#008 エーイーリーの宮殿 3
まるで、風船が膨らむように、オモチャのように小さな何かが巨大化して、一つの巨大ミサイルに変わっていた。
パラディアは意表を突かれていた。
彼は狙撃銃を手にしていた。
ゴードロックとズンボはリクビダートル・スーツを身に付けている。銃で頭を撃ち抜けなくても、スーツを破るだけで、放射能汚染によって死亡するだろう。
それが二人の計画だった。
パラディアはすぐに、撃つ準備に入る。
「じゃあな、オシャカになれよっ! 被曝死しろっ!」
突然、ベレトに手を触れられる。手が動かない。固定されたみたいだ。
「おい? なんだよ?」
「なあ、考えたんだが。もし、今、奴らを殺したら、マズイんじゃないのか? お前はフルカネリの信仰者なんだろ? じゃあ、フルカネリの創造したエーイーリーを支援しようとしている、奴らを、今、殺すのはマズイんじゃないのか?」
「はあ?」
パラディアは、しばらく呆けた顔になる。
「関係ねぇよ。エーイーリーよりも、俺の方が頭がいいし、強い。それを証明したい。どちらがフルカネリにとって、良い創造物なのか。理解させる良い材料になる」
「少し待てよ。冷静になって考えろよ。俺だって頭を回転させるのは得意じゃないけど、パラディア。お前、少しさっきからおかしいぜ? 当然、俺はあの軍服野郎をいつも殺したいと思っているが、……何か、今はマズイんじゃねえか?」
「何言っているんだよ? お前、少し変だぜ」
「何って……」
ベレトは少し困る。
自分以上に、パラディアは無鉄砲だ。
それに……。
シゼロイの顔が、頭を過ぎる。
何故、今になって、あの子供の事を思い出す……?
自分が、分からない。……。
ベリーアとトゥルーセは死亡した。
今後、クレーターで内乱が起こるのは目に見えている。
「とにかく、おかしいって、お前、何かに取り憑かれているよ。俺もそうなるから分かるんだ。俺も執着するとそうなるんだ。この芸術を完成させたいってなるとな。とにかく、今はやめろ」
今、クレーターの統領である、エーイーリーを刺激して良いものなのだろうか……?
分からない。……ベレトは、頭を回転させていた。
固定の解除が解ける。
パラディアは苛立ちしながら、岩を蹴る。
「おい、せっかくチャンスだったのにっ!」
「頭を冷やそうぜ。多分、今、奴らを撃っていたら、エーイーリーと全面戦争になっていた」
「俺はそれでも構わなかったんだけどな。………………、もしかして、何か思う処があるのか?」
ベレトは黙る。
「二ヶ月後に、此処は数百本のミサイルや核爆弾、試験的爆弾が撃ち込まれてゼロになる。エーイーリーも死ぬ。それで終わる場所だろ? 何か思う処があるのか?」
†
門の中に入ると、銃器を手にして、コンバット・スーツを身に付けている、頭や腕を剥き出しにしている男達がいた。白人もいれば、黒人もいた。
ゴードロックは、それを見て、少し驚く。
「入るぞ」
彼は緊張を顔に出さないようにした。
「ああ、主がお待ちかねだ」
銃器を手にした男達は、二人を案内していく。
彼らの顔や手などは、剥き出しだ。
「なあ、あんたらは大丈夫なのか?」
ゴードロックは彼らに訊ねる。
「どの件だ?」
男達の一人がよく分からない、といった顔をする。
「…………。放射能だ。此処の数値は異常だ。住民達も近寄るな、と執拗に警告してきた」
男達は首を傾げていた。
何を訊ねられているのか、よく分からないみたいだった。
広場に案内される。
公園のような場所だ。
遠く向こう側に見えるのは、宮殿のような場所だった。
二人は、その中へと通される。
しばらくは、銃器を持った警備兵達が彼らを見ていた。
特に、害意を二人に向けてくる気配は無かった。
三十分程、歩いただろうか。
エレベーターの上り下りなどもあった。長い大広間も横切った。
豪奢な装いだが、元々あった何かの施設を大幅に改装したようにも見えた。
ゴードロックとズンボは、王座へと到着したのだった。
王座。
そこは、狭い部屋だった。
一人の痩せ衰えた老人が、白衣の男達に見守られながらシェルターの中に入っていた。老人の身体は管や点滴に繋がっていた。
