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クレーター  作者: 朧塚
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#006 命運の螺旋 1


 一流ホテルには遠く及ばないが、こんな場所でも綺麗な家は作れる、という見本みたいな部屋だった。


 汚いが冷蔵庫らしきものもあった。

 中には、冷えたビールやコーラが入っていた。

 パラディアはビールの瓶の蓋を、栓抜き無しで、指で弾いて取る。

 そして、押し込むように、ビールを飲み干していく。


「そろそろお前の事を詳しく教えてやってもいいんじゃないか? こうやって仲間になったんだ、途中で裏切りもせず、危険を潜り抜けた。お前の事をもう少し話してくれてもいいんじゃねぇか?」

 ベレトはとても楽しそうだった。

 後で知った、ベリーアの死に様は心地よかったし、あのドラゴンの破壊も見ていて高揚した。


「そうだな」

 パラディアは韜晦を含む声で言う。

「なあ、ベレト……。仲間ってどう思う? 俺は昔、色々なギャンブルに手を出した時、借金を作ったり、保証人になって逃げられたりして、仲間っていう連中から裏切られた。俺は散々な、友人や仲間や同志、って俺の事を呼んでくれた奴から裏切られたよ。ああ、本当に苦々しい記憶だった…………」

「それはギャンブルっていうシステムが悪い。俺の尊敬する友人は、散々、賭博に手を出す奴を嘲っている。そしてこうも言っている、そもそも金っていうシステムが悪いってな。だから俺は金を余り持たない主義なんだ。必要なものは盗むし、金が必要な時は、他人の財布を盗む」

 このホテルに泊まる時に、ベレトは、逃げ惑う身なりの良いギャンブラーの財布をすり取って、金を手に入れたのだった。


「最初に言ったと思うけど、たとえば、俺は監視カメラに映らない」

 パラディアは二杯目のビールを口にしていた。


「監視カメラには、この俺は映らない。何故なら、俺はそういう能力者だからだ」

 彼はおもむろに、洗面所へと向かう。

 鏡には、彼の姿は映っていなかった。


「俺自身の眼を通せば、俺の姿が鏡に映っている。だから、俺はこうやって身繕いを楽しむ事が出来る。でも、他の奴らは俺が映っていないみたいだ。でも、結構、怖いらしくて、お陰で俺は醜形恐怖症になった。俺の姿が、とてつもなく醜いんじゃないかってな。鏡や水面に俺の姿は映らないってだけで、俺を気味悪がって毛嫌いする人間は多い。しかしまあ、そういう症状なんだよ」

 そう言いながら、パラディアは櫛で、オールバックの髪を揃えていた。

 そして、鼻歌を歌い出す。

 不協和音で、何処かのロック・ミュージシャンの音楽みたいだった。


「俺が何者だって?」

 彼は眉毛を、小さなハサミで切り揃えていく。

「俺の話か? そんなに聞きたいのか?」

 T字剃刀で、綺麗に顎髭を剃っていた。

 ベレトから見て、鏡には、彼の姿は映っていなかった。


「かつての俺は今の俺じゃなかった。今の俺になりたい為に、俺は悪魔と取り引きをしたんだ。悪魔の姿をした陳腐な化け物じゃないぜ、邪悪な大悪魔だよ、そいつと接触したんだ」

彼はとても嬉しそうだった。

 全身の力を吐き出すかのようだった。


「そいつそのものは見た事は無い。そいつの伝令と会ったんだ。まあ、使い魔みたいなもんだろうな。だが、そいつから力を授かった」

 石鹸で濡らした両手を顔に押し付ける。

 そして、彼はタオルを取ると、自らの顔を拭いていく。


「俺にとっては偉大だよ。ただ、色々な枷もくれたが、有り余る程の力をくれた。願望や力には代償が必要だ。俺にとって、大した代償じゃない。たとえば、俺は数キロ離れた手紙の文字だって読める。その代わり、味覚を要求された。……でも大した事じゃない、俺はジャンク・フード程度しか味を楽しめない。繊細な味がする料理、たとえば、美味い刺身と、不味い刺身の区別が付けられない。だからジャンク・フードが好きだ。おおざっぱな味は舌が認識出来るからな。それに、味はよく分からなくても、酒や煙草は楽しめる。良い酒の良さは分からないけど、酔う事は出来る。煙草の風味は分からないけど、ニコチンで心を落ち着かせる事は出来る」

