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クレーター  作者: 朧塚
22/26

#009 滑り崩れ行く、渦の中で。 1


「あの空飛ぶ怪物は、僕の競争相手を蹴落としてくれるでしょう。これで、僕の会社は更に勢力を広げる事が出来る。そうだ、医療機関に投資をします。あの怪物の出す、汚染物質を治療する機関に投資しましょう」

「正気か? エーイーリーに情報を流した者がお前だと知ったら、お前の命が連合の奴らに狙われるんじゃないのか?」

「ビジネスにはリスクが付き物です。僕はそう考えている。だから構わない」

 ウキヨは笑っていた。薄ら笑いを浮かべていた。

 カディアは確信する。

 味方ではない。

 この男は完全に気まぐれなのだ。

 そう、この男は、弱き者達、正しき道を模索しようとしている者達の味方などでは決してないのだ。


「何故、そうするんだ?」

「何故、そうしたいかですって?」

 ウキヨは薄い笑顔を浮かべていた。


「愚かな問いです。貴方が人々の平穏を願うように、僕は人々の滅びを望んでいる。それだけです。それだけが事実なのです。そうしたいから、するのです」

「金が欲しいのか?」

「そうですね…………」

 ウキヨはTVのスイッチを付ける。

「僕の上司であり、師は、ミソギでした。大学を出た後、僕が彼の組織の末端会社に就職した時、彼が僕を見定めて、声を掛けてくれたのです。あの方とは親しくなりました。色々な事を教えてくださったのです」

 天井近くに設置されたスクリーンから、映像が流れる。


「僕はほら、御覧の通り、能力者では無い。銃器の扱いも出来ない。僕の才能と言えば、交渉事を有利に進めていく事でした。それを、あの方から買われた。僕は会社を二年程で退職して、すぐに会社を立ち上げました。あの方の援助もあって。僕の会社の設立資金を出してくれたのは、あのお方なのですよ」

 映像に映っていたのは、ジャズ・ミュージシャンの演奏会だった。


「僕は今やミソギさまの後ろ盾が無い。だから、死線を潜らなければならないのだと思います。僕が、冷房の付いた部屋で、ジャンク・フードを片手に、コンピューター・ゲームをやっていた年頃に、あの方は本物の戦場で、地雷や飢えと戦っていた…………」

 サックスの音が鳴り響く。


「カディアさま、ゲームをしませんか?」

「ゲームだと?」

「ゲームというよりも、ギャンブルでしょうか」

「何を言ってやがる。それに何を賭けるんだよ?」

「賭け金は、このビルの中にある自販機で買えるコーヒー一杯分の値段で良いでしょう。カディアさん、コインを出していただけませんか?」

 そう言うと、武器商人ウキヨは、財布の中からコーヒー一杯分のコインを出して、机の上に置く。

 言われるまま、カディアもコインを出す。

 何故、彼の言葉に乗ってしまっているのだろう? カディア自身も理解が出来なかった。


「ギャンブルの内容は?」

「そこに、スクリーンの下にある棚の上に、金属の箱が置いてありますね」

「それが?」

「拳銃が入っています。銃弾も、です」

「それがどうした? まさかロシアン・ルーレットでもやるつもりじゃないだろうな?」

「まさかまさか。貴方の望みを叶えて差し上げたいのです」

 スクリーンからは、音楽が流れ続ける。

 今、佳境に入ったのだろう。


「ギャンブルの内容は単純明快です。そこの箱に入っている、拳銃で貴方が私を殺害出来るかどうかです。……心配いりません。……」

 そう言うと、ウキヨは腹の底から怨念じみた声で叫ぶ。

「トモシビ! もし、この方が僕を撃ち殺したとしても、その方を必ず安全にこのビルの外へ連れ出せ! お前がこの方に報復する事は許さない。僕の会社の人間全員にも、それを伝えろ!」

