぇ」


お母さんはコップに大きな氷を3つ入れた麦茶を持ってきてくれて、すぐに半分ほど飲み干した。


「ありがとうございます。あ、お使いでも行ってきましょうか?」


テーブル越しの斜めにお母さんが正座した。


「ええー、いいですよ。せっかく早く帰ってこれたんだからゆっくりしてて下さい」


「全然疲れてないですよ。それにこれくらいしないと気が収まらなくて…お母さんの方こそゆっくりしてて下さい」


「本当にー?じゃあお願いしてもいいですか?」


「全然。葵は疲れてるから1人で行ってきますね」


お母さんは受話器のところにあるメモ帳にお使いの品を書いたそれとお金を渡した。


「じゃあお願いします。これだけあれば足りると思うのでお釣りで好きな物買ってくださいね」


シャワーを軽く浴びて汗を流し私服に着替えて家を出た。

ホームセンターもフードセンターも歩いていける距離にある。

最初にホームセンターで頼まれていた洗剤等を購入しお母さんから借りたショルダーバッグに入れ、この辺では大型のフードセンターへ向かった。

そこで頼まれた食材と葵が好きなお菓子を購入してレジを済ませた。

なんとかショルダーバッグに無理矢理詰め込む事に成功し店を出て外のモワッとした空気を感じると急遽入り口にある自動販売機に戻った。


「んーと…」


財布を取り出して何を飲もうか迷っていると誰かの足音が自分の近くで止まった。


「あ、あのー」


透き通るような声はどこかで聞き覚えがあった。


「はい?」


すぐに後ろを振り向くとどこの女優さんを思わせる上品な女性はニコッとして言った。


「松永さん家の方ですよね?」


この美貌は忘れない。

お父さんがあそこまで言うだけのことはある。


「ああー!葵の担任のさくら先生ですよね?こんにちは、葵の従兄弟です」


俺は会釈してさくら先生はクスッと笑って頭を下げた。


「名前まで覚えて頂いてありがとうございます。お買い物ですか?」


「あ、はい。仕事が早く終わったのでお使いを頼まれて…」


「そうなんですね。お疲れ様です」


さくら先生はまた丁寧に頭を下げた。


「あ、あのー…この間はすみませんでした。教室まで葵を迎えに行ってびっくりさせてしまって」


「大丈夫ですよ。あの…もしお時間大丈夫ならお話聞かせてもらっても良いですか?」


さくら先生は真面目な表情のまま蓮の目を見て言った。


「え?はい、大丈夫ですけど」


驚いて眉を少し動かし、店の時計を覗き込み時間を確認して言った。

俺に話?従兄弟に普通話なんてあるか?