「此方が……」
医者の一人が言い掛ける。
ゴードロックは言葉を遮る形で、思わず口にしていた。
「おま……、貴方が、エーイーリーですか?」
老人は呼吸器を外して、中に入っているマイクに喋りかける。
すると、部屋全体に老人の声が響いた。
(ようこそ。見ての通り。わしがエーイーリー。クレーターの王だ。今はこうやって、部下達に見守られながら、生命を繋いでおる)
ゴードロックはしばしの間、何を話して良いか分からなくなった。
ズンボが、横に入る。
「あの、この方達は…………?」
この部屋で、絶対にスーツを脱いではいけない。ガイガー・カウンターの数値がそれを語っている。
(ああ、やはり気になったのじゃな。彼らはアンドロイドじゃよ。つまり人間の姿をした機械なんじゃ。感情回路は無い。わしをいつも見守っておる)
しばらくの間、沈黙が続く。
先に口を開いたのは、エーイーリーの方だった。
(わしがフルカネリさまから与えられた能力は、神話のモンスターへと変身する力じゃった。わしはドラゴンやミノタウロス、サイクロプスやヒドラといった怪物。果てはあらゆる奇形的な化け物に姿を変える事が出来た。……だが、ある時、わしの寿命は訪れた。力を使えず、徐々に老化していった。これでも昔は筋骨逞しい青年の姿をしていたんじゃがのう…………)
老人は激しく咳をする。
(クレーターが軍産複合体の連中によって、平らになる話は知っておる。わしがかつて、クレーターを支配した時に、このクレーターと共に生きようと、運命を共にしようと思った。わしの部下であるアンドロイド達は汚染で肉体が滅びる前に、あるいはフリークス化する前に、記憶を電子チップに移した者達じゃ)
コンバット・スーツの男の一人がほほ笑んだ。
「俺は共産革命、社会主義革命を目指して、かつて資本主義の帝国と戦っていたレジスタンスです。今はこの通り、ロボットになりました」
彼は誇らしげに告げた。
(お主は栄光の手の者じゃろう?)
エーイーリーは、ゴードロックに訊ねる。
ゴードロックは頷く。
(メビウス・リングはわしを始末したい筈じゃ。心配しなくとも、わしの寿命はもうじき尽きようとしておる。二ヶ月後、……もう一カ月半を切っておるかのう。それまで生きていないかもしれぬ。お主がわしを撃ち殺しても構わぬ。後は部下達がクレーターを収めてくれるじゃろう……)
老人の言葉は、何処までも穏やかだった。
(そこにある生命維持コードを引き抜くだけで、お主はわしを殺せる。だが、その前に一つ頼まれてくれぬか?)
「なんだ? じいさん…………」
(ベリーアのカジノ区域で鎮静化している怪物に、わしの力を使わせて欲しい。わしのもう一つの能力は、動物程度の知性の存在ならば、操作出来る事じゃ。たとえば、外のカリス・ビーストは、その力によって操作しておる。人間並に高度な存在を操作する事は不可能なんじゃがのう……。そして、トゥルーセから聞かされておる。あのベリーアのカジノ地区で沈静化している、奇形のドラゴンの姿をした、空飛ぶ怪物は元々は薄幸なかよわき少女であったのだろう? かつてのわしは、傲慢じゃった……。己の力を誇示して生きておった。だが、怪物化する力を使えなくなって、弱き者達の視野が見えてきたのじゃな……)
老人の瞳は虚ろだった。
そして、深く暗い悲しみを帯びていた。
老人は僅かに微笑む。
(計画があるんじゃ。………)
†
エーイーリーは、奇形のドラゴンの姿をした怪物に『精神操作』の能力を仕掛けて、入手した軍産複合体、世界的経済連合のメンバーの顔を記憶させた。
怪物は、数十分後に、すぐに空へと飛び立っていった。
その映像を、エーイーリーは、二人に見せてくれたのだった。
今後、何が起こるかは、分かり切った事だった。
その事実から、眼を背けてはならないのだろう。
ゴードロックは、エーイーリーの要望を飲まざるを得なかった。
もしかすると、別の解決法もあったのかもしれない。
けれども、彼はそれを選ばなかった。
この解決で良かったのだろうか……?
