第12章
「アリス・ボークラールはいますか?」
「エドワード殿下」
エドワード殿下が、いきなり私の下に現れて声を掛けられたので、私は慌てふためいた。
「あの時、気分を害したと思ってね。あの後、姉上からもあらためて手紙を貰ったし、きちんと謝罪しておこうと思ったのだが、中々、踏ん切りがつかなくて。姉上からきちんと謝罪したのか、確認の手紙をもらったので、慌ててきたのだ。遅くなって済まない」
「いえ、私の父とエドワード殿下の母上、アン大公妃殿下との間のご事情は私も承知しております。エドワード殿下に、そこまでのことをされては、却って私の方が気を遣います」
エドワード殿下の言葉に、私は頭を下げながら言った。
「そういってくれてありがとう」
エドワード殿下はほっとされたようだ。
私は初対面の際に気になっていたエドワード殿下の体形のことを、この際にそれとなく聞くことにした。
「あの宮中に仕えるようになって、いろいろな方とお会いして思ったのですが、エドワード殿下は武芸を何かされるのでしょうか?」
「何でそう思うのだい?」
「いえ、体形からそう思ったのです。軍事貴族のようだなと」
「はは、ばれたか」
エドワード殿下は快活に笑われた。
「馬術もやるし、弓術も馬上での槍術もやるよ。いざという場合の剣術も修練した」
エドワード殿下の言葉に、私は驚愕した。
どう見ても、一流の軍事貴族のたしなみだ。
私が驚きで沈黙している内にも、エドワード殿下の話は続いている。
「数年、帝都近くの荘園に住んでいてね。そこで、いろいろ基礎を教わったのさ。自分でやるうちに楽しくなって、帝都に戻ってからも、独学したり、いろいろ指導したりしてもらった」
数年か、帝都大乱で帝都の多くが焼野原となった後だろう。
帝都が焼野原となった後、復興するのには数年かかった。
さすがにチャールズ大公等、帝国の指導者は帝都内に仮の庁舎や住まいを作らせ、そこに住みついて、帝都復興の任務に当たったが、帝都が復興するまで、その多くが帝都近くの荘園に妻子を避難させて、そこに住ませた。
その間にエドワード殿下は武芸の基礎をたしなまれたのだろう。
それにしても、帝都近くの荘園に住まれだした頃、エドワード殿下は3歳だったはずだ。
どれだけ、スパルタ教育を受けたのだ、と私は思ったところで、あれ、と思った。
何で大公家継承者、帝国でも最上級の貴族が、そんなに武芸をたしなむ必要があるのだ。
そもそも教える必要が無いものではないか。
エドワード殿下の気分を害されるかも、と気が引けたが、こういったことは聞けるときに聞かないと話がややこしくなると、私は勇を振るった。
「あの」
「何だい」
「立ち入ったことをお伺いするようで、本当にすみません。帝国の上級貴族が武芸をたしなまれることは余りないと思うのですが、エドワード殿下のご両親、チャールズ大公殿下やメアリ大公妃殿下は、エドワード殿下が武芸をたしなまれることについて、どう思われているのでしょうか?」
「ああ、武芸をたしなむようになったのは、メアリ母さんの指導。チャールズ父さんは、いい顔をしなかったけど、メアリ母さんが押し切った。チャールズ父さんは、メアリ母さんに頭が上がらないしね」
「そうなのですか」
私は笑顔で押し隠しながら、エドワード殿下の言葉を内心で反芻した。
「帝都大乱」の後、軍事貴族が急速に台頭した。
地方の騎士団の中には、不穏な動きをするものも珍しくないという噂が帝都の住民にまで届いている。
こういった状況から、メアリは大公家も軍事貴族の顔を示し、軍事貴族や騎士団を威圧しようと考えたのか。
「ところで、君の部屋で話をさせてもらえないかな」
「えっ」
私は固まった。