#003 フレイム・ドッグ 2
「なんだと、トゥルーセ。お前の処にくせ者が入り込んだのか」
電話を手にして、ベリーアは大欠伸をしていた。
「そうか、そうか。可愛がってやるのか。殺せたら、頭だけはくれないか? 俺がコレクションに加えたいから」
サメ顔の顔をしたベリーアは、ギャンブルに熱中する客達を見て、不正が無いか監視している処だった。小さなものは見逃すが、大きな場合は、尋問しなければならない。
ベリーアの配下である、ジュガルジュガリは、頭部の無い女を自らの愛人にしていた。彼はベリーアの頭部コレクションを毎日毎日眺めていて、それに発狂して、自らの愛人に“ヘッド・レス”という製品を選ぶ事にした。これは人造生命体、アンドロイドだった、彼らは、召使いやある特殊な性癖の持ち主の為に作成された者達だった。
ジュガルは、とても愛おしそうに、頭の無い女に着物を着せて、首の欠落した平たい部分を愛撫していた。
†
「しかし、何でもアリな場所だな」
彼は即座に、逃亡の判断を決めた。
ベレトは、トゥルーセの兵隊達をバラバラにした後に、再び、彼を襲撃する事を考えていた。
しばらく、この辺りには近付けない。
身を隠す必要があるだろう。
彼が解体した娼婦は、ベリーアのアジトまで吐いてくれた。
ベリーアの方は、元々はスーパー・マーケットだった場所を改造して住んでいるらしかった。今は巨大カジノになっているらしい。
ふと。
背後から気配が現れる。
ベレトは、すぐに戦闘態勢に入る。
「なあ、お前は何を探しているんだ?」
一人の低いハスキー声の男が、彼に訊ねた。
「お前は何だ?」
男はライダーズ・ジャケットのデザインをした、皮鎧を身に付けていた。腰に銃を携帯している。髪型を黒いオールバックにしている。首には深緑色マフラーを巻いていた。
中々の美青年だ。
「俺はベレト。自称だが、怪盗、と名乗っている」
「そうか、俺はパラディア。灰騎士と名乗っている」
妙に友好的な男だった。
「貴様、男娼やゲイの類じゃねぇだろうな?」
「まさか。俺は女が好きだよ。お前の容姿は限りなく、女に近いけど、男だろ? ねぇ、トゥルーセと戦っていたみたいじゃないか」
「何の用だ?」
既に、彼の能力であるマスター・ウィザードを、周辺に張り巡らせる準備を行っていた。現れた男は、態度によっては、首を落とさなくてはならない。
「トゥルーセとベリーアを始末したいんだろ? お前、此処の権力者になりたいのか?」
それを言われて、ベレトは鼻で笑う。
「此処に、いつかこの俺を酷い目に合わせてくれた奴が来るんだとよ。そいつはヒューマニストの人間大好き野郎だ。俺はそいつをケリを付けなければならねぇ。トゥルーセ達はついでに殺害したいだけだ」
「ついでに、か。それにしても、さっきは、相当な苦戦を強いられたみたいじゃないか。もう、この辺りでは、君を探し回っている」
「お前には関係無いだろ。それともアレか? お前はトゥルーセの部下か、なら容赦はしねぇ、もう準備は整ってい……」
「もしかして、栄光の手のメンバーかい?」
ぴくり、と、ベレトの額が動く。
意表を突かれた。
「おい……、何で知ってやがる……?」
「此処にやってくる許可を取っているそうだ。俺はハッキング技術を有している。あちら側にもそういう技術を有しているみたいだしな。此処にある情報は一通り見るつもりでいるよ」
「お前は……何が目的だ?」
「俺はエーイーリーの秘密を知りたいんだ」
パラディアは、少しだけ、高揚しながら言った。
「奴は“造物主”の作り出した怪物だ。俺はそいつに会ってみる必要がある。トゥルーセかベリーアのどちらからか、エーイーリーに、そして造物主に辿り着くヒントが手に入るかもしれない」
…………ベレトはその言葉を聞いて、思考を巡らせる。
……トゥルーセ、あるいはエーイーリーの部下じゃないのか?
