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 爆発によって火の海と化した店内、集一郎は扉が吹き飛んだ地下の入り口から頭を出した。

「よかった……何とか生きてる。ゴホッ」

 とりあえず助かったことに集一郎は安堵するが、すぐに煙を吸って咳き込む。

 店内は轟々と燃える炎と黒い煙で一杯だった。このままこの場所にいれば、どのみち命がない。

 遠くから複数のサイレンが段々とこちらに近づいてくる。この爆発で警察や消防隊などが出動したのだろう。

「や、やばい、早くここから逃げないと」

 警察に見つかって事情を聴かれでもしたら、うまく答える自信が無い。

 それにレラを助けたいのに、そんなことに時間を割いている暇もない。

 集一郎は煙を吸わないように、体勢を低くして、地下室から出る。

 幸いにもさっきの爆発で固く閉じられていたドアは壊れ、吹き飛んでいる。

「よし、これで外に出られる。……しょっと」

 集一郎は気を失っている金髪の少女、シフォンを背中に抱えると、駆け足でドアの吹き飛んだ裏口から外へ出た。

 店を出ると、薄暗かった路地裏は、日が落ちてしまったこともあり余計に真っ暗だ。

「どうやってここまで来たんだっけ?」

 追われていた時は逃げることに必死で、道を覚える余裕などなかった。

 ましてや暗くなったせいで、本当にこの道を逃げてきたのかと思えるほどに、まったく別の道に見える。

「ええい! 悩んでも仕方ない。行くか」

 集一郎はできるだけ人目に付かないように、爆発の現場から少しでも離れるために走った。

 ほとんど闇雲で走っていたのだが、数分後、運良く人気のない公園にたどり着いた。

「ハァ、疲れた」

 集一郎はベンチにシフォンを座らせると、近くにあった水飲み場で喉を潤す。

 煙を吸った上に、小柄な女の子とはいえ、人を一人担いで走っていたので、喉は痛みと乾きで限界だった。

 冷たい水が嗄れていた喉の隅々まで染み渡り、かなり楽になる。

 集一郎は軽くストレッチをして体をほぐすと、ポケットから携帯電話を取り出した。

「うわ、履歴がすごいことになってるな」

 電波を受信できるようになった集一郎の携帯電話の画面には、不在通知が三十四件も表示されていた。そのすべてが、美奈と充のもののようだ。

 とりあえず一番最後に着信のあった美奈に、集一郎は電話を掛ける。

『プルル――、もしもし!? 集くん? 今どこにいるのっ!?』

 コールが一つ鳴り終わるのを待たないうちに、美奈がとても慌てた口調で電話に出た。

 その様子からはとても心配していたのが伝わってくる。

「悪い、実は結構大変なことになってて」

『大変なこと? ひょっとして……レラちゃん? レラちゃんになにかあったの!?』

「すまん。ハンターに連れて行かれちまった」

『そんな』

 集一郎は自分の不甲斐なさを痛感して、電話の向こうにいる美奈に頭を下げる。

 だが、まだ悔やむには早い。

「おじさんは、近くにいるのか?」

『え、お父さん? うん、今、目の前にいるよ』

「それなら、おじさんに伝えてくれ。今から俺はレラちゃんを探しに行く。だからおじさんと美奈も、車でいろんなところを捜してみてくれ」

『ちょ、ちょっと待って、集くんは一人で捜すの?』

「ああ、二手に分かれた方が効率がいいだろう?」

 できるだけ急いで見つけるには、二手に分かれた方がいいだろう。充の車を使えば、それこそレラを見つけられる確率も上がる。

 美奈は少し考えてから、短く返事をした。

「……わかった。ちょっと待ってて」

 美奈は受話器から離れて、声が遠くなる。どうやら集一郎の伝言を充に伝えているようだった。

『お父さんもわかったって』

「そうか……ちなみにハンターの特徴なんだけど――」

 集一郎は充が了承してくれたことに安堵した。

 そして、自分が知っている限りのハンターの特徴を美奈に伝えた。

「――ってな感じなんだけど、俺が知ってるのはそれぐらいだ。もし、なにかあったら連絡してくれ」

『うん、わかった』

「よし、それじゃあ、またしばらくしたら連絡する」

『あのね、集くん』

「ん? なんだ?」

 集一郎が電話を切ろうとすると、美奈が呼び止めた。

 普段とは違う、真剣な空気が漂う声だった。

『絶対に……無茶なことはしないでね』

 美奈は集一郎が無謀なことをしようとしているのではないかと、不安なのだろう。

 集一郎もそれを何となく察して、優しく返事をした。

「ああ、わかってる。心配するな」

『絶対だよ?』

「おう、絶対だ。危ないことはしない。そんでもって、必ずレラちゃんを助けよう」

『……うん』

 まだ心配がぬぐいきれないのか、美奈は返事をするものの、まだどこか暗かった。

「……それじゃあ、もう切るぞ? またそっちも何かあったら連絡くれ」

 美奈がもう一度返事をするの確認して、集一郎は電話を切り、ポケットにしまった。

 そして両手で、自分の頬を軽くたたいて気合いを入れる。

「よし! 待ってろよレラちゃん、必ず助けてやるからな」

 集一郎はレラを助け出すために走り出した。

 が、

「ちょっと、待ちなさいよ!」

 突然呼び止められて、足を止めた。

 振り返ってみると、ベンチに座らせていた少女、シフォンが目を覚まして集一郎をじっと睨み付けていた。

 どうやら薬の効果が切れたようだ。

「お、目が覚めたのか。よかった」

 集一郎がそう言うと、シフォンはどこかバツの悪そうな顔になった。

「何で?」

「ん?」

「何で私を助けたりしたの」

「なんでって……」

「私はあなたや、あの女を殺そうとしたのよ? あなたの敵よ? それなのに何で!」

 シフォンが集一郎に迫り、問い詰める。

 確かに彼女は集一郎やレラを命を奪おうとした。裏切られたとはいえハンターの仲間だった。集一郎は見捨てることができたのに、そうしなかった。

 ハンターの生き方に、まともな人間関係があるとは思えない。きっとシフォンには、集一郎の行動がまともに理解できないのだろう。

「私に恩を売って利用するつもり?」

 シフォンがそう言うと、集一郎は少し考えてから、口を開いた。

「……特に深く考えがあって助けたわけじゃないよ。確かにあんたは俺はレラちゃんを殺そうとしたけど、それはあのレイスとかってやつに騙されてたからで、あんたもレイスの被害者だ。それとも、今でもあいつの下について、あいつの命令通りに俺を殺そうと思ってるのか?」

