#005 宿命の決戦 1
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「ベリーアには、エーイーリーの名前は迂闊に出せなかったわねー」
「ああ、もう一度、奴に会って、交渉を進める必要があるな」
ゴードロックは、軍帽を脱いだ後、ビールをあおっていた。
「お前は酒は飲まないのか?」
「私は焼酎がいい。此処には無いみたいだし」
二人はバーのテラスにて、話し合っていた。
二人の会話は、住民達に筒抜けだったが、誰も聞き耳を立てる者はいない。住民達にとっては、意味の無い情報なのだろう。
ベリーアとの交渉を終えた。
数日後に、武器は調達出来るだろう。
自分はクレーターの住民達が武装する事を考えている。そして、彼らが外にいる傭兵達の包囲網を突破出来れば僥倖物だ。
このクレーター自体の存続を許してはならない。
それは果たして正しい事なのだろうか?
「なあ、俺は正しいのかな?」
「…………。迷っているのね」
「ああ、分からない。解決方法が分からない。どうすれば良いのだろうな……」
未だ、答えは見つからない……。
ベリーアに届けたものは、この街の武装勢力達に行き渡るだろう。……だが、それも失敗に終わるかもしれない。ベリーア個人は此処に留まるだけに終わるかもしれない。……なら、ゴードロックのやった事は、このクレーターという社会システムによって廃棄された場所において、なお更に酷い格差社会を強化させるだけの行為に過ぎない。
だが、ベリーアと交渉する事によって、エーイーリーの信頼を勝ち取れる。
ベリーアを通じて、ゴードロックの事は、既にエーイーリーの処に向かっている。
自分の意思によって、行動した事の責任を果たす為には、更に、行動するしかないのだろう。
「やはり、エーイーリーと会う必要がある……」
そう、このクレーターの王である、エーイーリーと会わなければならない。
調査は終えている。
ベリーア個人は教えてくれなかったが。
住民達からの聞き込みを行い、エーイーリーのいる場所は調べ終えている。その事に対して、ベリーアはゴードロックに不信感を抱いていない。
何故なら、エーイーリーの場所は、多くの住民が知っているのだから……。
「後はリクビダートル・スーツが二着必要ね」
「ああ、それも注文を終えた。到着を待っている」
「スーツはどれだけ汚染物質を、防備出来るのかしら?」
「完全では無いだろうな。だが、最新式らしい。俺達はこの指令を終えた後、病院で癌検査などをする事になるが……。覚悟は必要だろうな……」
「此処に来た時点で、覚悟は出来ているわ……」
エーイーリーは、クレーターの最奥に住んでいる。
数多くの住民が知っている、日々の生活の雑談にも、その場所の情報は入ってくる。
そう、その場所は、ある種、この人間廃棄場の象徴的な存在にもなっていた。
数十秒立っているだけで被曝死する、放射能汚染地帯。
そんな場所に、エーイーリーは宮殿を構えていた。
汚染耐性があり、口から、人間を土へと変える吐息を吐くカリス・ビーストという巨大な化け物が番犬をしているらしい。
ミュータントの大群も巣を作っているらしい。
それだけの危険区域に住んでいる為に、誰もエーイーリーに反逆を企てようとは思っていない。だからこそ、みな、このクレーターの王の居場所を知っているのだ。
「それにしても、此処は慣れないな」
「私もね、でも、此処の異常性に麻痺してくるんでしょうね」
当然、此処も、程度の差こそあれ、放射能汚染区域だ。
つねに、相当数のベクレルの放射能が漂っている。
食べているものも、飲んでいるものも、核廃棄物レベルの汚染物なのだ。
†
ベレトはパラディアから借りたスコープを手にしていた。
「巨大カジノで何をやってきたんだろうな?」
ベレトは、パラディアに訊ねる。
「ああ、あそこの頂上にベリーアが住んでいる。交渉事でも進めたんじゃないのか?」
つい、昨日の事だった。
バーのテラスにて、標的である二人は酒を飲み、夕食を口にしていた。
ベレトは、スコープを相棒に渡す。
彼からは、相当数の憎悪が滲み出ていた。以前、ゴードロックのせいで、ベレトは自ら片腕を切断し、能力によって接合し、家を破壊された事がある。それを忘れた事は無い。
「今だな」
先に口にしたのは、パラディアだった。
「ああ、今だな」
ベレトも、同じように口にする。
