第34章
あの後、キャロライン皇貴妃殿下は、他の宮中女官もいる前で、私に自筆の書簡を渡して、これをエドワード殿下に届けるように言われた。
私はそれを受けて、エドワード殿下の下に赴いた。
あの園遊会の席でのこと、いろいろと話したうえで、エドワード殿下と一旦、別れねばならない。
エドワード殿下の職場に赴くと、職場の下級官人が私を見てざわめいた。
人の噂が広まるのは、こうも速いものか、と内心で私は歯噛みをした。
昨日の一件のせいだろう、エドワード殿下は気落ちしていた。
型通りの挨拶をした後、エドワード殿下は、キャロライン皇貴妃殿下からの書簡に目を通し、更に肩を落とされて、黙って下を向かれてしまった。
沈黙が重い、私はそう思ったが、私からも、何と話しかければよいのか、迷ってしまい、言葉が出ない。
時間がしばらく経った後、エドワード殿下は口を開かれた。
「キャサリンの妊娠を黙っていて済まなかった。私も園遊会の直前位に、キャサリンから告げられてね。君は園遊会の準備に忙しくしていたので、言いそびれてしまった」
「そうだったのですか」
エドワード殿下は、私をまっすぐに見て、そう言われている。
私は、エドワード殿下を信じることにした。
エドワード殿下は、しばらく逡巡された後、言葉をつながれた。
「この際だから、言っておこう。実は、君との交際は、両親にも反対されているんだ」
「ご両親って、エドワード殿下の御両親は亡くなられて」
私の言葉をエドワード殿下は遮られた。
「言葉が足りなかった。養父母だ。チャールズ父さんもメアリ母さんも反対なんだ」
「ええっ」
私は思わず大声を上げ、慌てて自分で自分の口を塞いだ。
エドワード殿下は、私をすまなさそうに見ながら、言葉をつないだ。
「ボークラール一族、それも本宗家の娘と言うことは、アン先代大公妃の仇の娘ではないか、それを自分達の義理の娘にすることは我慢できない、と二人共が口を揃えている」
エドワード殿下は、歯噛みをしながら言った。
そこまで、お二人の私への拒否感情が強かったとは、私には思いもよらなかった。
「帝都大乱」で、帝国の貴族は重大な傷を負った。
新しく政権を握ったチャールズ大公におもねろうと、貴族同士の告発合戦が起きた。
皇帝ジョンの母方実祖父、ハーフォート侯爵までが、爵位を剥奪され、全財産を没収されるという刑を受ける羽目になったほどだ。
だが、これはある意味で軽い処分で済ませたともいえる。
本来なら帝国への反乱罪への加担なのだ。
私の父も含め、反乱罪加担者は全員、死罪ないし流罪という処分になってもおかしくない。
だから、チャールズ大公は、反乱に対して寛大だという評価を受けることになり、元皇帝ジェームズ陛下が自裁を強いられたことについても、少なくとも貴族社会や帝都の住民社会からは、チャールズ大公は非難を受けずに済んでいる。
逆に元皇帝ジェームズ陛下の自裁については、自業自得と言う声が高い程だ。
そのことから、私はチャールズ大公ご夫妻の対応を甘く考えていた。
それにしても、私とエドワード殿下との交際は、皇帝陛下も大公殿下ご夫妻も反対という有様なのか。
帝国の最上級貴族、ほぼ全員が敵とは思わなかった。
「アリス、キャロライン姉さんの忠告に従って、ここ一年ほどは、お互いに交際を自粛してほとぼりを冷まそう。さすがに妻のキャサリンが妊娠している現状で、交際を続けるのはまずい」
「そ、そうですね」
私はエドワード殿下の言葉に肯くしかなかった。
「1年、待ってくれるかい」
「待ちます。それくらい」
「ありがとう、アリス」
エドワード殿下は、そう言って私を抱きしめてキスしてくれた。
私は涙が溢れて、暫く止まらなかった。




