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メッセージ

「ただいま〜」


「おかえりー」


台所の方から夕食を作っているであろうお母さんの声が聞こえた。

午前中のみ近所のスーパーでパートを務めるお母さんの午後は専業主婦タイム。

全ての家事を1人でこなしてくれて私が手伝うのは夕食の片付けくらいだった。


「行ってきまーす!」


特に用もないので顔も見せず二階の自分の部屋にカバンを置きその近くに散乱している服に着替え、また玄関を出た。

いつもお母さんが中心になって手入れされている少し広めの庭は車2台止めるスペースの奥で草花が鮮やかに生い茂っている。その他のスペースは土が固まってでこぼこして石がところどころで飛び出ていた。

レンガにしたり芝生にするなりにしたいと話は出ていたが大人の事情で何年も流れてしまっている。

一番奥にいるのは愛犬のメル。背中は薄い茶色、顎からお腹にかけての下側は白いスタンダードな芝犬のオスは今年で6歳になる。小学生の頃、一人っ子が寂しかった私は兄弟代わりにと両親に頼み飼うことになった。

以来、弟同然に可愛がり毎日の散歩をはじめ世話は進んでしている。

メルは私が帰ってきた嬉しさとこれから散歩に行ける嬉しさで首につながれている鎖の長さが許す限り飛び回る。

散歩のルートはいつも決まって近所の土手を往復する。ここは一般車進入禁止区域でサイクリングしている人や同じく犬の散歩をしている人、ウォーキングにランニングをしている人と必ずすれ違う。

右手にはグラウンドや果樹園、森があったりさらにその奥には大きな川が時々見え、反対側は民家になる。

車が通らない安心感と自然や野球を眺めながらのんびり歩く。そんな時間とメルが私にとって数少ない癒やしだった。

散歩から帰ったメルを少し休ませるとドッグフードを持って行く。唯一の芸であるお座りをさせてからリズムよくメルは本当に美味しそうに食べ始める。それを眺めながら時折頭を撫で、食べ終わるのを待った。


