3
翌日、集一郎と美奈、そしてレラは大型のショッピングモールへと訪れていた。
春休みということもあってか、店内は沢山の客で賑わっている。
ごたごたとした人混みの中を、集一郎は歩いていた。手には店のロゴが描かれた買い物袋を大量に持っている。
「重い……」
一つ一つに大した重量はないのだが、数が数だけに腕がだるくなってきている。
「集くーん! 早くしてよ。おいてくよー」
少し前を行ったところで、美奈が手を振って集一郎を呼んでいた。
その隣にはレラもいる。
集一郎は声のする方へ駆け寄っていく。
「待てっての、そんなこと言うなら少しくらい持ってくれよ」
美奈たちの立っている場所までたどり着くと、集一郎は持っていた袋を地面において膝に手をついた。
「何言ってるの? 今日はレラちゃんのために荷物持ちするって言ったのは集くんじゃない」
確かに約束はしたが、ここに来てから二時間歩きっぱなしで、休憩を取っていないこともあり、集一郎の腕にはかなりの疲労が溜まっていた。
「すいません。私も持ちます」
申し訳ないと、レラは集一郎の足下にある買い物袋に手を伸ばす。が、美奈がそれを制止した。
「ああ、レラちゃんはまだ病み上がりなんだから、そんなことしなくていいって。それにこういうことは男子の役目なんだから気にしなくていいって」
「おい」
「何? 集くん」
反論をしようとすると、美奈が無言の威圧を掛けてきた。
レラはまだ回復して間もない。当然あまり無理をさせてはいけないが、いたって健康な美奈が、買ったものを一切持たないことに、集一郎はどうも納得できなかった。
「今日はレラちゃんのための買い物だって言ってたよな?」
「そうだけど……それがどうかした?」
今日、三人がこの街で唯一ともいえる大型のショッピングモールにやって来たのは、レラの服や日用品を買うためだった。
レラの探す人物がいつ見つけられるかわからない。それが明日になるかそれとも一ヶ月かかるのか。とにかく当面は充のアパートで暮らすことになるだろう。
しかし文字通りに身一つでこの街にやって来たレラには、当然のことながら生活に必要な道具はおろか、服一枚も持っていない。
昨日までは美奈の服を貸していたのだが、さすがに自分の服がないというのは色々と不便だと、美奈が充に相談して現在に至るのである。
「……なんか一人分の服にしては量が多いと思うんだが」
「ぎくっ」
集一郎の言葉に、なんともわかりやすいリアクションをとる美奈。
「美奈、お前……自分の服も買って俺に持たせているだろう」
集一郎が約束したのはレラの荷物であって、そのほかの荷物に対しては約束をした覚えはない。
「い、いやだな~そんなことないよ~」
否定する美奈だったが、言葉は棒読みだし目が泳いでいる。幼なじみである集一郎でなくても、それが嘘だというのは一目瞭然だった。
そんな美奈を無言でじっと睨む集一郎。
美奈はそんな集一郎と視線を交わさないように横を向いて、口笛を吹くまねをしているが、息の抜ける音がするだけで口笛らしい音は出ていない。
「はぁ、ったく、まぁいい。買い物続けるぞ」
「さすが集くん! 大好き!」
「はいはい」
どのみちここで女の子に無理矢理荷物を持たせれば、男としては負けな気がした。
集一郎は美奈を責めるのをやめて再び荷物を持ち上げる。
「集一郎さん、私も持ちますから」
「気にしないでいいよ。それに、少し休めたからだいぶ楽になったし」
長い間持っていたのでかなり腕もだるくなっていたが、集一郎はレラに気を遣わせないように袋を肩の高さまで持ち上げてみせる。
「ほら、大丈夫」
「でも……やっぱり申し訳ないです。服まで買っていただいて……」
まだ出会って間もないというのに、集一郎たちが色々と面倒を見てくれることが、とても感謝をしている反面、申し訳ないという気持ちがレラにはあるのだろう。
伏し目がちになるレラに気づいて、美奈が彼女の手を握って話しかける。
「レラちゃんはそんなこと気にしないでいいんだよ。だってレラちゃんのお父さんは私のお父さんの命の恩人だし、これは私とお父さんからの感謝の気持ちだと思ってよ。ね?」
