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クレーター  作者: 朧塚
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#002 守る者と壊す者……。 1


「レイブリアン達の部隊は全滅したのか」


 ゴードロックは、コーヒーを口にしながら、コンピューターを眺めていた。

 新たに派遣されてきたコンピューター技師であるズルトは、困惑したような顔をした。


「そのようです……」

 ズルトは頭を掻き毟っていた。


「で、どういう死に方なんだ?」

「それがですね……」


 パソコンの画面に、写真が映し出されていく。

 そこには、何名もの死体が載っていた。

 死体はどれも、身体が土の人形のようになっていた。


「これが死体か?」

「………そうです。どうやら、この状態のまま生きて帰ってきた者達もいるそうです」

 この技師の顔には、明らかに恐怖の色が浮かんでいた。


「メビウス様から“エーイーリー”に関して、調べるように言われ、部隊全てが全滅してしまった為に、調査は中断されたのか」

 ゴードロックにそう言われ、ズルトは、頭を掻き毟り続ける。


「全員、化石にされてしまった。あるいは、土人形に。まだ生きている者もいます。何故、生きているのかが不思議なのだそうです。なれの果てを見せましょうか?」

「いや…………、それはいい……。彼らからの情報は聞けそうか?」

「無理です。みな、発狂してしまっている……」

「仕方ない。俺達の支部が出向く。その場所の写真を映してくれ」

「……分かりました……」

 その場所の写真が映される。


 高濃度放射能汚染に晒されている場所だ。

 世界中から、核廃棄物を中心とした、ありとあらゆる工場などの産業廃棄物が捨てられている場所だと言う。


 そこは、クレーターと呼ばれていた。

 そこに、人間大のサイズで、漆黒のドレスを纏った、金色の縦ロールの生きた球体関節人形であるメビウス・リングが、絶対悪としている“造物主”が創造した怪物が支配している。

 メビウスが栄光の手のメンバー達に告げる命令は、ただ一つだ。

 造物主の創り出したものは、それが生きている存在であれ、遺跡などの施設であれ、全て破壊し、殺害しろと。


 ゴードロックは、特別任務を授けられた者達の一人だった。



 ゴードロックは、栄光の手『バーバリアン』の支部へと向かう事にした。


 そこは、ランキング上がりの者達や、何かしらの大きな問題を抱えて他の支部に回せない者達をメビウスが手心を加えて、自らの側近に参入させた者達だ。精神に異常を来たしている者や、未だ社会秩序や道徳を破壊したい者達ばかりが集っていると聞いている。

 だが、強力な能力者もいると聞いている、支援を受けなければならない。


 ゴードロックは駅近くの、龍の銅像の前で立っていた。

 ……正直、どれだけ信用出来るか分からないが……。

 ゴードロックはメビウスにもっとも近い存在だ。

 その立場として、任務を成し遂げなければならない。


「あー、軍服の人、目立ちますねー」

 明るい声が聞こえた。

 二人の女が現れた。顔立ちが似ている。一人はブレザーを着ていて、薄化粧を施している。髪の毛は茶色に染め上げていた。……付け根が黒い為に染めているのだと分かる。目立つようにピアスをいくつも付けていた。

もう一人は花柄の黄色の着物を着ていた。

「栄光の手の他支部のメンバーですよね? “グレート・オーダー”を授けられる人、私達の方は、まとまりが無いので、酷い仕事ばかり回ってくるんですよね」

 そう言って、着物の人物は笑った。



 神社の境内だった。

 どうやら、この二人の姉妹の敷地らしい。


 ズンボは赤と白の巫女装束に着替えていた。

 彼女はゴードロックに食事を出してくれた。

 煎餅にお茶だ。

 ズンボの方は、何かの薄く切った肉を食べていた。妹の方のグレーシスは、ブレザーをの上着を脱いで、チョコレート・スティックを食べていた。行儀悪く、スティックの粉を漆塗りのテーブルの上に落としている。

「何も入っていませんよ」

 ズンボが、軍服の男に告げる。


「お前は何を食べている?」

「ああ? 私のこれですか? まあ向精神薬みたいなものですね」

 不可解な事を口にする。

「臭いで分かる。……断っておくが、私は口にした事は無いぞ。それは人の肉だろう?」

「まあ、見える場所で食べるべきじゃないのですけど。……知って貰おうと思って」

 天真爛漫なグレーシスに比べて、ズンボは落ち着いた性格をしているみたいだった。


「私は『鬼憑き』なんです。だからカニバリズム衝動を抑える為に、病院からあてがわれた、新鮮な肉を食べているんですよね。吸血鬼みたいなもんです……あれ、もっと気持ち悪いですかね?」

 ゴードロックは首をひねる。


「どういう事だ?」


「えと、私の家系……というか、この辺りは狐憑き、蛇憑き、犬神憑き、猫憑き、蟲憑き、……色々な憑きもの筋の家系でして。私の家系の場合は鬼憑きだったんです。十四の時に、自分の家系の憑きものを身体に受け入れる事になったんですよ。身体に別人格や化け物の精神を降ろすんですね。……もっともらしい事言うようだけど精神病ですよ。DSM-Ⅳとか好きな医者は私達の家系に興味あるんじゃないかなって思います」


