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クレーター  作者: 朧塚
21/26

#008 エーイーリーの宮殿 3

 まるで、風船が膨らむように、オモチャのように小さな何かが巨大化して、一つの巨大ミサイルに変わっていた。


 パラディアは意表を突かれていた。

 彼は狙撃銃を手にしていた。

 ゴードロックとズンボはリクビダートル・スーツを身に付けている。銃で頭を撃ち抜けなくても、スーツを破るだけで、放射能汚染によって死亡するだろう。

 それが二人の計画だった。

 パラディアはすぐに、撃つ準備に入る。


「じゃあな、オシャカになれよっ! 被曝死しろっ!」

 突然、ベレトに手を触れられる。手が動かない。固定されたみたいだ。


「おい? なんだよ?」

「なあ、考えたんだが。もし、今、奴らを殺したら、マズイんじゃないのか? お前はフルカネリの信仰者なんだろ? じゃあ、フルカネリの創造したエーイーリーを支援しようとしている、奴らを、今、殺すのはマズイんじゃないのか?」

「はあ?」

 パラディアは、しばらく呆けた顔になる。


「関係ねぇよ。エーイーリーよりも、俺の方が頭がいいし、強い。それを証明したい。どちらがフルカネリにとって、良い創造物なのか。理解させる良い材料になる」

「少し待てよ。冷静になって考えろよ。俺だって頭を回転させるのは得意じゃないけど、パラディア。お前、少しさっきからおかしいぜ? 当然、俺はあの軍服野郎をいつも殺したいと思っているが、……何か、今はマズイんじゃねえか?」

「何言っているんだよ? お前、少し変だぜ」

「何って……」

 ベレトは少し困る。

 自分以上に、パラディアは無鉄砲だ。


 それに……。

 シゼロイの顔が、頭を過ぎる。

 何故、今になって、あの子供の事を思い出す……?

 自分が、分からない。……。

 ベリーアとトゥルーセは死亡した。

 今後、クレーターで内乱が起こるのは目に見えている。


「とにかく、おかしいって、お前、何かに取り憑かれているよ。俺もそうなるから分かるんだ。俺も執着するとそうなるんだ。この芸術を完成させたいってなるとな。とにかく、今はやめろ」

 今、クレーターの統領である、エーイーリーを刺激して良いものなのだろうか……?

 分からない。……ベレトは、頭を回転させていた。

 固定の解除が解ける。

 パラディアは苛立ちしながら、岩を蹴る。


「おい、せっかくチャンスだったのにっ!」

「頭を冷やそうぜ。多分、今、奴らを撃っていたら、エーイーリーと全面戦争になっていた」

「俺はそれでも構わなかったんだけどな。………………、もしかして、何か思う処があるのか?」

 ベレトは黙る。


「二ヶ月後に、此処は数百本のミサイルや核爆弾、試験的爆弾が撃ち込まれてゼロになる。エーイーリーも死ぬ。それで終わる場所だろ? 何か思う処があるのか?」



 門の中に入ると、銃器を手にして、コンバット・スーツを身に付けている、頭や腕を剥き出しにしている男達がいた。白人もいれば、黒人もいた。

 ゴードロックは、それを見て、少し驚く。


「入るぞ」

 彼は緊張を顔に出さないようにした。


「ああ、主がお待ちかねだ」

 銃器を手にした男達は、二人を案内していく。

 彼らの顔や手などは、剥き出しだ。


「なあ、あんたらは大丈夫なのか?」

 ゴードロックは彼らに訊ねる。


「どの件だ?」

 男達の一人がよく分からない、といった顔をする。


「…………。放射能だ。此処の数値は異常だ。住民達も近寄るな、と執拗に警告してきた」

 男達は首を傾げていた。

 何を訊ねられているのか、よく分からないみたいだった。

 広場に案内される。


 公園のような場所だ。

 遠く向こう側に見えるのは、宮殿のような場所だった。

 二人は、その中へと通される。


 しばらくは、銃器を持った警備兵達が彼らを見ていた。

 特に、害意を二人に向けてくる気配は無かった。

 三十分程、歩いただろうか。


 エレベーターの上り下りなどもあった。長い大広間も横切った。

 豪奢な装いだが、元々あった何かの施設を大幅に改装したようにも見えた。

 ゴードロックとズンボは、王座へと到着したのだった。


 王座。

 そこは、狭い部屋だった。

 一人の痩せ衰えた老人が、白衣の男達に見守られながらシェルターの中に入っていた。老人の身体は管や点滴に繋がっていた。


「此方が……」

 医者の一人が言い掛ける。

 ゴードロックは言葉を遮る形で、思わず口にしていた。


「おま……、貴方が、エーイーリーですか?」

 老人は呼吸器を外して、中に入っているマイクに喋りかける。

 すると、部屋全体に老人の声が響いた。


(ようこそ。見ての通り。わしがエーイーリー。クレーターの王だ。今はこうやって、部下達に見守られながら、生命を繋いでおる)

