第39章
敵が既成事実を作ろうとするのなら、私も既成事実を作るまでだ。
私は腹を据えた。
それに、そうそうキャサリン皇女殿下を隠れ蓑にするわけには行かない。
かといって、敵と同じ方策を取っては、こちらの負けだ。
私は考えを巡らせた。
そうこうするうちに、本当にキャサリン皇女殿下は妊娠された。
エドワード殿下とキャサリン皇女殿下は本当は相性が良いのではないだろうか。
私は疑念を覚えたが、自分の事から片付けねばならない。
春の園遊会が無事に済んだ。
フローレンス嬢がマーガレット皇后付きの宮中女官になったために、私達キャロライン皇貴妃付きの宮中女官の負担が減ったのは嬉しい誤算だった。
相変わらずマーガレット皇后は、キャロライン皇貴妃に丸投げ状態なのだが、少なくともマーガレット皇后付きの宮中女官は、キャロライン皇貴妃の依頼に応じて、それなりに動くようになった。
どうも、私が甲斐甲斐しく働くことで周囲の評価を高めているのを見て、フローレンス嬢もそれを見習い、マーガレット皇后付きの宮中女官を動かしたようだ。
新参とはいえ、マイトラント伯爵家の娘だ。
古参の宮中女官と言えど、フローレンス嬢のバックを考えると下手なことはできない。
全くの令嬢という訳でもないわけね、と私は少しだけ敵を評価した。
7月の除目を前にして「挨拶」が活発化してくる。
私はその中にいるボークラール一族の何人かに予め目を付けていた。
「あなたが、マルコム・ボークラール男爵の使いの者ですね」
「はい、そうですが」
「私はアリス・ボークラールです。マルコム殿の就職を取り次ぎたいのですが」
「本当ですか」
使いの者は感激している。
ボークラール本宗家のアリスがキャロライン皇貴妃殿下に仕えているのは知っていたが、アリスの方から声を掛けてくる、しかも就職の便宜を図ろうとしてくれるとは思わなかったのだろう。
「近衛少尉はいかがでしょう」
「ありがとうございます」
「いえいえ」
私は内心でほくそ笑んだ。
エドワード殿下とは、予め意を通じてある。
実際問題として、帝国は「帝都大乱」後、各地で騎士団の動きが活発化しており、帝都の近衛軍を再編制して強化することで睨みを効かせようと、チャールズ大公も考えられていたとのことだ。
大公家後継者のエドワード殿下が、兵部卿兼近衛大将という要職に就いたのはそのためだ。
私の前世で言えば、将来の首相候補が、国防相兼首都防衛軍司令官になったようなものである。
そうなると、大蔵卿といった他の重要閣僚も国防の金を多めに出そうということになる。
また、近衛軍を手っ取り早く強化しようとすると、軍事貴族に頼らざるを得ない。
そう、ボークラール一族もある程度、復権させる必要があるのだ。
そして、近衛軍の人事権は当然、兵部卿という職務上、エドワード殿下が握っている。
私が言うとおりの人事を、エドワード殿下は発令してくれる予定になっている。
予めエドワード殿下自身がその人物については問題ないと調査済みなのだ。
いわゆるきれいな「買収」というやり方だ。
当初は裏を知らなくとも、追々裏の事情をボークラール一族の面々に流す予定にしている。
私が就職の口利きをしてくれる、しかも、実際に就職できるとなると、ボークラール一族の多くが私になびくだろう。
兄ダグラスが地方に居て、幾ら歯噛みをしても、こればかりはどうにもならないことだ。
そう兄一人が反対しても、ボークラール一族の大部分がこちら、私になびけばいい。
そうなったら、兄は私とエドワード殿下の結婚に賛成せざるを得まい。
それでも反対するというのなら。
むしろ、その方が私とエドワード殿下にとって好都合かもしれない話になる。
私は微笑んだ。




