#005 宿命の決戦 3
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元々、この巨大賭博場は、ベリーアのものではなく、ベリーアが仕切っていた前任者を殺して、手に入れたものだった。
彼は前任者の補佐をやっていたが、その途中、ベリーアに刃向かい『井戸』の中へと投げられた。
地獄のような場所だった。
ミュータント達の巣窟で、核汚染廃棄物の溜まり場だった。あらゆる死体の腐った臭いや、分けの分からない薬品の臭いで充満していた。
投げられる直前に、彼は隠し持っていた注射器を、自らの腕に刺した。
……自らの肉体は、生体兵器として、怪物化するが、ベリーアに復讐出来るのなら、それでも構わなかった。
そして、彼は虎視眈々と、ベリーアへの復讐を井戸の底で待っていた。
やがて、肉体は完全に変形し、元の姿を保っていなかった。
そして、今、その脈動の音が聞こえてくる。
安らぎの音色のようだ。
同じ匂いがする。
それは轟音と、破壊音、それから焦熱を撒き散らしながら空から近付いてきている。
彼は好機だと思った。
†
煌びやかな光が、このスラムにそぐわない異様なコントラストを放っていた。クレーター内にある幾つもの原子力発電所から供給される電力の多くは、民家ではなく、巨大賭博場に置かれている台や広告の発光に使われている。
巨大賭博場に入って、一階と二階はパチンコとスロットが置かれていた。ベリーアはこの装置をもっとも気にいっている。旧来のカジノには無い画期的なシステムだ。ちなみに三階以上は、彼が許可した、ある程度の地位のある者達だけが“不正の無い”ポーカーやルーレットといったものを行える階へと行ける。
二階までのパチンコとスロットが置かれた階は、完全に“搾取体制”としての機械となっていた。
†
パチンコやスロットなどに興じている者達は、ガラス扉をバイクで割ってくるパラディアとベレトの二人に注目する。
負けが込み、台を叩き続けている廃人顔の者も、この惨状が何なのかを理解したみたいだった。だが、彼らはすぐに何事も無かったかのように、スロットを回し続けている。
パラディアは一度、バイクを停める。
「後、二分って処かな?」
「ああ、エレベーターを見つけた。押すぜ、奴は最上階にいるんだろう」
二人はエレベーターの前で止まる。
ボディーガード達は二人を制止しようとしたが、何も出来なかった。……何も出来るわけが無かった。いつの間にか、銃火器を奪われていたのだから。
「後ろの雑魚は?」
「俺の『マスター・ウィザード』が盾を張っている。放っておけ」
二人はバイクをエレベーターに乗せて、最上階へと向かう。
†
ベリーアは完全に困惑していた。
そして、二人を呪詛の篭もった視線で見据えていた。
「お、お前らは、なんて事を…………っ!」
彼は怒りに打ち震えていた。
秘書である、ジュガルジュガリの首にナイフが突き刺さっていた。
パラディアは、エレベーターが閉じないように、バイクを扉に挟ませていた。
「分かるだろ? お前に残されている選択は、数少ないってな」
ベレトは、この賭博場のオーナーの部下に突き刺したナイフを、手に戻していた。ナイフが浮遊して、ジュガリの首から抜け落ちて、ベレトの手に戻っていた。
「おい、貴様ら、ふざけ、ふざけやがってっええええええええええええええっ!」
ベリーアはかなり混乱していた。
「お前のせいか? お前、トゥルーセの処に行ったんだろ? 奴は先程、死亡した。ふざけやがって、俺はどうする事も出来なかった。ああ、畜生、畜生っ!」
「はあ? 死亡した? 誰かに殺されたのか?」
「薬物中毒だ。お前、ベレトだろ? お前のせいで心身に異常をきたして、摂取する薬物が増え、ついにオーバー・ドーズをして、心臓停止に至ったんだっ! 今、蘇生を試みているらしいが、望みが薄いだってよぉっ! もう奴は死亡したも同然だよ。大切な仲間だったのによぉぉぉぉっ!」
ベリーアは狂ったように、涙を流し続けていた。
「ああ、神様…………っ!」
サメ顔の男は泣きながら立ち上がる。
「こうなったのも、お前のせいだ。お前はきっと、他人を追い詰める性格をしているんだよ。ああ、最悪だ、最悪なんだ」
「あー、よく言われる、嬉しい事だ」