ゴードロックとズンボはしばらく、黙示したまま宮殿の外へと向かっていた。
すると……。
轟音が幾つか響いた後に。
遠くから、機関銃の引き金が引かれる音がする。
それは、すぐに近付いてきた。
音よりも、早かったのだろう。
タイヤが地面に勢いよくこすれる音がする。
バイクに乗った男二人が、ゴードロックとズンボの二人の前に立ち塞がっていた。
バイクは炎の狼と一体化していた。
「よう、正義の味方」
ゴードロックと同じように、リクビダートル・スーツを身に付けた男のうちの一人が、楽しそうに告げた。
「俺はパラディア。俺の相棒のベレトに、昔、酷い怪我を負わせたそうじゃねぇか。なあ、お前は栄光の手、グレート・オーダー支部のゴードロックだろ?」
「そうだ。なあ…………、此処はお互いに引かないか?」
「何故だ?」
エーイーリーの部下達がライフルの引き金を引いていた。
弾丸は、空中で止まっていた。
「此処だからこそ、いいんじゃねぇか? こいつらは多分、ロボットか何かだろ? だから死なねぇ。だがお前らは生身だ。そのスーツに孔が空いたら、被曝して、死ぬ。いい決闘場じゃねぇか」
自身の命さえも、ギャンブルのチップにしているかのような物言いだ……。
「いいだろう……」
ゴードロックは告げる。彼は少し、疲れた顔をしていた。
対する、パラディアは嬉々とした声をしていた。
彼は、炎に包まれているバイクから降りる。
ゴードロックは、隠し持っていたキーホルダー状にした物体を元のサイズに戻す。
それは、マグナム拳銃だった。
パラディアは、警棒のようなものを手にしていた。
警棒のようなものの先から、閃光が伸び、それはたちまちビーム・サーベルへと変わる。
「殺し合おうか。此処で。決闘の場だ」
邪魔にならないように。
ズンボと。
ベレトの二人は、それぞれ、二人の決闘者達から離れる。
だが、離れた二人共、他の二人を睨み付けていた。
「お前は?」
スーツを纏ったベレトは訊ねる。
「私は栄光の手、バーバリアン支部のリーダー、ズンボ」
「そうか、俺は今は気分が乗らなかったが。パラディアがどうしてもってな。……っ戦う場所を選べって話だよな」
「貴方はゴードとの遺恨があるんでしょう?」
「毎日のように憎んでいるぜ? だけど、こんな汚染地帯でやりたくねぇよ。気分が乗らねぇ。……怪物相手に酷い目にあったしな」
「此処に入る際にいた。カリス・ビーストは?」
「俺があの化け物の吐息を空気の固定で防いだ。それで良かった。そのまま、潜り抜けるつもりだったんだけど。……信じられねぇだろ? パラディアが、あの巨大な怪物の頭を、ビーム・サーベルで切り落としたんだ」
ズンボは言葉を失っていた。
目の前にいる男は、異様としか形容出来なかった。
既に戦いは始まっていた。
ゴードロックはマグナムの引き金を引いて、同時に後ろへと飛んでいた。
ビーム・サーベルは、天井を抉り、地面を削り取っていた。
そして、何名かのアンドロイド達の首を刎ね飛ばしていた。
勝負は、数秒の間に付いていた。
ゴードロックの引き金は、パラディアのスーツに孔を開けていた。
「お前の負けだ。…………、孔を塞いで貰え、……死ぬぞ」
パラディアは、突然、笑い始める。
そして、それまで着ていた、リクビダートル・スーツを脱ぎ捨てていく。
オールバックを下ろした、紫と緑に光る黒髪をした、ライダー・ジャケットの男が姿を現す。
「暑かったなー。ははっ、本当にこのスーツは蒸し暑いよな」
「おい、パラディアッ!」
ベレトは蒼褪めた顔をしていた。
今にも、悲鳴の叫び声を上げそうな形相だった。
「お前…………っ!」
「あー?」
パラディアは、ビーム・サーベルで少しだけ、自分の腕を焼く。
腕に、火傷ともリストカット痕とも付かない傷が出来る。
赤い血が滴り落ちていた。
「俺は人間なのかな? ほら、此処のロボット共と違って、ちゃんと血は流れるんだけどなあ?」
彼は何故か、多幸感に包まれた顔で笑っていた。