 ウキヨは、何処までも柔和な笑顔だった。


「…………、イカれているよ………………」

「時間は十分です。600秒。では、ゲームを開始します!」

 カディアは、しばらくの間、硬直していた。

 そして、ふと思い出したように、棚の上に置かれた金属の箱を開ける。

 中には、拳銃と銃弾が入っていた。

 重く、そして冷たかった。


「なあ、おい、本当にイカれているんじゃないのか? それとも質の悪い冗談かよ?」

「いえいえ、試しに壁に撃ってみてください」

 カディアは引き金を引く。

 ウキヨの背後にある窓ガラスに孔が開く。

 ウキヨは平然とした顔で、笑っていた。


「後、七分です」

 カディアの手は震えている。

「おい、本当にお前は一体、何を考えてやがるんだ? お前は、あるいはお前らは何を考えているんだよ?」

 カディアは、何故か涙を流していた。

 ウキヨの心には、何の動揺も無かった。震えも恐れも無い。自分が死ぬ事さえ、当然の事として、受け入れている。まるで他人を蹂躙する事を当然の事とするように、彼は自分が死ぬ事にも、殺されようとする事にも、何も感じていない。

 そして、別の感情もあった。……カディアには、撃てない。そう確信している感情。


「カディアさん、貴方はネゴシエーターとして、凶悪犯罪者などの説得をするお仕事をされてきましたね。貴方自身は人を殺した事は一度も無い。タダの一度も。貴方は正義の立場に立ちたかった」

 しばらくの間、時間が過ぎる。


「四分を切りました。僕を殺せば、少なくとも、僕の売る武器によって、何十万、何百万という命が救われるかもしれません。世界が少し良くなる。貧困も減るかも……。民主主義の設立に、少しでも貢献出来るかもしれないのですよ。何故、貴方は僕を殺さないのですか?」

 カディアは絶句していた。

 ウキヨの笑顔は、まるで死の舞踏に出てくる、死神のような笑いだった。……ただ、そうしたいから、そうする。金を儲けたい、より権力を持ちたい。……そんなものは口実なんじゃないのか。ただ、そうしたいから、そうする。

 完全なまでに、この男は狂っていた。


「僕は幼い頃から、TVゲームが好きでした。軍事モノがね。それで人を殺したかった。それから戦争映画も大好きでした。だから、こういう仕事をしているのです。あ、二分切りますよ」

 ウキヨは指先で拳銃を撃つ真似をする。

「僕の家庭は裕福でした。ミソギとは、正反対でした。彼は衛生害虫を食べて、ペドフィリアに身体を売り、泥水や違法薬物を口にして飢えを凌いでいた。僕は幼い頃にIQテストを受けて、人よりも遥かに高い事が分かり、英才教育を受けました。はっきり言います。余り苦労した事はありませんね」

 カディアの拳銃の照準が、ウキヨの額に向かう。


「あ、もう一分を切っています……」

 二つ程、発砲音が鳴った。

 窓ガラスが飛び散っていた。

「三十秒を切りました。これなんだか分かりますか?」

 ウキヨは、自らの左手の掌を広げる。

 そこには、くっきりと弾痕が残されていた。

「これ、僕が自分で撃ったんです。太股にも撃ち込みました。大手術でしたよ。臨死体験もしてきました。でも、僕は人の痛みを理解する事が出来ませんでした。18の頃です」

 引き金が引かれる。

 ウキヨの首から血が流れる。

 カディアは涙を流していた。

 そして、地面に拳銃を勢いよく投げ付ける。


「俺の負けだよ……」

 ウキヨの首筋は少しだけ、出血していた。

 彼は自らの血を、無感動に眺めていた。


「あ、じゃあ。賭け金は戴きますね。コーヒーを買ってきます。でも、そうだ。貴方の分も買ってきますよ。奢ります。ギャンブルに付き合ってくれて、ありがとうございました」

 ウキヨは、深々と頭を下げた。

 カディアはうずくまり、テーブルを叩き付けていた。


 …………無力感。完全なる敗北、だ……。

「自ら戦場に足を運んだ事は?」

 カディアは部屋を出ようとする、死の商人に訊ねる。

「何度も。最前列の席から見たいですから。砂漠が多かったんですけど。暑いですよね。ジャングルにも遊びに行った事があります。熱線と爆風に煽られて、少し火傷した時は驚きましたよ。あれは痛かったなあ」

 こいつは……化け物だ……。

 人間では無い、何者かと、話しているような感覚を、カディアは感じていた。

 プログラムされた機械なのかもしれない……。そうである事を願った……。


 怪物や異常な能力者などの方が、余程、感情を持っているのだろう……。

 ただ……、完全に敗北したような気がした……。



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