パラディアは楽しそうだった。口笛すら吹いている。
「俺は奴を殺しに行くぞ」
「隙を見て、援護する」
殺人鬼は、長めのナイフを取り出す。
ベレトは崖を降りて、走りながら、手にしたナイフで、クレーターの住民達の首筋に切り込みを入れて回る。ボロ布を纏った中年男の首が飛び、売春婦の上半身と下半身が分断され、皮膚が変色した老人の臓物がこぼれ落ちる。彼らはしばらくの間、ベレトの“命を固定する能力”によって、“死ねず”に、破壊された肉体のまま、自分に起こった事態を理解出来ずにいるみたいだった。能力の効果は自然と解ける為に、彼らはいずれ死ぬ事になる。
パラディアも便乗する形で、バイクに跨りながら、腰元から取り出したビーム・サーベルによって、クレーターの住民達の首をはね飛ばしていく。
このライダー・ジャケットの男も、愉快犯的な無差別殺人鬼の素質があるみたいだった。
そうやって、二人は殺戮を繰り広げながら、突如、軍服姿の男と、巫女姿の女の前に立ちはだかった。
「久しぶり、軍人野郎、殺しに来た」
ベレトは、血塗れのナイフを舐める。
ゴードロックは、驚いた顔をしていた。
「お前は…………」
突如現れた訪問者に、標的は言葉を失っていた。
†
ベレトは何故か、切り離されても、動き続ける舌や眼球や心臓を手の中で転がしながら、怨敵へと、その中の一つを放り投げる。
それは、未だ動き続け、何かを喋ろうとしている少女の生首だった。
ゴードロックはバスケット・ボールのパスように、それを受け取って、数秒の間、困惑し、そして激昂し始める。
猟奇殺人犯は、せせら笑っていた。
ゴードロックは生首を静かに地面に下ろす、少女は混乱していた、次第に発狂の表情へと変わっていく。未だ、生きている。……死ねない。死ぬべき筈が、死ねない……。
「ベレト…………っ!」
マスター・ウィザード、それが彼の能力だった。
あらゆるものを空間に固定する。
そして、命も、死にゆく筈の命も、終わるべき苦痛も、彼の能力によって“固定”する事によって、維持され続けるのだ。
「ベレト、俺はお前を“悪”として、その象徴として、決して赦す事が出来ないんだ。俺は、お前を始末する事ばかりを考えてきた」
軍服姿の男は、声高に叫ぶ。
少しだけ精神のバランスを崩しているかのようだった。
ベレトの顔を見ると、ありとあらゆる怒りがこみ上げてくるのだろう。
「はあん? 愛の言葉をありがとう。くくっ、嬉しいな、嬉しいよ? なあ、軍人崩れ野郎、テメェは戦争で人を殺してきたんだよな? 何故お前が良くて、俺が悪い? 俺が悪でテメェらは善人なんだ? 俺には理解が出来ねぇ、言ってやるよ、テメェは鏡を見るように、俺を殺してぇんだ、愛しい愛しい自分の顔を塗り潰すんだ、鏡の自分に接吻するようなものだぜぇ?」
猟奇殺人鬼は哄笑する。
「ゲスが。クズがっ!」
「お前自身も、本当はそうかもな?」
くるくる、と、美しき猟奇殺人鬼は、小刀を回していた。
軍服姿の男は、声にならない慟哭を上げて、拳銃の安全装置を外す。
「『リトル・プリンス』」
「『マスター・ウィザード』」
お互いに、自身の能力を行使する。
ゴードロックは、アサルト・ライフルを何処かから取り出していた。
対する、ベレトは、空中の何も無い空間に、小刀を置いていく。
クレーター。
そこが、両雄の決戦の舞台になる事になった。
周りの者達は、二人の異様な雰囲気に飲まれ、観戦を決めようとする者と、巻き添えを食らわないように、その場から逃げる者の二つで分かれた。
ゴードロックの方は、そんな観客を見て嫌そうな顔をしていた。
「互いに全力で戦おうぜ? 殺し合おう、愛し合おう、抱擁するんだ。この俺は以前よりも、より自身の能力を使いこなせるようになっているぜ? つまり成長してやがるんだな!」
「俺も貴様を始末する為に、全力を持って挑むっ!」
ゴードロックは、アサルト・ライフルをベレトのこめかみに向ける。
殺人鬼は露悪的に笑っていた。
「そんなオモチャじゃ、この俺を殺せねぇよ!」
ベレトは、小刀をくるくると回していた。そして、ゴードロックとの距離を測っているみたいだった。どの距離で踏み込めば、致命傷を与えられるのか、と。
軍服の男は、何か種のようなものを空に向かって投げる。
それは、彼の手を離れて、元のサイズへと戻る。
グレネードだった。
「みな、離れろ。俺はこいつを……殺すっ!」
ゴードロックは叫ぶ。
†