第14章
そうこうしている内に春の園遊会当日が来た。
私はそれまでにげっそりする思いをした。
その半分は自分でも予め分かっていたこととはいえ、原作知識がやはり役に立たなかったことからだ。
「帝都大乱」で軍事貴族が台頭した結果、こういった宮中行事でも軍事貴族が楽しめるようなものになりつつあるとは聞いていた。
でも、まさか、ここまで原作の描写と違った代物になっているとは。
原作の「暁星に願いを」では、宮中行事と言えば、雅やか極まりないもので、楽器の合奏や合唱、詩の競作といったこと等が参加者の間で行われるものだった。
でも、軍事貴族でも宮中行事が楽しめるようにということで、どうなったかというと。
宮中行事が原作と異なり、昼間は競馬や弓射、夜に楽器の合奏や合唱、詩を詠い交わすものになってしまっていたのだ。
そのために、私はうっかり原作知識を持ち出してしまっては、周囲から、さすが孤児院に入っていただけあって、あの人は最近の世間の事に疎い、と陰口をささやかれる羽目になったのだ。
えーい、原作知識が邪魔ものになるなんて、予想外にも程がある。
残りの半分は、例の北糖事件の一件で、私が周囲の妬みを買ってしまったことの余波だ。
もっとも、ここまで波紋が広がるとは私も思わなかった。
何しろ、エドワード殿下がお詫びのしるしにと言って、持ってこられたのが、高価な北糖だったのだ。
お詫びのしるしと言うのは大嘘で、私に愛をささやく為だと周囲は思ってしまった。
エドワード殿下がお相手となると、一夜限りの愛人でも私は構わない、と思う女性は数多い。
私はそういった女性の嫉視の嵐を浴びる羽目になった。
ちなみにキャロライン皇貴妃殿下は、そのしばらく後、別件で訪ねて来られたエドワード殿下を、誤解を招くようなことは止めるように、と叱責されたらしい。
らしい、というのは、私がその場にいなくて、他の宮中女官から、その様子をまた聞きしたからなのだけど、エドワード殿下は私への嫉視について、火に油を注ぐようなことをしてくれたようだ。
まず、キャロライン皇貴妃殿下が、エドワード殿下に、アリスへお詫びをするように、何かお詫びの品を持って行くように、と私は言ったけれど、相場というものがあるでしょう、あんな高価なもの、誤解を招きます、と叱責をされた。
エドワード殿下は、空々しく驚いて、あれくらい普通の事では、と惚けられたそうだ。
あれでは、恋人への贈り物です、とキャロライン皇貴妃殿下が追い討ちを掛けられると、エドワード殿下は、アリス・ボークラールと私がそうなってはいけませんか、と更に言われる始末。
とうとう、キャロライン皇貴妃殿下が本気で怒って、当分の間、自分が住む建物内にエドワード殿下を出入り禁止にしてしまわれたのだが。
おかげで、エドワード殿下はどうも本気で私を愛人にしたいらしい、という噂が更に立ってしまい、私は針のむしろに座っている心地になってしまった。
エドワード殿下はもう少し周囲の空気というものを読むべきだ、私は内心、本気で怒った。
そんなことを思っている内に、園遊会の競馬の時間が来た。
本当は、キャロライン皇貴妃殿下の私的な侍女に過ぎない私は園遊会の場に居てはいけないのだが、特別な計らいというか、ぶっちゃけ人手が少しでも欲しいということから、居ることができた。
競馬の騎手の面々を見ていると、何とエドワード殿下も騎手になられている。
やだ、かっこいい。
以前の言葉を私は全面撤回します。
エドワード殿下を筋肉質な武芸者じゃなかった、素晴らしいスポーツマン体形にして下さり、神様、本当にありがとうございます。
この転生した世界に神様は実在することを私は確信します。