「……つまり、どういう事だ。頭が鈍い私にも、もう少し噛み砕いてくれないか?」

 ゴードロックは正座し、背筋を伸ばし、お茶のみを口にする事に決めた。


「つまりですね。私は自らが人喰い鬼である、という妄想に取り憑かれているんです。……妄想、精神病、って言っても、それ事態が、邪悪な力の産物なんですけどね……。もう衰退し、絶滅しかかっていますが、他の家系も酷いらしいですよ。たとえば、猫憑きなら食事はネズミなどで、四足歩行で歩いているとか…………」

 ゴードは、げんなりした顔になる。

 ズンボは薄く切った肉を口にしていた。


「ゴードロックさん、真面目そうだから、この子にちょっと教育してくれませんか?」

 ズンボは、妹の頭を鷲掴みにする。

「なによ、お姉ちゃんっ!」

「こいつ、遊ぶ金欲しさに、年齢を偽って性感マッサージ店で働いているんですよ。バイトするなら、コンビニとか喫茶店でやれ、って怒鳴りつけてやるんですけどね。……たまに、この神社内に私の倍近くの年の男連れてくるし、不浄を持ちこむな、って話なんです」


「お姉ちゃーん、何言っているの? 私の友達は同い年なのに、AV女優で有名なんだからね。でもAV出演は危ないから、もっとリスクが低くて、お金が入る仕事しているだけじゃないー」

 そう言いながら、グラーシスは通信機のチャット機能で、友人とやり取りしているみたいだった。どうやら、男のようで、彼女はとても嬉しそうだった。一回、寝ただけなのに、もう五カ月もストーカーしているきもいー、と口にしていた。

「おい、ズンボ。この人生を舐めているガキを、俺が直々に鉄拳制裁していいか?」

「……でしょう? 私もたまに殴ってます」


 ゴードロックは、しかめっ面をしながら、出された煎餅をようやく口にする。



 ズンボは弓服を纏っていた。

 そして、弓矢を手にして、的に射抜いていく。


「ゴードロックさん。私達、バーバリアン支部、もしくは他の支部の者達は、貴方達の支部を『グレート・オーダー』と呼んでいます。他の栄光の手はあくまで副次的なもので、貴方達、特に貴方と花鬱、それからオブシダンの三名が、実質、メビウス様の直属部隊なのだと考えています」

 矢が、的の真ん中に命中する。

 距離は十メートル程度だった。

「我々、バーバリアン支部。野蛮な者達は、ランキング上がりの犯罪者と言われていますが。実態は少し違っていて、“病的に社会不適応集団”なんです。その社会ってのは、組織、って言い換えてもいいかもしれませんね。ちなみに私がリーダーのズンボです。妹はメンバーでは無いのですが、どうしても、と思い、私の仕事は伝えています」

 彼女はまた弓矢を引いていく。


「メビウス様がいなければ、私はタダの人喰い鬼でした。何人殺して食べたのか、正確には分かりません。この気持ちはきっと貴方には分からないでしょうが」

 また、別の的の中心に矢が刺さる。

「…………、分かろうとはするつもりだ」

 長い黒髪の女は、結わえていた髪を下ろすと、少しだけ嬉しそうな顔をする。


「ゴード様、貴方が実質、ドーンの№2だとも言われています。アサイラム所長のケルベロスだと言う人も多いですが。会って見て分かりました。貴方には、どこか人を落ち着かせる力があります」


「俺は能力、強さ自体は大した事は無い。ケルベロスの方が遥かに優秀であるし、彼には遠く及ばないだろうな」


「そうなのですか? でも、力には色々な種類があります。攻撃力、破壊力だけがあるなら、私達の支部にもいますが、人格に問題がある為に使い物になりません」



 軍服姿の男と、巫女姿の女。

 二人は、不思議と似合うなあ、と、グレーシスは、通信機で複数の男達とチャットをしながら考えていた。

 そして、庭園の鯉を見つめて、石を池に転がしては、鯉が混乱するのを無邪気に楽しんで見ていた。



 二人は、支部の中を散歩していた。

 屋敷全体が、一つの美しい景観をしていた。中に小さな神社や祠などが並んでいる。

 ゴードロックが話を聞く限りにおいては。

 ズンボの“病気”は深刻なものだ。


 彼女は基本的には、“肉”ばかりを食べて、生活していると言う。

 そして、それは病院からである、と。

 新鮮な人間の肉でなければいけないのだろう。

 その病院というのも、おそらくは、野戦病院だ。生きた人間の身体から重傷の手足を切断して、それを冷凍保存して食べているに違いない。……しかし、頻繁に渡されるものなのか。