「……はい」
まだ納得し切れていないようだったが、レラは小さくうなずいてみせる。
「よし! それじゃあ買い物続けよう」
「そうだね」
「あ、あの集一郎さん!」
「ん?」
「本当に辛くなったら言ってくださいね? 私も持ちますから」
「あぁ、ありがとう」
本当に天使のように優しい子だと、集一郎は心の中でしみじみと思いながら、次に行く店を美奈に尋ねる。
「で、次はどこ行くんだ?」
「ちょっと待って、次はねー」
あたりの店をきょろきょろと見渡す美奈。歩きながら思いつきで店に入っていたので、まだ次の店を決めていないようだった。
「あっ、次のお店、集くんは来なくていいよ」
「ん? なんだよ今更気を遣わなくたっていいって」
「いや、そうじゃなくて、……悪いんだけど集くんは近くのベンチにでも座ってちょっと休んでてよ」
美奈はなぜかバツが悪そうに、集一郎に休憩を強要する。
集一郎は急に気を遣う美奈を気味悪がった。
「どうしたんだ?」
「だって、次に入るお店、あそこだから」
そう言うと美奈は恥ずかしそうに一つの店を指さした。その店は色とりどりの女性ものの下着が沢山並んでいる。
さすがに男として、あそこに入るのはかなりためらわれる。
「……座って待ってる」
集一郎はそれ以上何も言わずに、美奈たちが帰ってくるのを待つことにした。
「はぁ~」
ベンチに座る集一郎。地面に買い物袋を下ろすと、腕にかかっていた負担がなくなり思わずため息を漏らした。
美奈と一緒に店に入っていくレラの後ろ姿を眺めながら、集一郎はつぶやく。
「それにしても便利なもんだ」
今のレラの頭には、ホルケ族の証である狼の耳がついていない。見た目は完全に普通の人間そのものだ。
彼女が言うには、人の姿に狼の耳がついているのがホルケ族の本来の姿だそうだ。
そこから狼の姿に変身したり、耳を隠して人間の姿になることができるらしい。助けたときは少しでも早くこの街にたどり着くために、足の速い狼の姿でいたそうだ。
集一郎は二人の姿を見送ると、川のように流れる人混みの方を見た。
そこでは子供から大人、男や女、いろいろな人々が買い物を楽しんでいる。
レラが捜している王の力を持つレプンクルはこの街にいるらしい。
おそらく今のレラのように、完全な人の姿をしてこの街で暮らしているのだろう。
しかし、この街には少なくとも数万の人が生活している。その中から顔も名前、ましてや年齢も性別すらわからない一人の人物を捜すのは至難の業だろう。
「どうやって捜せばいいんだろうな」
結局、集一郎は一度もレラの探し人についての詳しいことを、何一つ彼女に聞けずじまいでいた。
集一郎は腕を組んで考える。
少なくともその人物はレプンクルだ。人間とレプンクルを見分ける方法なら、レラに聞けば何かあるかもしれない。それだけでもわかれば捜す対象はかなり減ってくる。だがレラに何も聞けずにいる以上は、今のところ集一郎に捜す手段はない。
「駄目か~、やっぱり聞いてみるしかないな」
これ以上考えても、いい案は浮かびそうにない。
集一郎は諦めて再び人混みを眺めてつぶやいた。
「どこに隠れてるんだよ……」
「……お隣、いいですか?」
「へ?」
突然声を掛けられて、集一郎は間抜けな声を出してしまった。
声の方を振り向くと、さっきまで美奈と買い物をしていたはずのレラが、集一郎の顔をのぞき込むようにして立っていた。
「あっ、ああ、どうぞ」
「ありがとうございます」
集一郎が横にずれると、そこにレラはゆっくりと腰を下ろした。
「買い物はもういいの?」
「はい、美奈さんはご夕飯の買い物をするとかで、ここで待ってるように言われました」 返事をすると、レラは物珍しそうに周りを見渡した。
「本当にすごいですね。話には聞いていましたが、こんなに人がいるところは初めて見ました」
「人が住んでいるところに来るのは初めてなの?」
「ホルケ族は人との接触を避けて暮らしていたので、人里に降りるのは大人が数人、月に一回あるかないかですね。だから私は今回が初めてです」
「そうなんだ」