 ゴードロックはしばしの間、何を話して良いか分からなくなった。

 ズンボが、横に入る。


「あの、この方達は…………?」

 この部屋で、絶対にスーツを脱いではいけない。ガイガー・カウンターの数値がそれを語っている。

(ああ、やはり気になったのじゃな。彼らはアンドロイドじゃよ。つまり人間の姿をした機械なんじゃ。感情回路は無い。わしをいつも見守っておる)

 しばらくの間、沈黙が続く。

 先に口を開いたのは、エーイーリーの方だった。


(わしがフルカネリさまから与えられた能力は、神話のモンスターへと変身する力じゃった。わしはドラゴンやミノタウロス、サイクロプスやヒドラといった怪物。果てはあらゆる奇形的な化け物に姿を変える事が出来た。……だが、ある時、わしの寿命は訪れた。力を使えず、徐々に老化していった。これでも昔は筋骨逞しい青年の姿をしていたんじゃがのう…………)

 老人は激しく咳をする。


(クレーターが軍産複合体の連中によって、平らになる話は知っておる。わしがかつて、クレーターを支配した時に、このクレーターと共に生きようと、運命を共にしようと思った。わしの部下であるアンドロイド達は汚染で肉体が滅びる前に、あるいはフリークス化する前に、記憶を電子チップに移した者達じゃ)

 コンバット・スーツの男の一人がほほ笑んだ。


「俺は共産革命、社会主義革命を目指して、かつて資本主義の帝国と戦っていたレジスタンスです。今はこの通り、ロボットになりました」

 彼は誇らしげに告げた。

(お主は栄光の手の者じゃろう?)

 エーイーリーは、ゴードロックに訊ねる。

 ゴードロックは頷く。

(メビウス・リングはわしを始末したい筈じゃ。心配しなくとも、わしの寿命はもうじき尽きようとしておる。二ヶ月後、……もう一カ月半を切っておるかのう。それまで生きていないかもしれぬ。お主がわしを撃ち殺しても構わぬ。後は部下達がクレーターを収めてくれるじゃろう……)

 老人の言葉は、何処までも穏やかだった。


(そこにある生命維持コードを引き抜くだけで、お主はわしを殺せる。だが、その前に一つ頼まれてくれぬか?)

「なんだ? じいさん…………」

(ベリーアのカジノ区域で鎮静化している怪物に、わしの力を使わせて欲しい。わしのもう一つの能力は、動物程度の知性の存在ならば、操作出来る事じゃ。たとえば、外のカリス・ビーストは、その力によって操作しておる。人間並に高度な存在を操作する事は不可能なんじゃがのう……。そして、トゥルーセから聞かされておる。あのベリーアのカジノ地区で沈静化している、奇形のドラゴンの姿をした、空飛ぶ怪物は元々は薄幸なかよわき少女であったのだろう? かつてのわしは、傲慢じゃった……。己の力を誇示して生きておった。だが、怪物化する力を使えなくなって、弱き者達の視野が見えてきたのじゃな……)

 老人の瞳は虚ろだった。

 そして、深く暗い悲しみを帯びていた。

 老人は僅かに微笑む。


(計画があるんじゃ。………)



 エーイーリーは、奇形のドラゴンの姿をした怪物に『精神操作』の能力を仕掛けて、入手した軍産複合体、世界的経済連合のメンバーの顔を記憶させた。


 怪物は、数十分後に、すぐに空へと飛び立っていった。

 その映像を、エーイーリーは、二人に見せてくれたのだった。

 今後、何が起こるかは、分かり切った事だった。

 その事実から、眼を背けてはならないのだろう。

 ゴードロックは、エーイーリーの要望を飲まざるを得なかった。

 もしかすると、別の解決法もあったのかもしれない。

 けれども、彼はそれを選ばなかった。

 この解決で良かったのだろうか……?

