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それでいい

7月。

中学生最後の夏休みまで一ヶ月を切っていた。

3年生は部活も終わったが来春の受験に向けて最も勉強しなくてはならない夏休みになる。


私、松永葵(まつながあおい)にはまだ夢がない。

部活が終わってから自分の学力に合った高校に向けて無理なく勉強をしている。

はじめは余裕で受かる志望校にしたのにテストを迎えるごとに適正、ギリギリ合格ラインになってきてちょっと焦ってきている。

部活終わってから勉強頑張るなんて親にも言っていたけどこのざま。

まぁ幸い家の親は勉強しろなんてうるさく言ってこない。

ちゃんと学校に行ってどこへでもいいから高校くらいは出なさいっていう楽な考えではいてくれるらしい。

もちろんそうじゃない親もたくさんいる。


「ねぇ聞いてー、なんで家に帰ってまで勉強勉強受験受験言われなきゃいけないの?ほんと嫌になるよね」


放課後、教室で私の一番の友達 柳瀬南海(やなせみなみ)が机の上で頬杖をつきがら愚痴始めた。


「昨日だって楽しみなテレビあったのにさぁお母さんがさぁ」


南海と私は小学校からの幼馴染だったが小学校時代は同じ仲良しグループにはいなかった。

中学生に入ってクラスも部活も同じになり意気投合した。

南海と私はタイプが違う。

私は地味でずぼらな性格。おしゃれなんて全く興味がないし断じて女子力は低く皆でわいわいするのは好きじゃないしおまけに男子と話すのは苦手で必要最低限のコミュニケーションしかとらないし最後に話したのいつだっけ?

