#003 フレイム・ドッグ 1
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この辺りは、トゥルーセが管轄する地区だ。
彼の“家畜”とも言うべき人間達が住んでいる。
シゼロイからの情報を思い出す。
トゥルーセは仮面を被っている。
彼は“宗教”によって、自身の部下と家畜達を統治しているらしい。
ベレトには、さっぱり分からない事だった。
†
「売春宿か」
娼婦独特の仕草というものはある。
こんな荒廃している場所においても、彼女達は、一種、独特な異様な雰囲気を出していた。それは、露出した肌だったり、香だったり、男への視線だったり、立ち方だったり、場所によって多少の違いはあれど、彼女達の行動はあまり変わらない。
肌を多く露出させた女達が、男達の呼び込みをしていた。
ベレトは、姿が女に見えるのか、娼婦達から気にも止められない。
ただ、彼の強い異様さは伝わっているみたいだった。
彼を見て、何かを囁いている者達がいた。
ベレトの方も、女達の姿を眺める。
中には、年の頃、十歳程度の女もいた。……幼児性愛者の為に、身体を売っているのだろう。
「おい、お前、何者だ?」
二人、いや、後ろに五名程の者達が、建造物の上から、ベレトを見下ろし問い掛けていた。二階建ての建造物のバルコニーから、二人が彼を見下し、一人が問い掛け、背後にある部屋の奥に、三名隠れている。
彼らの服装は、僧衣服のようだ。
「お前こそ、何者だよ? 俺はたまたま、此処に迷い込んだんだ」
「たまたま?」
彼に問い掛けた者とは別の僧衣服のものが、腹を抱える。
「お前は客に見えない。何か別の意図があるんだろう?」
「…………客だぜ」
ベレトは、面倒臭そうに返す。
シゼロイから、何か必要になるだろうと、此処の紙幣を貰った。厚紙を切り取って、ペンで直接、数字が書かれた紙幣だった。
「さっきいた、上等な娼婦を買いたい。それでいいか?」
僧衣服の男達は二人で話し合っていた。
†
ベレトが選んだのは、肌の所々に、アザのある娼婦だった。髪の毛は灰色のようだ。
「貴方、男なのね。わたしよりも美しいわ」
強い香水で隠しているが、皮膚が爛れているかのような異臭がするなあ、と、彼は思っていた。そもそも、この部屋自体の臭気が酷い。
こんな場所で欲情する連中の気が知れない、と、ベレトは心の中でほくそ笑んでいた。
「此処に何しに来たの?」
「此処はトゥルーセってのが、仕切っているそうじゃねぇか。お前達は楽しいのか?」
女は、困ったような顔をする。
「トゥルーセの事が知りたい。教えてくれないか? お前が知っている事、全部だ」
女は苦笑する。
「駄目よ、殺されるわ。拷問されて、殺される」
彼女は陰鬱な顔になる。
「ねえ、さっさと初めて」
女はミニワンピースのスカート部分をめくる。下着は穿いていなく。局部が露になっていた。ベレトは性器の周辺を見る。
「なんだ? その赤い湿疹は?」
「…………、聞かないで。分かるでしょう……? ねえ、さっさと済ませて」
「避妊具は必要ないのか?」
「わたしは産めないの。ねえ、冷やかしだったら、帰って。……早く休憩時間を取りたいから」
女は、あらゆる事に失望している声をしていた。
ベレトは。
ナイフを、彼女の喉元に突き付ける。
「なあ、今すぐ死ぬのと、少しだけ祈る時間を考えて、トゥルーセに殺されるの。どちらがいい?」
彼女は、嗚咽を漏らしながら話す。
恨みと恐怖の表情が、ベレトを見据えていた。
「ありがとう。だが、やっぱり殺す。俺が拷問して殺す。お前の骨格が気に入った」
ベレトは有無を言わせなかった。
ナイフは振り下ろされる。
†
地下通路は、強い悪臭を放っていた。
ベレトは、異物に触れないように、空中を歩いていく。
この先の奥には、トゥルーセの館の中へと通じる排水溝へと繋がっているのだ。彼は鼻を押さえながら、道を進んでいく。生活排水の他に、かなり不味い物質も捨てられているらしい。
「汚染によって生まれたミュータントとかいるのかなぁ?」
彼は鼻歌を歌っていた。
彼は新たに作った首飾りをぶら下げて、とても嬉しそうな顔をしていた。
奥歯と胸骨、脊髄、顎で作ったアクセサリーだ。
「しかし……、身体の中、ボロボロだったな。放射能か? それとも別の有害物質か? 栄養も足りてなさそうだったしなぁ。まあ、脊髄は綺麗で良かった」
彼はアクセサリーを愛しそうに撫でていた。
彼女は性病に感染していた。
推測するに、頭にまで進行するタイプの奴だ。
楽にしてやれる、そんな気分だ。
今はとても楽しい気分だった。
地下道の中には、野犬達が溢れていた。
彼らはどうやら、此処を巣にしているみたいだった。
死体が投棄されている場所があった、犬達は、そこに群がっていた。
†
それは、畳だった。
扉の代わりに障子があり、生け花が生けられ、掛け軸が飾られている。ベレトにはよく分からない文字が掛け軸には書かれていた。
ベレトは障子の紙を、ぷすぷすと破って、遊ぶ。
ベレトはとても楽しい気分だった。
最高の気分だった。
どんな相手が出てきても、同じようにしてやろう。そんな気持ちでいっぱいになっていた。
「何者だ?」
声は囁く。
「遊びに来てやったぜ!」
ベレトは、とんとん、と、ナイフの柄で壁を叩く。
「ああ、バラバラにしてやるよ。さっさと刻んでやる、さっさと顔を出せよ」
ずずっ、と。
襖が開く。
一人の男が現れる。
僧侶服のようなものを身に付けていた。
顔には白いマスクを身に付けていた。人の皮を模したようなマスクだ。
明らかに異様な雰囲気を漂わせていたが、ベレトは楽しそうな表情を止めなかった。
「貴様の名は?」
男は訊ねる。
「ベレト。お前がトゥルーセか?」
白いマスクの男は頷く。
そして、まじまじとベレトを見ていた。
「美しいな。なんとも羨ましい事だ。その心はこの俺のように、ドス黒く汚れているが」
トゥルーセは笑う。
ベレトも、つられて笑っていた。
余りにも、的を射ていたからだ。
白いマスクの男は指を弾く。
奥の部屋から、トゥルーセの兵隊らしき者達が現れる。彼らは僧侶服に身を包んでいるわけではなく、上半身裸で、眼球が無く、まるで悪魔のような二つの角を生やした者達だった。鋭い牙を有していた。彼らは手に、銃火器を持っていた。
「お前の相手などしたくはないっ!」
トゥルーセは、後ろの部屋へと下がっていく。
手下達に、ベレトの始末をさせる事に決めたみたいだった。
異形の者達が手にしているのは、火炎放射器だった。
部屋に炎が盛大に広がる。
畳に火が移る。
「……何を考えている?」
彼は煙が顔にかかり、鼻を押さえる。
「自分の屋敷ごと、この俺を燃やすつもりか? イカれているのか?」
ベレトの顔から、笑みが消える。
何かのスイッチが押される。
部屋全体が、カラクリ屋敷のように、変形しているみたいだった。
天井から、ガスが散布されてきた。
†