#008 エーイーリーの宮殿 2
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「俺がフルカネリから受けた代償は、男の肉体を手にする代わりに、本当の恋愛感情を抱く相手は同性である男になる、って事だ。フルカネリは両性具有の存在らしいからな。何か、倒錯的な意図があるのだろう。だが俺は満足している。……もう会っていないが、かつての親友には恋愛感情を抱いているし、そしてお前にもだ」
そう言って、パラディアはベレトの頭を撫でる。
とても愛しそうに。
「俺はフルカネリから、正確にはフルカネリの配下と、等価交換を行っている。俺は力を手にする為になら、あらゆるものを犠牲にするよ。それが俺の哲学なんだ」
彼は哄笑していた。
何に笑っているのか、彼自身も分からないかのようだった。
ベレトには分からない感情だった。
「パラディア……」
「だから、栄光の手を血祭りに上げてやろうぜ? 俺はフルカネリの先兵になりたい。俺はメビウスの哲学も調べている。“あらゆる可能性を模索し、調和を生み出す”だ。造物主は言うだろう“あらゆる欲望を推し進めて、その結果の選民思想を創れ”と。俺はきっと選ばれた存在なんだ。なあベレト。俺は女だった時の反動で、今、男性的な暴力性を誇示したいんだ。俺は“略奪者”である事を選ぶんだ」
「難しい事は分からねぇよ」
「まあ、メビウスは究極的に民主主義を模索しているんだよ。フルカネリは究極的な選民思想的な資本主義、あるいは過剰なまでの競争世界を作りだすネオリベラリズム(新自由主義)を計画している。そうだな……、もっとシンプルに言うと、みんなが幸福になれる世界を創りたい奴と、選ばれた人間が弱者を踏み躙って潤う世界を創りたい奴がいる。俺は後者の刺客ってわけだ」
言いながら、パラディアは自身の言葉に陶酔しているみたいだった。
まるで、自らが信じている心の支え全てであるかのようだった。……実際、そうなのだろう。
ベレトには、その感覚は分からない。
彼はあくまで、フルカネリの力を可能ならば、利用したい、と考えた程度に過ぎないのだから。
「エーイーリーの下に、あの軍服の男と巫女装束の女は行くだろう。先回りしよう。俺達が奴らを焼いて、解体してやろう」
「此処の住民はどう思う? ゴードロックは助けたがっているみたいだぜ?」
「俺達には関係が無いだろ?」
ベレトは、少し意表を突かれたような事を言われる。
「まあ、そうだな」
†
目印のように、そこには巨大な像が建てられていた。
巨大な門が見えた。
鉄格子のような門だった。
番犬として、巨大なワニと頭に牛の角を持ったような、怪物が佇んでいた。
ベレトは思い出す。
『カリス・ビースト』。……エーイーリーが使役する怪物。
全長、数十メートル程はあるのではないかというくらいに、巨大な四足歩行の怪物だった。おそらく哺乳類なのだろうが。
二人はリクビダートル・スーツを身に纏っていた。
変異し、奇形化したレッサー・トロール達が、門に近付いていく。パラディアが彼らを刺激して、此方に向かわせたのだった。
……畜生と同じだ。ちょっとした刺激を与えれば、簡単に動いてくれる。
パラディアはそう言って、レッサー・トロール達を嘲笑していた。
当然だが、彼も、変異した者達はゴミとしか考えていない。……あるいは、ベレトと同じように、周囲の人間以外のどうでもいい人間は、みな、ゴミとしか考えていないのかもしれない。
カリス・ビーストは吐息を吐く。
砂煙のような吐息だった。
次々と、砂漠の砂嵐のように、レッサー・トロール達がそれを浴びていく。すると、奇形の怪物達は片っ端から、土人形へと変異していった。
†
武器を管理していたベリーアが死亡してしまった為に、エーイーリーと直接、交渉しなければならなかった。トゥルーセも死亡したと聞く。二人の側近が死んでしまった以上、エーイーリーは、彼が支配したクレーターの統治をどうするか考えなければならない筈だった。
†
ゴードロックとズンボの二人は、門の前に立っていた。
二人共、重装備のリクビダートル・スーツを身に付けていた。
此処の放射能数値は異常だった。
ゴードロックがガイガー・カウンターを取り出す。
……おそらく、数分立っているだけで死ぬだろう…………。
それくらいに、此処は危険な区域なのだ。
「エーイーリーッ! 武器を沢山、持ってきたぞっ!」
ゴードロックは叫んだ。
カディアと花鬱、ガス・カルの手回しによって、クレーターを平地に変える計画に加担していない武器商人と繋がった。そして大量の武器が手に入ったのだ。
計画は、今の処は、順調に動いている……。
ゴードロックは『リトル・プリンス』の能力によって小さくしたものを、元のサイズに戻す。小型のキーホルダーサイズに収まっているものだった。
それは見る見るうちに、空へと伸びる樹木のようになっていく。
そして。
それは、巨大な大陸弾道ミサイルだった。
「大量に持ってきたぞっ!」
彼はとても楽しそうに叫ぶ。心の中では違うのだろう。
今、正義は行われない。
ただ、ゴードロックは、此処の住民達に力を与えたかった。武力で解決しない選択もあるだろう。だが、彼らが武器を持つ事によって、外側にいる警備兵達を牽制して、彼らが外に脱出する事を願った。
メビウスは自分の行いを咎めるだろうか?
優先すべき事は、エーイーリーの始末なのだ。
だが…………。
「これが見えるだろうっ! ミサイルだ。何本も何本もあるぞっ! 他にも拳銃、アサルト・ライフル、スナイパー・ライフル、マシンガン、手榴弾、グレネード・ランチャー、いくらでも揃っているぞっ! ほらっ! 大安売りだっ!」
内部の者達は、彼を脅威と認識しなかったのだろう。
奥で、銃器などが仕舞われる音が聞こえた。
しばらくして、門が開いていく。
巨大な怪物、カリス・ビーストがおとなしくなり、地面に寝そべる。
通っていい、という事なのだろう。
「許可が出たみたいだ。行くか」
「ええっ」