第4章
ヘンリー大公が薨去して、帝都は動乱の渦に巻き込まれた。
「帝都大乱」が起こったのだ。
世間一般では、大公家一族全員を惨殺するつもりで、元皇帝ジェームズが反乱を起こしたということになっている。
本当は違うというのを私は知っているが、それを世間に訴えても無駄だろう。
「真実」というのは世間にとって都合のいいことだけ、というのは、前世でも今でも同じだ。
本当は、元皇帝ジェームズとしては、大公家を単なる公爵家にしてしまうつもりだけだったのだ。
次期大公家当主のチャールズは処刑されるが、アン大公妃は反逆者の一族として助命される代償として、元皇帝のジェームズとしては自らの愛人にするつもりだった、と父は母に話していた。
ところが、手違いが起きた。
ヘンリー大公家の屋敷に帝室側の騎士が過って火をつけてしまったのだ。
そして、アン大公妃はヘンリーの妻として操を護るとして、大公家の屋敷に止まり焼死してしまった。
そのために大公家に仕える騎士達は、アン大公妃の無念を晴らさぬは騎士の恥辱と激怒して結集した。
更に元皇帝ジェームズ側の騎士達は、大公家に仕える騎士達の勢いを見て、保身に走った。
ヘンリー大公家の屋敷を焼いた火は、帝都の多くに延焼して半分近くの帝都の住民が焼け出され、50万人余りと謳われていた帝都の住民の内数万人が焼け死ぬ惨事を引き起こしたことから、帝都の住民の多くも元皇帝ジェームズに敵意を向けた。
もう、こうなってはどうにもならなかった。
「子どもを連れて、教会に駈け込め、教皇トマスはチャールズ次期大公殿下の妻メアリ殿下を通じてつながりがある。大公家の騎士達も教会には手を出すまい」
「あなたは」
私たち兄弟の目の前で両親は会話をしていた。
「わしは「帝室の剣」と謳われたボークラール子爵家の当主だ。元皇帝ジェームズの前で最期を飾るつもりだ」
父は笑っていた。
だが、目元に涙を浮かべている。
そこに、私からすれば父方の叔父、父からすれば弟が駆け付けてきた。
「兄上、逃げたいと言っていた騎士は従者と共に皆、逃がしました」
叔父が大声で叫んだ。
「何騎が残った」
「私も含めて7騎、従者は20人余りです」
父と叔父が会話している。
「ボークラール子爵家の最期を飾る騎士がそれだけいてくれたとは、喜ぶべきだな。それだけあれば、元皇帝ジェームズの前で散る時間は稼げそうだな」
父は独り言を言った後、母に声を掛けた。
「早く子どもたちを連れて、教会へ向かえ。今なら間に合う」
「あなた」
母は泣き出した。
私達も生きた父を見るのは、これが最後と思うと泣き出してしまった。
だが、母は母としての務めを果たそうと、しばらく泣いた後、毅然と前を向いた。
「来世でも、あなたとお会いして、連れ添いましょう」
「わしには過ぎたる妻だな」
「それでは、何れ」
「うん」
両親は別れを告げ、私たち兄弟は母に連れられ、教会に駈け込んだ。
そのお蔭で私たち兄弟と母はその時は生き残れたのだ。
だが、「帝都大乱」で、私の一族は族滅と言ってよい有様になった。
更に元皇帝ジェームズさえも当初は、罪を私の父らになすりつけ、自らは無罪だと言い張った。
元皇帝ジェームズは主君たらざる存在だと父は怒って最期は自決して果てたそうだが、私も元皇帝ジェームズの態度は余りと言えば余りだと思う。
そして、チャールズ新大公の妻メアリが、元皇帝ジェームズを尋問して真実(?)を糾明し、元皇帝ジェームズの陰謀が公表された。
その結果、教会から破門の末、北の雪と氷に覆われた孤島に元皇帝ジェームズは流罪になり、そこで、元皇帝ジェームズは自裁した。
「帝都大乱」が終わり、平和になったが、私の家族は崩壊し、今に至っている。