第5章
私が朝食を済ませ、回想にふけっていると、孤児院の先輩で修道尼になった方が私に声をかけてきた。
「アリス、院長先生がお呼びよ」
「分かりました。すぐに行きます」
私は食堂の席から立ち上がり、院長室に向かうことにした。
「アリス、就職先が決まらなかったら、修道尼になればいいのよ。あなたなら素晴らしい修道尼になれるわよ」
先輩が、そう声をかけてくれるのを、私は表面上は笑顔で流した。
先輩に悪意がないのは分かっているが、私は真っ平御免だ。
修道尼になると、恋をしないまま、私は一生独身決定だ。
私の就職先が決まっていますように、私は内心で願った。
もし、決まっていなければ、最悪、一生独身のまま、私はこの修道院で過ごすことになる。
孤児院で過ごせるのは、15歳の誕生日までと言うのが基本だ。
だが、修道尼になればここに残れるのだ。
この世界では、15歳になると成人と見なされるからだ。
もっとも、自由に結婚できるのは18歳になってからなのだが。
私と同い年の面々は、私以外全員が就職先が決まっている。
そもそも孤児院にいる私と同い年の孤児で、貴族階級なのは私だけだ。
庶民階級の面々は、商家の女中とか、男爵家の侍女とか等々、全員が就職先が決まっている。
でも、私だけは未だに決まっていない。
私の親の問題から、院長先生等が懸命に探してくれてはいるものの、中々見つからないのだ。
もっとも、私を雇う側も、私の父の事を知るとためらうのは無理はない。
10年余りが経つとはいえ、「帝都大乱」が遺した貴族社会の傷は未だに大きい。
そして、「帝都大乱」で勝利した大公家は、我が世の春を謳歌している。
そんな中、「帝都大乱」で、元皇帝ジェームズに殉じた人物を父に持つ私を雇うということは、帝国を握っている大公家に悪意を抱いていると疑われても仕方ないことだ。
私を雇うと、大公家から難癖を付けられて潰されるのではないか、とある公爵家でさえ断ったという。
それを考えると院長先生が懸命に頑張っても、私の就職先がなかなか決まらないのは仕方ない。
どうか、私の就職先が決まっていますように、私は神に祈った。
「失礼します」
私は声をかけて、院長室に入った。
ここの孤児院の院長は、修道院の院長でもある。
院長先生は、笑顔を浮かべていた。
「アリス、あなたの就職先が決まりましたよ。キャロライン皇貴妃殿下が私的な侍女として、あなたを雇いたいとのことです。仕事ぶりを見て、宮中女官にすることも考慮するとか」
「ええっ」
院長先生の言葉に、私は驚きの余り、半分叫んでしまった。
余りにも思いがけない就職先だったからだ。
「キャロライン皇貴妃殿下に何か問題でもあるのですか」
院長先生が、私の態度を見て、少し冷たい声を出した。
「いえ、余りにも意外な就職先で驚いただけです」
私は慌てて取り繕った。
それ位、意外な就職先だったのだ。
キャロライン皇貴妃殿下、現皇帝ジョンの第二夫人にして、チャールズ現大公の長女だ。
もし、ヘンリー先代大公の長女であるマーガレット皇后陛下がおられなければ、文句なしに皇后になれるお方だろう。
しかも、現皇太子トマス殿下の御生母でもある。
大公家の一族から、私を雇うという声が掛かるのは余りにも意外だった。
「キャロライン皇貴妃殿下は、焼死されたアン先代大公妃とは血縁が無いので、あなたに遺恨は無いとのことです。良かったですね。アリス」
院長先生は微笑んでいるが、私は内心で苦笑するしかない。
キャロライン皇貴妃殿下は、アン先代大公妃の隠れた長女なのだ。
もっとも、それを知っていてこの世界で生きているのは、私とチャールズ現大公だけかもしれないが。
私は何とも言えない想いを抱いた。