第13章
「君の部屋で話をさせてもらう」
この世界で、男性が女性をベッドに誘う際の遠回しの口説き文句だ。
原作では、アンがその意味を知らなかったことから、チャールズと関係を持ってしまった。
エドワード殿下は、私とそういう関係になりたいと思っているのだろうか。
私が固まっていると、傍にいた古参の宮中女官の1人が助け舟を出してくれた。
「エドワード殿下、アリスをからかうのはお止め下さい。キャロライン皇貴妃殿下に言いつけますよ。皇貴妃殿下が、そういう関係に目を光らせているのはご存知でしょう」
「はは、ちょっとからかっただけだよ。本気にされたかな」
エドワード殿下は笑って、立ち去ろうとしたが、くるりと引き返されて、私にちょっとした大きさの箱を手渡した。
「危うくお詫びの品を渡すのを忘れるところだった。大した物じゃないけどね」
「どうも、ご丁寧にありがとうございます」
私は頭を思い切り下げて受け取った。
その後、私はその古参の宮中女官に絞られた。
キャロライン皇貴妃殿下が、宮中女官や自分の侍女が愛人になることを断固として嫌っているからだ。
男性と付き合うのなら結婚が前提です、というのがキャロライン皇貴妃殿下の口癖だ。
自分の(表向きの)出生もあり、そういうことに嫌悪感をキャロライン皇貴妃殿下は持たれている。
エドワード殿下に誘われたら、すぐに断りなさい、と古参の宮中女官は、私に念を押し、私はひたすら頭を下げる羽目になった。
古参の宮中女官から解放され、エドワード殿下から渡された箱を確認すると、中身は砂糖だった。
女性は皆、甘い物が好きだから、ということで選ばれたのだろう。
だが、私1人では少し多すぎる。
私は他の宮中女官や侍女におすそ分けすることにした。
「こ、これって」
私は目が利かないので分からなかったのだが、箱の中に入っていた砂糖をキャロライン皇貴妃付きの宮中女官や私的な侍女の方々におすそ分けしたら、多くの人に絶句されてしまった。
確かにこの世界で砂糖はちょっと高い物だが、と私は思っていたが、中の砂糖を少し舐めて驚いた。
これまで孤児院で味わった砂糖と違う味で、美味しい。
「これは北糖ね。上質だから、南国産の砂糖の少なくとも倍の値段はするわ。エドワードもいい趣味をしている」
キャロライン皇貴妃殿下は、私がもらった物を見て言った。
「北糖?」
私は初めて聞く名前だ。
「北国では大根の親類から砂糖を作るの。それを、北糖と呼ぶの。南国ではサトウキビから砂糖を取るけどね。北糖の方が上品な味だし、そんなに取れないしで、とても高いの」
キャロライン皇貴妃殿下は、無知な私に丁寧な説明をしてくれた。
「ええ」
私は二重の意味で驚いた。
この世界では、値段を無視すればだが、私の前世の現代日本並みに食材が多いとは思っていた。
香辛料があったり、お茶があったりする。
それにしても、まさか甜菜まであるとは思わなかった。
それよりも、エドワード殿下が謝罪の意味もあるだろうが、こんな高価な品を私に贈った方が問題だ。
私の知っているこの世界の砂糖の値段からすると、これだけの砂糖の量は小型金貨1枚くらいといったところだろうか。
だが、キャロライン皇貴妃殿下のお話からすると、その3倍はしそうだ。
エドワード殿下からすれば、大した物ではないかもしれないが、女性に贈る物としてはかなりなプレゼントだ。
「こ、こんな物を貰っていいのですか」
私は既におすそ分けをしていて、エドワード殿下に返そうにも返せないのに、思わずキャロライン皇貴妃殿下に尋ねてしまった。
「人の好意は素直に受け取りなさい。それにしても、弟はアリスに好意を持っているのかもね」
キャロライン皇貴妃殿下は笑われた。