第10章
「雇ったばかりの私的な侍女を、エドワード殿下との取次役にするのは、どうでしょうか」
キャロライン皇貴妃殿下の傍にいた古参の宮中女官らしい人が声を上げた。
「エドワード殿下は、確かに皇貴妃殿下の弟という私人のつながりがありますが、公的には伯爵に叙せられ、参議の1人でもあります。帝国の上流貴族と皇貴妃殿下との取次役は、本来、宮中女官がすべき役目のものです」
「そうだったわね。それなら止めるわ」
キャロライン皇貴妃殿下は、さすがにそれ以上、自分の意見は押されずに撤回された。
「でも、アリスのことは、それとなく宮中に広めてちょうだい。いい加減、「帝都大乱」のことを私は水に完全に流したいの」
「分かりました」
それを機に、エドワード殿下はキャロライン皇貴妃殿下の前を下がり、私も自分の仕事に入った。
「ああいうところが、キャロライン皇貴妃殿下の欠点なのよ」
「そうなのですか」
私はマーガレット皇后陛下の下へ先輩の侍女と贈り物を持参している途中だった。
その先輩の侍女は、私に宮中のいろいろな事を教えたがっているみたいで、私が聞きもしないことまで話してくれた。
「帝国の貴族の女性が政治的に動くことは好まれないというのは知っている?」
「初めて知りました」
私は少し大げさに驚いたが、本当は私は原作知識から知っている。
原作のヒロインのアンが、政治的な判断がまるでダメな理由付けとして、作者がそう描いていたからだ。
それに、貴族の女性で公的地位にあり、政治的に動く必要があるという方は実際にほとんどいない。
「あなたを雇ったのもそれなのよ。政治的な和解の象徴として、あなたは雇われたわけ」
「はあ」
私は、頭が少し鈍い振りをしてやり過ごすことにしたが、先輩の話は続いている。
「キャロライン皇貴妃殿下が、私は政治のことはわかりません、というふりをせめてして、動かなければいいのだけど、つい口を挟まれるの。しかも、大抵が正論だから周りも困るの。マーガレット皇后陛下とは本当に対照的ね。マーガレット皇后陛下は、もう政治の事が分からなくて、専らジョン皇帝陛下の寵愛を求めるばかり。ジョン皇帝陛下に愛されるのも当然かもね」
さすがに少し先輩は声を潜めたが、そう言われるのが当然なくらいに、宮中では有名な話なのだろう。
そうなのか、原作とそこも違っているのか。
キャロライン皇貴妃殿下とお会いしてから感じていた原作との違いがようやく明確になった。
原作では、キャロライン皇貴妃殿下は公然とマーガレット皇后陛下とジョン皇帝の寵愛を競われていた。
だが、冷静に考えれば、これは政治的にはよくない事だ。
同じ大公家出身なのだし、皇后陛下の方が地位が上なのだから、キャロライン皇貴妃殿下は一歩下がるのが当然なのだ。
この世界では、キャロライン皇貴妃殿下は政治の事が分かっているので、一歩どころか数歩下がり、自分の産んだ皇子トマスを、マーガレット皇后陛下に養子として差し出し、皇太子にされたのだろう。
だが、同時に違和感を感じた。
誰がキャロライン皇貴妃殿下に政治を教えたのだ?
普通、女性に政治を教えるはずがない、帝国にそんな文化は無く、むしろ忌避されているのだから。
私は少し考えた。
メアリ
その単語が、私の頭の中によぎった。
そうか、そうなのか。
私は決意した。
何としてもキャロライン皇貴妃殿下やエドワード殿下の養母メアリ大公妃殿下に直接お会いして、自分の考えが正しいのか、聞いてみないといけない。
なぜなら、私が原作と違い、両親を失った真相を知らねばならないから。
それに、エドワード殿下と会って思ったのだ。
エドワード殿下には迷惑かもしれないけど、彼と私は幸せな結婚をしたいと。
導入部と言うか、第1部の終わりです。
次は、登場人物の紹介等の間章になります。