家に帰ると松永家の大黒柱の車があった。軽のバンタイプで仕事用になっている。

お父さんは土木会社を経営していた。社員数名の小さな会社で家から車で2分とかからない場所に事務所があるが私は行ったことがない。

毎日作業着を真っ黒にして帰ってくると真っ先にお風呂に入り、上がったら親子3人で夕食を食べるのが習慣だった。

お風呂上がりはタンクトップに薄い家用のラフな半ズボンだけを履き定位置のイスに腰を下ろした。

年々丸くなってきた身体は1人用の小さなソファーから少しはみ出ているがお父さんにとって今飲むビールは格別らしい。


「あーしあわせー」


上唇に泡を着けながら飲み干したグラスをドンと置いた。


「お疲れ様です」


お母さんがテーブル越しにお酌をした。

お母さんの方は細身で私と同じ体型をしていてお父さんですら後ろ姿なら間違えてしまうほど似ているらしい。

2人は高校の先輩後輩で今年父が47歳、母が45歳になる。


「葵!」


「何?」


ごはんを食べている手を止めて父親を見た。

酔って二やつきながらする話は大した内容ではない。


「さくら先生元気か?」


「元気だけど?」


またさくら先生の話かとため息をつきごはんを食べ続ける。その人気は生徒の枠を超えていた。

お父さんって確か1、2回しかさくら先生を見たことがないはずなのに。

その時に目を付けてあとはいろいろなイベントの時に撮った写真だ。

私なんか見向きもしないで夢中になっている。


「彼氏できたとか結婚とかって噂はないのか?」


お母さんの目つきに殺気がみなぎる。


「今日も話したけどいないってさ、よかったね」


「おっしゃあ!」


満面の笑みのお父さんを睨みっぱなしのお母さんがついに口を開いた。


「バカじゃないの。あんな若くて綺麗な人がこんなおじさん相手にしてくれるわけないでしょ!」


「そんなのわからねぇだろーよぉ。しっかしモテて困るだろうなぁありゃあ。なぁ?葵」


一瞬だけ私も睨みつける。


「知らないし。あ、お母さん、明後日花火大会行ってきていい?」


「あらーいいじゃない。行って来なさい。」


「おい男か?」


「違うし!南海だし!」


「男できたらすぐ連れてこいよ?チェックするからよ」


「だからいないしできないから。男子とはあまり話さないの」


しつこいお父さんから目をそらした。


「ダメだこりゃ」


お父さんは首をかしげる。


「そういうのは口出ししないの。遅くならないようにね」


「うん!」




次の日のお昼休み、給食を食べ終えて読書でもしようかと机から本を取り出そうとしていると南海が廊下からすごい勢いで髪をなびかせながらやってきた。


「葵!葵!」


「え?なに?」


「ちょっと来て!」


真剣な顔で何の説明もないまま私の手を掴みそのままの勢いで教室を飛び出した。

昼休みの廊下の人混みを私の手首をつかんだままものの見事にすり抜け人が少ない階段の手前まで来て減速した。


「ちょっと何!?」


立ち止まると南海は手を離した。そこには男子が3人女子が1人、全員がこちらを見た。

すぐに花火大会のメンバーだと分かり軽く頭を下げた。


「来た来た」


女子は知っている。隣の隣のクラスの川島伊織かわしまいおりは1年生の時に南海と同じクラスだった。

小柄な彼女はショートヘアで南海ほどではないが元気で明るくみんなで遊ぶ事が好きだった。3人で遊んだことはないがもちろん悪い印象はない。


「マッツーじゃん」


そしてなぜかマッツーと呼ぶ。


「久しぶり」


「え、マッツーでいいの?」


と1番長身の男子が問いかけるが反射的に下を向いてしまい見てられなくなりすかさず南海がフォローする。


「マッツーなんてね、伊織しか呼ばないから」


クスクスと伊織は笑いそれを見て私も苦笑い。

…少し自分の世界があるのかもしれない。


「クラスの仲良い女子は葵か松永さんだよ。本人の許可降りるまで松永さんだからね!」


男子3人は驚いてからケラケラと笑った。

冗談ではなく南海はいきなり馴れ馴れしい行動をする男子に私が耐えられるはずがないとあらかじめバリアを張ってくれたんだ。

見た目はチャラチャラしてない男子3人は全員伊織と同じクラスだった。

目を合わせないように男子3人の顔を見た。

が、しかし全員は見たことあるものの名前がわからなかった。男子ABCだった。


「いきなりごめんね。明日のこと全員で話した方がいいと思ってマッツーにも来てもらったの」


伊織が私の顔色を伺いながら状況を伝えた。


「そうだね。私もその方がいいと思う」


小さな声で返す。


「んで何時どこ集合にする?」


長身の男子Aが女子3人を見渡して言った。


「花火が六時半からだよね〜。それより早く屋台やってるよね」


私と身長があまり変わらない男子BがAを見て言った。


「んじゃ4時半集合とか?」


「早すぎない?」


南海と伊織の異口同音のツッコミで可愛い顔した男子Cの提案は儚く散った。


「んー、6時とか?」


伊織がくりっとした目で男子Aを見上げながら言った。


「でもさぁ場所取りは?」


「いらないっしょー。歩きながら見ればよくなーい?」


男子Cの提案は場所取りを心配したものだったが伊織が6時を推した。


「いらないよね〜」


南海が伊織と顔を合わせて笑顔で続く。


「よしじゃあ6時にしよっか!家はみんなバラバラだから現地集合でいいかな?入口にある駐輪場わかるよね?」


男子Aは伊織を見て言ったあと全員の顔を見た。


「オッケー!決まりね!」


伊織が笑顔で音を鳴らせずに手拍子をした。


「マッツーもいいよね?」


計画に唯一意見しなかった私に伊織が確認をとる。全員が注目してくる。


「…うん。大丈夫」


一瞬下を向きそうになったのをこらえて笑顔で伊織に答えた。

口角を上げてわずかに伊織が頷いた。


「じゃあ明日はよろしくね!」



その場は解散になりそれぞれの教室へ向かう。

廊下の人混みを今度は並んで歩いて教室へ向かうときに南海は肩を軽く叩いてくれた。


「ってことは5時にはうち来てね!」


「ねぇねぇ」


「ん?」


「名前教えて」


「は?」


「だから男子3人の名前」


南海は立ち止まり葵もすぐに立ち止まって南海を振り返る。

大きな目は開いているのかわからないくらい細くなっていた。


「はぁー…なんで知らないの」


私のあまりの男子の興味の無さに大きな溜め息とともに壁に倒れかかった。

男子A~Cは決して地味なタイプではない。クラスを仕切る…とまではいかないがどちらかといえば表立ったタイプだった。いくら同じクラスになったことがないからといって同じ学年なら全員の顔と名前の一致は当然と思っていたんだろう。

私はゆっくりと手を合わせ頭を下げて苦笑いで誤魔化した。



放課後、南海はとある教科の抜き打ちテストでノルマをクリアできなかったため居残りで勉強になってしまった。明日は浴衣の着用と髪型のセットさらにはメイクまでしてあげるから5時には必ず来てねと念を押され1人で先に帰った。

それ以外は何も変わらずに週の最後の日を終えた。



土曜日、花火大会当日は天気予報通りの快晴だった。

いつも夕方行っているメルの散歩を暑くなる前の朝に済ませたかったのでいつもより30分ほど早起きをした。

それからはお昼にかけて宿題をしてそれ以降は雑誌を読んだり洗濯物を干したりした。


5時に南海の家に着かなくてはならないということは自転車で行く場合4時45分に出れば間に合う。早く着く分には困らないしギリギリになって急いで汗ダラダラで着きたくもないのでさらに5分~10分くらい早めに出る予定でいた。

