#001 建設地
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「此処にアメフトのスタジアムを作るんだってさ」
初老の傭兵が、テンガロンハットの男に告げる。
十数メートルの鉄壁によって囲まれている。
壁の上には粒子鉄線が張り巡らされていた。
「イカれてやがるぜ。何を考えてやがるんだ」
「中にいる連中はどうなっているんだろうな。そもそもどんな姿をしているんだ?」
二人共、あくまで企業の構成員として、此処にいる。
あくまで、仕事の為だ。
だから、あらぬ同情など、持たないように務めていた。
………………。
『設計図』を元にして作った、核爆弾が此処に撃ち込まれて、半永久的な放射能汚染地帯へと変わっていた。中には捕えた難民や重度精神病者、重度薬物中毒者、終身刑の者、政治犯などを放り込んでいると言われている。此処は各国の“人間の捨て場”なのだ。初老の傭兵は、此処を警備している者だった。彼はガイガーカウンターを手放さない。いつも揺れ動いている。金の為とはいえ、ろくでもない仕事を選んだものだと思う。
だが、そろそろこの仕事も辞め時だ。
新しい仕事の目処は考えている。
「軍産複合体や原子力マフィアの馬鹿どもの頭は人間としての大切なモノが足りないんだよ。最近では、クリーチャーが外側にまで出やがるんだよ。それを撃ち殺すのが俺の仕事だ。中の奴らはどれだけ生きているんだろうな。もう化け物どもに喰われているか、もしかすると、陰で武装を始めているのかもしれねぇな」
傭兵は、煙草の吸殻を地面に投げ捨てる。
「絶対に近隣付近の村に向かう前に始末しろ、って言われている。みな平和が一番だからな。こんな場所が存在する事があってはならないんだよ」
もっとも、この場所の周辺は荒野になっていて、更に森と山に囲まれている。
この場所の一帯には、村や町などなく、傭兵達の駐屯地だけが存在していた。
「一度、爆弾を落としてから、窪地にして、そこでアメフト会場作りたいだってよ。ああ、もうお偉いさんはどいつもこいつも考え方が分からねぇ、客は入るのかよ。俺は気味悪くって、入りたくねぇよ」
傭兵は、本当にウンザリしたような顔をしていた。
†
ホームレス達が、ガレキの山にて栽培したものを育てていた。此処には奇形の植物ばかりが生えてくる。それでも、それを口にして食べる。
「雨水がしばらく降ってないなぁ、どうすっかなぁ」
「どうしようもねぇだろ」
垢塗れで、元の顔形が分からないホームレスは溜め息を吐く。
街の外に出れば、傭兵達の集団が銃を構えて撃ってくる。
どうすれば、此処を脱出出来るのか? という問い掛けに対して、真っ先に思い浮かんだのは、地下に孔を掘る事だった。
そういう計画を、此処に住んでいる一部のホームレスの者達は計画していた。
…………、それは簡単に頓挫した。
ある事件が起こってから、此処の秩序は変わってしまった。
中央の、薬物がよく取引されている公園だった。
最初、そこには、神が舞い降りたと、多くの者が思った。
実際に、それに近い存在なのだろう。
それは、全身に包帯を巻いて、ズタボロのフードとマントを纏った男だった。
〈俺様はエーイーリー様の忠実な使者だ。これからはこの区域もエーイーリー様の植民地にさせて貰う。世界各地のあらゆる汚染区域を手中に収めようとしている〉
ホームレスの一人は呆けたような顔になる。
「なぁ、あんた酒でも飲んでいるのか?」
そう言って、彼は酒瓶の先を口に入れる。
「まあ、待てよ。話を聞いてやろう」
他のホームレスが笑う。
(此処はあらゆるものが捨てられているな。そしてデータを取る為の実験場だ。だが、もうデータの取得に興味は無いらしい。今後、都合が悪くなった為に、娯楽施設に創り変えるみたいだぞ。それも此処に何発か爆弾を落とすらしいぞ。クリーチャー達を殲滅出来るらしいからな。それに此処には凶悪な政治犯もいるらしいな。それも奴ら武器屋共にとっては都合が悪いらしい)
フードの男はそんな事を一方的に告げていく。
「お、おい、そんな事、聞かされていないぞ?」
〈そうだろう。俺様が奴らなら、言うわけが無い。お前らはゴミ扱いだからな。あるいは害虫なのかな?〉
ホームレスの一人が、それを聞いて怒り、瓶を投げる。
瓶を投げたホームレスは、何処からともなく降り注いできたガラスの雨によって全身がズタズタになり、バラバラに刻まれていく。
フードの男は何の容赦もしなかった。
〈だから、お前達は我々が支配する事にした。今日から、此処は我々の管轄下になり、お前らは我々の下僕として働いて貰う。以前よりは待遇は良いだろう。可能な限りの安全は保障してやろう〉
「な、な、何が目的なんで?」
〈エーイーリー様は軍事産業の奴らとの全面戦争を考えておられる。あの御方は、造物主様の手によって、この世界に産み落とされた〉
フードの男は笑う。
〈お前にも分かるように簡潔にこの世界構造を説明してやろう。俺様は主人であるミュータントの王、エーイーリー様の派遣員だ。エーイーリー様と同じように肩を並べ合っている権力者達は、核兵器や原子力プラント、爆弾、戦闘機、生体兵器、情報操作兵器、気象兵器などをビジネスにしている者達だ。この世界はピラミッド構造だ。お前達は最下層だ。シンプルだろう?〉
フードの男はとても愉快そうだった。
〈お前達を廃棄物から高級奴隷にしてやると言っている。毎日、飯が食えるし、適度な休憩、栄養、休日を与えてやろう。我々の配下になれ。もう一度言う。俺様は此処を植民地にする為に、派遣されてきた〉
†
此処は核の雨が降り続ける。
意外にも自殺する人間は少ない。……自殺するまでもなく、病死する事が出来るからかもしれない。
農作物を育てている場所もあるみたいだが、奇形化した植物や、あるいは外側の人間にとってはグロテスクな姿の物体ばかりだ。此処は遺伝子レベルで生命種が破壊されている。
この場所の名を、みな、クレーター、と呼んでいる。