 ゴードロックは、自らの血肉を彼女に提供しようかどうか悩んでいる処だった。

 だがすぐに、自分の悪い癖だと思い、その考えを振り払った。


「心配しなくても、私は普通の食事も口にしています。でも、肉を食べるのは、私の“義務”なんです」

 ズンボはそれだけ述べた。

 ゴードロックは、それ以上の事は、彼女から聞くのを止めた。

「バーバリアン支部はおそらくは、貴方の支部よりも、今や数が少ないでしょうね」

 彼女は少し、悲しげに言う。

「私も含めて、今や五人しかいません。少し前までは六名いました。メビウス様に、……いや、この世界の秩序に反逆しようとしたので、私が先月、元ランキングの男を、殺す事になったんです。彼は真っ先にリーダーである、私を殺そうとしました。彼は、はっきりと告げました、命令(オーダー)に飽きたから、メビウス様を殺してやる、と……」

「…………そうなのか。しかし、メビウス様のお考えは……。人間を信じ過ぎている……」

 ゴードロックは、シシオドシを見ながら、溜め息を吐いた。

「どんな奴だったんだ?」

「巨大なハンマーを得物にし、素手でビルを粉々に出来る大男ですね」

「そんな奴だったのか。やるじゃないか」

「…………私の力で罠を張りました。それにかかって、彼は凄惨な死体になりました」

 彼女は口元を押さえる。

「…………、死体は食べる事にしましたが。体重180キロで巨大ハンマーを振り回すのが好きな中年男性の肉を食べる、となると……。これも試練と思って、切り分けて食べました。中々、すぐには食べ切れず、死体はまだ大型冷蔵庫の中に入れています。骨は供養所で祀っています」

 彼女は、元軍人の男の顔色を見て、自分が外の人間から見て、どのくらい嫌な事を話しているのか、気が付いたみたいだった。

 そして、ズンボは大きく溜め息を吐く。


「私の事、狂っている、って、今、思ったでしょう? …………、仕方ない事ですよね……」

「…………すまない」

 ゴードロックは、素直に謝った。

 ズンボは、慣れている、といった顔だった。

「奥の部屋に行きませんか?」



 彼女の神社の敷地は広かった。

 池には、色とりどりの鯉が放たれている。


 二人は橋を幾つか渡っていく。

 一際、大きな池が見つかった。

 彼女はその近くにいく。

 そして、鶏肉を放り投げる。

 中には、人一人程の大きさをした、何かが池の奥に潜んでいた。


「彼も含めれば、今の支部は、五名なのですが。彼は一人、と、人間扱いされるのを嫌がるので……。四人と一匹になるのかも……」

「彼は人間なのか?」

「…………。人の姿はしていました。今は……」

 彼女は辛そうな顔をする。

「もう一人、会って貰いたい方がいます」

 彼女は、ゴードロックを誘導する。

「座敷牢みたいになっているんですが……」

 しばらく、二人は歩いていく。


 そこは、暗い地下室だった。

 ズンボは電気を付ける。


「名前は付けて上げてください。私はハク、って呼んでいます」

 それは。

 檻だった。

 動物などを入れる檻だ。

 すべすべの肌をした少年が、檻の奥でうずくまっていた。

 背中からは、白い翼が生えていた。

 彼女は、格子の一つを強く握り締める。

「生体兵器実験をやっている国から逃げてきたらしいんですよ。彼はおかしな教育を施されたのか、こういう“家”じゃないと落ち着かないみたいなんです」

 ゴードロックは頭を抱える。

 そして、眩暈と吐き気を覚えた。

「彼の背中にあるものは、空の世界を現す美しさなのでしょうか? 彼は光を怖がり、この檻の中に閉じこもります。言葉も発しません」

 彼女の感情が読み取れない。……。


「醜いでしょうか? 私達が。ゴードロック様……」


 ズンボは感情の籠もらない声で言う。

 安易な同情など……求めてはいないのだろう。

「貴方は気付き始めていますね。私が何を食べて生きているのか。病院からの新鮮な肉とは何なのか? ……此処は、外れ者の中でも、更に外れ者が集って作られた場所なんです。おそらく、私が一番、おぞましい…………」

 彼女の瞳は、深い、とてつもなく深い陰鬱を湛えていた。

「年間、数多くの堕胎される者が産まれるわけです。不妊をマトモにせずに、あるいは別の理由で、小さな命は廃棄されます。私はそれを口にしています」

「………………」

「もし、子が出来れば、私はその命を大切に育てようと思います。こんな醜い私でも、めとってくれる方が現れれば、ですが……」

 ゴードロックは更に、訊ねる。

「他に何を食べてる……?」

「悪性の腫瘍。癌化した部位。腐って切り落とさなければならなくなった手足。……人々の悲しみ、苦しみを感じます。私は不幸を食べているわけです……」

「さぞや辛かったろう……」

「そう言って下さるだけで、……嬉しいです」

 しばらくの間、二人共、黙示していた。

「なあ、もしよければ、俺と外で食事でもしてみないか? 展望台とかはどうだろう?」


「ありがとう御座います。私は一応、通っている大学では、友達もいなくて、こうやって遊んでくれる方がいないので……」

 大学に通っているのか……。

 ゴードロックは、更に驚いた。


「正常な世界で生きる人達が羨ましいです。メビウス様でなければ、きっと、私達のような化け物を価値あるものと見做しませんでしょうから」

 彼女はハクに手を振ると、座敷牢の外の階段へと向かった。


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