さくら先生は常時笑顔で話しかけてくれたから悪い話ではなさそうだ。

さくら先生の案内で歩いて数分の喫茶店に入った。

ガラスの向こうにはさっきまで居たフードセンターの一部が見える。

レンガの模様の壁と静かな心地よい聞いたことのない洋楽が流れ落ち着いた雰囲気が2人を迎えた。

何を聞かれるのか少し緊張して席に着いた。

周りを見渡してもこの時間の客はまばらで隣の席には誰もいない。

さくら先生はメニュー表を自分は見ずにこっちに差し出した。


「私が勝手に呼び出したので。好きな物どうぞ」


「えぇーいいんですか!なんか…すみません。じゃあ…コーヒーで」


「何か食べ物もどうぞ」


「いやいや、お腹空いてないですから」


ぐるるる…とナイスタイミングでお腹のなる声がしてさくら先生は楽しそうに、俺は顔を真っ赤にして笑った。


「どうぞ」


「あ…はい」


遠慮せずにメニューを選ぶ蓮を見てさくら先生は微笑む。

すぐにアイスコーヒーとピザを、さくら先生はアイスコココアとミニパスタを注文した。


「いやーしかしこんな綺麗な先生じゃあ皆授業に集中出来ないでしょう」


さくら先生は鼻で笑って顔を小さく横に振った。


「そんな事ありませんよ、皆集中して授業受けてくれています」


「そうですか」


…沈黙が訪れてしまいお互い目を泳がせた。

なんでこうなっているか思い出し自分から切り出した。


「あ、うちの葵は学校ではどうですか?」


さくら先生は待ってましたと言わんばかりニコっとした。


「葵ちゃんはとってもいい子です。真面目に学校生活も送っていて友達もたくさんいます。勉強の方も今のままなら行きたい高校にも問題なく行けますよ」


一安心して息を吐いた。


「そうですかぁ…良かった。勉強は本当によく頑張ってますから。家でもいろいろ手伝いしているし…あ、そういえばさっき話聞きたいって…」


さくら先生は真剣な表情になりコクリと頷いた。


「葵ちゃんから聞きました。従兄弟じゃないんですね」


「え!…知ってたんですか」


俺は冷や汗をかいた。頭を描いたり鼻をこすった。

それでもさくら先生は目をそらさない。


「蓮さん…でよろしかったでしょうか。葵ちゃんは蓮さんのこと多分私にだけ話してくれたんです」


「俺のこと?」


「はい。葵ちゃんは蓮さんのことを従兄弟だと学校の皆には説明していました。でも次の日葵ちゃんは皆に嘘をついてしまったと、蓮さんとの出会いと蓮さんの過去を話してくれました」


「なるほど…そうだったんですね」


あの日の葵を必死に思い出す。


「嫌でなければ、その話蓮さんからも聞かせてもらうことはできますか?」


「はい、大丈夫ですよ」


届いたコーヒーを見ながら、俺は自分の人生を葵と出会うまでのことを話した。


「葵からはどこまで聞いたかは知りませんけどこんなところです」


さくら先生は目を瞑りゆっくりと頷いた。


「葵ちゃんから聞いた通りです。本当に大変でしたね…」


小刻みに首を横に振った。


「あれで正しかったのかわかりません」


さくら先生は大きく首を横に振った。


「いえ私は蓮さんが正しかったと思います」


俺は眉を上げて目を広げて驚いた。


「そうですか」


「はい。実は学校での葵ちゃんのことなんですけど葵ちゃん、ちょっと男子が苦手なんです」


「あー、本人もそんなこと言ってましたね」


上を向いて腕を組み葵との会話を思い出した。


「私はそれもひとつの個性だとも思うし女子の中ではそういう時期がある子も少なくありません。でも男子に偏見を持ったまま大人になっては困りますよね。葵ちゃんもそこまでは心配をしてませんでしたけど実は最近、男子と混ざって楽しそうに話す葵ちゃんをよく見るんです」


「へー…それはそれは」


口元だけニヤリとしながら蓮は聞いた。


「仲の良い南海ちゃんって子がいるんですけどその子はとても男子ともよく話す子なんです。でも今までは南海ちゃんが男子と話していると葵ちゃんはその場を避けるようにいたんですけど最近それがなくて一緒に混じって話す葵ちゃんを本当によく見るんです」


先生もなんだか嬉しそうに話していた。


「南海ちゃん…葵からも名前はよく聞きますけどそうですかぁ」


「これは蓮さんが来たタイミングと一致するのは偶然でしょうか」


「え?」


「蓮さんが来て葵ちゃんと仲良くなっていくうちに男子ともいつの間にか仲良くなれたと私は思うんです」


「そんなこと…でももしそうなら嬉しいなぁ」


「きっとそうだと思います。蓮さん、とてもいい人だから葵ちゃんも心を開いて」


半信半疑に首を傾げて苦笑いをした。


「いい人かどうかは…」


「葵ちゃんとも話したんですが私も蓮さんのことは誰にも言いません。もし誰かに聞かれても従弟ということで話を合わせておきます。だからもし何か困ったことがあったらなんでも言ってください。私にできることがあればいいんですけど」