 しばらくの間、パラディアは話しながら、鏡を覗き込んでいた。

 まるで、鏡に別の人間でも映っているかのように……。

 ベレトの眼には、鏡にパラディアの姿は映っていない……。


「等価交換なんだ。俺は障害だと思っていない」

 身繕いを終えたパラディアは、ベレトの方に振り向くと、両手を広げる。

 まるで、世界の全てを手にしたようなポーズだ。


 そして。

「ベレト、俺はお前が好きなんだ。一目惚れなんだ、なあ、俺と付き合って欲しい……」

 告白の言葉を口にした。

 ベレトは、しばらくの間、沈黙していた。


 ……こいつは、……何を言っている?

 猟奇殺人犯は、完全に黙示していた。

 そして、しばらくして、言われた言葉の理解が追い付き、言葉を組み立てていく。


「俺は男だぜ。性癖でこういう格好をしているだけだ。それに恋愛はしない。パートナーは持たない。俺は女とヤリたい時は、強姦する主義だ。奴らの貞操や自尊心や心の安定を略奪するんだ。そして、俺は可哀想だから、殺す。そして、犯す時は本当に愛しているから、アートの素材にする」

 ベレトは、自らのネックレスに触れる。


「なあ、パラディア。お前はゲイか? 俺は女としかヤラない」

 殺人犯は、完全に困っていた。

「……実は、俺は女だったんだ」

「……だった?」

「今は男だよ。性転換したんだ。完全な性転換だ。声、骨格、性器、肌、体質、……言わば、転生の儀式だったんだろう。俺は一度、ゼロになり、ゼロから創りなおされた」

「まさか…………」

「ああ、そのまさかだ。俺は性同一性障害で、女から男になりたかった。それを叶えてくれたのが、メビウス・リングと栄光の手が“絶対悪(アブソリュート・エヴィル)”として敵視している、錬金術師フルカネリだ。俺の人生の全てを変えてくれた」

 パラディアは自らの拳を強く握り締める。


「…………。女だった頃は、同性の女が好きだったのか?」

「ああ、俺の恋愛対象、性的対象は女だよ。フルカネリの伝令者の手によって、俺が生まれ変わって男になった時、まず俺は女とヤリたくて、性風俗、まあ娼婦を買う事ばかりした。そして、男の好きな遊び、車にバイク、賭博、酒、色々、やり尽くそうと思った。……博打は本当に黒歴史だな。……あの頃の友人はみんな失ってしまったよ……」

 パラディアは溜め息を吐いた。

 そして、再び、ベレトをまじまじと直視する。


「ベレト、お前は美しい。俺はお前を抱きたくなった」

「俺は女としか性交渉はしない。何度でも言うが、俺は性交渉した相手は殺す。それが、俺のポリシーだ。あるいは、自分で作り上げた宗教だからだ。結局、お前はバイセクシャルだったのか?」

「不思議なもんでさ…………、お前を見て、一目惚れして…………、一緒に戦って、一緒になりたい。一つになりたいって思ったんだ」

 彼の表情は、何処となく艶っぽかった。

「俺と付き合ってくれないか? 形だけでもいい」

 ベレトは、しばらく返答に迷った。

「いいぜ……」

 そして、彼を受け入れる事にした。


 ベレトは完全に赤面していた。

「ゲイカップルになるのかな? 俺達は同性なのか?」

「もうどうだっていいじゃねぇか。愛の形なんて、此処の住民はペドファイルも多いらしいし。クレーターに入った頃にも、アタマのイカれたガキに性交渉を迫られたぜ。みんな、脳が腐って、性欲がねじまがってやがるんだよ」

「プラトニックでいこうぜ?」

 ベレトは笑う。

「今度、揃いの指輪買おう」

「俺が創ろうか?」

「ありがたいけど。……俺に買わせてくれよ」


 そう言うと、パラディアは、ベレトの額と髪を撫でる。

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