おめかしに長くとも30分かかったとして5時半、そこから集合場所までは歩いて20分ぐらいなので南海の家に一旦自転車を置かせてもらう計画だった。


お昼を食べてからはもうのんびり過ごしたく居間で横になってテレビでも見ていようかと思っていたら心地いいそよ風と早起きが睡魔を呼び数分間の激闘もむなしく負けてしまった。

夢の中で一足先に花火大会の会場に到着していた。



「葵ー!葵」


「ん…」


母親の大きな声で目を覚ました。

テレビを見ていたはずがゆっくり目を開けるとその先には天井があった。


「時間大丈夫なの?」


16:43

家の大きな時計を数秒眺め飛び起きた。


「え?あああ!」


「大丈夫なの?お父さんに送ってもらう?」


父親もまた居間で大の字になって昼寝をしていた。


「ううん、何とか間に合う!」


慌てて歯を磨き顔を洗い鏡を見た。

少しボサボサな髪の毛に頭を抱えるが直している時間はない。

というかどうせ南海にセットしてもらうんだからと手をぽんと叩き玄関を飛び出した。

南海が自分のためにしてくれることを思うと遅刻する訳にいかない。


「行ってきます!」


「あまり遅くならないようにね!」


貴重品だけ入れた手提げバッグを自転車のかごに放り投げ立ち漕ぎで南海宅へ向かった。



~~~~~



16:58

葵が南海の家に到着予定時刻の2分前。

南海は親に浴衣を着せてもらい自身のメイクと髪型のセットをすっかり終わらせていた。

あとは葵の到着を待てばいいだけで窓から道を見ながらそわそわしていた。

その時だった。


テーブルの上に置いてあったスマートフォンが誰かのメッセージを受信した。

来たのは葵ではなく葵からのメッセージだった。


「葵!?…え!嘘…」




18:00

花火大会の会場は沈んだ夏の太陽の明るさと暑さがまだ残り屋台付近の強い照明が独特の祭りの雰囲気を出していた。

会場の入り口の土手の下に設けられた駐輪場は既に半分ほど自転車で埋まり沢山の学生たちが夜を待っていた。

南海がそこで談笑する4人の前に静かに現れた。


「うわ!南海…かわいい」


伊織が口に手を当てて目をキラキラさせて言った。

伊織は浴衣は着てこず私服勝負をしてきた。腕を大胆に出したシンプルなシャツにミニスカート姿は伊織をさらに若くさせた。


「やっぱ女子は浴衣だよー」


「うんうん」


男子3人は南海に見とれながら伊織に睨まれた。

しかし南海はここまで褒められても浮かない表情のままだった。


「あれ?マッツーは?」


「うん、それがね」


花柄の手提げバッグからスマートフォンを取り出し全員に先ほどの葵からのメッセージを開いて見せた。

男子Aがゆっくり音読した。


「ごめんなさい。急用ができてしまって今日いけなくなりました。せっかく私のために準備してくれてたのに本当にごめんね。理由は学校で話します。みんなで楽しんできてね。」


「えー。どうしちゃったんだろう」


目を閉じて伊織が肩を落とす。


「具合悪いとも書いてないな」


「ありゃー」


男子Bが腕を組み男子Cがスマートフォンの画面を近距離で確認した。

南海はゆっくりとそれをバッグにしまった。


「マッツー…」


「長い付き合いだけどドタキャンするような子じゃないんだ。だからきっとそれなりの理由があると思うの」


「そうだよ、それにもし事故とかなら連絡来ないしな。残念だけど今日は5人で楽しもうか」


まだ晴れない表情の南海に男子Aは長い腕で肩を叩いた。


「そうだよね。ありがとう」


南海は目を閉じて頷いた。

先生の言葉が頭に浮かぶ。

そのままでいい

乗り気でなかった葵に強制的に誘った自分を少し恨んだ。もしかしたら葵にとっての今日は本当に嫌で嫌で体調を崩してしまったのではないか、と。




16:53

南海に葵からのメッセージが届いたさらに5分前に松永家の自宅電話が鳴った。


「はいはい」


母親が2人分の夕食の準備を辞め、手から水滴を払い小走りで玄関付近の電話へ急いだ。電話からの距離は居間の方が近いが相変わらずの大の字に母親は諦めた。


「もしもし」


「お母さん⁉︎あたしだけど!葵だけど!」


家を出て10分と経っていない娘からの電話、そしていつもより声が大きい事に母親は眉をひそめた。


「どうしたの?」


「どうしよう、人はねちゃったよ!どうしよう!」


母親は真っ青になって必死で正気を保った。


「え!どうなってるの?その人大丈夫なの?」


「その人動かないんだよー!どうしよう!早く来て!」


「分かった!すぐお父さんと行くね!場所は?」


場所を聞いた母親はすぐに寝ている父親の胸ぐらを強く揺さぶり叩き起こした。


「お父さん!起きて!」


寝ぼけ眼も事情を聞くとすぐに車の鍵を取り母親と現場へ向かった。


「あんの馬鹿野郎…」

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