さくら先生は最後照れながら床に目をやった。


「いやいやこんな心強い相談相手はいませんよ。本当にありがとうございます。葵のことも何かあったら助けてやってください」


俺は深く頭を下げて2人はまた会釈を繰り返した。

氷が5分の1になっているコーヒーを一口飲むと予想外の味がした。


「うわ!この店のコーヒー甘いんですね」


さくら先生は驚いた顔をしている。


「それたぶん…私のココアじゃ…」


「あ!やべ!ごめんなさい!お返しします!ってどうしよう!新しいの頼みます!」


慌てて店員呼び出しボタンを押そうとするとさくら先生の手が俺の手を包むように握りしめて止めた。

いきなり触られてびっくりしてさくら先生を見つめてしまうもニッコリした表情で言った。


「大丈夫ですよ。一口あげたってことで。そのかわりコーヒーも一口もらっていいですか?」


「もちろんです!好きなだけ飲んでください」


ニコッと笑ってさくら先生はコーヒーを静かにすすった。

コーヒーとココアは元の持ち主に戻ったけれどコーヒーはほとんど減ってないように思えた。

にしても先生は間接的なこと…気にされないんだな…。お父さんには言わないでおこう。

それから佐倉先生とは他愛もない雑談をしながら食事をした。

お互い質問を繰り返したり過去の笑い話や武勇伝、価値観を話し合った。

外はすっかり薄暗くなっていること気付き店内の時計を見た。


「あ、いけね。そろそろ帰らないと…」


ゆっくり時間をかけて飲んでいたコーヒーを一気飲みした。


「あ、もうこんな時間だったんですね。楽しくてあっという間でした。すみません遅くまで私のわがままに付き合わせてしまって」


2人は荷物を持ち立ち上がるとさくら先生は約束通り2人分の代金を支払ってくれて俺はもう一度丁寧にお礼を言って店を出た。


「今日は本当にご馳走でした」


「いえいえ、とても楽しい時間でした。お忙しい中ありがとうございました」


「じゃまた何かあったら葵もろとも相談相手になってやってください。じゃあ」


俺はさくら先生に背中を向けようとした瞬間だった。


「あの…すみません。どうしても聞きたいことがあるんですけど…」


俺は一瞬目を見開いて少し首を傾げた。


「あ、はいどうぞ」


さくら先生は急に緊張気味に動揺しだした。


「あ…えっと…できれば誰にも聞かれたくない話なので…できれば日と場所を改めて…」


「誰にも聞かれたくない話?なんだろ…」


斜め上を向いて考えたが検討もつかない。


「あ!葵ちゃんのことで…」


さくら先生の様子は変わらない。


「葵のこと?でもそんなに大事な話だったら僕じゃなくてお父さんかお母さんに話した方がいいんじゃないですか?」


すると突然真面目な話をしていた頃のキリッした表情に戻った。


「いえ。蓮さんだからお聞きしたい事があるんです」


さっぱりわからないまま気になるので首を傾げたまま頷いた。


「は、はい、分かりました。いつにします?」


「夏休み中ならいつでも大丈夫です。お時間は蓮さんに合わせますのでご都合の良い日、また後日連絡もらってもいいですか?」


「分かりました」


さくら先生はバッグからメモ帳を取り出しササっと何かを書くとそのページだけちぎり俺に渡した。


「これ私の電話番号ですのでこちらに」


「あ、どうも」


「この事は内密にお願いします。ではまた後日。お気を付けて」


最後も丁寧に頭を下げたさくら先生はツカツカと帰ってしまった。

俺は一度も振り返ることのないさくら先生の足早に去る後ろ姿を見ながら固まってしまった。

店を出てからのさくら先生はそれまでの印象と随分違った。

誰にも聞かれたくないって店内にはほとんど人がいなかったから話してくれればよかったのに…。

あんなにササっと書いていたのにとても綺麗な字を眺めながらそう思った。


電話番号 武川さくら

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