この世界の住民に迷惑を掛けないように暮らしてきたと、レラは出会ったときに言っていた。だから初めて見る人間の暮らす街というものが、彼女にはとても新鮮なものに見えるのだろう。
「最初は珍しく思うかもしれないけど、きっと君たちが暮らして居場所の方が素敵だと思うよ。小さいときからこの街に住んでいる俺ですら、時々人の多さに疲れるときがあるから」
「そうなんですか……」
レラは返事をするものの、視線は歩く人の群れを真剣なまなざしで眺めている。ひょっとしたらこの中に捜している人物がいるかもしれないと考えているのだろうか。
今なら探している人物のことを聞けるかもしれない。そう思った集一郎は意を決して、レラに聞いてみることにした。
「あのさ」
「?」
集一郎の声にレラが振り向く。
「レラちゃんは人を捜しにこの街に来たって言ったよね?」
「はい」
「その捜している人にはさ、何か特徴とか目印になるものってあるの?」
「特徴、ですか」
レラはしばらく考えた後、首に掛けてあった首飾りを手に取った。
「それは?」
「父にもらったものです。レプンクルに伝わるお守りで……この模様は昔、王の体に刻まれていたものなんだそうです」
「それじゃあ、捜している人にもそれと同じ模様が?」
「おそらくですが」
首飾りには波のようなよくわからない模様が描かれている。
確かにこの模様が体にあれば、いい目印になるだろう。しかし本当にその模様が今探しているレプンクルにあるのか、レラには確信はないようだった。
それに仮にあったとしても、それが露出する場所になければ見つけることもできない。最悪なことに今の季節は春である。この時期に半袖を着ている人はまずいないので、余計に露出が少なくて探すのは困難だろう。
「うーん……他には何かないの?」
「他ですか……」
模様は手がかりになり得るだろうが、それだけでは不十分だと考えて、集一郎は再び尋ねる。だが何も出てこないのか、レラは眉間を人差し指で押さえて黙り込んだ。
「たとえばさ、君がこの街に王の存在を感じたって言ったけど、それってどんな感覚だったの?」
「匂いです」
「匂い?」
「時々なんですけど、私が里にいたときにこの待ちのある方角から、風に乗って香ってきたんです。何か特別な、優しい気持ちになる匂いを」
レラは目を閉じてその匂いとやらを思い出しているのか、顔がほころぶ。
その表情を見るだけで、彼女の言っている匂いとやらは、とてもいい香りがするのだと思えた。
「へぇー、どんな匂いなんだろ、俺にもわからないのかな」
「……すいません。私にしかわからないんです」
「え、そうなの?」
「はい、里のみんなにもわかる人がいなかったので……私の場合はちょっと特別みたいです」
レラは困った顔で笑う。彼女は言い伝えで王の力を持つものを見つけらるといわれた存在らしい。きっとその特別な存在だからこそ、気づける匂いなのだろう。
しかし、それでは集一郎が探す手段は、全くといっていいほどに皆無だった。
「そうかー、何か俺たちにも見分ける方法があれば、手伝えると思ったんだけどなー」
見分けることが集一郎たちにはできない。レラをこれから手助けできるとしたら、せいぜい街の案内程度だろう。
「ごめん、俺はあんまり役に立てそうにないや」
集一郎は申し訳ないと、レラに頭を下げた。
「そんな、謝らないでください」
集一郎の行動にレラは慌てて立ち上がる。
「私はあのとき助けていただいただけで……」
「レラちゃん?」
突然黙り込んだレラが気になって集一郎が顔を上げる。レラは真剣な面持ちでまたベンチにゆっくりと座った。
「あの……、あの時は助けていただいて、本当にありがとうございました」
レラは集一郎に礼を述べると、さっきの集一郎以上に深々と頭を下げた。
「どうしたの、急に」
「……集一郎さんには助けていただいたお礼を、一度しっかりしなくてはと思っていたので」
「何だ、そんなことか」
「そんなことって――」
「いいよ礼なんて、俺は大したことはしてないし、君をあのアパートで看病したのは美奈やおじさんなんだから」
あのときレラを見つけたのは集一郎だが、彼女をアパートの部屋を与え、看病したのは大家である充と、その娘である美奈だ。だから結果的に助けたのは充と美奈の二人だともいえるかもしれない。
