表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クレーター  作者: 朧塚
19/26

#008 エーイーリーの宮殿 1


 女らしく生きろ、と言われるのは、暴力以外の何物でもなかった。



 人生を変えられる場所だ、と聞かされていた。


 そこは、汚らしい工場跡地だった。

 中には汚水が漏れ出しており、ネズミなどが大量に発生していた。

 錆びた機械が並んでいた。

 工場の中で、何度も迷った。


 だが、此処にある。それを感じていた。

 何日もの間、工場内部を徘徊して、ようやく遺跡の入り口を見つけたのだった。



 奥には奇妙な図形が描かれた洞窟へと続いていた。


 ピラミッドの中のような空間になっていた。

 おそらく、此処は異世界へと通じているのかもしれない。自分は異様な世界に迷い込んだのだろう。だが、怖くは無かった。


 パラディアは確信していた。

 自然と、期待が胸に満ちてくる。

 全ての希望が、此処には詰まっている。

 彼はそう、確信した。

 遺跡の奥へと進んでいく。


 ほぼ、一本道だった。

 おそらくは、元々は、迷路のような作りになっているのだろう。だが、この遺跡の主は、パラディアを歓迎しているみたいで、迷わない作りに石壁や階段などを動かしているのだろう。

 距離にして、数キロ程、歩いた処だろうか。


 橋があった。

 橋の両隣は、底なしの暗闇が広がっていた。

 橋の向こう側には、一つの像が立っていた。

 彼はその場所まで歩いていく。


 そいつは、メタリックな身体のガーゴイルの像だった。身体に幾つもの幾何学的な紋様が描かれていた。

 彼が此処を訪れる事を、予め知っていたみたいだった。


(望みを叶えに来たのだろう?)


 ガーゴイルの像は、告げた。



「お前は何て呼べばいい?」

(私の名前は番号で記されている。私には記号としての番号しか与えられていない。好きなように呼ぶがいい。私の事はどうでもいいだろう? それよりもお前の望みの方が重要ではないのか?)

「ああ、そうだな。そうだ」

(我らの造物主さまは、人間の蛮性に興味がある)

 ガーゴイルは機械的な声で語っていく。

(お前の内なる獣を、私に教えるのだ。それをお前の力としよう。ただし、それには対価がいる。だが、対価以上の見返りは確実に手に入るだろう)

 パラディアは首を傾げる。


「どういう事だ?」

(お前の話を教えて欲しい、という事だ)

 無機質な声は、ライダー・ジャケットを着た人物に、自らのトラウマを語るように告げた。



 ……俺には友人がいた。……親友と言ってもいい…………。


 彼の瞳に宿る、懐古の心は、何処か空しさを帯びていた。

 昔、彼には友人がいた。

 学生時代を共にした、仲間だ。

 

 第二次成長期を迎え、異性に対しての興味が強くなってきた時期だ。

 

 パラディアは女として、この世界に産まれた。女の肉体として。

 性同一性障害にありがちのように、FTM(女から男になりたい性別)である“彼”にとっては、制服でスカートを穿かされる事が苦痛で仕方が無かった。

 自分の性を意識始めた年齢で、人生に激しい絶望を感じ始めた。

 何もかもが、自分が他人とは違うのだ、と分かった。


 ある日、親友から告白された。

 異性同士として、付き合って欲しい、と……。

 パラディアは、二度返事で了承した。

 そして、嘘を塗り固める日々が始まった。

 彼とは、本音の言葉で語り合う事なんて、出来なかった……。


 親友からは、口調や私服などをもっと女らしくして欲しい、と言われた。

 バイクや格闘技の知識を身に付けて、熱心に話す度に嫌そうな顔をされた。


 とても傷付いた……。

 自分も男なんだ、って告げたかった。

 カミングアウトが出来なかった。全て、壊れてしまうから。

 抑圧ばかりが、十代の青春だった。

 日々、自分が殺され、死んでいく……。

 自分らしく生きられない事は、自殺にも等しかった。


 ある日、能力に目覚めてしまって、パラディアの人生は変わった。



(それがお前のトラウマであり、悲痛か)