「造物主か。俺は奴の遺跡を使っていた事があるぜ。だから、栄光の手に狙われた。お前も、せいぜい、造物主の奴らの力を悪用して、栄光の手に狙われないようにする事だな」
パラディアは腰元に嵌めている筒状のものを握り締める。
「なあ、ベレト。この俺と組まないか?」
彼の声は、先程よりも、興奮しているみたいだった。
「はあ?」
「組んで目的を達成するんだ。俺はエーイーリーに近付きたい。その過程でトゥルーセとベリーアの二人を始末したって構わない。というか、あの二人が倒されれば、エーイーリーは何らかのアプローチを取ってくるだろうな」
†
「しかし、ベレト。お前は能力は強力なんだけど、どっか使いこなせていない処があるよな」
「うるせぇな。俺様は不器用なんだよ」
ベレトは、気にしている事を言われて、腹立たしくなる。
「そんなら、お前はどうなんだ? お前だって能力者なんだろ? どんな使い方をしているんだよ?」
「俺は能力者だけど、教えない。味方にだって教えない。お前は迂闊過ぎるよ」
パラディアは、何処か飄々とした態度だった。
「貴様の力はどんなだ? お前は、遠くから俺の戦いを見ていた。なら、俺の能力を知っている筈だ。お前の能力の方も教えろよ。それが共闘だろ?」
パラディアは首を横に振る。
鼻歌さえ歌いかねない、立ち振る舞いだった。
「力の正体は教えない。味方にだって教えない」
ベレトは、今にも短刀を取り出しそうだった。
「それじゃ、不平等じゃねぇか? 畜生、この俺を舐め腐ってやがるのか?」
「…………。舐めていない。お前の力は極悪だ。スコープで観察させて貰った。トゥルーセの悪魔兵二人が簡単に始末された。だからこそだ。だからこそ、俺は自分の力を少しでも教えたくない」
「それじゃあ、信頼出来ない」
パラディアは、少しだけ熟考しているみたいだった。
そして、溜め息を吐く。
「分かった、教えよう」
すらり、と。
パラディアは腰に帯刀した、剣を引き抜く。
それは、光を帯びる剣になっていた。
「これで斬ると、大抵の連中は爆発するように身体が切り裂かれる。それから、……」
彼はビン、と、弾の入っていない銃の引き金を引く。
それを合図に、彼の背後から、小型の狼のようなものが現れた。
それはオレンジの混ざる赤色で、炎で肉体を形成していた。
「お前を追っている、トゥルーセの部下達なら、こいつで始末出来る」
†
次々と、銃火器を持った、トゥルーセの部下達が、パラディアの操る狼によって、喉を引き千切られていく。マスクに僧服、人間の姿をしている者達が多く、彼らは狼の一噛みによって、首を裂かれて死亡していた。
「流石に、悪魔型の生体兵器化した奴らを仕留めるのは難しい。……、ベレト、お前は凄いんだよ。そいつらを二体も倒した、お前は実力者になれる素質がある」
「ああ、言葉の端々にトゲを感じるな、今の俺は未成熟なのかよ?」
「そうだろ?」
ベレトは、短刀で、この男の首をもぐ事を思考する。
だが、少しだけ、警戒する事にした。
この男は何かを隠している。
ベレトはすぐに分かった。
もう少し、頭の回転が回る人間なら、その隠し事に気が付くかもしれない。
だが、今は敵対するのを止めよう。
流石に、トゥルーセ相手でも苦戦した身だ。
ベリーアも含めて、更に彼らの配下、背後のエーイーリーも含めて、敵は強大だ。
パラディアは、ベレトの瞳を覗き込む。
「何か聞きたげな顔だな?」
「何故、俺に味方する?」
ベレトは返答次第では、彼を殺害する事を考えていた。
もし、曖昧な言葉で答えを濁し続けるのなら、こいつは始末するべきだ。
「それは…………」
彼はオールバックの紙に差したヘアピンをつけ直す。
「俺も『栄光の手』から狙われているからだ。俺は多分、お前よりも、もっとストレートに“造物主”と取り引きをした」
彼は不敵な顔をしていた。
ベレトは、それ以上は何も聞かなかった。
そのうち、答えてくれるだろうから。
†
「このVCX地区が一番、安全だ。俺の知る処では」
パラディアは酒を飲みながら、バーのカウンターに座っていた。
彼はカクテルから、ストレート、どちらでもイケるみたいだった。ジャケットを脱いで、Tシャツ姿になっている。何処か猥雑な性格をしているみたいだった。
「ベレト、お前は酒は飲まないの?」
「……今はいい」
パラディアの友人らしき者達は、盛大に酒盛りをしていた。