「でも、集一郎さんが私を見つけてくれなかったら、美奈さんたちにも会うことはなかったと思います。それにあのまま私があそこで雨に打たれ続けていれば、今頃こんな風に元気に歩けていたかどうか」
確かに弱った体で冷たい雨に打たれ続けていれば、大変なことになっていたかもしれない。下手をすれば命の危険さえあっただろう。
「まぁ、俺のことはそんな気にしなくていいよ。本当に偶然だったんだから」
「……」
「レラちゃん?」
「すいません。実は昨日美奈さんに教えていただきました。集一郎さんの力のこと」
「……そうか、聞いちゃったか」
「やっぱりあんな山の奥に倒れていたのに、集一郎さんが何で私に気づいたのか気になってしまって……すいません」
土砂降りの雨だというのに、獣道しかないような山の中を普通は歩かないだろう。偶然だと言われても、レラが気になるのは不思議ではない。
「まぁ、あれもたまたまだよ。いつでも動物の心が読めるわけでもないしね。だから本当にあの時のは偶然なんだ」
「美奈さんが言っていました。その力を使って困ってる動物を助けてるって、私はとても素敵なことだと思います」
「……美奈のやつ、お喋りにもほどがあるぞ」
集一郎は美奈に呆れつつため息をはいた。
(昨日少し変だったのはそのせいか)
昨日の美奈の様子を思い返す集一郎。
昨晩の彼女はどこかよそよそしかった。きっと集一郎の力を、他人に話した後ろめたさからだったのだろう。だが普段の彼女なら、他人に誰かの秘密を勝手に話すようなことはしないはずだ。おそらく何かしらの理由があったのだろう。そう考えて集一郎は美奈を責めようとは思わなかった。
「そんなに大層なことじゃないよ。……まだ誰にも話したことないんだけど、実はわからないんだこの力のこと」
「わからない?」
「うん、昔から動物の感情が感じられるんだけどさ、周りで自分しか持ってないものなんだし、それが何かに役に立てるかもって思ってるんだけど、この力の正しい使い方がわからない」
自分でコントロールできるわけでもなく、必要なときにすぐに使えるわけでもない。殆ど運任せの能力である。しかしそんな力を持って生まれてきたことにも何か意味があるのではないか。集一郎はいつも能力の正しい使い道というもので悩んでいた。
「それに、俺には動物の感情がわかっても、そいつと会話ができるわけじゃない。だから自分が感じ取っている感情が本当に正しく受け止めていられるかもわからない。ひょっとしたら俺の勘違いで、助けたつもりでいるだけで、動物たちは余計なお世話程度にしか思ってないんじゃないかって――」
「そんなことありません!」
「うぉ!」
集一郎が自信の胸の内を話していると、レラは急に身を乗り出して、集一郎の言葉が言い終える前に力強く否定した。
レラの真剣な顔が、集一郎の目の前に押し迫る。
集一郎は驚いて座ったまま後ろに上体をのけぞった。
「私は余計なお世話だなんて思っていません! 私みたいな赤の他人、それどころかレプンクルという存在を受け入れて助けてくれました。ましてや人捜しまで協力してくれようとしてる人を、そんな風に思いません! それにあの時の私の感情を読み取って、集一郎さんは見つけてくれました。その感じた私の感情は間違ってないはずです! きっと今まで助けた動物も、集一郎さんに感謝してると思います!」
レラは集一郎をまっすぐと見つめて熱く語る。
「だから、ご自分の行動に自信を持ってください」
息づかいがわかるぐらいの距離に、レラの顔があった。気がつけば集一郎の手をレラは強く握っていた。
周りから今の状況を見れば、自分たちはどんな風に移っているのだろうか。集一郎はそんなことをふと思ってしまい、急に気恥ずかしくなった。
「あ~、レ、レラちゃん、その……」
集一郎が何と言っていいか迷っていると、レラも自分の今の状態に気づいて、ものすごい速さで握っていた手を離し、後退する。
「す、すいません」
レラをうつむいて縮こまってしまった。
よく見ると耳まで真っ赤になっている。
その姿が妙に可笑しくて、集一郎は思わず吹き出してしまった。