 ゴードロックとズンボはしばらく、黙示したまま宮殿の外へと向かっていた。


 すると……。

 轟音が幾つか響いた後に。

 遠くから、機関銃の引き金が引かれる音がする。

 それは、すぐに近付いてきた。

 音よりも、早かったのだろう。

 タイヤが地面に勢いよくこすれる音がする。

 バイクに乗った男二人が、ゴードロックとズンボの二人の前に立ち塞がっていた。

 バイクは炎の狼と一体化していた。


「よう、正義の味方」

 ゴードロックと同じように、リクビダートル・スーツを身に付けた男のうちの一人が、楽しそうに告げた。

「俺はパラディア。俺の相棒のベレトに、昔、酷い怪我を負わせたそうじゃねぇか。なあ、お前は栄光の手、グレート・オーダー支部のゴードロックだろ?」

「そうだ。なあ…………、此処はお互いに引かないか?」

「何故だ?」

 エーイーリーの部下達がライフルの引き金を引いていた。

 弾丸は、空中で止まっていた。


「此処だからこそ、いいんじゃねぇか? こいつらは多分、ロボットか何かだろ? だから死なねぇ。だがお前らは生身だ。そのスーツに孔が空いたら、被曝して、死ぬ。いい決闘場じゃねぇか」

 自身の命さえも、ギャンブルのチップにしているかのような物言いだ……。

「いいだろう……」

 ゴードロックは告げる。彼は少し、疲れた顔をしていた。

 対する、パラディアは嬉々とした声をしていた。

 彼は、炎に包まれているバイクから降りる。

 ゴードロックは、隠し持っていたキーホルダー状にした物体を元のサイズに戻す。

 それは、マグナム拳銃だった。

 パラディアは、警棒のようなものを手にしていた。

 警棒のようなものの先から、閃光が伸び、それはたちまちビーム・サーベルへと変わる。


「殺し合おうか。此処で。決闘の場だ」

 邪魔にならないように。

 ズンボと。

 ベレトの二人は、それぞれ、二人の決闘者達から離れる。

 だが、離れた二人共、他の二人を睨み付けていた。


「お前は?」

 スーツを纏ったベレトは訊ねる。

「私は栄光の手、バーバリアン支部のリーダー、ズンボ」

「そうか、俺は今は気分が乗らなかったが。パラディアがどうしてもってな。……っ戦う場所を選べって話だよな」

「貴方はゴードとの遺恨があるんでしょう?」

「毎日のように憎んでいるぜ? だけど、こんな汚染地帯でやりたくねぇよ。気分が乗らねぇ。……怪物相手に酷い目にあったしな」

「此処に入る際にいた。カリス・ビーストは?」

「俺があの化け物の吐息を空気の固定で防いだ。それで良かった。そのまま、潜り抜けるつもりだったんだけど。……信じられねぇだろ? パラディアが、あの巨大な怪物の頭を、ビーム・サーベルで切り落としたんだ」

 ズンボは言葉を失っていた。

 目の前にいる男は、異様としか形容出来なかった。

 既に戦いは始まっていた。


 ゴードロックはマグナムの引き金を引いて、同時に後ろへと飛んでいた。

 ビーム・サーベルは、天井を抉り、地面を削り取っていた。

 そして、何名かのアンドロイド達の首を刎ね飛ばしていた。

 勝負は、数秒の間に付いていた。

 ゴードロックの引き金は、パラディアのスーツに孔を開けていた。


「お前の負けだ。…………、孔を塞いで貰え、……死ぬぞ」

 パラディアは、突然、笑い始める。

 そして、それまで着ていた、リクビダートル・スーツを脱ぎ捨てていく。

 オールバックを下ろした、紫と緑に光る黒髪をした、ライダー・ジャケットの男が姿を現す。


「暑かったなー。ははっ、本当にこのスーツは蒸し暑いよな」

「おい、パラディアッ!」

 ベレトは蒼褪めた顔をしていた。

 今にも、悲鳴の叫び声を上げそうな形相だった。


「お前…………っ!」

「あー?」

 パラディアは、ビーム・サーベルで少しだけ、自分の腕を焼く。

 腕に、火傷ともリストカット痕とも付かない傷が出来る。

 赤い血が滴り落ちていた。


「俺は人間なのかな? ほら、此処のロボット共と違って、ちゃんと血は流れるんだけどなあ?」

 彼は何故か、多幸感に包まれた顔で笑っていた。

「実は黙っていたけど。放射能、効かないんだ。フルカネリが、フルカネリの部下が、俺に転生の術をする際に、オマケとして付けてくれたんだ。他にも色々出来る。たとえば、エイズや梅毒にかからない、とか。強靭な肉体だろ?」