「実は黙っていたけど。放射能、効かないんだ。フルカネリが、フルカネリの部下が、俺に転生の術をする際に、オマケとして付けてくれたんだ。他にも色々出来る。たとえば、エイズや梅毒にかからない、とか。強靭な肉体だろ?」
「フルカネリだと…………?」
ゴードロックが驚いていた。
「そうだよ、俺はフルカネリの力によって、怪物になった。栄光の手。俺はお前達を始末しなければいけない立場なんだ。お前らにとってもそうだろ? 俺はフルカネリの創造物なんだよ」
パラディアの顔は、自信に満ちていた。
ゴードロックは拳銃の引き金を引く。
パラディアの背後から、フレイム・ウルフが現れて、ゴードロックに飛び掛かっていく。
炎の狼の動きは早かった。
ゴードロックは、フレイム・ウルフに押し倒される。
炎の狼達は、彼のスーツを喰い破ろうとしていた。
追撃として、パラディアはビーム・サーベルを振るおうとする。
「お終いだなっ!」
「お前がだよっ! すでにピンを抜いておいた」
パラディアは気付く。
いつの間にか、彼の足元に、いくつもの手榴弾が転がっていた。
パラディアはそれを蹴り飛ばそうとする。
だが……。
一瞬の不注意によって、ゴードロックから眼を離して、彼の引き金を見過ごす事になる。
マグナムの引き金は引かれる。
彼の射撃の命中率は高かった。
パラディアの、喉の部分に、大きな孔が開いていた。
ライダー・ジャケットの男は、膝を付く。
「おい、畜生……、なんだよ、こ、れ…………」
パラディアは血を吐き続ける。
炎の狼達は、未だ攻撃の手を止めずに、ゴードロックのスーツを喰い破ろうとしていた。スーツの表面は焼け始めている。
再び、倒れた状態のゴードロックが引き金を引いていた。
今度は、膝を付くパラディアの腹部に命中したみたいだった。
「手榴弾が爆発しねぇ…………、ああ…………」
手榴弾は、ゴードロックの辺りに転がっていた。
「ダミーだ。火薬なんて入っていない。中は空っぽだよ。ズンボもいるのに、此処でそんなもの、使うわけが無いだろ」
なおも、ゴードロックは引き金を引く。
今度は、マグナムの弾が、空中で停止していた。
「もう、勝負は付いているぜ…………」
ベレトが、パラディアの下に近付く。
「おい、女。お前の能力で、あの狼達をどかしてやれ、多分、自動で動いているんだ。パラディアは…………」
言われて、ズンボは、背後から鬼を召喚する。
鬼の腕が、炎の狼達をゴードロックから引き剥がしていく。
しばらく鬼の腕と狼達は戦いあっていたが、しばらくして、どちらも雲散霧消する。
「パラディアは…………、畜生、…………、ゴードロック、てめぇは、いつもこの俺から奪っていく。いつもだ。いつもいつも、俺の家を襲撃した時に、俺の作品を壊しやがって……、今度は、俺の大切な人間を…………」
パラディアは、呼吸していなかった。
心臓も、動いていないみたいだった。
首の孔から、なおも濁流のように、血は流れ続けていた。
ベレトは泣いていた。
彼は、……彼はパラディアを背負う。
「人間の身体は、重いな……。バイクは置いていく……」
彼は涙を拭おうともしなかった。
「ゴードロック、栄光の手……、いつか貴様ら全員を生きながら解体してやる。絶対にだ。ああ、絶対に…………」
恨みと憎しみが、心の中で渦巻いていく。
そう言うと、ベレトは宮殿を出ていった。
彼はとても無防備に見えた。
「殺人犯である、お前に殺された者達だって、お前と同じ気持ちなんだよっ!」
ゴードロックは、勢いよく拳を地面に叩き付けていた。
しばらくの間、みな、沈黙していた。
ズンボは、転がっていた三つの手榴弾を見ていた。
爆発しない、パラディアを騙す為の空っぽの筈の爆弾だ。
彼女は、それを手に取る。
「ねえ、ゴード。貴方の能力って”因果”なのね…………」
言われて、ゴードロックは無言だった。
ズンボは、手榴弾の表面に触れていく。スイッチを見つけた。
彼女は壁に向かって、スイッチを引く。
すると、手榴弾の先から弾丸が飛び出し、壁に孔を開ける。
どうやら、手榴弾の形を模造した、拳銃みたいだった。
「”人を殺傷する銃火器”じゃないと、貴方の能力は使えないの? こんなにも、貴方は優しいのに…………」