「そうだ。この場所は探検家のサークルをやっている時に、偶然に見つけた。造物主の存在は、俺がやっと見つけた希望だ。天から恩寵として授かった異能の力によって、此処に辿り着いた。俺は選ばれたんだ。男性ホルモンの投与、整形手術、骨格手術は、俺の国では未発達だ。だから俺は完全なる性転換をしたい。完全に男になりたい。さあ、代償の内容を言え、願望を叶えてくれるんだろう?」

“彼”の声は、どうしようもないくらいに、甲高く、ソプラノの音色だった。

 胸や腰のくびれも、ライダー・ジャケットで隠せないくらいに膨らんでいる。

 生きている事が、屈辱だった……。


(分かった。お前の発した情報、お前の精神から。お前に力を授ける。力も代償の一部だと知れ。そうだ、お前は性転換以外に何がしたい? 他にも望みの肉体を授けてやろう)

 パラディアは、少し考えて、答える。


「そうだな。どうせなら、視力が良くなりたい。コンタクトを付けるのが面倒臭い」

(その代償は? お前の方で提案してみろ)

「俺が決めていいのか? ……そうだな。俺は食べる事に執着心が無いんだ。だから、味覚が余りいらない。ハンバーガー辺りを美味いと感じられればそれで良いかな」

(そうか。ならば、視力を引き上げて、味覚を下げよう。代償とはそういうものだ。それが等価交換だ。お前に取り行うのは“転生”という術になるだろう。一度、お前はゼロになる。精神を残し、肉体は滅びる。何か生まれ変わった後の姿の指標となるデザインは無いか?)

「そうだな…………」

 パラディアはバッグの中に、持っていたファッション雑誌を取り出す。

 そして、タレントの写真をガーゴイルに見せる。

 それは、とても女にモテそうな顔立ちの美男子だった。


「整形手術やホルモン注射も考えていたからな。その指標として、この芸能人を選んだんだが。持ってきて良かった。こいつの姿でいい。俺の国でそれなりに人気のあるタレントだ。俳優や歌手を兼ねている」

(そいつの名は?)

「意味のある情報なのか?」

(成る程。お前は明晰だ。さあ、扉を開く。その中をくぐれ。“転生”の術は入って、三番目の部屋だ。その中に入るがいい)

 無機質の瞳は、確かにパラディアを歓迎していた。

 翼を持った機械の構築物は、翼を広げて飛び上がる。

 すると、彼が今しがたまで鎮座していた場所の壁が開いていく。


 パラディアは開いた通路の中へと入っていく。

 幾つかの扉があったが、全て固く閉ざされており、三番目の扉だけが開いていた。彼はその中に入る。

 中には、人一人分が入れるカプセルがあった。

 隣には、フクロウの姿をした機械達が三体程いた。


(箱の中に私物と全ての衣服をお入れ下さい。そしてカプセルの中にお入りください)

 パラディアは言われるままにする。

 何だか分からない機械ばかりが部屋を占めていた。


 部屋の中には鏡があった。

 自らの姿が見えた。この姿とも、今日でお別れだ。

 全ての苦痛が終わるのだ。



 ライダー・ジャケットは、とても窮屈だった。ファスナーが閉まらない。

 ズボンもとてもキツい。今にも破けそうだ。


 下着なんて最悪だ。女物だからだ。なので、捨ててきた。たまに穿いている、トランクスを付けてこれば良かった、と悔やむ。


 パラディアは鏡で自らの姿を確認して、自らの肉体に触れていき、狂喜した。

 そして、手に持った光線を放射するサーベルによって、工場痕地を破壊して回った。何もかも、自由で、解放感を得られた気がした。


 全てが充足していた。

 朝日が昇っていた。

 この日から、彼の人生の命運は全て変わったのだった。

 人生で、一番、幸福を感じた日だった。



 パラディアは、フルカネリに仕える事を誓った。


 ガーゴイル達は従属する必要は無いと告げたが、それでも、パラディアは、フルカネリを心酔し、狂信した。


 造物主の障害になる者達を、みな手にした力で倒してやろう。


 そのつもりでいた。

 おそらく、あちら側についても、自分の苦しみを手助けしてくれる事なんて無かったのだろう。望みを叶えてくれたのは“悪魔”の方だ。


 彼にとって、メビウス・リングも、メビウスの配下である栄光の手も、ドーンも、全てが敵だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