「そんなわけないじゃない! レイスは私の両親を殺して、八年もの間、騙して利用してたのよ!」

 シフォンは強く否定した。

 すると集一郎は少しだけ微笑んでみる。

「なら、もうあんたは敵じゃない。それに、弱ってる女の子を見捨てられるほど、俺も冷たい人間になったつもりはないしな」

 シフォンは集一郎の言葉に、呆れた顔をした。

「なにそれ? 大した理由でもないのに……ふ、ふん! あなた、お人好し通り越してただの馬鹿ね」

「俺も少しそう思うよ」

 苦笑いをする集一郎。

 集一郎は自分の命が危なかったというのに、その危険を顧みず、大した理由もなくシフォンを助けた。

 それが彼女にはとても馬鹿らしく思えたのだろう。

「あ、あとそれに……」

「ん? それに、何よ?」

「それに、涙を流しながら両親を呼んでいる女の子を、見捨てられるわけにもいかないだろ?」

「なっ!?」

 集一郎の言葉で、シフォンの顔がみるみる赤くなっていく。

「う、嘘よ! わ、わた、私がそ、そんなこと……い、いい加減なこと言わないで!」

 無意識とはいえ、泣いている姿を他人に見られたのが恥ずかしかったのか、シフォンは動揺しすぎて上手く喋れていない。

「まぁまぁ、落ち着けって、とりあえず二人とも無事こうやって生きてるんだし、今はそのことを喜ぼうぜ?」

 今にも殴りかかりそうなシフォンを見て、集一郎は身の危険を感じる。

 話題を変えて誤魔化そうとするが、シフォンの怒りは収まりそうにない。

「そ、それじゃあ、俺は先を急ぐんで!」

「あっ、ちょっと待ちなさいよ!」

 さすがにこれ以上睨まれては、耐えられない。集一郎はシフォンを無視して逃走を図った。

「だから! 待ちなさいって!」

「うぉっ!?」

 公園を出かかった時だった。

 シフォンは足を止めようとしない集一郎の襟元を思い切り引っ張る。

 集一郎はバラスを崩して、尻餅をついてしまった。

「いってぇ~、何すんだよ!」

 ここのところ押し倒されたり、殴られたりと、痛い思いばかりしていた。

 集一郎もさすがに我慢の限界が来てしまい、多少お門違いなところがあるとは思いながらも、シフォンに怒鳴った。

 集一郎が振り返った先で、シフォンが仁王立ちしていた。

「あなた、あのホルケ族の女を捜すつもりなんでしょ? どこにいるか、場所の検討は付いてるの?」

 シフォンの言うように、確かにレラがどこに連れて行かれたのか、集一郎には知るよしもない。

「そうだ! あんたレイスの仲間だったんだろ。どこにいるのかわからないのか?」

 レイスの手下だったシフォンなら、居場所を知っているかもしれない。

 集一郎は今頃になってその可能性に気づいて、シフォンに尋ねる。

 だが集一郎の希望に反して、シフォンは首を横に振る。

「残念だけど、レイスは最後にどうするかの詳細を私に教えなかったの。きっと最初からあの場所で始末するつもりだったんでしょうね」

 シフォンは悔しそうに下唇を噛む。

「そうか……」

 手がかりが見つかると思ったが、なにもなく。集一郎は落胆した。

「でも……」

 シフォンが何かを言いかけるが、顔を赤らめて口を閉じてしまった。

「でも……なんなんだ?」

 集一郎が聞き返すと、どこか話すのを迷っている様子だったが、シフォンは観念して口を開いた。

「ば、場所は知らないけど、私なら見つけ出せると思うわ」

「本当か!?」

 思いも寄らないところから出た一筋の光明。

 集一郎は即座にシフォンの両肩を掴み迫った。

「ちょ、あんま近寄らないで! ま、まぁ、一応あなたは命の恩人だし? レイスには恨みもあるし。て、手伝ってあげてもいいわよ」

 恥ずかしそうに顔を横に向けて答えるシフォン。