「フルカネリだと…………?」

 ゴードロックが驚いていた。


「そうだよ、俺はフルカネリの力によって、怪物になった。栄光の手。俺はお前達を始末しなければいけない立場なんだ。お前らにとってもそうだろ? 俺はフルカネリの創造物なんだよ」

 パラディアの顔は、自信に満ちていた。

 ゴードロックは拳銃の引き金を引く。

 パラディアの背後から、フレイム・ウルフが現れて、ゴードロックに飛び掛かっていく。

 炎の狼の動きは早かった。

 ゴードロックは、フレイム・ウルフに押し倒される。

 炎の狼達は、彼のスーツを喰い破ろうとしていた。

 追撃として、パラディアはビーム・サーベルを振るおうとする。


「お終いだなっ!」

「お前がだよっ! すでにピンを抜いておいた」

 パラディアは気付く。

 いつの間にか、彼の足元に、いくつもの手榴弾が転がっていた。

 パラディアはそれを蹴り飛ばそうとする。

 だが……。

 一瞬の不注意によって、ゴードロックから眼を離して、彼の引き金を見過ごす事になる。

 マグナムの引き金は引かれる。

 彼の射撃の命中率は高かった。

 パラディアの、喉の部分に、大きな孔が開いていた。

 ライダー・ジャケットの男は、膝を付く。

「おい、畜生……、なんだよ、こ、れ…………」

 パラディアは血を吐き続ける。

 炎の狼達は、未だ攻撃の手を止めずに、ゴードロックのスーツを喰い破ろうとしていた。スーツの表面は焼け始めている。

 再び、倒れた状態のゴードロックが引き金を引いていた。

 今度は、膝を付くパラディアの腹部に命中したみたいだった。


「手榴弾が爆発しねぇ…………、ああ…………」

 手榴弾は、ゴードロックの辺りに転がっていた。

「ダミーだ。火薬なんて入っていない。中は空っぽだよ。ズンボもいるのに、此処でそんなもの、使うわけが無いだろ」

 なおも、ゴードロックは引き金を引く。

 今度は、マグナムの弾が、空中で停止していた。


「もう、勝負は付いているぜ…………」

 ベレトが、パラディアの下に近付く。

「おい、女。お前の能力で、あの狼達をどかしてやれ、多分、自動で動いているんだ。パラディアは…………」

 言われて、ズンボは、背後から鬼を召喚する。

 鬼の腕が、炎の狼達をゴードロックから引き剥がしていく。

 しばらく鬼の腕と狼達は戦いあっていたが、しばらくして、どちらも雲散霧消する。


「パラディアは…………、畜生、…………、ゴードロック、てめぇは、いつもこの俺から奪っていく。いつもだ。いつもいつも、俺の家を襲撃した時に、俺の作品を壊しやがって……、今度は、俺の大切な人間を…………」

 パラディアは、呼吸していなかった。

 心臓も、動いていないみたいだった。

 首の孔から、なおも濁流のように、血は流れ続けていた。

 ベレトは泣いていた。

 彼は、……彼はパラディアを背負う。


「人間の身体は、重いな……。バイクは置いていく……」

 彼は涙を拭おうともしなかった。

「ゴードロック、栄光の手……、いつか貴様ら全員を生きながら解体してやる。絶対にだ。ああ、絶対に…………」

 恨みと憎しみが、心の中で渦巻いていく。

 そう言うと、ベレトは宮殿を出ていった。

 彼はとても無防備に見えた。


「殺人犯である、お前に殺された者達だって、お前と同じ気持ちなんだよっ!」

 ゴードロックは、勢いよく拳を地面に叩き付けていた。

 しばらくの間、みな、沈黙していた。

 ズンボは、転がっていた三つの手榴弾を見ていた。

 爆発しない、パラディアを騙す為の空っぽの筈の爆弾だ。

 彼女は、それを手に取る。


「ねえ、ゴード。貴方の能力って”因果”なのね…………」

 言われて、ゴードロックは無言だった。

 ズンボは、手榴弾の表面に触れていく。スイッチを見つけた。


 彼女は壁に向かって、スイッチを引く。

 すると、手榴弾の先から弾丸が飛び出し、壁に孔を開ける。

 どうやら、手榴弾の形を模造した、拳銃みたいだった。


「”人を殺傷する銃火器”じゃないと、貴方の能力は使えないの? こんなにも、貴方は優しいのに…………」




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