ベレトはせせら笑う。
「ちょっと、いいか。ベレト」
パラディアが呆れたように言う。
「ベリーア。俺達はおそらくは、そのトゥルーセって奴が放った化け物に追われている。計算ではもう突っ込まれて、火の海にされている処だったんだが、少し遅れているな。まあ、せいぜい、後、五分以内には来るんじゃないか? …………、窓の外に見えた。かなり近付いてきている」
この賭博場のオーナーであるベリーアは、屈辱に打ち震えていた。
「俺達は此処をシェルターに使わせて貰う。なあ、地下の場所を教えろ。どうせあるんだろ? お前は俺達にシェルターの場所を教えるか。あの空飛ぶ化け物と戦うべきか、それとも、この場所を放棄して逃げ出すか、選べ。三十秒以内にだ」
パラディアとベレトは、二人共、楽しそうな顔で、エーイーリーの部下を見ていた。この男は、どのように発狂するのか? それに興味があるのだろう。
「て、てめぇらあああああああああああああああっ!」
ベリーアが能力を使ったみたいだった。
突然。
ジュガルジュガリの死体の傷が変化していた。
死体の首筋から流れる傷孔がボコボコと、泡を立てていた。血が沸騰しているのだ。
ベレトは、腕を抑える。
先程、ゴードロックのアサルト・ライフルの弾がかすり、止血していた場所だ。
「全身の血を沸騰させてやるっ! うううううっ!」
ベリーアは小型サブ・マシンガンを取り出して、二人へと乱射していった。
「かすり傷程度じゃ駄目だああああっ! 俺は液体を沸騰させる事が出来る能力者だああああっ! てめらぁに、もっと大きな傷を負わせれば、血を沸騰させ続けて、内部から破壊する事が出来るうううううっ!」
「能力は敵にペラペラと話すもんじゃねぇぞ。それに、そんなややこしいのより、もっと分かりやすくシンプルな方が強い」
パラディアは苦笑していた。
ベレトのマスター・ウィザードによって、空気が何重にも固定されて、マシンガンの弾丸は空中で静止していた。
そして、ベレトとパラディアの二人は気付いていた。
あの怪物が、此処まで、口から炎の弾丸を放とうとしている事に。
「エレベーターで地下まで逃げるぞ。地下二階まであったっ!」
「ちっ! もっと深い場所まで無いのかよ? 奴は地面を喰い破っているのを見たぜっ!」
「贅沢は言っていられない」
二人はエレベーターの扉を閉じる。
誰かがボタンを押したのか、エレベーターが中途半端な階数で止まるみたいだった。
「ああ、もう面倒臭いっ! 飛び降りるぞっ!」
パラディアはエレベーターの天井の蓋に触れる。
そして、蓋が固いのと、人しか通れない事に気付くと、フレイム・ウルフを召喚して、バイクが通れるように、炎の狼にエレベーターの天井を喰い破らせていた。
二人は、賭博場の最上階から、地下まで一度に、飛び降りていた。パラディアの場合は、バイクごとだった。
落下途中、上の辺りが炎の吐息に包まれている事に気付いた。
ベレトは、難なく着地する。
パラディアは、フレイム・ウルフにクッションになって貰いながら着地する。
「ベレトッ! お前、俺の着地も固定しろよっ!」
「バイクが重過ぎるんだよっ! 落下衝撃で空気の固定が割れそうになったんだよ!」
そう言うと、ベレトは地下二階の扉を、ナイフで切り付けていく。
「駄目だ。切れねぇ」
パラディアのフレイム・ウルフが、扉を喰い破っていく。
二人が向かった先には、何故か、温水プールなどがあった。
「何だ? この部屋は?」
ベレトは首をひねる。
スプリンクラーが発動して、二人は水浸しになる。
遅れて、落下してきた、ベリーアが、二人を睨んでいた。彼は全身に火傷を負っているみたいだった。彼はエレベーターの真下に佇みながら、二人を憤怒の眼で睨んでいた。
「俺の力を発揮出来る場所だ。此処の水を一度に熱湯に変え、水蒸気爆発を起こすっ!」
サメ顔の男が叫んでいた。
二人は無視していた。
水が次々と蒸発していき、プールの水も気体化していく。
建物全体も揺れているみたいだった。
「地下は倉庫になっているぞ。パチンコ台の予備や廃棄部品が並んでいる」
「そうかっ!」
ベリーアが何か叫んでいた。だが……。
破壊されたエレベーターの残骸が落下してきて、ベリーアはその部品の一つに激突して、悲鳴を上げる。
†