「そうか、ありがとう。でも……見つけるって、どうするんだ?」

 先ほどシフォンは何も知らされていなかったと言っていたが、どうやって見つけ出すというのだろうか。

「あなた……私たちがどうやって、あのホルケ族の女を見つけ出したかわかってる?」

「ん? ……どうやってだ?」

 レラもなぜこんなにも早く見つかったのかと不思議がっていたが、集一郎にも理由はわからない。

「あ~、説明するよりも実際に見せた方が早いわ。とりあえず、こっち来なさい」

「あっ、お、おい」

 シフォンは集一郎の腕を引っ張り、公園の茂みの中へ連れて行った。

「とりあえず、後ろ向いてて。いい? 絶対に私が合図するまでこっち向かないでよ!」

「どうするんだ?」

「いいからあっち向け!」

「いてっ! 何だよ一体」

 わけがわからず集一郎はシフォンに尋ねるが、なぜか顔を赤らめながら足を蹴られた。

 集一郎は悪態をつきながらも、彼女の言うとおりに後ろを向いた。

 するとシフォンが立っている場所から、何やらごそごそと布のこすれるような音がしてきた。

「おい、何やってるんだ?」

「うるさい! 少し黙ってて、あと振り向いたらマジで殺すわよ! ……よし、それじゃあ服は全部あなたが持ってなさいよ? 高いんだから絶対に汚さないでよね」

「服って……一体何のことを言ってるんだよ? ……おい」

 シフォンの言ていることの意味がわからず、集一郎が声を掛けるが、背中からは何の返答も聞こえてこない。それどころか物音一つしなくなってしまった。

「おい、なんか言えよ。なにも言わないなら、もうそっち向くぞ? いいのか?」

 一度確認をしてから、集一郎は振り返った。しかしそこに少女の姿はなかった。

「あれ? どこ行ったんだ。……ん? 何だこれ?」

 さきほどまでシフォンがいた場所まで歩くと、集一郎の足下になにか置いてあった。

「これって……」

 集一郎が持ち上げてみると、それはシフォンが着ていた服だった。よくみると丁寧にたたまれた服の間に隠すように、下着の端が見えている。

「ちょっと待て」

 集一郎は頭を抱えて考える。

(服がここに全部置いてあるってことは)

 集一郎はシフォンのあられもない姿を想像して、つい言葉に出してしまう。

「あいつ今、はだ――」

 ガサッ!

「えっ!?」

 集一郎が言いかけた言葉を遮って、茂みが大きく揺れて何かが集一郎の目の前に飛び出してきた。

 しかしそこに現れたのは、彼の想像していた裸の少女ではなく、もっと小さな生き物だった。

「狐?」

 それは、夜の闇の中ですら、薄らと金色に輝く綺麗な毛並みをした一匹の狐だった。

 集一郎はその狐を見て、レイスの言っていたことを思いだした。

「お前、ひょっとして……」

 シフォンは狐のレプンクルだと、レイスは言っていた。

 こんな街中に狐がいるわけはない。目の前で集一郎を静かに見つめて立っている狐はシフォンで間違いはないだろう。

 狐は公園の出口に向かって、ゆっくりと歩くと、立ち止まって集一郎の方を振り返る。

「付いてこいって、言いたいのか?」

 残念なことに、集一郎の能力が発動していないため、正確な答えはわからない。

 しかし狐はそうだと答えるかのように、尻尾を振って見せると、再び歩き出した。今度は立ち止まろうとしない。

「あ、おい、待ってくれよ!」

 狐の姿になって、どうやってレラを探すのかわからないが、無闇に捜すよりかは助け出せる可能性は高いはずだ。

 集一郎は慌てて狐の後を急いだ。

(待っててくれよ。レラちゃん!)

 まだ希望はある。集一郎は狐の姿をしたシフォンと、夜の街の中に消えていった。



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