髪型だってどうでもいいから肩まで伸びたらバッサリ切るの繰り返し。ファッションだって全くわからないからいつも安い服をお母さんに買ってもらってる。

南海は正反対だった。

服はもちろん髪型だっておしゃれで奇麗なロン毛は束ねたり下ろしたり男子たちはどっちの南海が好き?みたいな会話も聞いたことがある。

休みの日遊ぶときなんかメイクもしてる。

心の中ではそんなことしなくても可愛いのになぁと思うんだけど。

南海はとにかくおしゃべりが好きで聞き上手でいつも大勢の人に囲まれていた。男子の中で中心に話す南海もよく見る。

本当になんで私なんかと一緒に居てくれるんだろうって思ってる。

こんな私と毎日一緒に過ごしてくれて本当に南海は優しい。

私にとっての南海は親友であり憧れだった。


「息抜きだってしなきゃね」


愚痴が止まらぬ南海に私は隣の席で街並みを見ながら言った。


「やっぱ遊ばなきゃだよね!あぁ、高校行ったら彼氏ほしいなあ…」


吐息のように南海はかすれ気味の声で言った。


「南海ならできるよ」


「葵も作ってよ。ダブルデートしたい!」


「えー、私は…いいかなぁ」


一人っ子で育ったことが原因なのか男子の元気のいい感じが駄目だった。


「その男嫌い治んないかなぁ」


「嫌いじゃないって。付き合うとなると…考えられない…何したらいいか分かんないしさぁ」


「なんじゃそりゃ。あ、みて!ゆき!」


学年一のマドンナが最近交際を始めたことが学校中のトレンドになっていた。

相手は隣のクラスの野球部を引退した長身イケメン。

2人は彼女が彼氏の腕を横で引っ張ったり肩をたたいたり堂々と校門を後にした。


「羨ましいなぁ」


「え?あの人好きだったの?」


「ちゃうわ!いつも言ってるでしょ、好きな人はいません。ねぇ知ってる?あの2人話したことないのにいきなり付き合ったんだって!」


「うそー!そんなことあるんだ…」


「ありえないよねー」


「お互いのこと知らないのによく付き合えるよね。」


「でもお似合いだよねあの2人…美男美女だし。高校行ったら絶対自慢できる彼氏欲しい…」


「そうだねー。ってか高校ってまだ一年近く先じゃんか」


「そうだよ?だめだめうちの学校の男子は」


クスッと笑ってしまうと南海は真顔で左手を横に振る。


「だからもう高校を見据えてるんだよ。今から可愛くなる努力しなきゃ!」


時計を見て南海は急に立ち上がる。

運動部に所属していた2人は体型は同じく細身、身長は拳半分ほど南海の方が高かった。


「あ、そろそろ先生のところ行こー!」


部活を引退した三年生の放課後はまさに自由時間。

速攻で帰る人、部活で後輩の面倒をみる人、居残りで受験勉強に励む人もいる。

私達はよく担任の先生のところへ足を運んだ。

そのまま帰れる様に荷物を持って隣の校舎の国語科の先生の居場所、国語研究室へ向かった。


「失礼しま〜す!」


そこには国語の先生の机が数台中央に向かい合い、壁沿いには年季の入った本棚にめまいがするほどの量の辞書が並ぶ。


「こらこら~今採点中だよー」


一番奥にいたのが国語科、そして我らが担任の先生である武川さくら先生だった。

入ってきた2人に目をやることなく赤ペンを走らせていた。そんな先生にお構いなしにさらに奥のお客様用ソファーに腰を下ろした。


「別にここにいれば見えないもん」


「早く帰って勉強しなくてもいいの?」


「もう!親にも言われるんだからさぁいいじゃん少しくらい!」


ドカンと南海が率先して座るのを見て鼻で笑ったさくら先生はペンを置いた。


「もう…まぁいっか。ちょっと休憩にしよっかな」


「そうそう!」


先生は2人の向かいのソファーに座った。

さくら先生の愛称で親しまれる25歳は生徒から大人気だった。整った色白の丸顔の小顔は鼻は高く唇は少し尖り、時には厳しくもなる優しい目、セミロングの髪の毛は常に降ろしていてノーメイクなのに中学生にも伝わる色気を放つ。

身長も平均よりも高くて体系も細身を維持、出るところと凹むとところ、メリハリバッチリのプロポーションだった。

男子に人気なのは説明不要だが女子からも憧れの存在で見られていた。

気は強めのさくら先生は怒るときは怒り、飴と鞭が本当にうまかった。

言いたいことをはっきり言ってくれる性格で生徒からはこれ以上ない相談相手としても人気だった。


「さて、今日は何かあったの?」


ただ雑談するだけでも必ず相手をしてくれた。


「さくら先生…また奇麗になった?」


「私も思った…」


先生は口に手を当てて鼻で笑いながら二人から目線をそらした。


「え?やめてよー。何もあげないよ」


次は目を細めて笑った。


「なんでそんな奇麗なのに彼氏作らないのー?」


「うーん。なんでかなぁ。今はいらないってことかなぁ」


「うそー。さくら先生ならすぐできるのにもったいないよー」


「そんなことないよ。少なくとも今はね、みんなが行きたい高校に行かせてあげることの方が大事なの」


南海と一瞬だけ目があって察した。

勉強しなさい的な話になりそうだったので南海が慌てて話題を振った。


「聞いてー!葵が全然彼氏作る気ないみたいなの」


「ねーぇ、いいってばぁ」


小さな机に頭を抱え下を向く。


「恋愛は人それぞれペースがあるんだから煽っちゃダメだよ」


「ですよねー」


満面の笑みでさくら先生を見上げたあと南海に舌を出して挑発した。


「でも好きな人ができることは自然なことだし良い事だよ。松永さん、男子苦手だもんね。」


担任なだけに私が男子とほとんど話していない事はお見通し。


「うーん…まぁ…はい」


「だから今度の花火大会男子も混ざっていく予定なんだ」


今週の土曜日は毎年恒例の花火大会があった。

近所にある大きな川沿いで行われ、定番の屋台が並び沢山の人で賑わう。

南海は他のクラスの女子に男女混ざって行く予定に誘われ、そこに私を誘ってくれていた。他のクラスの男子なんて名前と顔がギリギリ一致するくらいで話したことなんてないわけで当然気乗りはしなかった。

