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第44章

「まさか、また「帝都大乱」を起こすおつもりですか」

 フローレンス嬢は少し揶揄するような口調で話したが、私はわざと冷めた笑みを示しながら言った。

「私に手を出したら、ボークラール一族の報復を受けることを覚悟してください。「帝都大乱」等、温すぎましたから」

 フローレンス嬢は、私の返答に固まり、強張るような口調で言った。

「どういうおつもりでしょうか」

「エドワード殿下を奪うために、私を殺すつもりなら、数十万人の死者を覚悟してください。自分の血を分けた兄弟殺しすら厭わぬボークラール一族が、他人の命を奪うのをためらうとでも。その報復合戦の結果、帝都の住民全員を皆殺しにしても、後悔するボークラール一族の者はいないでしょう」

 私は冷笑をさらに深めた。


 所詮ははったりだ。

 本当はそんなことは私にはできない。

 人一人の命を奪うことさえ、私はためらってしまう。

 だが、私の体内を流れるボークラール一族の血が、その歴史が、私の言葉に重みを与える。

 実際、フローレンス嬢の体が震えるのが、私には見えた。


「虚勢を張るのも大概にされたら」

 とうとう耐え切れなくなったらしく、フローレンス嬢は、荒い口調で私の前を去って行った。


 私は勝った、と確信した。

 フローレンス嬢は、私を殺してでもエドワード殿下と結婚したいと思っていた。

 だが、実際に自分やその家族、更に帝都の住民の命まで報復合戦で奪われるという危険を感じて、命を惜しむ感情が噴き出したのだ。

 多分、フローレンス嬢は、エドワード殿下の恋敵から事実上、降りられるだろう。


 私は自分が女子爵になったことを、私の知る限りの地方にいるボークラール一族にも手紙で伝えた。

 私の兄ダグラスは、男爵に過ぎない。

 爵位だけからいえば、私の方が上位になる。

 そして、キャロライン皇貴妃殿下のお側に私は仕えており、私に味方する方が実益がある。

 地方のボークラール一族から、私宛に届く手紙が急に増えた。

 その手紙の差出人の一人に、兄ダグラスの義祖父ラルフがいるのに気づいた私は、謀計を巡らせた。


 兄ダグラスは今のところ子どもが生まれていない。

 兄のせいなのか、ラルフの孫娘のせいなのかは分からないが、事実上の結婚をして6年も経つのに子どもができないのでは、ラルフは内心で後継者ができないという不安を感じつつある筈だ。

 そして、そうなると危険性の高い行為、例えば、兄ダグラスの計画する内乱に加担して等の行動は起こしたくなくなる。

 更にそこをつつけば。


「ラルフ殿、アリス嬢からは何とお返事が」

「兄ダグラスが妙な考え、内乱を企む等の行動を起こさないように監視してほしいとの手紙が届きました」

「何と。まさか、既に大公家にまで内乱の計画が漏れているのでは」

「そんなことはないと思いたいが、この際、万が一に備える必要がありそうですな」

「どうなされるおつもりで」

「私が処理するので、それ以上はお聞きなさるな」


 秋が深まる頃、ラルフから兄ダグラスが事故で急に亡くなったという手紙が、私に届いた。

 私は兄が死に至るようなことはしていない、と聖書を何十冊と目の前に積まれても、神に誓える。

 私は、兄が妙な考えを起こさないようにラルフに監視してほしいと手紙に書いただけだ。


 ダグラス兄さん、私はラルフからの手紙を読み終えた後、胸の中で呟いた。

 私とエドワード殿下の恋を祝福して、大公家打倒の想いを諦めてくれれば、このような事態を招かずに済んだのに、どうしてダグラス兄さんはそうしてくれなかったの。

 自分を取るか、エドワード殿下を取るか、と二者択一をダグラス兄さんに迫られた私には、こうするしかなかったの。

 苦しい言い訳かもしれない、だが、私はそう思い込むことにした。

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