それを見てレラは何事かと集一郎を見た。
「ご、ごめん。ちょっと面白くて……はぁ、ありがとう、レラちゃんのおかげで少しだけ悩みが軽くなった気がするよ」
彼女は半人半狼、人でもあり狼でもある。少なくとも自分に流れてきた彼女の感情は、正しいものだったのかもしれない。
そう思うと集一郎は少しだけ自分の力に自信を持つことができた。
「見つかるといいね、その王の力を持つって人。俺もできる限り協力するよ」
「はい! ありがとうございます」
お互いに微笑み会う集一郎とレラ。
彼女の助けになれれば、自分の悩んでいることに多少なりと答えが出るかもしれない。
集一郎はそう感じることができた。
「それにしても、美奈のやつ遅いな」
集一郎は携帯を取り出して、時間を確認した。
デジタル表示の時計は、四時を指したところだった。
ベンチで休んでから三十分ほどたっただろうか。夕飯の買い出しに行くと言ったきり、まだ美奈は帰ってこない。
さすがに待つのにも飽きてきた集一郎が、ベンチから立ち上がる。
「仕方ない、ちょっと捜してくるよ。レラちゃんはここで待っててもらえる?」
「あ、待ってください。私も行きます! あ……」
集一郎がレラにベンチで待つように言ったが、彼女は慣れない場所で一人になるのが不安なのか、集一郎の後に続いて立ち上がった。
しかし立ったと同時に、レラはその場で固まってしまった。
「ん? レラちゃん?」
異変に気づき集一郎が振り返ると、レラは通路の人混みを見つめていた。
言葉を詰まらせ、青ざめている。見るからに彼女はなにかに恐怖しているようだった。
「なんだ?」
集一郎はレラの視線の先を追う。
そこに立っていたのは金髪碧眼の少女だった。
「あれ? あの子は」
集一郎には見覚えがあった。
それもそのはずである。昨日のアルバイトの時に接客した外国人の少女だ。
少女は川のように流れる人の波に逆らって、その場に立ち止まり、こちらを見て微笑を浮かべていた。
「うそ……そんな……」
「!? レラちゃんどうしたの?」
レラを見るとがたがたと体を震わせていた。
集一郎は驚いてレラに話しかけるが、彼女は異国の少女から視線を外そうとしない。
「ハ……」
「は?」
何かを呟くレラ。しかし声が小さくて集一郎の耳に届かない。レラは再び息をのんでその言葉を発した。
「……ハンター」
「ハンター? えっ!?」
集一郎はレラの言った単語の意味を理解するのに数秒かけて、こちらを見つめている少女にもう一度振り返った。
昨日会ったとき、不思議な雰囲気がある少女だと集一郎は思ったが、レラの言うハンターなどという恐ろしい存在には見えなかった。
「本当にあの子が?」
少女は小さな口をゆっくりと開き、雑踏の中でも通る綺麗な、そしてどこか不気味にすら感じる声で呟いた。
「見~つけた」
少女の微笑みに集一郎は背筋がゾッと凍り付くのを感じた。
*
「ごめん! 遅くなっちゃった」
買い物を済ませた美奈が、今晩の夕食の食材が詰まった袋を両手に提げて、集一郎とレラが待つベンチに走って戻ってきた。
美奈は膝に手をつき、息を整える。
「はぁ、いやー、なんか特売とか色々やってたから、時間掛けて見ちゃった。……って、あれ?」
顔を上げてベンチを見るが、そこには集一郎たちの姿はなかった。
「集くん? レラちゃん?」
名前を呼んでみるが、返事がない。どうやら近くにもいないようだ。
「もう、どこ行っちゃったのよ」
お手洗いにでも行っているのだろうかと考えた美奈は、ベンチに腰を下ろして、しばらくの間待ってみることにした。
「よいしょっと。あれ?」
美奈がベンチに座ると、踵に何かが当たる。ベンチの真下には買い物袋が押し込められていた。
よく見るとそれは、今日美奈が集一郎に持たしていたものだった。
「これって……」
誰かが見張り番をしているのならともかく、誰もいないのに買った品を置いたままいなくなるほど、集一郎も不用心ではない。
だとすれば、買った品を置いてまでここを離れないといけないようなことが、集一郎とレラにあったのだろうか。
「集くん……」
美奈を言いようのない不安が襲った。