#005 宿命の決戦 2
グレネードが爆発する。
ベレトは無傷だった。彼は嘲笑っていた。
二人共、牽制し合っていた。
グレネードの爆発と共に、周辺にいた者達は一斉に、この場から遠ざかっていく。ゴードロックが爆発物を投げたのは、むしろ、それを目的にしていたのだろう。
一体一の戦いにしたい……。
周りを巻き込むわけにはいかない……。
ズンボと。
パラディアの二人は。
いつ、二人に加勢しようか、考えている最中だった。
そして、互いの存在を認識していた。
ズンボは指先で印のようなものを空中に描いていた。
パラディアはビーム・サーベルの柄に手を掛けていた。
一対一。
その均衡がいつ崩れても、おかしくない。
特に、パラディアは、今すぐにでもフレイム・ドッグ達をけしかけたかった。
彼の方は、ズンボを眺めて嘲笑の言葉を投げ掛ける。それは風によって掻き消される。ズンボは彼を睨み返す。
数分が、数時間にも感じられた。
だが。
思いがけない形で、その均衡は崩れ去った。
それは轟音だった。
雷鳴にも似ていて、地響きにも似ていた。
高い建造物にある尖塔の一部が破壊され、転がり落ちていく。
上空から、何者かが舞い降りてきた。
†
至近距離まで迫って、アサルト・ライフルの弾丸がベレトの左腕をかすめる。血が流れる。同時に、ゴードロックの両脚にベレトの攻撃が通り、ゴードロックは両膝から鮮血を噴出させる。左腕も軍服が切り裂かれ、出血していた。ベレトは楽しそうだった。ベレトは腕から血が流れ続けていたが、発射された他の弾丸は全て、マスター・ウィザードによって固定された空気の盾によって防がれていた。
「俺の方が早いっ!」
ベレトは本当に楽しそうだった。
もうすぐ、憎み続けた敵を殺せるのだから。
だが。
即座に、二人は攻撃を中断する……。
ベレトは、それを視界に入れて、遅れて、ゴードロックはその羽ばたきの音を聞き、唖然としてしまったからだ。ゴードロックは、ベレトを警戒しながら首を左右させ、背後から迫りくる、それを見ていた。
それは、巨大なコウモリのような姿をしているように見えた。
口元は、ピラニアのように見えたし、トカゲのようにも見えた。
背中は、確かにコウモリだった。
六つ程、翼があった。
翼は、人の腕のようにも見えた。
尻尾は、魚類だろうか。あるいは爬虫類だろうか。
四つの脚は、肉食獣のように見えた。
合成獣キメラだ。
生体兵器。
実験によって人工的に生まれた産物だ。人間を素材にする事も多い。
そして、不自然なまでの進化を遂げている奇形物だった。
異様な光沢を放つ尻尾を振るう。
それに命中し、また、建造物の一部が倒壊する。
腕の一つが住民の一人を握り締め、握り潰し、獰猛に口の中に放り込んでいく。
「あれ、ドラゴンじゃねぇ?」
ベレトは呆けたような口調で、ゴードロックに訊ねる。
「そうなのか? もう少し、美麗な姿形をしていた筈だが」
「昔の絵画では、醜悪に描かれていたんだよな。それに似ている」
「俺が見ていたコミックでは、もう少し、格好良いデザインだったんだがな……」
「知るかよ…………」
二人は、半ば呆然自失の顔で、つい一分前くらいに互いに敵意を向けていたが、今は、即座に思考を切り替えていた。
二人共、その姿の凶悪さに、本能的な感情から畏怖を覚えてしまったからだ。
「ベレト、提案がある」
「何だ?」
「俺はお前を殺したい。お前も俺を殺したい。だが、アレはどうだろう? 俺達を皆殺しにしたがっている。共闘とは言わない。なあ、停戦しないか?」
「…………、提案に乗る、……っていうか、そうするしかないだろ」
優勢であるにも関わらず、ベレトはあっさりと、敵の提案を承諾する。
本能的に、マトモに戦って勝てない相手である事を、二人共理解していた。そして、何らかの手段によって、相手をドラゴンの餌食にするという戦略もありえない、と。
「ベレトッ!」
「ゴードロックッ!」
二つの声が唱和する。
ズンボは、背後から召喚した鬼の腕によって、ゴードロックを捕まえる。
パラディアは、バイクを駆らせて、ベレトを背中に乗せていた。
空を飛ぶ、巨大な生体兵器は、その口腔から、火炎放射の吐息を吐いていた。辺り一帯が、炎の渦に包まれていく。
爆風と、建造物の破片が、辺りに飛び散っていた。
ベレトは『マスター・ウィザード』で。
ズンボが鬼の腕によって、それぞれの相棒の肉体を守っていた。
その巨大な怪物は、地面に降下していくと、大地ごと、地を這う住民達を貪り喰らっていく。知性の類は感じられない。ただ、喰い、破壊する為に、そこに存在しているかのようだった。
「どうやら、お前を追っている。なんなんだ? あれは?」
パラディアは訊ねる。
ドラゴンは、別ルートに逃げたゴードロックとズンボの二人ではなく、明らかにベレトとパラディアのいる方角へと向かっていた。
「知らねぇよ。だが、トゥルーセの刺客なんじゃねぇの?」
「お前を殺す為なら、この辺りの住民を巻き添えにする事を何とも思っていないぞっ!」
パラディアは、更にバイクの速度を上げる。
グロテスクな姿の空飛ぶ怪物は、炎の吐息をまき散らしていた。
熱線によって、クレーターに住む人々の全身が溶けていく。
怪物は、人々を建物や地面ごと、貪り喰らっていた。
熱い、助けて、といった悲愴の声が響いていく。
怪物は容赦なく、焼かれていく人々を喰らっていった。
肉の焦げる臭いが立ち込めていく。
そして。
怪物は、背中から、光る煙を吐き出していた。
それが合図となって。
身体中に、腕を大量に生やした、元々はレッサー・トロールと思われる奇形のモンスター達が、斧や火炎放射器を手にして、ベレトとパラディアの下へと向かっていく。奇形のモンスター達の皮膚の所々は剥がれ落ちて、筋肉や骨などが剥き出しになっている箇所もあった。
「イカれているんじゃねぇのか? トゥルーセって奴はっ!」
「何を今さら、お前が言ったじゃねぇか、何カ月後に、此処にミサイルをブチ込んで、住民を殺戮するんだろ? 綺麗さっぱり、浄化する為の下準備で創ったのかもなっ!」
「逆じゃねえの? ミサイルを返り討ちにする為に創ったんだろ」
「どっちでもいいよ。とにかく、俺達が消し炭になる前にどうにか対処するんだよ!」
何故、あのような怪物が創られたのかは、二人には分からない。
ただ、あの怪物を創造した者の意志は、果てが無い程の、悪意だった。
空飛ぶ怪物は、ただただ、破壊を求めていた。そして、貪欲な暴食を求めていた。
「良い事を思い付いたぜ」
パラディアは告げた。
「なんだ?」
「ベリーアのカジノに突っ込む。奴が攻撃してくるにせよ、ベリーアが応戦するかもな。更に上手くいけば、トゥルーセとベリーアの同志討ちも狙える」
「成る程な」
パラディアは、カジノのある巨大なビルを目掛けてバイクを走らせていた。
巨大な光る広告が近付いてくる。
…………。
このカジノは、一階と二階には、ポーカーやルーレットが置かれておらず、不正操作が行われているパチンコとスロット・マシーンのみが置かれており、クレーターの底辺の住民達は、三階以上の不正の無いカジノのある部屋に入る事は出来ないらしい。