第3章
「帝室と大公家の確執?」
私はできる限り3歳の幼児らしい口調をした。
前世の記憶が甦った瞬間、私は亡くなった頃の20代の大人並みの知性の持ち主に何故かなっていた。
大人と同様の口調ができなくもないが、そんなことをしたら、周囲が大混乱になる。
「アリスが心配するようなことじゃない。でもな、ヘンリー大公殿下、いやアン大公妃殿下の態度は余りと言えば余りな態度だ。帝室の公式行事の晩餐会等に体調不良を理由に一切出席しないとは」
「でも、アン大公妃殿下は、ほぼいつも妊娠していらっしゃいます。ヘンリー大公殿下と仲睦まじい余り、出産してはすぐに妊娠されています。そんな体で晩餐会等に出席できるわけがないではありませんか」
私の目の前で父と母が会話している。
しかし、その内容に、私は驚愕の余り、口が動かなくなった。
原作と全然違う。
原作のアンは、ヘンリーとの間に1人しか子どもがいない。
しかも実はヘンリー以外との男性、真の恋人であるチャールズとの間の子なのだ。
それなのに、両親の会話からすると、アンは複数の子をヘンリーとの間に産んでいる。
私は、もう少し事情を何とか探ろうとした。
「ヘンリー大公殿下とアン大公妃殿下は仲が良いの?」
「ええ、あれほど仲の良い夫婦は滅多にいませんよ。アリスもいい男性と仲の良い夫婦になるのですよ」
母は、そう言った後で、更に詳しい話をしてくれた。
「アン大公妃殿下は、姉夫婦の結婚式に参列していたヘンリー大公殿下に一目ぼれをされて、ジェームズ元皇帝陛下からの求婚さえも一蹴されて、ヘンリー大公殿下と結婚されました。そして、ヘンリー大公殿下と最後の審判の時まで添い遂げたいと結婚式の際に誓われたとか。帝都の下々の住民にまで、噂になる程の仲の良さです。大公家当主のヘンリー殿下と皇帝の孫娘にしてトマス教皇猊下の姪アン殿下、お二人の結婚式は教皇猊下自らが祝福されて、後世にまで語り継がれる盛大さでした」
母は自分で自分の会話に酔うように話した。
母の話の内容に、私はますます驚愕した。
原作とあまりにも違うのだ。
一体、どうして、この世界ではこうなっているのだろう。
「だがな。ジェームズ元皇帝陛下は、そのことで怒りを募らせている。従妹のアンまでが、自分の求婚を断り、宿敵ともいえるヘンリー大公との結婚を選んだとな。せめて、アン大公妃殿下が、ジェームズ元皇帝陛下に一言謝罪される等すれば、少しはジェームズ元皇帝陛下の怒りも収まるだろうに」
父は、母をたしなめた。
私も父の想いは当然だと思った。
原作でもジェームズ元皇帝陛下と、ヘンリー大公殿下、いやその後継者のチャールズ大公殿下との関係はずっと微妙なものがあった。
原作の最後では、関係が修復不可能なまでに徐々にこじれてしまい、チャールズ大公殿下が帝国への叛乱を企むまでになってしまう。
だが、この世界では、ジェームズ元皇帝陛下とヘンリー大公殿下の関係は早くもこじれつつあるようだ。
何でこうなっているのだろう。
私は不安な気持ちでいっぱいになった。
「アリス、心配することは無い。内乱等、早々起きるものではないのだから」
「そうですよ、アリス」
私が余りにも不安そうな顔をしたので、両親は私を慰めてくれた。
原作との違いは、私の不安を高める一方だったが、余り両親を心配させるわけにもいかない。
私はできる限り、子どもっぽく言った。
「うん、分かった」
「いい子だね、アリス」
「アリス、私たちが護ってあげますからね」
両親は私を撫でたり、抱きしめたりして、私の不安を解消してくれた。
でも、私の不安は的中してしまった。
私の誕生日から、半年も経たない内に、帝都は動乱に巻き込まれてしまったのだ。