だが、そのメンバーを聞いた南海は変な男子がいないことを確認して半ば強制的に行く事になった。

私が行けば男女それぞれ3人ずつになる。


「いいじゃない、気をつけて楽しんで来てね〜」


「これで葵が少し変わってくれますように」


「お願いだから変な事しないでよね!」


葵は少し頰を膨らませて南海を見た。


「でもね、私は2人ともそのままでいいと思うよ。だって恋愛に正解なんてないんだから。松永さんのその控えめな感じが好きな人だって現れるよ。高校、その先だって沢山の出会いがあるんだから。ありのままで居ていいんだよ。柳瀬さんも焦らない焦らない。2人なら絶対に素敵な出会いがあるよ」


「そーなのかぁ。でもなんかもったいない気がするんだよなぁ」


南海は横目でこっちを見ながら頬杖をついた。

その後、雑談は南海の指揮のもと20分ほど続いた。

他の先生やクラスの男子の愚痴、それぞれの家族の面白エピソードで笑いにあふれた。

まだ話し足りない2人を前にさくら先生は時計を見て帰された。




「はぁーあ、あと1日かぁ」


南海は背伸びをして空を見上げた。

家が同じ方角の2人はもちろんよく一緒に帰っていた。南海の家より1キロほど遠い私の家はあと500mほど離れていれば自転車通学が可能な距離で、歩くと30分〜40分かかる。

自転車は休日の部活か遊びに行く時しか乗らず、引退した今乗る回数は激減していた。


「ねね、土曜日さ…」


「ん?」


「浴衣着ない?」


「ええーいいよぉー。似合わないし持ってないもん」


「ダメ。着るの。お姉ちゃんの余ってるから。紫のやつ」


「悪いよー」


ノリが悪い私を南海はキリッと目を細めて見つめた。


「先生はああ言ってたけど、勿体無いと思う。せっかく女の子に生まれたんだからおしゃれして可愛くならないと。彼氏欲しいとか関係なく…やっぱり葵って可愛い顔してるんだし。それに浴衣は絶対似合うからね。」


「えぇ…可愛くないし」


「一緒に着ようよ!この機会逃す手はないぞ!」


「…わかった。南海も着るなら着る」


八の字気味だった私の眉が元に戻ったのを確認して南海は小刻みに頷いた。

正直不安だ…お姉ちゃんみたいに可愛くないし。


「いいなぁー、お姉ちゃん」


「あぁ、まぁこういう時はね。普段は喧嘩ばっかりだよ」


南海のおしゃれ好きはお姉ちゃんの影響が大きい。

今年高校を卒業して地元を離れ美容専門学校の一年生だった。

そして元気いっぱいの小学生の弟もいる。


「優しいのに?」


「それは葵の前だけ。言葉遣いなんか男だよ男!お兄ちゃんかお姉ちゃんか分からないからね」


クスクスと私は笑った。

一人っ子の私はやっぱり兄弟の憧れはある。


「お兄ちゃんかぁ…」


「優しいお兄ちゃんが欲しかったなぁ…」


「私も最近思うんだけどお兄ちゃん欲しかったなぁって。…そしたら今の男子の見方とか付き合い方とかも違ったんだろうなぁって」


南海は今度大きな目をパチクリして葵を見た。


「気にしてるんだ」


「多少はね。男子と普通に話せてる南海みてると羨ましいもん」


右手の拳を口元に充てて当てて考えた。


「うーん。でも別に弟がいるとかってこと関係ないと思うけどな。葵の家にもお父さんいるじゃん。あのナイスキャラのお父さん」


「アレはない!アレを男だなんて思ったことないよ」


私はすごい勢いで手を横に振った。


「アレってひどい!」


2人はそれぞれの別れ道を前に今日一番の爆笑をした。


「よーし、じゃあ集合時間より1時間早くウチに来てね!」


「そういえば何時どこ集合なの?」


「あ…」

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